Perfect Love act17
乗り込んだボートにはオールがひと組しかなく、当然のようにそれをアーサーが使っているのがレイには気に入らないらしい。
「僕もボート漕いでみたいな」
「君には無理だ」
「やってみなくちゃわからないよ」
すねて頬をふくらませるレイも可愛い。
(調子が狂うな)
男だとわかっていても、感情を乱されてしまう自分が情けない。
気がつくとレイの顔に見入ってしまっている自分がいる。車の運転中にも何度それで危うくなったか知れない。こんな子供のようなデートをするのも初めてで、見た目は大人なのに中身が子供というそれにも慣れず、先ほどからレイには振り回されてばかりだ。
「ねえ、それ貸して!」
焦れたレイがアーサーからオールを奪おうと、わずかに腰を浮かせたその時だった。
船底からパコンと奇妙な音がした。続いて、水が流れ込むような音。
「え、何!?」
何事が起きたのかと考えているうちに、目に見えてボートが沈んでいくのがわかる。そしてボートの底から水が滲みだしてきて、ようやく二人はボートの船底が壊れたという状況を判断するに至った。
「どうしよう…」
不安げに呟くレイにアーサーが問う。
「君は泳げる?」
しかしレイは、泳げないとかぶりを振る。
そうしている間にも水はあふれてきて、足首の高さまで上がってきていた。ボートはすでに池の中間まで来ていて、岸まではかなりの距離がある。このままこのボートで戻ることはすでに不可能だった。泳ぐにしてもため池は緑色のプランクトンが繁殖していて水深もわからない。
「私が先に入るから君も飛び込むんだ」
「で、でも…!」
「もうこのボートは保たない、泳いで岸まで行くしかない!」
レイは不安で泣きだしそうになりながらも、コクリと頷く。
緑色の水の中に飛び込むのはかなりの覚悟が必要だったが、こんなところで溺れ死ぬよりはと、思い切って飛び込んだ。
頭まで汚水を被り、独特の異臭と滑るような感覚に吐き気を催したが、今はレイを無事に岸まで送り届けることが重要だと込み上げるものを必死に堪えた。
「レイ、飛び込むんだ。私が抱きとめるから」
レイは少しの間ためらうようにじっとしていたが、沈んでいくボートに恐怖を感じたのか、唇を引き結んで覚悟を決め、緑の汚水の中にダイブした。アーサーが抱きとめたおかげで、頭から汚水を被ることは避けられた。
「ちゃんとつかまって。泳いで岸まで行く」
レイは言われたとおりに首に腕をからませてしっかりと抱きついてくる。こんな場面でなければうれしいポーズだが、今はそんなことを喜んでいる場合ではない。
アーサーはしっかりとレイを抱きながら片手だけで泳ぎ、何とか岸までたどり着くことができた。
レイを池から引き上げて、ようやくアーサーは安堵する。
「レイ、大丈夫か…?」
「…うん」
お互い、ひどい臭いと格好だったが身体だけは無事だった。
「君が無事でよかった…」
アーサーが心の底からの安堵を言葉にすると、ふいにレイがプッと吹き出した。笑いは次第に大きくなって、しまいには腹を抱えて爆笑するしまつだ。
「なぜ笑う?」
突然の変化にアーサーが困惑していると、
「だ、だって…!」
レイは苦しそうに呼吸しながら、なおも笑っている。
「アーサー、あなた、ひどい格好…!」
誰のせいだと言いたくもなる。そもそも、ボートに乗りたいと言い出したのはレイなのだ。
「君だって似たようなもんだろう」
言い返してみるが、なおもレイはひたすら笑い続けている。
意外とレイは笑い上戸なのかもしれない、と新しい一面を見つけてアーサーも笑みを誘われる。
「さあ、屋敷にもどろう。このままじゃ、二人とも風邪をひく」
「う、うん…!」
アーサーはレイの手を取って帰路へと導く。
自然と出た行動だったが、ふと気付くとレイがしっかりと握り返してくれているのがわかってアーサーは胸が熱くなるのを感じた。
(子供じゃあるまいし、手を握っただけで満足するなんてどうかしてる)
頭では必死に否定するが、身体の反応は正直だ。もっとレイに触れたい、感じてみたいと、体温が勝手に上昇していく。そのうち、この衝動が理性を凌駕してしまいそうで恐ろしい。それはきっとまたレイを傷つけてしまう。
(レイが男じゃなかったら…!)
キスをして抱きしめて、過去のつらい記憶など忘れさせることもできるのに、同性だということがどうしてもアーサーの心にブレーキをかける。もう何も知らなかった時のようにはいかないのだ。
屋敷に戻った二人の姿を見て、モーリスがこっぴどい説教をしたのは言うまでもない。そしてお説教を受けながら二人が笑い続け、モーリスがますますカンカンになったことも。
〜To Be Continued…〜![]()
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