In the name of love act22
貸し切りにしたダイニング・バーでアーサーは一人の女性を待っていた。
女性の名はケイト・アッセイという。一か月ほど前までエドワード・ハーシェルと交際していた人物だ。
予定の時間から20分遅れて彼女はやってきた。
女性は時間通りにはやってこないものだと分かってはいたが、レイ以外の人間に待たされるのはやはり不愉快だった。
「ごめんなさい、遅くなってしまって…。ケイト・アッセイよ、はじめまして」
差し出された手を軽く握り返し、アーサーも挨拶を返す。
ケイトは取り立てて美人ではないが、スタイルが良く身のこなしにもキレがあり、それが彼女の魅力を何割増しか上げていた。媚ではなく、真っ直ぐにアーサーを見据える瞳が彼女の気の強さを現しているようだった。ハーシェル氏の趣味は悪くないとアーサーは納得した。
差し障りのない会話を交わし、一通りの食事が済んだころ、ケイトが唐突に切りだしてきた。
「例の件、受けてもいいわよ」
ようやく話が本来の目的に入り、アーサーは、
「それはよかった」
と返す。
「お金もその金額で結構よ。でも一つだけ条件を加えてもいいかしら?」
意味深に微笑む女に、アーサーもまた口角をわずかに上げただけの笑みを浮かべる。
「何なりと」
女はクスリと笑うと雌の本能をその瞳に宿す。
何度も見たことのあるその光景に、アーサーは顔には出さずうんざりとした気分になった。
「貴方に興味があるのよ。ベッドの上でもその仮面は付けたままなのかしら」
「さぁ。試してみますか?」
「そうね。できれば仮面の下の顔が見てみたいわ」
「ご期待に応えられるかどうか…」
言いながら、目の前の女性に全く性的な魅力を感じていない自分を自覚していた。
アーサーが抱きたいと思う人間は唯一人、レイだけだった。
そのレイは今、自分ではない男に抱かれている。それを考えると、アーサーは臓腑が焼けつくほどの怒りが湧き上がる。
しかしそれも、あとわずかな時間だけだ。すぐにこの手に取り戻す。そのためなら、多少の不愉快も苦ではない。
女の腰に腕をまわし、エスコートをしながらアーサーは心にレイの姿を思い浮かべていた。
強く、強く…。
熱い水しぶきに打たれながら、アーサーは身体についた女の痕跡をわずかでも残さないようにと神経質な程に洗い流していた。
レイ以外の人間との性交はもはやアーサーにとって苦行でしかなかった。それでも目を閉じてレイとの過去の交わりを思い出し、継続させることはできた。今回の経験は改めて、どれほど自分がレイに固執しているかを再認識させられただけだった。
バスローブを身につけてベッドルームに戻ると、女はまだ裸のままブランケットにくるまっていた。それを忌々しい思いで見つめながら、アーサーは二つの封筒を投げつけた。
「診断書と小切手だ。くれぐれも間違うなよ」
封筒を受け取った女は不満そうに鼻を鳴らす。
「余韻もへったくれもない…。本当にゲイなのね、あなたって」
非難するように腹立たしいセリフをのたまう女に、アーサーは冷たい視線を向けその口を黙らせた。女性のこうした口数の多さには以前からうんざりしていた。
もはや契約は完了し、機嫌を取る必要などなかった。
着衣を整え終えたアーサーは、一つだけ心に残っていた疑問を女に尋ねた。
「どうして君はハーシェル氏と別れたんだ?」
すると女は計算高い笑みを浮かべて言った。
「私、向上心のない男って嫌いなの。せっかく才能を持っているのにあんな、サラリーマン以下な仕事ばっかり。セックスもいまいちだったし」
なるほど、と呟いてアーサーは部屋を立ち去る。
セックスがいまいちなのは、ハーシェル氏の所為ばかりではないなと苦笑しながら。
〜To Be Continued…〜
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