The last love word act5
「今開けるね〜」
そんな玲人の明るい声に、吾一は逃げ出したくなる。玲人はドアの外に立っているのが里村だということを疑ってもいないのだろう。恋人の帰りを待ちわびたような嬉しげな声が胸に痛い。今更ながらなんと言って話を切り出そうかと、頭が真っ白になる。里村の部屋の換気扇からはカレーの匂いが漏れ、それが里村のために作ったものだとわかって尚更吾一の涙を誘った。
ガチャリと施錠が開く音がし、明るい笑顔を浮かべたエプロン姿の玲人が顔を見せた。
「あれ、吾一くん、こんばんわ。…里村さん、まだ帰ってないけど、何かあった?」
「あ、いえ、その…」
真実を言い出せず口ごもる吾一に、玲人が言う。
「里村さん、今日も遅くなるみたい?すぐ帰るって言ってたけど…」
「そ、それが…ですね………」
「よかったら、中で待ってて?すぐに帰ってくると思うんだ」
駄目だ。里村が死んだなんて、そんなこと、言えるはずがない。
玲人の朗らかな笑みに、吾一はますます話を切り出すことができなくなった。玲人はそんな吾一の様子にも気付かず、少し恥ずかしそうに笑って言う。
「カレー作り過ぎちゃったんだ。よかったら食べない?」
と、吾一にカレーを勧めた。折角の申し出に申し訳なく思いながら、吾一は頭を下げる。こんな時でなければ喜んで相伴に与っていたところであったが、今はとても何かを口にする気分になどなれなかった。
「すいません…。ちょっと、今、食欲ないんっす…」
そう言って目を合わせようとしない吾一の顔を心配そうに覗き込んだ玲人は、優しい声音で吾一を気遣う。いつも食欲旺盛な吾一が遠慮したので、玲人も何かおかしいと思ったのだろう。
「そういえば、吾一くん、顔色悪いね。具合、悪いの?…あ。もしかして、僕の料理食べるの不安?大丈夫だよ、カレーはね、里村さんからお墨付きをもらったんだから」
「あの、そうじゃなくて…」
「そっか、もう食べてきたんだ?それじゃ、仕方ないね。でも、お腹すいたら遠慮なく言ってね?二人じゃきっとコレ食べきれないからさ」
はにかんだ様に笑って小さく首を傾げる玲人に、唐突に吾一は涙腺が決壊してしまった。張りつめていたものが限界に達し、吾一の中の感情が涙になってあふれ出した。突然嗚咽をもらしてその場に崩れるように膝をついた吾一に、玲人は戸惑い、ためらいがちに触れた指が吾一の背中を撫で擦る。
「ど、どうしたの、吾一くん。どっか痛いの?そんなに具合悪かったの?」
玲人の邪気のなさが、吾一を追いつめる。こんな可愛い人を一人置いて逝ってしまった里村が恨めしい。そしてこんな純粋な人を、今から自分が発する言葉で奈落の底に突き落とさなければならないことがひどく心苦しい。
「すいません…っ!!」
嗚咽混じりの声は無様に裏返ってしまったが、吾一にはそれが精一杯だった。里村を守れなかったこと、これから話す残酷な事実で玲人を傷つけてしまうこと、全てが申し訳なく、吾一にはそれが精一杯の謝罪だった。
「な、なに、どうしたの…?」
床に手をついて頭を下げる吾一に玲人は激しく戸惑っている様子だった。
「オレが、わるいんです…っ、さとむらさんを、まもれなくて…!!」
「ちょっと、どうしたの、吾一くん?」
「オレがもっとはやく言っていたら、こんなことには…!!」
背後に迫っていたトラックに、もっと早く吾一が警告を発することが出来ていたなら。里村はせめて軽傷で済んでいたかもしれない。事が終ってしまった後で、「もしも」の話をするのは無駄だとわかっていても、吾一には里村の死が無念で仕方がない。
「オレがもっとはやく言っていれば、さとむらさんは、死なずにすんだのに…!!」
「………え?」
すいません、と何度も謝った。謝った回数の分だけ、自分の罪が軽くなるならと、何度も謝罪の言葉を口にした。しかし玲人の口から発せられた言葉に、吾一は固まった。
「何、言ってるの?冗談にしては性質が悪すぎるよ、吾一くん」
顔を上げて見上げた玲人は、今まで見たこともないほど冷ややかで、興奮状態だった吾一に冷水を浴びせるような一瞥を向けていた。
「じょ、冗談なんかじゃ…!」
「今日はエイプリールフールじゃないよね。どうしてこんな酷い嘘をつくの。やめてよね、最低だから」
最初は簡単には信じてもらえないだろうと予測はしていた吾一だったが、ここまで冷たく拒絶されるとは思っていなかったため、初めて見る玲人の冷酷な一面に言葉を失ってしまう。
「吾一くんがこんなに酷いことするなんて思わなかった。お願いだから、出て行ってくれないかな?」
不愉快。そう言われて、吾一はすごすごと立ち上がり、玲人に言われた通り、玄関に向かうしかなかった。
スニーカーを履き終えた吾一はもう一度説得を試みようと玲人を見やったが、自分を見下ろすあまりに冷やかな視線に、もう何を言っても伝わらないと諦めた。一礼をして部屋を出ると、吾一は未だ風の冷たい夜道を、一人寂しく歩いたのだった。
〜To Be Continued…〜![]()
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