恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
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Sweet Bitter Chocolate act32 (R-18)

►2008/04/30 20:00 

 まず始めにお断りを。本文は男性同士の性描写を含んでいます。18歳未満の方、男性同士の性描写に嫌悪を持たれる方、または(里村と玲人の絡みなんて読みたくなかったよ〜!!)という方は、ここで引き返して下さい。下の文章からR-18指定とさせていただきます。

※特に今回は露骨な性描写やサディスティックな内容が含まれます。そういった描写が苦手な方もお引き返しください。





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 今まで里村が玲人に口淫を施したことはあっても、それを玲人にさせたことは一度もなかった。「したい」と言われたことはあったが、玲人の小さな口に自分のものを咥えさせるのは酷な気がして、その行為をさせることを控えていた。内心ではしてほしいと思っていたが、玲人に遠慮していたというのもあったし、あまり綺麗とは言い難いその部位を玲人に咥えさせるという行為自体に抵抗があった。
 しかし箍が外れた里村は、自分の中に玲人への加虐心が沸き上がるのを止められない。愛しさと比例するように増幅していく欲望は、玲人が従順にそれを受け入れたことによってすでに歯止めが利かなくなっている。
 今の玲人ならば、どんなに自分が暴走しても受け入れてくれる。
 それはある意味、玲人への甘えなのかもしれなかった。
 玲人の手が里村のブリーフにかかり、すでに立ちあがっているものが姿を現した。それを目にした玲人がゴクリと息を飲み、視覚的な興奮を得ていることがわかる。
 白く細い指が根元に絡みつき、玲人は緊張の面持ちでおずおずと舌を伸ばしてきた。
 玲人の赤く小さな舌が遠慮がちに里村の性器をつつく。舐めるというよりも舌で触れるだけのぎこちない動きは、焦らしているわけではなく、本当にそれ以上どうすることもできず戸惑っている感があった。
「玲人さん…」
 真面目にやるつもりがないというわけでもないだろうに、この拙さはどういうことかと声をかければ、玲人は困惑の表情を浮かべて里村の股間から顔を上げた。
「ご、ごめんなさいっ!ちゃんとするから、あの…、下手かもしれないけど、頑張るから…」
 玲人がこんなにも緊張している訳を、ありえないと思いながらも推測する。
 玲人が過去に何人かの男と関係があっただろうことは分かっているし、それなりに経験も積んでいるだろう。その玲人がまさか男を悦ばせる術を知らないとは思えなかった。
 しかし玲人はそのまさかを躊躇いがちに告白する。
「男の人の、口でしたことないから、下手、かもしれないけど、でも、したいから…」
 頬を赤く染めてそんな事を言われて、里村が平静でいられるはずがない。
 手の中のものがドクリと反応したのを、玲人が驚いたように見つめる。
「あ、いま、うごいた…」
「…玲人さんが可愛いことを言うからです」
 里村は高まり続ける玲人への愛しさに、頭がどうにかなってしまいそうだと思う。こんな顔をして意外と経験値が低いなどと思いもしなかった。予想外ではあったが、こんなにも嬉しいことはない。まっさらな分、教え甲斐がある。まだ誰にも汚されていない部分を自分色に染めることができる。それは男としての至上の喜びであり、願望でもある。
「いいでしょう、玲人さん。私が教えます。言う通りにできますか?」
 玲人が命令されたり支配されることに悦びを感じることに里村は気付いていた。無意識だろうが、コクリと頷いた玲人の顔は恍惚の表情を浮かべている。


 歯を立てるなという最低限の注意事項を守るだけで玲人には精いっぱいのようだった。始めは恐るおそるだった玲人も、次第に大胆に舌を使うようになり、今では里村のものを舐めしゃぶるのに夢中になっている。技巧などあるはずもなく、しかし、それなりに快感を得ることはできた。何より、玲人が自らのグロテスクな一物を興奮気味に舐めているという、そのビジュアルだけでかなりくるものがあった。それに口淫を始める前に玲人の下ばきを脱がせておいたのも正解だった。自分の股間に顔をうずめて白い尻をもどかしげに揺らしている様は何ともいやらしい眺めだ。里村の位置からは見ることはかなわないが、その奥の窄まりがもの欲しげにヒクヒクと収縮しているのが想像できて、気分は否応なく高まる。
 里村は玲人を励ますように、髪や耳たぶを優しく愛撫した。もうそろそろ顎が辛くなってきているはずだ。それでも口での愛撫を止めようとしない玲人の熱心さが里村には嬉しい。
「まさみさ…、きもち、いい?ぼく、うまく、できてる…?」
 里村の男根を頬ずりしながら上目使いで訊いてくる玲人は、どんなAVよりも卑猥でいやらしい。
 これが計算づくの仕草ではないのだから怖ろしい。
「いいですよ、はじめてにしては上出来でしょう…。上手くできてますよ」
 褒めてやると、嬉しそうにまた口淫に耽る。しかし、さすがに疲れてきたのだろう。動きが鈍くなってきたのを感じて、そろそろ終わらせてやることにする。
 里村は玲人の身体を起こして座らせて、膝立ちになった里村はその小さな口に根元まで性器を咥えさせた。玲人が苦しそうに顔を歪ませたのを「歯を立てないように」と言い聞かせて、里村は玲人の頭を固定して腰を前後に動かした。
「う、くふ…、んぐ……っ」
 苦しそうに声をもらす玲人を無視して、里村はひたすら自分の快楽を追う。可哀想だと思うが早く終わらせた方が、玲人の苦しみもその分短くて済むと、里村は達することに意識を集中させる。
 射精寸前に口内から引き抜いて、精液を玲人の顔に向けて吐き出した。
 額から鼻梁にかけて、頬から口元にねっとりと流れる白い液体が玲人の美貌を汚す。
 呆然と里村を見上げる玲人は、虚ろに目を泳がせて視点が定まらないようだった。
 そんな玲人さえ、里村は美しいと思った。里村の欲望に汚されてもなお、その美貌が損なわれることはない。むしろ淫猥な美しさでよりいっそう里村を魅了する。
 改めて里村は玲人のこの貌が好きなのだと自覚した。はじめてすぐ傍で玲人を見た時の感動と同じくらいの興奮を今感じている。
 頬から滴り落ちそうになっている白濁を指ですくい上げ、玲人の口元に運ぶ。その指をされるがままに迎え入れた玲人は水音をたてて里村の精液を舐めとった。そうやって全ての精液を玲人に飲ませた。飼い主から餌を貰う愛玩動物のように従順な玲人を、里村は憐れむような目で見つめる。
 そんな風に全てを受け入れ、為すことを許し、甘やかせば、里村はそのうち自制できなくなるかもしれない。そんな里村を愛した玲人が可哀想で仕方がない。
 いつか玲人がそんな里村に愛想をつかし、離れたいと言いだしても里村はもう、玲人を解放してやることはできないだろう。おそらく、自分もギルフォード氏と同じ手段を取るに違いないと確信している。
「愛してる、玲人…」
 優しく抱きとめた玲人は、小さく、頼りなく、しかし、里村を包み込む、大きな存在になっていた。


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Sweet Bitter Chocolate(完結) | Comment(0) | Top ▲

Sweet Bitter Chocolate act31

►2008/04/29 20:00 

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 どちらかと言えば玲人は性的に淡白な性質だと思っていた。確かに求められれば応えてくれるし、愛撫をすれば甘い声で喘ぎもするが、自分から積極的に動くこともなくあくまでも受け身でいることが常だった。
 しかし今、里村の身体に跨り、忙しなく唇を貪る玲人は別人のように攻撃的だ。否、猟奇的だと言い換えてもいいくらい、今の玲人は我を失っていた。
 ベッドに移動してからもその熱は治まることを知らない。里村に息をする隙さえ与えず唇を合わせてくる玲人は、まるで百合花にそこを奪われたことを許さないと言わんばかりに、執拗なキスを繰り返す。そして胸元を這う冷たい手が、否応なく里村の身体を高ぶらせる。着ていたシャツは、一つ一つボタンを外すことに焦れた玲人の手で無理やり開かれ、ボタンがいくつか飛んでしまった。
 どれだけの時間そうしていたか分からない。ようやく満足した玲人が身体を起こした時には、里村は軽い酸欠状態に陥っていた。
 薄く笑みを浮かべた玲人はその美貌も相まって、さながら酷薄な吸血鬼のように見えた。長い時間貪り合っていた唇は血を舐めたように赤く染まり、お互いの唾液にまみれた口元を舐めとる舌の動きはひどくエロティックだった。
 ふふっと笑った玲人はわずかに理性を取り戻したのか、苦しげに歪んだ顔で里村を見下ろしている。
「…呆れたでしょう?僕は、自分でも嫌になるくらい嫉妬深くて汚い人間だ…。これじゃ雅己さんに嫌われても仕方無い…」
 そんな心配は杞憂だと言ってやりたかった。なぜなら玲人の嫉妬が醜ければ醜いほど、その情念が里村を欲情させるからだ。
「僕が雅己さんを避けていたのは、別れ話を聞かされたくなかったからだけじゃない。そんな話されたら、僕はきっと雅己さんを殺してた。自分がそんなこと考えてるのが怖くて、怖くて、でも本当にそうしてしまいそうで会えなかった…」
 その言葉だけで里村は射精してしまいそうだった。玲人にそこまで執着されているという歓びが、ダイレクトに官能に繋がる。
「雅己さんに嫌われたら、あなたを殺して僕も死ぬ。雅己さんに嫌われたら、生きる意味なんてない…」
 きっとそんな日は永遠に訪れない。しかし玲人に殺されるなら、それも悪くないと思う。その咎を玲人が一生背負うことを考えれば、そんなことは絶対にさせられないが。
 玲人の言う、「殺す」という言葉が、そのまま「愛してる」という意味に聞こえる自分は玲人以上に病んでいるのかもしれない。今まで、こんなにも熱烈な告白を受けたことなど一度もない。そして、これほど心がうち震える言葉をもらったこともない。
 里村は身体を起こして、玲人の頬を伝う涙をぬぐった。そのわずかな体液さえ惜しむように、里村はその指を口元に運ぶ。その様をじっと見つめていた玲人の喉がヒクリと鳴ったのが分かった。
「甘いですよ、玲人さん。この程度で私がひくなんて、甘く見られたものです」
「雅己さん…っ」
「あなたこそ覚悟したほうがいい。私が逃がさないと言ったら本当に逃がしません。一生かけてあなたを縛り付ける」
 里村の言葉に玲人はようやくその美貌に笑みを浮かべる。うっとりと浮かべたその微笑はやはり狂気じみていた。
「うれしい…」
 感極まったようにそう言って、玲人は再び唇を合わせてきた。それだけでは満足できないと、里村は玲人のシャツを脱がせにかかる。そして里村が、その忌々しい痕跡を見つけたのはその時だった。
「…何です、これは?」
 玲人の左側の首筋にくっきりと残る紫色の欝血は、どう考えても他の誰かが付けたとしか思えない刻印の跡だ。まだ付けられたばかりなのか、やけに鮮やかな生々しい色味をしている。里村の不義理を責めながら、玲人は一体誰にこの刻印を許したのかと里村は尋常ではない怒りに襲われた。
 当然身に覚えのある玲人はハッと首筋を手で隠すが、おどろおどろしい気を発している里村を前に先ほどまでの勢いを急激に失っていく。
「こ、これは…っ」
「誰です?誰があなたのここに跡をつけたんですか。言って下さい」
 玲人は昨日までスタジオに籠りきりだったはずだ。ならばスタッフの誰かか、それとも…。
「ああ、そういえば今日は有田氏と対談だったとか。有田氏とは随分打ち解けたようですね?」
 タクシーの中で肩を抱かれていたことを暗に臭わせて里村がその名前を出すと、玲人がギクリと身体を強張らせたのがわかった。どうやら里村の推測は当たりだったようだ。こんな跡を残すくらいだから、有田も相当玲人に執心しているのだろう。
 自分以外の人間が玲人に想いを寄せることすら許せない。そんな自分の狭量さには呆れるばかりだが、玲人の身体に触れた罪は決して許されるものではない。里村の心に有田氏への殺意が芽生えたが、今はその行き場のない感情を玲人に当てつけるほかない。
「彼に、どこまでこの身体を許したんですか?ここは触らせたんですか?」
 淡いさくら色をした胸の突起を力加減なしでつねると、玲人が鋭い悲鳴を上げる。
「ひぃあああああっ!!いたいっ、いや、やめて…!!」
「言ってください。どこまで彼に触らせたんですか?」
「そこはさわってない…っ!キスだけ、キスされただけ…!!」
 玲人の言葉から任意ではないと分かってはいたが、やはり面白くない。
 玲人は里村が他の女性とキスをしたことを責めたが、玲人も同等の、いや、それ以上の責めを負うべきだと里村は思う。
「お仕置きをしなければなりませんね」
 そう言って里村は自分のスラックスのベルトを外し、前をくつろげた。
 玲人の頭を引き寄せるとその耳元で、玲人が好きだという声で低く囁く。
「何をすべきか、わかってますね…?」
 里村の言葉を聞いた玲人が小さく身震いしたのがわかった。
 そして玲人は従順にコクリと頷いたのだった。


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Sweet Bitter Chocolate(完結) | Comment(0) | Top ▲

Sweet Bitter Chocolate act30

►2008/04/28 20:00 

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 全てを話し終わると、玲人は呆けたような表情で絶句してしまった。
「信じていただけないかもしれませんが…」
 里村の言葉に玲人は何と返事をしてよいものか分からず、じっと里村を見つめるばかりだ。
「私が愛しているのはあなただけだ。それだけは信じてほしい」
 やはり玲人は言葉を返してはくれない。
 何か言葉が欲しい。沈黙はあまりにも長く、呼吸さえ止まりそうだった。
「…やはり、信じてはもらえませんか」
 玲人の立場で考えれば、こんな話は言い訳のために作った下手な嘘にしか聞こえないに違いない。それでも里村にとってはこれ以外の真実はなく、こんな説明でしか真実を証明できないのだ。
 里村が半ば諦めかけたその時、玲人がようやく口を開いた。
「…信じてもいいの?」
 躊躇うように発せられたその声は、玲人の心のうちを表すようにひどく不安定だ。
「僕は、雅己さんの傍にいていいの…?」
 その言葉に玲人の怖れていたものの正体が少し見えた気がして、里村は苦々しい気分になった。
 玲人は里村が百合花とあんなことをしてしまったことよりも、そうなってしまった里村の心を疑っている。もう自分には興味が無くなってしまったのかと、そんな疑心暗鬼に囚われていたらしい。
 玲人への愛が冷めてしまうなんてことはあり得ない。そんな疑いを持たれること自体、里村にとっては心外だ。しかし、それを信じるだけの信頼が築けていなかったのも事実だ。それとも、そんな風に思わせてしまった自分は愛情表現が足りなかったのだろうか。自信なさげに問う玲人には、愛されているという自覚が全く感じられない。
「玲人さんさえ、こんな中年男でいいのならずっと傍にいてください。そうしてくれると嬉しいです」
 どうしてそうも自分を貶めるように卑屈になってしまうのか里村には不思議で仕方がない。本当ならば玲人と付き合っていながら他の女性とキスをした里村は詰られて然るべきなのだ。
「なぜ私を責めないのですか?許しを乞うているのは私のほうです。私も大概言葉が足りないが、玲人さんはもっとひどい」
 言いたいことがあるなら全部ぶちまけてほしいと思う。玲人はいつも笑いながら、諦念したようなような顔をして言葉を飲みこんでいる節がある。それでいて、物欲しそうな何か物足りなさそうな顔をする。そんな表情をされるたび里村はもどかしい気持ちになった。何を欲しているのか里村が察してやれればいいのだが、人心に疎い里村が玲人の望んでいることを理解できた試しはない。
 言葉を使ってさえも理解し合うことは困難なのに、気持ちだけでお互いを理解するなど不可能だ。言葉は不完全で曖昧だが、お互いの言葉を信じられるだけの信頼がそこにあれば十分に気持ちは伝わるはずだと里村は思う。
「言って下さい。私には何を言っても構わない。言いたいことがあるなら、声に出して言ってください」
 すると玲人は苦しげな表情になって俯いてしまう。泣いてしまうのだろうかと思ったとき、か細い声が里村の耳に届いた。
「綺麗なままでは本当に欲しいものは手に入らない、と言われました」
「………?」
 玲人の言葉は里村の核心からは外れているような気がする。しかし何か大事なことを言おうとしているのはわかったので、里村はそのまま玲人の次の言葉を待った。
「みっともなくても、すがってでも愛を乞うべきだと。それくらいの本気がないとダメなんだって。でも、僕が本気で欲しがったら、雅己さんはきっとひくと思います」
「ひきませんよ、絶対に。どんなあなたでも私は受け止める」
 里村は胸を引き絞られるような息苦しさを覚えて呼吸が止まりそうだった。玲人が自分をどれだけ強く欲してくれているのか、今のその言葉にわずかな片鱗が見えた気がしたからだ。歓喜で目がくらみそうになるなど初めての経験だった。
「言ってください。みっともなくても何でも、私は玲人さんの真実が知りたい」
 玲人の本気を見せてほしい。綺麗じゃなくても、みっともなくてもいいから自分を欲しがってほしい。玲人になら、骨までしゃぶられても本望だと思っている自分はそうとう玲人にいかれていると里村は思う。
 やがて玲人がゆっくりと顔をあげた。暗く、燃えるような目をして口元を笑みの形に歪めた玲人は里村の知る清廉な玲人ではなかった。
「真実なんて醜いだけだ。みんな僕を綺麗だというけれど、僕は全然綺麗なんかじゃない。人一倍醜くて、汚い…。里村さんが知ったら、きっと嫌いになる………」
 ゾッとするような感覚が里村の背筋に走る。それは恐怖というより、快感に近い感覚だった。
 玲人の闇は底が見えないほど暗く深い。飲み込まれてしまったら二度と這いあがれない暗闇は、里村を甘く誘惑する。
「嫌いになんてなるはずがない…。どんなあなたでも、私は愛しています」
 玲人の言う「醜い真実」とは一体何なのだろう。それは玲人の心なのか、それとも玲人の過去なのか。ギルフォード氏のことが頭をよぎり、腹立たしさがよみがえるが、玲人の闇はもっと深いところから起因している気がする。
 しかしどんな過去があっても里村には受け止める自信があった。極端な話、もし玲人が殺人犯でも愛せる。もう引き返せないほど玲人を愛してしまっているのだ。今更嫌いになどなれるはずがない。
「見せてください。あなたの真実を」
 その瞬間、玲人の目が大きく見開かれたと思ったのは間違いだった。琥珀色の瞳の中央、もっとも深い色をした部分が大きく広がったのだ。欲望を顕わにした玲人は掴みかかるように里村のシャツを握り締めた。そしてソファの背もたれに押し付けられた里村は、玲人の激情を目の当たりにすることになった。
「キスした…!!あの女、雅己さんにキスした!!ゆるせない、ゆるせない…!!」
 噛みつくような荒々しい口づけを、里村はこの上なく幸福な想いで甘受した。百合花とキスしたことなど何とも思っていないのだと思っていた。それが、玲人がこんなにも嫉妬してくれていたと知り、震えがくるほど嬉しい。
「好き、雅己さんが好き、誰にも渡さない、僕だけのひとだ…!!」
 玲人の狂気じみた声が里村の鼓膜に甘く響く。
 玲人とならばどこまでも堕ちよう。
 里村は快楽の深い闇に身を投じた。


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Sweet Bitter Chocolate(完結) | Comment(0) | Top ▲

Sweet Bitter Chocolate act29

►2008/04/27 20:00 

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 10日ぶりに見る恋人の哀れなやつれ様に、里村の顔が自然と苦々しいものになった。
 元々華奢だった身体が更に一回り小さくなってしまった気がする。幼さを感じさせていた丸みのある頬も削いだようにこけていて痛々しい。
 話には聞いていたものの実際こうして目にしてみると、罪悪感が里村を苛む。
 全体的に細く、肉付きの薄い玲人の身体は美しいが抱き心地は良いとは言えない。なので里村はせっせと手料理を食べさせて少し太らせようと密かに思っていた。それなのに、目の前の玲人は他ならぬ自分の所為でこんなにもやつれてしまった。
 玲人は驚愕に目を見開いた後、落ち着きなく周囲に視線を巡らせた。どうこの場を逃げようかと思案しているかのようなその動きに、里村は悲しくなる。なぜそんなにも自分を怖れ、避けようとするのかと嘆きたくなった。
「美智、美智は…」
 縋るようにマネージャーの名前を呟く玲人に落胆し、里村は説得してこの場から連れ出すという方法を諦めた。周囲の視線を集め始めていることもあり、出来るだけ早くこの場から出て行く必要があった。少々強引だが里村は玲人の手首を掴むと、無理やり立たせてそのまま出口まで引きずっていった。何事が起きたのかと声をかけてきたウェイトレスに「お騒がせしました」と慇懃に頭を下げれば、里村の醸し出す迫力に相手もそれ以上何も言えなくなったようだった。
 傍からみれば誘拐同然の行為だろうが、玲人に同行の意思がない以上仕方がない。我ながら強引な真似をしてしまったと思うが、こうでもしなければ玲人と会話をすることもままならない。
 店を出てしばらくして、玲人がやっと声を発した。
「さ、里村さん、手痛い…。はなして…」
 里村が加減なしに掴んでいた手が血の気を失って紫に変色してしまっていた。逃げるための言ではないと分かってはいたが、里村は念を押す。
「…逃げませんか?」
「逃げない、逃げないから…」
 それならばと里村は玲人の手首を解放してやる。どうやら玲人も観念したらしく、逃げるつもりはもうないようだった。
「話し合いましょう、玲人さん。私たちは会話をする必要がある」
 そうでしょう?
 そうたたみかけると、玲人はカクンとぎこちなく頷く。内心は嫌がっているだろう玲人にこっそりため息を吐いて、里村は玲人と共に自宅へと向かった。


 玲人をこの部屋に招き入れるのは11日ぶりになる。最後に玲人を送り出したあの日には、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。紆余曲折を経てようやく恋人という地位を得た自分が、まさか玲人をこんなにも傷付けてしまうことになるなど、心底情けないと思っている。
 この恋を貫くために玲人も、そして里村も、様々な人を傷つけ、決別してきた。
 それが、こんな理由で簡単に壊れてしまっていいはずがない。玲人はあのギルフォード氏よりも自分を選んでくれた。だから里村は自信を持っていいはずだった。里村は玲人が失ったものの代償として、玲人を愛し抜くことしかできない。収入も地位も名誉も、玲人の方が上回っているこの現状で、里村が与えられるものといえば気持ちだけだ。
「玲人さん、話を聞いてもらえますか?」
 里村は改めて玲人に向かい合うと、真っ直ぐにその瞳を見つめる。しかし里村の視線から逃れるように玲人はすぐに顔を背けてしまう。
「話なんて、聞きたくないよ…」
「いいえ、聞いてもらいます」
 里村の断固とした言葉にも、玲人は頑なに拒絶する。
「いやだ、聞きたくない」
「…なぜ、そんなに拒むんですか。私はただ…」
「別れ話なんか、聞きたくない…」
「………!?」
 玲人がなぜそんな勘違いをしているのかはわからないが、言い訳を聞いてもらう前にまずはこの頑なな思い込みを解消しなければならないようだ。
「違いますよ、玲人さん」
 ソファの上で距離を詰めるとわずかに玲人の腰が引けたが、逃げようとしても玲人にはそれ以上動きようがなかった。久しぶりに腕の中に抱き込んだ玲人はやはり、かなり肉が落ちていて骨を抱いているみたいだと思う。腕が一周して戻ってきてしまうほどの細さがひどく切ない。
「何でそんな風に思うんです?今日は玲人さんに私のみっともない言い訳を聞いてもらいたかっただけです」
「………?」
「別れ話なんてしません。…もし、あなたがそのつもりでも離すつもりはありません」
「………」
 ようやく玲人が里村の言葉に耳を傾けてくれる気になってくれたようだ。里村は「聞いてくれますね」と前置きして、バレンタインの夜の情けない顛末について語りだしたのだった。


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Sweet Bitter Chocolate(完結) | Comment(0) | Top ▲

Sweet Bitter Chocolate act28

►2008/04/26 20:00 

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 転げるように部屋から飛び出してきた玲人に、美智は驚いてすぐさま駆け寄った。
「玲人さん、大丈夫ですか…!?」
 息を切らせて顔を青ざめさせている玲人を見て、美智は室内で何かが起きたことを察した。最後まで部屋に残っていたのが有田氏だったことを思い出し何かされたのではないかと考えたが、しかし玲人は強張った顔を無理やり笑顔の形にして言った。
「大丈夫、なんでもないから…」
 美智に余計な心配をかけたくないのかそんな風に片付けようとする。そうやって何でもないよと言われるたびに「お前は部外者だ」と言われているような気分になる。非力だとしても、美智なりにサポートしていきたいと心からそう思っているのに玲人はそんな美智を優しく拒絶する。
 確かにまだ玲人との付き合いは一ヶ月にもならないが、ここまで壁を作られるとさすがに悲しくなる。
「玲人さん、私は何の為にここにいるんですか?」
 こんな押しつけがましい老婆心はただのお節介なのかもしれない。しかし玲人は周りの人間がどれだけ心配しているか知らなさすぎる。
「みんな心配してるんです。大門さんもシエラさんもスタッフの皆さんも、もちろん私も。玲人さんの機嫌がいいとみんな嬉しいし、玲人さんに元気がないとみんなも不安なんです。そういうの、玲人さんはわかってません」
 化粧室で最近玲人が元気だと嬉しそうに笑っていた女性スタッフ。最近ではシエラが玲人の衰弱ぶりを心配していた。皆が玲人の様子に一喜一憂していることに本人だけが気付いていない。
「玲人さんはもう少し、周りに甘えてもいいと思います」
「僕はみんなに甘えてばかりだと思うけど…」
「全然です。もっと愚痴とか弱音とか言ってもいいんですよ」
 あのスタジオの中ではチームのリーダーという立場上、あまり弱い姿を見せられないと気を張っているのだろう。それでも、玲人が完璧な人間ではないことくらい皆知っているし、美智と二人きりの時くらいは本音を漏らしてもいいと思うのだ。
「甘えて、いいの?」
 玲人は戸惑うように床に視線を彷徨わせている。美智はそんな玲人の戸惑いをいじらしく思いながら、玲人から歩み寄ってくれるのを待った。
「はい、いくらでも」
 やがて玲人は道に迷った子供のような心細げな目で美智を見やった。
「手、つないでもいい?」
「…?いいですよ?」
 予想外の願いに美智は不思議に思いながらも手を差し出すと、玲人の冷たい手がおずおずと触れてきた。その骨ばった細い指は、小刻みに震えていた。
「…怖かった」
「…はい」
 唇を噛み締めたその表情からは恐怖と、悔しさも見えた気がした。
 里村に電話をするために玲人をあの部屋に置き去りにしてしまったことが今更ながら悔やまれる。もう少し早く帰って来れていたなら玲人にこんな不快な思いをさせずに済んだかもしれない。服装に大きな乱れがなかったところを見るとおそらく未遂で済んだのだろうが、それにしても腹立たしい。
「行きましょう」
 こんな所から早く立ち去ってしまおうと美智は玲人の手を引いて歩き出す。頷いて素直について来る玲人は、年齢を知っていてもひどく幼く感じた。
 頭一つ分も身長の高く、10歳ほど年上の玲人だが、とても頼りなく、危なっかしい。いつも誰かが見ていないと何が起こるかわからない。仕事の間は美智が面倒を見ていられるが、プライベートまではとても手がまわらない。それにはやはり、あの男が適任なのかもしれない。
 美智は里村が待っているだろう喫茶店へ、何も知らない玲人と共に向かったのだった。


 喫茶店に入るなり美智は「トイレに行って来ます」と言って席を離れた。先ほどの件で未だに動揺の残る玲人は、美智のぎこちない演技にも何の疑問も持たなかった。
 しばらく呆然と窓の外の風景を眺めていた玲人は、頭上から降ってきた男の低い声にすぐには気付けなかった。
「玲人さん」
 その低く、深みのある声には聞き覚えがあった。
 背骨に直接響くような、官能的なバリトンボイス。
 大好きなその声を聴覚の発達した玲人が聞き違えるはずがない。
 まさか、と声のする方向を振り返ると、今玲人が最も会いたくて、だからこそ会えない人物がそこにいた。
「…ま…さ………」
 驚きのあまり声の出なくなっている玲人を苦い顔つきで見つめていたのは、10日ぶりに見る最愛の恋人、里村雅己その人であった。


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Sweet Bitter Chocolate(完結) | Comment(0) | Top ▲

Sweet Bitter Chocolate act27

►2008/04/25 20:00 

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 マネージャーとの約束の五日が過ぎた。玲人は今日の午後から予定通り三日間のオフに入る。それに合わせて里村もその日の午後からの半休と三日の休暇を取った。普段滅多なことでは休まない里村がまとまった休みを取るというので、よほどの事態が起きたのかと吾一にはしつこく問われたが、まさか玲人との話し合いのためなどという、ごく私的な理由によるものとは言えるはずもない。
 おそらく他人から見ればひどく滑稽な理由なのだろうと思う。男同士の痴情のもつれなど、コメディもいいところだ。しかし里村は至って真面目だった。
 玲人の午前中の仕事が終わり次第、マネージャーから連絡が来る手筈になっている。玲人には一度逃げられているので、打ち合わせと称して玲人を喫茶店に呼び出してもらうことになっている。
 …やっと玲人に会える。それは喜びばかりではなく、わずかな不安も伴うが、やっとこれで話し合うことができるという安堵もある。マネージャーとの約束を破り、あの後何度か携帯に連絡を試みたがやはり繋がらなかった。だから里村は今日という日に賭けるしかなかったのである。
 里村は本社から来た代理の人間に引き継ぎをして、吾一にその後のことを委ねると、玲人が来るであろう喫茶店に早めに待機することにした。鞄の中にはあの日渡し損ねたチョコレートが入っている。焦りを鎮める為に吸いはじめた煙草が、灰皿に山を作るのをじれったい思いで見つめながら、里村は携帯にマネージャーからの連絡が来るのを待っていた。


 対談が無事に終わり、有田は撮影機材を片付けるスタッフ達を横目に、帰り仕度をしている玲人に声をかけた。
「荻久保くん、ちょっといいかな」
「はい、何ですか?」
 有田の呼びかけで振り返った玲人は、10日前に比べてかなりやつれた印象だった。自分の言葉で随分と悩ませてしまったようだと、ほんの少し良心が痛んだ。有田はあれから携帯電話に残された玲人のスタジオに何度か連絡をしたが、多忙を理由にデートの誘いを尽く断られていた。会うのはあの日以来で、その間玲人がどうしているのか気になっていた。しかし、この衰弱ぶりを見ればあの男と和解していないのは明白で、まだ付け入る隙はありそうだと有田は確信する。
 有田はスタッフが部屋から撤収するのを、当り障りのない会話をしながら待ち、二人きりになる瞬間を狙う。玲人のマネージャーが「電話をしてきますね」と言って部屋から出ていったのを最後に、室内には玲人と有田の二人きりになった。
「あれから彼とはどうなったの?連絡は取った?」
 何気ない風を装い有田がそう問うと、玲人はぎこちない笑みを浮かべて首を横に振った。
「…いいえ。そろそろちゃんとしなきゃと思ってるんですけど、まだ気持ちの整理がつかなくて」
「そうか…。でもいい加減はっきりさせるべきなんじゃないかな。あれからもう10日も経ってる。もしかして、ずっとスタジオで寝泊まりを?」
 首を縦に動かした玲人に、有田は大袈裟に溜息を吐いてみせる。
「駄目だよ、荻久保くん!まさか10日間一歩もスタジオから出てないとかいうんじゃないだろうね?」
 有田の言葉にまたも玲人は首を縦にした。
「アルバム制作で忙しくって…」
 責め立てるような有田の口調に、玲人もついつい押され気味になる。申し訳なさそうに言い訳をする玲人に、有田はさらに詰め寄る。
「ちゃんとご飯食べてるのかい?随分痩せてしまっているじゃないか。この後ランチでもどうだい?気晴らしにドライブに行こうか」
 スタジオにばかり籠っているのは身体に良くないと有田がたたみ掛けるが、玲人は是とは言わなかった。
「ごめんなさい、この後は美智と打ち合わせが入っているので無理です」
 玲人の媚びのない態度を好ましいと思っていた有田だが、今の玲人は本気で有田の誘いに困惑の表情を見せていた。玲人は自分のことを、そういう対象として見てはいないのだとはっきりと態度で示された気がして有田は面白くない。それに、距離を詰めようと近づくたびに身体を離されるのも不愉快だった。
「この間から君は二言目には仕事仕事ってそればかりじゃないか。いい加減聞き飽きたよ、その台詞は」
 更に間合いを詰めると、玲人はとうとう壁際に追い詰められてしまった。態度を剣呑なものに変化させた有田を不思議そうに見つめる玲人が、今の有田の目には逆に腹立たしく映る。
「全く、君って人はこの期に及んでまだ分かっていないようだね。鈍感さは時に罪だよ、荻久保くん」
「…っ!?」
 玲人がハッと息を飲んだ瞬間には、それはもう回避できない距離にまで近づいていた。しかも壁に背を押しつけられ、動きを封じられた玲人にはそれを受け止めるしかなかった。
「んっ…!!」
 有田は玲人の唇を瞬時に奪うと、強引に舌をねじ込んだ。玲人は首を振ったり、腕で有田の身体を押しのけようと必死に抵抗を試みたが、細身に見える有田は意外と力が強く、びくともしない。せめて口内から有田の舌を追い出そうと玲人は舌で対抗しようとするが、それが余計に絡み合ってしまう結果になった。
 やっと唇を解放された時、玲人は疲れ果てて荒い息を吐き出していた。汚らわしいと言わんばかりに手の甲で口元を拭う様を有田が見咎め、有田の怒りにさらに火を注ぐことになる。
「男が好きなくせに選り好みかい?ちょっと綺麗な顔をしてるからっていい気になってるんじゃないよ。どうせ誰にだってやらせてるんだろう。僕一人くらい、なんだっていうんだ」
 玲人の目が大きく見開かれ、その口元がわなわなと震えだす。それは怒りによるものではなく、今まで真摯に自分の話を聞いてくれていた有田の豹変と、ぶつけられた言葉の残酷さに驚いていたためだった。
 その言葉を吐いた有田にも玲人がそんな人間ではないことはわかっていた。ゲイ=無節操という図式が必ずしも当てはまらないことは有田も知っている。特に玲人の純粋さは馬鹿が付くほどだという認識もあった。しかし、玲人の中の自分という人間のあまりの希薄さが許せなかった。それを悪意なく示してみせる玲人が憎たらしく、腹立たしかった。
 尚も醜い感情を見せようとしない玲人に有田はさらに苛立ち、加虐的な興奮が高まるのを感じた。
「痛っ…!!」
 その白い首筋に歯を立てて、強く吸引する。玲人が痛みにあげた悲鳴にさえも興奮した。有田が玲人のシャツに手をかけようとしたその時、二人を取り囲んでいた緊縛した空気をぶち壊すノックの音が聞こえてきた。ビクリと反応して有田に隙ができたのを玲人が察し、押しのけるように有田の身体を退かすとほうほうの体で玲人が逃げ出した。
「玲人さん、まだそこにいらっしゃるんですか?」
 声は玲人のマネージャーのものだった。いつまで経っても部屋から出てこない玲人を心配して様子を見に来たのだろう。ドアが乱暴に開け閉めされる音がして、玲人が部屋から出て行ったと知れた。
 急激に頭が冴えた有田は、自分がどんな下劣な行為に及ぼうとしていたのか、玲人にどれだけ残酷な言葉を投げつけたのかを理解し、虚脱感におそわれた有田はその場にうずくまった。
「何をしてる…俺は…」
 呆然と呟かれたその言葉を聞く者はなく、有田はただただ己の愚かさを痛感するしかなかった。


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Sweet Bitter Chocolate act26

►2008/04/24 20:00 

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 あれは去年の12月半ば頃だっただろうか。玲人からのメールが途切れた時期があった。その時は玲人が自分に好意を持ってくれているとは思ってもいなかった頃で、多忙なのだからそれも仕方のないことだと思っていた。そしてニュースで玲人が空港で倒れたと聞いた時も、過労の所為かと思っていたし、実際そう報じられていたので真実が別にあるとは思いもしなかった。
 その数日後には二人で映画を観に行ったりもした。あの時も玲人は笑っていた。デートに浮かれる里村は、玲人の抱えるものに何一つ気づいてやることができなかった。玲人ばかりを目で追っていたはずなのに、その笑顔の下に押し隠した苦悩にまったく気づけなかった。あんなに近くにいても、手首の痣など、そんな目に見える異常にさえ気付けなかった。
 監禁されていたというのは、おそらく事実なのだろう。別れ話を切り出されて激昂したギルフォード氏が、力ずくで玲人を拘束した…というあたりだろうか。里村には怒りしか感じないが、もし玲人から別れを切り出されたら里村も正気ではいられないかもしれない。同情の余地はないが、玲人を監禁してまで自分のものにしようとした気持ちは理解できなくもない。彼もまた、玲人に囚われてしまった一人なのだろう。
 しかし玲人は「彼には振られた」と言っていた。監禁してまで玲人を自分の元に繋ぎ止めようとしたギルフォード氏が自ら別れを告げるというのは矛盾している。玲人があの時適当な言葉を言ったとは思えず、やはり謎は残る。他人には推し量ることのできない、複雑な何かがそこにはあるのだろう。
 それらの話を聞いて、里村はひどく落ち込んでいた。玲人がそんな目に遭っていたこともそうだが、何も知らなかった自分にも絶望していた。もちろん恋人同士だからといって、相手の全てを知り得るわけではないことくらいわかっている。しかし里村は玲人の過去に何かあることを感じ取っていながら、それについて尋ねることをしなかった。付き合い始めてから今まで、ゆっくりと話し合う時間がなかったというのは言い訳に過ぎない。
 玲人と本当の意味で結ばれた、あのクリスマスの夜の言葉を思い出す。
『僕の過去も、丸ごと愛してくれますか…?』
 そう言って玲人は静かに泣いていた。「受け止める」と誓ったあの約束を里村は果たしていない。
 もう遅いとは思いたくない。全てを委ねると言ってくれたその気持ちを無駄にはしたくない。
 やはり玲人を諦めることなどできないと改めて強くそう思う。玲人ともう一度話し合い、誤解をとき、愛していると伝えたい。


「玲人さんに会わせてください。今すぐに」
 しばらく黙りこんでいた里村は急に思い立ったように、そう口にした。玲人を名前で呼ぶまいとしていたことも頭から飛んでいた。
「ちょっと待ってください。今すぐには無理です」
 マネージャーは再び険しい顔つきになり、いきり立つ里村を諌めるようにそう言った。
「今、これ以上玲人さんを刺激しないでほしいんです。納期を遅らせるわけにはいきませんから」
「話し合いたいんです。私との問題が解決すれば、玲人さんも仕事に集中できるでしょう」
「それは元の鞘に戻ること前提の話です。決裂したら、今以上に玲人さんは崩れてしまうかもしれないじゃないですか」
「それは…」
 里村に反論はできなかった。別れたつもりもないが、話次第では確かに元の鞘には戻れない可能性もあるかもしれない。
「もう少し待っていただけませんか。アルバムに収録する曲が全て完成すれば、玲人さんには三日のオフを取っていただく予定でした」
「…それはいつなんです。あと何日待てばいいんですか」
 彼女も玲人を心配する一人の人間である前に、マネージャーとしての責務を果たさなければならない立場なのはわかっている。今日ここに来たのも仕事を潤滑にするために、玲人との関係を清算してほしいと言いに来たのもわかっている。しかしあまりに里村の切羽詰った感情を酌んでくれないマネージャーに苛立ちを隠せない。
 彼女はバッグから分厚い手帳を取り出すと、スケジュールを確認する。
「五日待ってください。五日後の午前中、この前中止になった対談の仕事が入っています。その後からの三日間はオフになります。その間に玲人さんとの問題は全てクリアにしてください」
 事務的な口調で言う彼女も、玲人を心から心配し、それ故に里村に腹を立てているのだろう。玲人を失うかもしれないという不安のなかで過ごした五日間と同じだけの時間を、何もせずただ待つしかないというのは辛いが、そもそもは自分の所為なのだと自らを戒めるしかない。
「わかりました…。待ちます」
「すいません…。しかし、その間、玲人さんの体調は私が責任を持って管理いたします。これ以上玲人さんが衰弱しないように、無理はさせないように、私が目を光らせます」
「お願いします」 
 里村にはそう言うほかなかった。


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Sweet Bitter Chocolate act25

►2008/04/23 20:00 

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 気まずい沈黙が里村とマネージャーとの間に流れる。
 長い話になるだろうと、里村は彼女を部屋に招き入れ、茶を出した。その間、言葉が交わされることはなく、重苦しい空気が部屋を満たす。
 玲人の件で彼女が少なからず憤りを感じているのは表情でわかっていた。また「別れろ」と言われるのかと身構えていると、彼女はこう切り出した。
「今日は荻久保の件でお邪魔いたしました。差し出がましい真似をしているということは分かっております。しかしこのまま手をこまねいている訳にもいかず、このように無礼を承知で参りましたことをお許しください」
 毅然と里村を見据えたままそう言ってマネージャーは頭を下げる。
「止めてください。元はといえば私が原因なんですから…」
 頭を下げて謝罪したい気分なのは里村の方である。しかし肝心の頭を下げるべき相手はここにはいない。玲人が今どうしているのか彼女の口から聞きたかった。マネージャーの言葉からは不穏なものを感じ、玲人の身に何かあったのではと不安が膨らむ。
「彼は今…どうしていますか?」
 おそらくこのマネージャーには二人の関係を知られている。それでも玲人を名前で呼ぶことはけじめとして自粛した。それに、もうすぐ里村は玲人を名前で呼ぶ権利を失うことになるだろう。
「その前にお聞きしたいことがあります。貴方は、荻久保を…いえ、玲人さんを弄んでいらっしゃるんですか?」
 その問いに里村は一瞬絶句する。確かに、五日前のあの一連の光景を見た彼女の視点からはそう見えても仕方のないことなのかもしれない。
「とんでもありません…。彼のことは真剣に…考えています。遊びでお付き合いしているわけでは決してありません」
 玲人を愛していると、この場で断言しても構わなかったが、やはりそれを今伝えるべきは玲人なのである。
「ならばなぜ、あのような…。あれは、玲人さんに対する不義ではないのですか?」
「あれは、色々事情がありまして…」
 百合花ほどの若い女性に一服盛られたなどという話は情けないにもほどがあったが、信用してもらうには全てを話すしかなく、あの日のやり取りを一部始終語って聞かせた。長い話になってしまったが、マネージャーにはようやく納得してもらえたようだった。里村の話を聞いたマネージャーは、非難の態度を一変させて同情的な目を里村に向ける。
「それは…。大変でしたね…」
「はぁ…」
 あれから百合花は一度も事務所に顔を見せていない。あの後すぐに里村の携帯にメールが一通届いただけだ。
『お前なんか大っ嫌いや!!アホ、ボケ、カス』
 と書かれたメールは百合花らしい絶交宣言だった。おそらく彼女が里村に絡んでくることはもうないだろう。百合花とのことはひとまず解決したと言っていい。百合花とは生まれたころからの長い付き合いがあるし、これからも顔を合わせる機会があるだろうから、いい関係の修復が出来ればと思う。おそらく修復が難しいのは玲人の方だろう。
「事情をきちんと彼にも説明したい。しかし、連絡が取れず私としても困っておりました。彼は私を避けている。理由はわかりませんが…」
 本当に嫌われてしまったのかもしれないと考えれば、避けられている現状もわからなくはない。しかし、里村の目の前から逃げ去った時の玲人の怯えた表情から、それだけではない気がしていた。玲人を脅えさせるその訳を本人の口から直接聞きたかった。
「私にも分からないんです…。玲人さんはあれからスタジオの方に引き籠るようになってしまって。お食事もあまり召しあがりません。最近はチョコレートすらお食べにならなくなりました」
「え…、チョコも、ですか?」
 玲人に近しい人間だけが分かり得る重大事に、とたんに里村は不安に駆られる。
 チョコレートは玲人の大好物である。三食チョコでも構わないと豪語するほどのチョコレート好きで、一日に板チョコを三枚以上は食べているという。その玲人が大好物すら口にしなくなったと聞いて、これは本格的に緊急事態だと里村は青ざめる。
「ここ数日でかなりやつれてしまったと思います。仕事もあまりはかどっていらっしゃらないようですし、今はまだ元気そうに働いておられますが、いつ限界が来てもおかしくない状態です」
「そんなに…」
 全ては自分の所為なのだと、里村はひどく胸が痛んだ。今すぐ玲人の元に飛んでいって全ての不安を解消してやりたいと思う。抱きしめて、もう何も苦しむ必要などないのだと言ってやりたい。許されるなら、愛しているという言葉を玲人に伝えたいと思った。
「辛い時、玲人さんはそれを表には出さないんです。疲れている時ほど笑っていたりする人ですから…。ギルフォード氏の時だって…」
 そこで彼女はついすべらせてしまった口をハッと閉じた。聞き流すことのできない名前を聞いて、里村は彼女を強い視線で見据えた。
「ギルフォード氏が、どうかしたんですか?」
「すいません、今のはどうか聞かなかったことにして下さい…!」
「今更、そういうわけにもいきません。彼らの間に何かあったのですか?…私は、荻久保さんのことを何も知らない…」
 否、知らなかったのではなく、訊かなかったのだ。彼らの別離に只ならぬ事情があったことは何となく察してはいたが、それを訊くことに強い躊躇いがあった。自分と玲人との間にある以上の絆の深さを見せつけられそうで怖かった。「彼を愛していた」と聞くだけで不安定に揺らいでしまいそうな自分自身の弱さから逃げていた。今、本人以外の人間から事情を聴こうとしているこの自分も弱さの証なのかもしれない。それでも里村は、今すぐに真実が知りたいと欲していた。
「お願いです。何か知っていることがあるなら教えてください。頼みます」
 頭を下げて懇願する里村に、美智は渋々と口を開く。
「私も全てを知っているわけではありません。人から聞いた話で、あくまで推測にすぎませんが…」
 そうして聞き知った玲人の壮絶な恋愛の末路に、里村は言葉を失った。


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Sweet Bitter Chocolate act24

►2008/04/22 20:00 

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 ホテルでの騒動から五日が経った。美智は日に日に衰弱していく玲人を心配しながらも、何もできずにいた。
 あの日から玲人は仮眠室で寝泊まりするようになった。睡眠と食事以外の時間はすべて音楽活動に充てられ、下手をすれば食事の時間にもスタッフへの指示や掛かってくる電話の対応に追われ、落ち着く暇もない忙しさだった。こんなにもシエラの新しいアルバムの為に時間を費やしている玲人だが、その進捗はあまり芳しいものではないらしい。まだ玲人の担当に就いてひと月も経たない美智にはわからないが、いつもの玲人ならもうとっくに仕事を仕上げている時期なのだそうだ。はかどらない理由はもちろん、玲人のメンタルの弱さが原因だ。
 美智自身、もし自分が恋人のあんな場面を目撃してしまったら、やはりとてもショックを受けると思う。しかし何事も中途半端を嫌う美智ならば、すぐに恋人と話し合うだろう。自分を選ぶのか、もしくは自分と別れて相手を選ぶのかはっきりさせる。実際にはそう単純にはいかないこともあるのだろうが、いつまでも悩んでいるくらいなら相手を切り捨てることも、切り捨てられることも仕方ないと思っている。
 しかし、今の玲人を見ているとどうやら男との接触を一切断っているようだった。携帯電話の電源が切られているのがその顕著な例で、自宅に帰ろうとしないのも、外食に出ることすら拒んでいる今の状況では、彼らの関係に何らかの決着が付いたとは到底思えない。相手の男性がそうするならともかく、どうやら玲人の方が相手を避けているのが美智には理解できなかった。
 早く決着をつけるべきだと、何度玲人に言いかけたかしれない。それでも、これは玲人のプライベートな問題なのだからお節介は控えるべきだということは分かっている。大門からは「プライベートが仕事に差し障るようなら注意してもかまわない」とは言われていたが、美智にはそこまで深く内情に足を踏み入れられずにいた。
 しかしこのままでは近い内に玲人は体調を崩してしまう。「食べないと痩せてしまう」とのたまう玲人が、今は人並み以下の量の食事しか摂れていない現状を見ると胸が痛い。たった五日で目に見えて痩せてしまった玲人は元々が細身だっただけに、今にも萎れてしまいそうにはかない。
 何とかしたい。そう心から思う美智は、自分に出来ることを必死に模索していた。


 一方、里村も玲人のことで頭がいっぱいになっていた。五日経った現在も、一度として携帯電話は繋がらない。仕事帰りには玲人のマンションで待ち伏せをしていたが、三日目の夜、とうとう住民に通報されてしまった。確かに客観的に考えても、住民ではない怪しげな男が毎日マンションの前でうろうろしていれば不審者だと思われても仕方がない。
 これ以上手の尽しようがない現状で、里村は精神的に疲弊していた。玲人から連絡が来るのを待つしかないが、それも望み薄だ。もし連絡が来る時が訪れたとしたら、それは玲人から別れを告げられる時なのではないかと怖ろしくなる。考えれば考えるほど落ち込んでしまう現状に、里村は疲れきっていた。
 もう終わりなのかもしれないと何度も考えた。里村に浮気をされたと思いこんでいるだろう玲人が、自分に見切りをつけることなど簡単なことだ。もっと魅力的な人間は、玲人の周りにはたくさんいるだろう。アーサー・ギルフォードしかり、あの有田という男も…。
 諦めればきっと楽になれる。最初から手に届く存在ではなかったのだと思えば諦めもつく。短い夢だったが、自分には有り余る幸福だった。そう思えば玲人のことも諦められそうな気がした。
 そんな風に里村が半ば諦めかけていたそんなある日、意外な人物が里村のマンションを訪れた。
「お話があるんです」
 そう言ってきつく里村を睨んだのは、玲人のマネージャーであった。


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Sweet Bitter Chocolate act23

►2008/04/21 20:00 

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 男に肩を抱かれ、項垂れる玲人を里村は手を出すこともできず見送るしかなかった。どうして玲人が自分から逃げたのか、里村にはいくら考えてもその答えを導き出すことはできない。あんな風に怯えるように逃げられるくらいなら「最低」だの「浮気者」だのと詰られて、一発二発殴られたほうがまだましだった。玲人にはそれを行使する権利があり、里村もその怒りを受け止める覚悟はできていた。それなのに、先ほど玲人が見せたのは「怒り」ではない。あの強張った表情から伝わってきたのは、里村への明らかな「恐怖」。玲人がそんな顔をする理由が分からず、里村はもはや困惑するしかない。
 顔が怖いとはよく言われるが、玲人はとっくに免疫ができているはずで、あれはそういう意味ではないはずだ。
 玲人の肩を抱いていた優男風の美男子の顔を思い出し、里村はため息を吐く。あれはおそらく有田佳克とかいうニュースのコメンテーターもしている小説家だ。そして朝、玲人を抱きとめていたのも彼だろう。傍にはマネージャーもいたから、おそらく仕事絡みであそこにいたのだろうと思うが、玲人と彼がどの程度の知り合いなのか気になるところだった。
 いかにも女性にもてそうなあの男の容姿は玲人の好みなのだろうか。男が自分より若いのは明らかで、テレビでの発言を聞くかぎり知識に裏付けされた核心をついたコメントは彼の教養の高さを感じさせる。おそらく、誰を相手にしても会話に事欠くことはないのだろう。彼と比較されれば、自分には何一つ勝ち目はない。…愛情以外には。
 あの親密さから彼が玲人に対し、好意を持って接していることは確かで、里村は腹の奥が焼けつくような不快を覚える。
 玲人をあの男に奪われるかもしれない。里村に失望した玲人があの男を選んだとしても、里村にはその不義理を責めることなどできない。弁解さえさせてもらえない今の状況ではそれを阻止することもできないのだ。
 電話も通じず、待ち伏せにも失敗してしまった里村には、玲人を繋ぎ止める手段はもう残っていなかった。そしてその後も、玲人の携帯電話が繋がることはなかったのである。


 翌日、携帯電話が繋がらない玲人を心配して美智がスタジオに来てみると、案の定そこに玲人がいてホッとした。
 スタジオに来る前にマンションにも寄ったのだが、何度インターフォンを押しても返答がなかった。まさか、あの後有田氏と何かあったのではと、つい下世話な発想をしてしまうのは前にマネージメントを担当していたタレントが度々そういう理由で連絡が取れなくなったからだ。
 玲人は自宅に戻らず、スタジオの仮眠室で一夜を明かしたらしい。美智が来た時には玲人はまだ眠っていた。昨日の体調のこともあり、このまま寝かせておいてやりたかったが、気の早いスタッフ達がぼちぼちと顔を見せ始めているなかで玲人だけのんびりとさせるわけにもいかず、美智は仕方なく玲人を起こしにかかったのだった。
「ううん…。みち…おはよ…」
「玲人さん、心配しましたよ…」
 無駄足を踏んだことを恨んではいないが、心配したことだけは言っておきたかった。玲人から連絡を頼まれたとスタジオに残っていたスタッフから連絡をもらっていたものの、朝になっても携帯が繋がらない玲人が心配でならなかった。
 昨晩はあの有田氏と玲人を二人きりにしたことを何度後悔したかしれない。玲人は美智より10歳近く年上だが、そういった面ではひどく危なっかしい。天然ボケといってはあれだが、玲人は相手の邪な感情に疎いところがあり、あまり他人を疑うことをしない。昨日、恋人のあんな衝撃的なシーンを目撃してしまった玲人がショックのあまりやけくそになって、有田氏の言いなりになってしまったのではないかと気が気でなかった。
「昨日はあの後どうなさったのですか?」
 美智の問いに、玲人はまだ半分眠ったままの目をしばしばさせながら答えた。
「昨日は、目が覚めた後、有田さんとご飯食べにいって、お話して…」
「自宅には戻られなかったんですか?」
「あ…ええと……。色々あって、帰れなくて」
「色々、ですか…?」
 やはり何かあったのだろうかと訝しげに声をひそめた美智に、玲人が少し慌てたように言う。
「ほら、こっちの進捗状況も心配だったし。うちからここ遠いし…」
「でも、だからって…」
 ここの仮眠室には確かに何もかも揃ってはいるが、しかし仕事人間の玲人には酷な環境である。ここにいる間、玲人は誰よりも遅くまでスタジオに残り、誰よりも早くスタジオに入って作業を始める。つまり、寝ている時間以外はすべて音楽に費やされるのだ。玲人がそういった作業を苦痛と思っていないのは分かっているが、身体によくないことは明らかである。公私の区別をつけるためにも、玲人にはなるべく自宅に戻って休んでほしいと美智は思っているのだが。
「できるだけ、ここを利用しないようにしていただきたいんです。お身体が心配ですから…」
 お節介だと思われてもこれだけは言いたかった。しかし、次の玲人の言葉に美智はハラハラさせられることになる。
「うん、有田さんにもそう言われて、うちに来なさいって言われたんだけど。これ以上は迷惑かけられませんって断った」
 それは明らかに下心込みの誘いであり、この時ばかりは玲人の行動を咎めることはできなかったのである。


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Sweet Bitter Chocolate act22

►2008/04/20 20:00 

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 玲人はすっかり有田の言葉に頼りきっていた。未だに頭が混乱している玲人には、有田の言葉だけがよすがだった。
「しばらくは彼と会わない方がいいんですね…」
「まぁ、いずれは話し合いを持つべきだと思うけどね。今はまだその時じゃない」
 有田はその間に弱った玲人をものにするつもりだった。すぐにその男のことなど忘れさせる、その自信もあった。自分に夢中になる玲人を想像すれば、自然に頬が緩んだ。
 出来ることなら今すぐにでも、このいたいけな身体を組み敷いて慰めてやりたいと思う。いつもの慎重さを欠いていると自覚はしていたが、湧き上がる劣情は理性と反して制御しがたい。
 今まで相手にしてきた女性とは全く違う欲望を玲人には感じている。それがどういった類のものなのか有田は薄々気付いてはいたが、そんなことはあり得ないと否定する。
 有田は本心から誰かを好きになったことはない。男と女が対峙する時、そこには常に駆け引きが生じることを幼い時期から有田は敏感に感じ取っていた。女は男に好意を感じると、意識的にしろ無意識にしろ媚態を演じる。それがジェンダー的弱者である女性が生物として生き残るための本能的な行動なのだとわかっていても、有田にはそれが厭わしく思えてならなかった。だからこそ、有田は理想を追い求めるように女性遍歴を重ね続けてきた。女性にも本気になったことがない有田が、玲人に恋情を持っているとは到底思えなかった。
 しかし今、有田の目の前に一つの答えが提示された。
 玲人が自分に向けるのは、男性ゆえの純然たる好意。媚びも計算もないそれは玲人が有田に対して恋情を抱いていない所為もあるが、しかし有田にはその愚かしいほどの純粋さが心地よい。自分が求めていたものはこれだったのかもしれない、とは思うもののやはり玲人に恋をしているとは断言できないでいた。


 翌日も仕事があるという玲人を、有田はタクシーで自宅まで送ることにした。本能ではすぐにも玲人をどうにかしたいと落ち着きのない欲望がざわついてはいたが、今は時期尚早と理性がそれをなだめた。玲人が有田に依存している限り、機会などいつでもある。果実の収穫時期を見誤ってはいけないと有田は思慮深くその時を待つ。
「じゃあ、今日は本当にありがとうございました」
 狭い車内で小さくペコリと礼をして、玲人はその謝意を視線でも伝えてくる。気持ちが素直に顔に出やすい玲人はやはり見ていて気分がいい。
「いや、こちらも楽しかったよ。また今度、食事をご一緒したい」
「はい、僕もぜひ」
 タクシーを降りても玲人は有田に手を振って笑いかけてくる。こんな笑顔を見られるならば、肉体的な接触のない交際も悪くないと有田らしくもないことを思ったりした。
 ウィンドーを下げて有田も手を振り返していると、遠くにこちらを窺う長身の男の影が見えた。夜目にも男の視線を感じて、もしやと有田は警戒した。玲人の携帯の充電が切れていたことを思い出し、連絡の取れない玲人を心配して直接男がこちらに出向いてきたのではないかと推測した。いつ帰るか分からない玲人を、まだ寒さの残る二月の寒空の下で待ちつづけていたというその熱心さから男の本気を感じた。
 玲人と別れを告げ、玲人が前方に視線をやる。
「ちょっと待って下さい」
 発車させようとしていた運転手を制止して、有田は車内から二人を見守った。
 玲人は数歩進んだところで歩みを止めた。おそらく、マンションの前で待ち伏せしていた男の存在に気づいたのだろう。そして男は玲人に何やら叫んでいるが、有田にはその内容までは確認できなかった。そして次の瞬間、近づいてくる男から逃げるように玲人が身を翻した。有田が呆気に取られる間もなく、玲人が「開けて下さい!!」とタクシーに叫び、運転手が慌ててドアを開けた。
「大丈夫ですか、お客さん!?」
 運転手は男を変質者だと思ったのだろう。しかし、有田にはあの男が誰なのかわかっていた。
「荻久保くん、いいのかい?」
 まるで本当に変質者に遭ったかのように息を切らせてガクガクと震える玲人に、有田は労わるように背を撫でてやり、引き寄せて軽い抱擁を与える。
「ちょっと、ビックリしちゃって…」
「ああ、そうだろうね」
 分かるよと有田がなだめると、がくりと項垂れた玲人が小さな声で「すいません…」と呟く。
 男の姿はすぐそこまで近づいていた。有田が発車を促すと、意を得た運転手が車を急発進させた。
「玲人さん!!」
 男の怒号が車内にまで聞こえてくる。その必死さからは、とても男が玲人に別れ話をしにきたとは思えなかった。浮気の弁解でもしにきたのか、それとも何か事情があったのかわからないが、有田が玲人と男のよりを戻させるような愚かな真似をするはずがなかった。
 玲人に「今は距離を持つべき」と話したことは正解だった。「今話し合いをすれば別れ話になる」という有田の言葉が玲人を逃避に駆り立てたのだろう。単に玲人と男を引き離すために出た言葉だったが、このような効果をもたらすとは思ってもいなかった。
「怖い…」
 と呟いた玲人は、小動物のように小刻みに身体を震わせている。
 急展開だが、これはチャンスに違いない。有田は玲人の肩を抱く手に力を込めて、その顔に下卑た笑みを浮かべた。


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Sweet Bitter Chocolate(完結) | Comment(0) | Top ▲

Sweet Bitter Chocolate act21

►2008/04/19 20:00 

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 有田のお勧めの多国籍料理の店を訪れた二人は、普段はあまり口にしないような珍しい料理の数々を堪能した。生春巻きやパッタイ、カバブなどで空腹を満たすと、今度は会話の通る静かなバーへと移動する。
 高層ホテルの最上階に位置するラウンジは、静かな雰囲気が気に入っていて有田が女性を口説くのによく利用する場所でもあった。甘みの強いカクテルは案外アルコールの強いものが多い。酔いつぶすというところまではいかないが、気分よく酔うあたりまでカクテルを飲ませ、その後は客室に移動するというのが有田の常套手段だった。もっとも、女性の方もホテルのラウンジバーに誘われたという時点で、そこに暗黙の了解が生まれている。有田もそこに、その後の展開を暗に込めての誘いであるからここに来る時点で了解は得ているようなものだ。
 もちろん、そんな意図を知らない玲人は有田に言われるがままについてきた。食事を共にしたことで玲人がすっかり有田に心を許したのが分かる。そんな警戒心のない玲人がひどく歳不相応に幼く感じられて、自分が酷い大人になったような気分になる。実際には4歳しか違わないのだが、玲人の邪気のなさは見た目の年齢不詳ぶりも相まって、有田に微かな罪悪感を感じさせるには十分だった。
 ラウンジバーに足を踏み入れると、そこは外界と一線を画した静けさをまとっていた。間接照明のみの薄暗い店内を玲人を伴って歩いていると、玲人がふと足を止めた。
「…?どうしたんだい?」
 ここまで来て、玲人が急に怖気づいたのかとその表情を窺うと、前方に視線を向けたまま固まってしまっているのがわかった。その様子は、その日の午前中に見た光景に似てはいたが、違うとすればその目に哀惜のような感情の揺らぎが見えたことだろうか。
 自分がしばらく放心していたことに気づいた玲人は、ハッとしたように有田を見やりぎこちなく笑った。
「す、すいません、ちょっとボーっとしちゃって」
「大丈夫?気分でも悪くなった?」
 心配そうに問われた玲人は、「いいえ」と首を振る。
「夜景が、綺麗だな…と思って」
 何度もここを訪れている有田には見慣れた風景であるが、ガラス張りになった店内は視界いっぱいに東京の夜景を見渡すことができる。特にもの珍しくもないこの眺めが、なぜか玲人の心の琴線に触れたらしかった。どこか感傷的な表情を見せて玲人は笑った。
「すいません、何でもないです」
 無邪気な幼さの合間に見せる、大人びた哀愁に有田は目が離せなくなる。胸の内が甘く、苦しく締め付けられる痛みを、有田はまだ自覚できずにいた。


 二人はカウンターの隅でカクテルを傾けながらポツリポツリと会話をした。玲人のプライバシーを考えてバーテンダーの耳に入らない位置に席を決めたのだが、玲人の口は重い。それは信用されていない、というより本当に話せない理由だからなのだろう。アルコールで理性の枷を外してやろうと思ったが、以前に酒で失敗したことがあり、これ以上有田に迷惑はかけられないと頑なに断られて、玲人はオレンジジュースを飲んでいる。
 玲人からは簡単な二人の馴れ初めを聞き出すことはできた。「ある事情」により、交際を一度断られたという玲人はひどく疑心暗鬼になっているようだった。しかも、まだ付き合い始めて三か月も経っていない仲ならば、相手を信じ切れない玲人の気持ちは十分理解できた。むしろあんな決定的なシーンを見せつけられてもまだ相手を信じたがっている玲人のほうが、有田には信じがたいことだった。
 当初、玲人と相手の男を別れさせるつもりなど無かった有田であったが、胸の内に湧き上がるもやもやとした熱がそれを許さなかった。
「一度、少し距離を置いてみるっていうのも手段だよ」
「距離を、置く、ですか…?」
 真っ直ぐな視線を向けて自分の言葉を復唱する玲人に愛おしさを感じながら、有田は続ける。
「うん。お互いにね、考える時間が必要かもしれない。恋愛って、一時の熱病みたいなところがあるしね。君も、その彼も、冷静になる時間を持つべきなのかもしれないね」
「それは、勘違いしてるかもしれないってことですか?」
「まぁ、それは極端な言い方だけど。彼は元々はゲイではなかったわけだし。女性と関係を持ったことで、何か考えるところもあったかもしれない」
「そんな…」
 悲しそうに項垂れる玲人を抱き寄せてやりたい衝動に駆られる。しかし、いかんせんお互い公人であり人目がある以上、あからさまなことができないのが残念だった。
「もしかしたら、彼も一時の過ちだったと反省しているかもしれない。女性と関係を持ったのも、君との関係に悩んでのことかもしれないよ。ノーマルだった人間が、いきなりそっちの道に入ってしまうっていうのはかなり葛藤があると思うし」
 有田の言葉に、玲人はじっと聞き入り何かを考えている様子だった。一般人である男と、性嗜好を歪めさせてまで交際を続けることを悩んでいるのだろう。もう少し押せば、玲人の頭から男の影を追い払うことができるかもしれないと、有田は確信した。
「とにかく、今、彼を問い詰めるのは得策じゃないね。追いつめられて、君を鬱陶しく思うかもしれない。彼はあの若い女性に一時的にのぼせているだけかもしれないしね。今君たちが会話をすれば間違いなく別れ話になると思うよ」
「………!!」
 別れ話、という単語に玲人は過剰な反応をみせた。それだけは回避したいと目を潤ませて訴えてくる玲人に、有田は偽善者の笑みを浮かべて囁く。
「あんまり悲観的にならないで。事はなるようにしかならない。今はすこし、冷静にならなきゃ。ね?」
 有田の言葉に救いを得たように大きく頷く玲人を自分の意のままに操ろうとする男は、もうすぐ自分の手に落ちてくるだろう甘い果実を味わうその時を待つばかりだった。


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Sweet Bitter Chocolate act20

►2008/04/17 20:00 

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 ホテルのベッドはよほど寝心地が良かったのか、玲人は夕方にようやく目を覚ました。
 執筆にも飽いて一服していた有田はベッドルームで物音がしたのに気付いて様子を窺いにいく。ぼんやりとした顔つきでベッドの上で上半身を起こした玲人はまだ眠そうに目を擦っていた。
「やぁ、お目覚めかい?」
 有田の問いかけに玲人は稚い仕草でこくりと頷く。
「…おはようございます」
「はは、もう夕方なんだけどね。マネージャーに連絡するといい。彼女も心配していたから」
「あの、美智は…?」
「僕の独断で済まないが、彼女には帰ってもらったよ。だいぶ疲れていたようだったしね」
 勝手な事をしたと謝る有田に、むしろホッとしたように「いいえ」と玲人は首を振った。玲人としても彼女の過労は気がかりだったのだろう。
 玲人は有田からジャケットを受け取ると、ポケットを探って携帯を取り出す。
「あれ。充電切れてる…」
 独りごとのようにそう呟いた玲人に、有田は自分の携帯電話を差し出した。
「僕のを使うといい。番号は覚えてる?」
「いいえ。でも、スタジオの番号は覚えてるから誰かに連絡してもらいます」
 そういって玲人は有田の携帯を借りて、何とかマネージャーへの連絡を取りつけてもらったようだ。
「本当に何から何までお世話になりました。迷惑かけてしまって申し訳ないです…」
 そう言って恐縮する玲人に、有田は新鮮さを感じずにはいられなかった。第一線で活躍する人間には勝ち気で不遜な人間が多い。むしろそういった性格でなければこの業界では勝ち残っていけないと有田は思うのだが、玲人の場合、こちらが心配になるほど自己主張が弱い。あの女性マネージャーがまるでわが子のように心配していたのも無理はない。
「いや、それよりも気分はどうだい?起き上がれそうかな?」
 恋愛の第一段階においてスキンシップは大変に重要な役割をもつ。有田はベッドに腰掛けると、玲人の背に腕を回す。距離の近さは、すなわち相手への好意の表れとなる。
「はい、だいぶ頭はすっきりしました…」
「精神的にはどう?なんとかなりそう?」
「それは…」
 もちろん、十分な睡眠を取ったからといって問題まですっきり解決しているはずもない。現実に引き戻され、表情を曇らせた玲人を有田は優しく包み込む。
「どうかな、僕じゃ相談相手にならない?場数だけはそれなりに踏んできたつもりだよ。それに、不安は口に出してしまった方がすっきりするんじゃないかな?」
 巧みな有田の言葉にも、玲人はやはり申し訳なさそうに「でも…」と渋る。それも仕方のないことで、有田にとってはその日会ったばかりの人間を口説くことは珍しいことではなかったが、玲人にとって有田は初対面で迷惑をかけてしまった恩人である。これ以上、しかもプライベートのことで煩わせたくないとでも思っているのだろう。
 そんな玲人の考えが読めたので、有田はアプローチを変えてみることにする。
「それにね、君とはもう少しわかり合いたいと思っているんだよ。今日の対談が流れてしまったのは良かったんじゃないかと思ってる。だって、それまで僕たちには時間の猶予が与えられたんだからね。お互いを理解し合った上での談話の方が、僕はいい仕事になると思うんだ」
 玲人は「いい仕事」という言葉に反応を示した。なるほど、荻久保玲人という男は本当に仕事人間らしいと有田は理解する。
「それに、一人でいるより誰かといるほうが気が紛れるだろう?僕でよかったらお相手するよ」
「そんな、こちらこそ…」
 もう玲人も渋る様子は見せなかった。「はい」と素直に頷く様は同性云々という枠を超えて可愛らしいと言う他ない。
「シャワー浴びるかい?汗かいただろう?」
「いいえ、それほど…」
 すると、玲人の声に被せて、ぐぅうううという緊張感のない音が聞こえてきた。それは玲人の腹から聞こえてきたもので、玲人はひどく恥かしそうに腹を押さえて顔を真っ赤にした。
「ご、ごめんなさい…!」
「ははは、まずは腹ごしらえかな」
 おかげで二人の間の微かな緊張感が緩んだのは幸いだった。美味しい店を紹介するよと有田は言って、玲人を食事に誘うことに成功したのであった。


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Sweet Bitter Chocolate act19

►2008/04/16 20:00 

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 玲人は考え事をしているうちに眠りこんでしまったらしい。眠っていても玲人の顔はどこか不安げだ。眉間に力の入った寝顔を横目で眺め苦笑して、有田は部屋の外でヤキモキしているだろう玲人のマネージャーと記者達に声をかける。
 しかしドアを開けるとそこにはもう記者達の姿はなく、玲人のマネージャーが一人そこに立ち尽くしていた。
「おや。他の連中は?」
「スケジュールの打ち合わせが済みましたので、お帰りになられました」
 女性マネージャーの言葉に「あっそう」とつまらなそうに返事をして、有田は言う。
「君、帰っていいよ。荻久保くんは私が看ているから」
「そういうわけにはまいりません。荻久保は私が責任をもって送ります。有田さんのお手を煩わせるわけにはまいりません」
 いかにも頭の硬そうな女性マネージャーは頑なにそう言い張った。煩わしいのは君の方だと有田は内心ぼやき、相手をするのも面倒だと言わんばかりの態度を見せる。
「今、荻久保くんは寝てるんだよ。しばらくは休ませてやりたいと思っている。私もパソコンを持ってきているし執筆のついでに看てやってもいいと言ってるんだよ。君だって、他にも仕事があるんだろう?」
「いえ、私の担当は荻久保だけですので」
「そう。じゃあ、君も今日は休んだらいい。荻久保くんもだが、君も目の下に隈ができてるよ。二人とも働きすぎなんじゃないのかい?」
 有田に指摘されて、マネージャーはハッと顔に手をあてた。ファッションにも美容にも興味のなさそうなこのお堅い女性マネージャーもやはり女だったらしい。恥ずかしそうに顔を赤らめると、戸惑ったように「でも…」と呟く。
「だから言ってるだろう。荻久保くんのことはついでだと。目が覚めたら僕が彼を自宅まで送っていくよ。起きたら君に連絡するように言っておくから」
 それでも渋るように眉をひそめるマネージャーに、駄目押しのように有田が囁く。
「大丈夫。さすがの僕でも寝てる荻久保くんにヘンな真似はしないよ」
 彼女が何の心配をしているのかわかっていたので、有田の方から先手を打ってそんなことを言ったのだが、案の定マネージャーはそんな勘繰りをした自分を恥じるようにまた顔を赤くした。
「いえ、そのようなことは…」
「いいよ。僕の噂は知ってるんだろう。…まぁ、あながち嘘ではないけどね。男性を相手にしたことはないから、そこは安心して」
「はぁ…」
 困ったように嘆息したマネージャーはギリギリまで迷っていたようだが、これ以上食い下がるのも有田に対して失礼だと判断したのだろう。結局、最後には有田に玲人を委ねることに渋々承諾した。
「すみません。ではお言葉に甘えて私はこれで帰らせて頂きます。荻久保をくれぐれもよろしくお願いします」
 マネージャーらしい堅苦しい言葉を残して去っていった彼女の心中は複雑だっただろう。例えるならオオカミにウサギを預けるようなもので、いくら有田がヘテロセクシャルだと主張しても玲人の場合、それが通用しないのだから無理もない。もちろん有田に下心があるのは事実で、このまま何事もなく玲人を帰すつもりもない。
 自他共に認める極度の面食いである有田は、自分の美意識に適う人間しか側に置かない主義だ。その基準で選んだ妻とは結局折り合い悪く、今はお互い自由恋愛を繰り返す仮面夫婦となってしまったが、お互いの恋愛に興味もなく干渉もせず新たに結婚したい相手がいるわけでもないので、離婚する理由もなく面倒なので籍はそのままになっている。
 子供もいるが、有田には何かしらそういった情に欠ける部分があるのか、子供に対する愛情というものがまるで無く、養育費を出すだけで教育は妻の方に任せきりになっている。こんな情の薄い親のもとに生まれてきた子供は本当に可哀想だと思うが、こればかりは有田もどうすることもできないので仕方ない。
 いつも何かを追い求めるように女性との恋愛に溺れた。彼女達の愛が偽りだとわかっていても一時の温もりがあれば、気持ちなど不要だった。時には有田に本気で入れ込んでしまう女性もいたが、なぜそんなにも他人に対して感情的になれるのか不思議でならなかった。有田にとって恋愛とは、一種のゲームであり、相手を言葉で口説き落とし、その工程を楽しむものでしかない。最近は自分が原作を書いた映画の制作に携わる機会が増え、その関係で主役の座欲しさの女優が周囲に湧くようになり、簡単に足を開く女性たちに飽いていたところだ。
 そんな有田の目の前に格好の恋愛対象として現れたのが玲人である。目の前で恋人に裏切られた傷心に付け入って、その華奢な身体を籠絡するのも悪くない。
 今度のゲームは有田を楽しませてくれるのだろうか。
 無防備に眠る玲人を、危険な笑みを浮かべて見つめる有田であった。


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Sweet Bitter Chocolate act18

►2008/04/14 20:00 

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 当然のことながら、その日の里村は使い物にはならなかった。普段ではありえないミスを連発する里村に、吾一も少々呆れ気味に「今日は帰った方がいいんじゃないすっか?」と言いだす始末だ。精神的には仕事などしている余裕はなく、今日ばかりは吾一に迷惑をかけているという自覚はあったが、一人の男として社会人の務めは果たさねばならぬという気概だけでなんとかその日一日をやりすごした。昼間に一度、玲人の携帯に電話をしたが繋がらなかった。仕事を終えてからもかけてみたが、やはり繋がらない。もしかしたら、あのまま入院などということになってやしないかと心配になったが、どのニュースでもそのような情報は流れていない。
 携帯電話以外に二人を繋ぐものはなく、改めて玲人との関係の脆弱さに気付かされる。
 里村は玲人の職場を知らない。玲人もまた然りで、お互い仕事の話はしない主義というわけでもないのに立ち入った話をするのもはばかられて、詳しい話をしたことがなかった。玲人と付き合い始めて二か月以上経つが、実際に顔を合わせたのは10日ほどしかなく、それも先日のように仕事帰りであったりするのでろくに会話を持つ時間もなかった。好きだという、その気持ちだけで付き合い始めたがクリスマスのあの夜から二人の仲は何も進展していない。
 携帯が繋がらない以上、里村の取れる手段は玲人のマンションに押し掛けるしかない。しかも玲人のマンションはセキュリティがしっかりしているため、玲人が部屋にいない場合里村は玲人の帰宅を外で待つことになる。待つのはいいが、玲人は自分の話を聞いてくれるのだろうかと思う。あれは誤解なのだと全て正直に話したところで、信じてもらえるものだろうかと里村は不安になった。そういった信頼関係さえも築いてこなかったことを今更後悔しても、もう遅い。
 それでも今、何もしないでいることはできない。このまま玲人に誤解されたまま、不安を与えたままでいることなどできない。倒れるほどのショックを受けた玲人を、自分の腕の中で癒してやりたい。許しを得るためなら何だってする。
 里村はそんな覚悟で玲人のマンションへと向かったのだった。


 想定はしていたが、玲人はマンションには居らず里村は外で玲人の帰りを待つことになった。帰ってくるという保証もなく、二月の寒気が身に染みる中、玲人の帰りをひたすら待ち続けた。その間、何度か携帯に連絡を試みたがやはり繋がらず、おそらく電源を落としたままにしているのだろうと思われた。故意にそうしているのかどうかは今は考えたくはない。とにかく顔を合わせて、自分の誠意を伝えたかった。
 仕事帰りに直行して三時間。時刻はすでに10時になろうとしていた。いつも遅くまで仕事をしている玲人のことだから覚悟はしていたものの、さすがに待ちくたびれた。終電までは粘るつもりでいたが、何度かその意思が折れそうになった。マンションの住人に訝しげな顔をされ、居たたまれない気分にもなったが、それでも里村は玲人に一言詫びたいという一心で待ち続けた。
 その時、マンションの前に一台のタクシーが停まる。もしやと思い、街灯の明かりだけを頼りに目を凝らすと、それは待ち望んでいた玲人の姿だった。しかし一人ではない。玲人はタクシーから降りると、同乗していた男にうっすらと笑みを向けて何事かを話している。記憶にある男の顔は、おそらくテレビで見たものだろう。美男子然とした男の姿に、何やら落ち着かない気分になる。こんな時間まで他の男と一緒だったのだろうかと思えば、昨夜の自分の失態も忘れて玲人を叱りつけたくなった。
 やがて別れの挨拶も済み、玲人が男に向かって手を振る。そして、玲人がこちらを向いたその瞬間、里村にも緊張が走ったが、玲人の顔が遠目にも強張ったのが見えた。
「玲人さん!」
 里村の呼びかけに、玲人はおののいたように動かなくなる。里村が玲人の元に駆け寄ろうとすると、玲人は一歩二歩と後ずさり身を翻すと、まだそこに留まっていたタクシーに「開けて下さい!」と悲鳴のような声で叫んだ。
「玲人さん!?」
 里村の声を無視し、玲人はタクシーに乗り込んでしまう。項垂れて男に肩を抱かれている様子が見え、里村が追いつく前にタクシーは発進してしまった。
「待って下さい、玲人さん…!!」
 走り去るタクシーに叫んでもその声が玲人に届くはずもなく、無情にもバックライトは遠ざかっていくのであった。


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Sweet Bitter Chocolate act17

►2008/04/13 20:00 

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 有田の手によって部屋まで運ばれた玲人は、その間、居たたまれない風情で腕で顔を覆っていた。その様が有田の目には新鮮に映り、尚更好奇心を刺激された。
 ベッドに横たえさせると、ひどく申し訳なさそうな「すいません…」という小さな声が聞こえてきた。
「いや。僕は当然のことをしたまでだよ。礼を言われるまでもない」
 有田がそう言うと、玲人は恐縮したように「ありがとうございます」と呟く。自分とそう年齢の変わらない男としては少々頼りないその様が、有田の庇護欲をかき立てる。おそらくこれが平凡な容姿の男だったら有田もこんなには興味をそそられなかっただろう。
 玲人に関する噂は色々と聞き及んでいたが、そのどれもが実際の彼とはかけ離れており、まさに百聞は一見にしかずという言葉を身をもって実感した有田である。
「大丈夫かい?」
 ベッドサイドに椅子を運び玲人の顔が見える位置に陣取ると、有田はその美貌を不躾に見つめる。病的に青ざめた顔はひどく痛々しいが、それが玲人に悲劇的な美しさを与えていた。
「少し、休むといい。仕事疲れが出たんだろう。君ほどの音楽家ともなると毎日忙しいんだろう」
 初対面の人間に凝視され、玲人は落ち着かない様子である。おそらく玲人を休ませるためにはここに有田はいない方がいいのだろう。しかし、そうしなかったのは有田が玲人に並々ならぬ興味を持ったからだ。それは玲人本人に対するものも含めて、先ほどの顛末を聞き出したいという野次馬的な理由もあった。
「美智は…。美智はどこですか?」
 それはおそらくあの女マネージャーのことなのだろうと理解する。彼女ならば、玲人と二人きりになるために記者らと共に有田が追い払った。
「ああ、今は興文社の連中と今後のスケジュールの打ち合わせでもしているんだろう。用があるなら呼んで来ようか?」
「…いいえ。いいです」
 本当は心細い思いをしているくせに、それを有田に悟られるのが恥ずかしかったのだろう。否定した言葉に意地を感じて有田は内心可笑しかった。
「何か、話したいことがあるなら僕が聴いてあげてもいい。見知らぬ人間のほうが話しやすいこともあるだろう」
 何も知らない有田にもあの短い出来事だけで大まかなことは把握できていた。あの時の玲人の反応を見れば、あの男とどんな関係にあるのか想像はつく。そして玲人がなぜ卒倒するほどのショックを受けたのかは言わずもがなだろう。
 しかし玲人から話を切り出す気は無いようなので、有田は先制攻撃をかけることにした。
「君ほどの人がいるというのに浮気するなんて、酷い男だ。僕ならきっと、君以外の人間なんて眼中に入らなくなるだろうにね」
 おそらく有田の推測は間違っていないはずだ。案の定玲人は息を飲み、小さな声で呟いた。
「…なんで……?」
「見ていてわかったよ。君はあの男しか見えていないみたいに動かなくなってしまったし。ただの友人にしては過剰な反応だったしね」
 有田の言葉に玲人は少し疲れたように瞳を伏せた。どこか諦めたような溜息を吐いて、玲人はためらいながらも口を開く。
「しょうがないんです。彼はもともと、…その、ゲイではなかったし。やっぱり女の人のほうがいいと言われれば、僕は身を引くしかないんです」
 そう言って悲しげに視線を外に向けた玲人は、マイノリティゆえの苦悩を呟く。おそらく過去にも同じような事があったのだろう。そして今のように戦わずしてそこから逃げ出したのに違いない。この諦めの良さからはそんな過去が透けて見えるようだった。
「ふぅん。君は随分あっさりしているんだね。ならば彼が他の女に走ったのも頷ける。きっと彼は君の気持ちがその程度のものだということに気付いていたんだろうね」
「そんな…」
「本当に彼を愛してるなら、すがってでも愛を乞うべきじゃないのかな?みっともなくても、それくらいの本気がなくてはね。綺麗なままでは本当に欲しいものは手に入らないよ」
「………」
 玲人は有田の顔をじっと見据え、黙り込んでしまった。身につまされるものがあったのだろう。その目には様々な感情が浮かび、揺らいでいる。
「ああ、すまないね。偉そうなことを言ってしまって。今のは忘れてくれて構わないよ」
「いいえ!…いいえ、すごくよく分かりました。…いや、でも、まだ僕にはよく分からない……」
 整理されない感情が言葉にも現れているようだった。頭では有田の言葉を理解していても、心ではそう簡単には理解できない内容なのだろう。
「いいさ、今はまだ頭が混乱しているんだろう。あんなシーンを目撃してしまったばかりだしね。今は少し休むといい」
「…はい」
 玲人はその目に白い天井を映して、おそらくは、有田の口にした言葉の意味を考えているのだろう。可愛いものだと内心笑う有田は、こんな子供騙しの恋愛論に心を揺らがせている玲人が案外うぶなのだと知る。これほどの容姿なのだから数々の男を手玉に取って来たのだろうと思っていたが、意外にも恋愛経験は少ないらしい。恋人に裏切られた寂しさを身体で癒してやろうと簡単に思っていたのに、意外と事は簡単にはいかないかもしれない。
 玲人の一途な想いを感じ取り、有田はこれからの戦略を静かに思案するのであった。


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Sweet Bitter Chocolate act16

►2008/04/12 20:00 

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 その瞬間、周囲の空