恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
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Crush on You act3

►2008/02/27 20:00 

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 その後、エドはずっと勤めていた会社を辞めて建築家として華々しいデビューを飾った。俺にとってそれは青天の霹靂のごとく驚くべき出来事だったけれど、エドは元々その世界では名の知れた人だったらしい。俺の知らないエドがそこにはいて、距離を感じたこともあったけれど相変わらずエドはドーナツを買いに訪れては俺と他愛もない会話をして、時には彼の相談に乗ることもあった。結局エドは、仕事と彼を取り巻く環境が変わっただけでエド自身にはなんの変化はなかった。それが俺には何よりも嬉しかった。
 そんな風にして三年が過ぎた。相変わらず俺達の関係は「友人」のままだったけど、それはそれで居心地が良かったし、エドがずっとあの人のことを好きだというのは知ってたから、それ以上の関係を望むなんて俺にはできなかった。俺はエドの近くにいられるだけでいい。そう思えば、片思いもそれほど辛くはなかった。しかし、そうも言えなくなってきたのは最近エドの口から再びレイジの名前を聞いたからだった。
 ただでさえ多忙なはずのエドが無報酬のデザインを手掛けたと聞いて、俺はその理由を尋ねた。すると、エドはそれがレイジの為だとのたまったのだ。
「レイが出資をするミュージック・ホールのデザインを公募するっていうんでさ、母方のファミリーネームで出したんだよな。そうしたら俺のが通っちゃってさ〜」
 ニヤニヤと嬉しそうにそう言ったエドに俺は(プロなんだから当然じゃん)と思いつつも、一応「良かったね」と言ってやったけど、内心面白くなかったのは言うまでもない。落成式に招待されているというエドは、何を着ていこう?なんてはしゃいで、ますます俺を不愉快にさせたけど、服飾関係に疎いエドに俺はきちんとお勧めのブランドを教えてやり、似合いそうな色やデザインなどのアドバイスもしてやった。友人としての務めはキッチリ果たしたと思う。落成式には当然レイジも来るんだろうし、浮かれるのも無理はないんだろうけど、エドに恋をしている俺としては複雑な気分だった。久しぶりの再会で焼けぼっくいに火が付いた…なんてことになったら洒落にならない。俺のこの三年間って一体何だったんだと言いたい。というか、三年もの間、想いを告げずうだうだしていた俺も悪いと思うけど…。
 とにかく、レイジに会いに行くため(本来の目的は落成式のはずだけど、本人の気持ち的にはこれで間違いない)エドは日本に旅立って行った。そして、帰って来るなりこのような失恋報告を受けたというわけなのである。
 俺にとってこのことは喜ぶべき事実なんだろうけど、小躍りするほどでもない。だって、エドは三年間ずっとレイジのことを忘れられなくて、あの時だってあんなひどい落ち込み方をするくらい好きだったのに、フラれたからって急にスッパリとわり切れるものなのだろうか。エドがこれからもレイジのことを想い続けていくっていう可能性もアリで、しかもあんなことをしちゃった俺をエドが恋愛対象として見てくれるハズもなく、結局俺の片思いはこのまま継続していく予定。そしてこの予定はほぼ決定事項。余程の天変地異でも起きない限り、俺に可能性が降ってくるなんてありえないことだった。
「…でさ。今日、お前この後予定あんの?話があるんだ」
 改まった様子でそう切り出したエドに、俺は(何だろう?)と思いつつも、いつもの癖で面倒くさそうな表情をしてしまう。
「まだ何か話すことあんの?泣きごとなら御免だよ」
「そんなんじゃねぇよ」
 そう言って俺を見つめる目がいつになく優しくて俺はドキッとした。目を細めて柔らかく笑うエドのそんな表情は好きだけど、そうされるたび俺は勘違いしそうになる。もしかしたら、エドも俺のことをちょっとは好きなんじゃないかって。そんなはずがあるわけないんだけど、そう勘違いしそうになるような笑顔なんだ。
「店は六時に閉まるんだろ。六時半でいいか?それくらいにまた来るから」
 俺が何の返事もしていないのに勝手に話を進め、美味いもん食わせてやるからなと言ってエドは出て行ってしまった。相変わらずのマイペースっぷりに俺は呆れるしかないけど、エドの話というのが気になった。レイジのことでまだ何か話し足りないことでもあったのだろうか?正直なところ、エドの口からレイジのことを聞かされるのは辛かった。三年前、「まだ、あいつのことが忘れられないんだ…」と絞り出すように言ったエドの言葉を思い出して苦しくなる。
 あんな風に愛されたかったと俺の心が悲鳴を上げる。友達なんかじゃなく、恋人としてエドに求められたい。でも、エドは俺じゃダメなんだ。俺はあの人みたいにキレイじゃないし、特別な才能があるわけでもない。平凡で、つまらない人間だ…。
「うわ、ばっかみてぇ、俺!」
 ネガティブになりがちな気持ちをわざと声に出して追いやって、俺は約束の時間を待った。


〜To Be Continued…〜



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ブログ拍手お礼☆ 2月26日 E様 何だか五話じゃ終わらない気がしてきました…。エリスを書くのはすごく楽しいです。今のところ、ちょっと可哀想な感じですが、幸せにしてあげたいです♪









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Crush on You(完結) | Comment(2) | Top ▲

Crush on You act2

►2008/02/26 20:00 

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 その頃の俺達は、エドが店に来た時に他愛もない会話を交わすだけのあくまで店員と客の間柄でしかなかった。だから、もしエドが店に来なくなれば俺達の関係は簡単に途切れてしまう。
 エドが店に来なくなって一か月。俺は憂鬱な日々を送っていた。エドが突然来なくなるなんて思ってもいなかった俺の動揺は激しく、外の様子ばかりが気になって仕事に集中できずにいた。
 いい加減諦めかけていたそんなある時、エドの姿を見つけたのはジトジトとした雨が続いていた憂鬱な日だった。店の前に傘も差さずに立ち尽くすネズミ色の男がいた。じっと見つめているだけで中に入ってこようとしない不気味な男を、俺はしばらくエドだと気づけなかった。エドだと気づいた後も、俺はそのあまりにも哀れな彼の姿に軽くショックを覚えてしばらく身動きが取れなかった。
「…エド?何してんの、そんなとこで」
 なるべく以前と同じように、明るい調子で声をかけた。傘を差すことさえ忘れるほど自失しているエドに、本当は何て声をかけていいか分からなかった。
「ああ、エリスか…」
 エドはそう言って俺を見たけど、その目は死んでいるように淀んでいて虚ろだった。
「何してんだよ、ずぶ濡れじゃんか」
 こんなに様子のおかしいエドを見るのは初めてで怖かった。自分の知っているエドじゃないというだけで、なぜか俺は不安になった。それでいて放っておくこともできず、俺は雨のせいで客足の見込めない店を早引けして、店の上にある俺の部屋へとエドを引っ張り込んだ。何でそんなことをしたのか今となっては思い出せないけど、俺がそんな思いきった行動に出てしまったほど、その時のエドは様子がおかしかったのだ。 
 エドを無理やりシャワールームに突っ込んで、熱い湯をぶっかけて身体を温めてやり、サイズの小さい俺のTシャツとスウェットを着せてやった。熱いコーヒーを飲んで顔色が戻った頃に俺はようやく話を切り出した。
「んで?なんで傘も差さずにあんなところに突っ立ってたわけ?」
 するとエドは自嘲気味に弱々しく笑った。
「アイツと行った場所、回ってたんだ…。そんなことしても、もうアイツはいねぇのに」
 アイツというのが誰の事を指すのか、俺には分かっていた。そしてエドがあの人…レイジと別れたせいでこんな風にボロボロになっていると知って、なぜか猛烈に腹が立った。エドはレイジとの恋の顛末をポツリポツリと語ってくれたけど、本人も頭が混乱しているのか所々話が飛んだりした。曖昧な叙述を想像力で補って分析してみたところ、エドはどう考えても元カノに騙されてレイジと別れさせられたとしか思えなかったけど、馬鹿みたいに人を疑うことを知らないこの男は元カノが嘘を言っているなどと微塵も思っていないらしかった。そして、その彼女が流産したと言うのを信じて「あなたの顔見てると辛いから別れて」と言われ、一人になって改めて自分がどれだけ馬鹿なことをしたか、どれだけレイジを愛していたかを思い知ったと言った。
 正直、馬鹿だと思ったけど真剣に地の底まで落ち込んでいるエドにそんなことは言えなかった。むしろその時は、なんでそんな奴のためにエドがこんなに落ち込んでいるのか理解できなくて苛立つばかりだった。俺の方がエドを好きなのに、俺だったらエドを傷つけたりしないのに。そう思ったら、悔しくて、嫉妬で頭がグチャグチャになった。
 その後の記憶は非常に曖昧だ。どうやってエドを誘ったのか、イマイチ思い出せない。ただ、俺の中に汚い算段があったことは否めない。今ならエドを俺のものに出来るかもしれない、と。俺はエドが抵抗しないのをいいことに、腹立たしい気持ちに急かされてフェラして上に乗って何度もイカせた。
 終わったあとはさすがに正気に戻っておもいっきりヘコんだ。特に、エドから気まずそうに「悪ぃ…」と言われた時にはもう無理だと思った。俺とエドの関係は完全に終わったと、そう思った。それなのに数日後、エドはドーナツショップにやってきた。洗濯を済ませたTシャツとスウェットを手に。何もなかったかのように気さくに話しかけてくるエドに、俺は少しの落胆と諦めを覚えた。きっと、エドにとってはあんなの大したことではなかったのだ。そして、俺がエドへの気持ちを我慢さえすればきっとエドは俺を『友人』として扱ってくれるのだと。
 それ以来、俺はエドの良き相談相手という地位を得たのだった。


〜To Be Continued…〜



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Crush on You(完結) | Comment(0) | Top ▲

Crush on You act1

►2008/02/25 20:00 

 次の連載にいく前に遠麗さまからのキリリク「エディのその後」編、「Crush on You」を単発で書いていきたいと思います。予定では五話くらいで終了するはずですが、作者の気分次第で前後するかもしれません。
 時期的には『Love Paradox』終了後ぐらいと同時期になります。レイちゃんと別れて三年後のエディのお話です。ちなみにエディはこの作品ではエドと呼ばれています。エディはレイちゃんだけの呼び方なので☆

※過去の作品をご存じない方へ。エディとは『In the name of love』に出てくるキャラクターのことです。興味のある方はそちらもどうぞ♪







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「…てな訳で、ものの見事にスパッとフラれたわけよ」
 そう嘯いた目の前の男は、フラれたというわりには妙にサッパリとした顔をしていた。
 俺はふ〜んと関心の無さそうな返事をしたけど、心のどこかでそれを喜んでいる自分がいるのを自覚した。性格悪いなと自分でも思うけど仕方ない。三年も片思いしていれば、醜い感情も持て余し気味にもなる。
 昼下がりのドーナツショップは客もいないので、こうして八歳年上のこの男の独り言のような報告に付き合っていても何の支障もない。
 しかし今日はいつもと違って何だか落ち着かない。こんな風に相談に乗るのは今に始まったことじゃないのに、服装がいつもと違うというだけで目のやり場に困る。Tシャツにジーンズとか、そんなラフな格好を見慣れてしまっているので、今日のようにブランド物のスーツをビシッと決めて髭もキレイに剃られているとまるで別人のようで、いつもより格好良く見えて…少し、戸惑う。
「ふ〜んって、それだけ?つれないねぇ〜、エリーは」
(中身はいつもと同じなんだけどな)
 ふざけたりからかう時にいつもエドは俺をそう呼ぶ。女みたいだから嫌だといつも言うのに、絶対に止めてくれない。めんどくさいから今ではもう放置してるけど。
「だってさ、三年も経ってたらフツウ忘れるよ。それに、あんなにキレイな人なんだから他の人が放っておかないでしょ」
 エドは三年間好きだった人に日本まで告白しに行ってフラれてきた。
 三年前、エドとその人は短い間だけど同棲するほどの仲だったらしい。その頃、二人でこのドーナツショップを訪れたことがあった。その人はちょうどその時大変な時期で、マスコミから酷いバッシングを受けている最中だったから、ウチみたいな下町のショボくれたドーナツ屋なんかに来たこと自体驚きだったけど、俺にとって一番ショックだったのはそんなことじゃない。
 エドは昔からの常連で、俺とも顔なじみだった。「ここのドーナツはおふくろのと似てるんだ」と、以前からよく買いに来てくれていた。何度か会話を交わすうちに、俺はエドに淡い恋心を抱くようになってた。でもその時はまだ、「いい人だな」と思うくらいで、はっきりとした輪郭ない好意を持っていたに過ぎなかった。でも、ある日から買い上げるドーナツの量が増え始めた。それは明らかに一人で食べるには多すぎる量で、それも頻繁になって俺はもしかしたらと思うようになった。具体的な可能性を突きつけられて、俺はようやく自分の想いが本物だということに気付かされた。それからというもの、エドがドーナツを買いに来るたびに俺は心中穏やかではいられなくなったのだった。
 もともとゲイだった俺とは違ってエドはノーマルだと思ってたから、エドが女と付き合うのは仕方無いって思ってた。実際、エドはそれ以前には彼女もいたわけだから最初から諦めるしかない恋だと割り切っていた。しかし、エドがあの人を連れてこの店に来た時の衝撃は今でも忘れられない。エドと連れ立って、仲睦まじくやってきたのは当時はほとんど無名のモデルだった、レイジ・オギクボだった。
 その当時のレイジは、アーサー・ギルフォードとの関係がスクープされてちょっとした有名人だった。ゲイである俺としてもそのニュースは人ごととは思えず、レイジには同情すら覚えていた。それが俺の片思いの相手とデキてるなんて誰が想像しただろう。二重の意味で裏切られた俺がレイジに好意を持つはずがなく、エドがフラれたと聞いて安心してしまったのもそういう理由があってのことだ。だいたい、ギルフォードと付き合ってたくせに、状況が悪くなったからってすぐに他の男に乗り換えるってのも気に入らない。その辺の事情をエドはあんまり語りたがらないけど、「色々あんだよ…」と言われても俺には納得できなかった。
 確かに、ゲイについて軽薄そうというイメージが付いてまわるのは一部の人間の自由すぎる下半身事情のせいだけど、同性愛者がそんなんばかりだと思われるのは、俺みたいに真剣にパートナーを探している人間にとっては至極迷惑な話だった。レイジはまさにそんな尻軽の典型で、そんな奴に三年間も報われない恋をして結局フラれたエドはかなりバカだと思う。そして、そんなバカを好きな俺はもっとバカ…なんだと思う。
 そんな俺は、実は一度だけエドと寝たことがある。これじゃ、レイジのことを尻軽なんて言えないけど、あの時はそれこそ事情があったのだ。


〜To Be Continued…〜



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Web拍手お礼☆ 2月25日 E様 かなりキャラ違ってますが、楽しんでいただけましたでしょうか?変態丸出しなSSで本当に申し訳ないです…。あまりの変態っぷりにドン引きされた方が何名か…(数字でわかる悲しい現実)。この場を借りて謝罪_(._.)_






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Crush on You(完結) | Comment(0) | Top ▲

Love Paradox act32

►2008/02/23 20:00 

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 一月二日。
 新年の喜びに華やぐ世間とは裏腹に、憂鬱な面持ちで里村のマンションの呼び鈴を押す者がいた。
 熨斗(のし)をつけた一升瓶を片手に、しつこくブザーを押しているのはクリスマスの後、女に振られ、一人寂しく正月を過ごすことになった岡田吾一である。
 里村が料理上手なことを知っている吾一は、新年の挨拶と称して入手困難と言われる大吟醸を手土産に酒のつまみに美味い物を作ってもらおうと目論んでいた。しかし、先ほどから何度呼び鈴を押しても出てくる気配がない。初詣にでも出かけているのだろうかと思ったが、人混みなど騒々しい場所を嫌う里村がこの時期一番混んでいるであろう場所に自ら赴くとも思えない。あと一度鳴らして出なかったら出直そうと思っていたところ、室内からパタパタと音がした。人の気配に吾一は安堵して、扉が開くのを待った。
 しばらくするとチェーンが掛かったままの扉が開き、そこから半分顔を覗かせたのは随分と綺麗な容貌をした女性だった。
「…どちら様ですか?」
 部屋を間違えたかと思ったが、部屋番号は間違いなく以前にも訪れたことのある番号である。
「俺、里村さんの部下で岡田吾一っつうもんです。新年の挨拶に来たんですが、里村さん、留守ですか?」
「今、まさ…、里村さんはお風呂に入ってるんです。あの…どうしましょう…?」
 こりゃ里村さんのオンナかなと吾一はふんで、いつの間にこんな美人をと内心感心していた。
 女性もついさっきまで風呂にでも入っていたのか、短い髪がしっとりと濡れていて吾一に良からぬ想像をさせた。こんな昼間から風呂に入るということは、つい先ほどまで…と下世話な妄想は膨らむ。
「じゃあ、中で待たせてもらおうかな」
 相手は里村のガールフレンドとはいえ、吾一はこの美貌の女性に大いに興味をそそられていた。失恋からいくらも経っていないが、すぐ他の美人に引き寄せられてしまうのは男のサガ…というより吾一のサガであるようだった。
 しかし扉のチェーンが外され、現れた人物を見た時、吾一は不思議な既視感を覚えた。
 この顔には見覚えがある。目の前の人物の顔は、一人寂しくテレビにかじりついていた年末年始に何度も見たものだった。
「おぎくぼ、れいじ…?」
 フルネームで名前を呼ばれた本人は少し困ったように笑って、どうぞ、と吾一を招き入れようとしてくれていた。しかし、肝心の吾一の身体が固まって動けなくなっていた。とてもよく似た別人かとも思ったが、それにしては目の前の人物は美しすぎた。
 そんな風に玲人の美貌に惚けていた吾一を現実世界に引き戻したのは、里村の怒号だった。
「おい、吾一!何しに来た!?」
 怒鳴られた吾一はビクリと身体を痙攣させて、無事に現実世界への生還を果たした。
 気がつくと、仁王立ちの里村がバスタオルを首に垂らしたまま自分を見下していた。
「おわっ!!里村さん、何しにって…、俺は…」
「岡田さんは新年のご挨拶に来て下さったんだよ」
 動揺して口ごもる吾一を玲人がやんわりとした口調でフォローしてくれる。
「そうっす、これ持ってきたんですよ!もう、里村さんヒドイっす…」
 里村は吾一が差し出した一升瓶をひったくるように受け取ると、さりげなく玲人を自分の背後に隠した。
「もう用は済んだだろう。帰れ」
 里村の冷たい言い分に理由があることは理解できるが、それにしてはあまりにも酷い扱いに吾一も涙目だ。「そりゃないっすよ、里村さ〜ん」
「そうだよ、雅己さん、せっかくいらしていただいたんだし…」
 その言葉に、里村は吾一が見たこともないような優しげな表情を玲人に向けた。
「いいえ、コイツはどうせ飯目当てにここに来たに決まってます。こんなヤツを家に上げる必要なんてありません」
 そんな、と声を詰まらせた玲人を室内に追いやり、里村は吾一にちょっと来いと手招きして玄関を出る。
 ひと気のない通路で、里村は声をひそめて言った。
「…誰にも言うなよ」
 お前のことは一応信頼しているんだと前置きしての言葉に、吾一は息を飲む。
「じゃあ、あれってマジでおぎくぼ…」
「馬鹿が。口に気をつけろ」
 少し焦ったように辺りを警戒する里村に、冗談を言っている素振りは微塵も感じられない。
(こりゃ、マジだ…)
 吾一の頭がようやく理解するに至った。つまりは、お友達というような浅い関係などではなく、二人の関係はかなりディープなものなのだろう。
 いつ、いったい、どうやって、自分のよく知る人間である里村と世界的スーパースターである荻久保玲人がそのような関係になったのか根掘り葉掘り聞き出したいのは山々であったが。
 おそらく風呂上がりに飛んできたのだろう里村の髪は、肩に水滴が滴るほど濡れていてこのまま外に長居していては風邪をひいてしまう。
「里村さん、後でじっくり聞かせてもらいますからね」
 ふっふっふ、と不気味な笑い声の吾一に里村の顔が引きつる。吾一はお邪魔しましたと言い残して今日のところはその場を去った。思いもせず知ってしまったビッグスクープに吾一の頭はまだ少し混乱気味だったが、里村が玲人に向けた優しい表情に、「いいなあ〜」という言葉が自然に口をついて出ていた。
 あんな風にお互いを優しく包み込むような穏やかな恋愛を吾一はまだしたことがない。出会ったその日にベッドインという展開も珍しくはない吾一の恋愛は常に欲望先行型であり、ゆえに相手と精神的な深い繋がりを持つこともなく最長でも三か月で別れてしまうのがいつものパターンだった。
「どっかにいないかな〜、優しいカノジョ」
 性別さえ女だったら荻久保玲人はもろにストライクだった。先ほど少しだけ会話しただけでも玲人がイメージとは違って優しい人だというのは伝わってきた。玲人に限って言えば、同性というのも悪くはないと思える。さすがに、いかにも、というゴツイ男はご免だが。
「ああ〜、もう、ナンパでもしに行くか!」
 独り身の休日ほど寂しいものはない。ましてや里村と玲人の甘い雰囲気に当てられてしまったあとでは尚更である。その短絡的な方法がそもそもの原因であると気がつかない吾一はやはりまだまだ青い若造なのであった。


 里村が部屋に戻り、玄関で靴を脱いでいると玲人が居間からひょこっと顔を出す。
「…おかえりなさい」
 その神妙な様子に、玲人が先ほどの自分の軽率な行動を反省しているのがわかる。
「ごめんね、怒ってる、よね?」
 案の定、玲人は里村の機嫌を窺うような態度を取る。それが玲人のトラウマから由来しており、その原因が里村自身であることがわかっているから居たたまれない。
 また里村が突然態度を豹変させて自分を拒むのではないかと玲人は恐れている。ゆえに、嫌われるような行動はしないようにしようと常に警戒しているふしがあった。だからこんな風に落ち込んでいるときに玲人を放置してはいけないと里村は知っている。
「そんなことはありません」
 きっぱりと断言して、玲人の細い身体を抱き締める。腕の中に閉じ込めた玲人からは石鹸の優しい香りがする。玲人の元々の体臭も相まって、その香りはひたすら甘い。
「でも、今度からは来客があっても玲人さんが出る必要はありません。今日のような場合は無視して構いませんから」
 優しく諭すようにそう言うと、玲人は少しほっとしたように身体の強張りを解いて、里村に身体を預けてきた。そんな風にされると、里村も先ほど存分に吐き出したはずの熱が再び下半身に集まっていく。
 玲人が年末年始の音楽番組をはしごし、その後スタッフ達と打ち上げをして、里村のマンションにやってきたのは昨日の昼間だった。一睡もせず大騒ぎをしたらしい玲人はグッタリと疲労困憊していて、ほとんど意識のない軟体動物を里村はどうにか風呂に入れて寝かしつけ、玲人はそのまま今日の昼まで目を覚まさなかった。
 二日と三日はオフだと聞いていたので、クリスマスのあの日以来まともに会う時間の取れなかった二人が取った行動といえば、吾一の想像通りである。
 今までさほどセックスに執着したこともなく、どちらかといえば淡白な性生活を送ってきた里村だが、こと玲人に関しては十代並みになってしまうということを最近知った。
 今、玲人が着ているパジャマも里村が自分の好みで買った淡い水色のシルクで、小さめのものを選んだつもりだったが玲人には大きかったようで、しかしそれが逆に可愛らしく里村の熱を煽る。
 しかし、先ほどまで散々交わった上に更にまた負担をかけては、さすがに玲人の身体が限界だろうと、里村は自制するしかない。
 ふと玲人の表情を窺うと、頬がほんのりと赤く、里村を見つめる目もしっとりと潤んで熱っぽい。いつもはオールバックにしている髪が無造作に額にかかっている様に恋人が見惚れていることも知らず、里村は玲人の額に手を当てる。
「頬が赤いです。熱でもあるんですか?」
「ち、ちがう、けど…」
 指摘されて、首まで赤くなってしまった玲人が無性に愛おしく、更に力を込めてかき抱くと、お互いの下半身が触れあってそこがどういう状態になっているのかが知れた。
「あ…っ」
 微かな声を漏らした玲人のそこも反応しかけていることがわかって、里村はもう玲人の体調のことなど頭から吹き飛んでしまった。
「今日は一日、ベッドで過ごしましょう」
 里村の囁きに玲人が恥ずかしそうに俯いたままこくりと頷く。
 明日も休みなのだからと開き直って、二人は再び蜜のような時間を再開させた。
 どうかこの時間が永遠に続きますようにと願いながら…。



〜『Love Paradox』END〜



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 【追記】
 
最終話、随分長くなってしまいました(^_^;)お時間無い方、申し訳ありません。
そして、今まで読んでくださったみなさんありがとうございました。
年末年始、引っ越しやイベントに行っていたりして連載が途切れてしまったことを申し訳なく思っております。
そして、お礼拍手やブログ村にクリックして下さったみなさんありがとう!!ものすごく励まされました!!ここまで来れたのもみなさんのおかげです_(._.)_
なのに、まさかお礼拍手にコメントを残して下さっている方がいらっしゃるとは知らず放置していた私を許して下さいね(^^ゞ
この場を借りてお礼をさせて下さい。

11月28日 E様 いつもコメントありがとうございます!!E様からのコメントがあると何でかすごくホッとします…☆

11月30日 K様 乙女なオヤジ、里村はいかがでしたでしょうか?お気に召していただけたら幸いでございます。次回も里村とレイちゃんで一悶着書いてみたいと思います。これからもよろしくお願いします♪

1月2日 K様 明けましておめでとうございます…って、遅すぎですね!!すいません、すいません(ひたすら土下座…)ようやくペースも戻ってきたので、K様のブログの方にもご挨拶に伺います。ご来訪ありがとうございました♪

1月27日 M様 あたたかいコメント、ありがとうございます!!レイちゃんは色々と批難されやすいキャラなので好きだと言ってもらえてホントに嬉しいです!!これからはなるべく連載を途切れさせないように頑張ります!!

2月22日 E様 どうもです♪里村はちゃんと「男」になれてましたでしょうか?次回はE様からのキリリク「エディのその後」を書きたいと思っております☆間があいてしまってもうお忘れかもしれませんが…(^_^;)私もE様のキリ番狙います…:-)ふふふ…★


 みなさま、あたたかいコメントありがとうございます。こんな気の回らない管理人ですが、これからはこまめにチェックしてその都度お応えしていきたいと思っております☆今後も御贔屓に♪ではでは(^_-)-☆


 【更に追記】

 Web拍手のお礼SSを何か月ぶりかに更新しました♪
 内容は微鬼畜里村の一人称でエロ甘Hな内容となっております。
 いかんせん、半年前に書いたSSなもので、本編の里村とはキャラ違うじゃねぇかこのやろう、と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、パラレルだと思って楽しんでいただけると私も気が楽です(?)。
 興味のある方は、右側にあるピンク色のちょうちょをクリックしてみて下さい。
 いきなりWeb拍手お礼画面に飛びますがビビらないでくださいね♪
 そして、小説画面の萌えアニメ画は決して私の趣味ではありません。
 アレしかなかったんです…★










 




 
 
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Love Paradox(完結) | Comment(7) | Top ▲

Love Paradox act31

►2008/02/22 20:00 

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 駄目だとわかっていながら、玲人の熱のこもった瞳に視線を捉われ離せなくなってしまう。どんなに抗おうとしても、その瞳の誘引力には敵うはずがなかった。
「里村さん。僕は里村さんが好きです…」
 玲人の優しく力強い声に、里村は激しく心を揺さぶられる。たったそれだけのシンプルな言葉が、玲人を頑なに拒もうとしていた里村の心を崩壊させた。
 その瞬間、里村は玲人を抱きしめるために邪魔な諸々の感情を捨てた。それは理性や自制心、見栄やプライド、または今後への不安であったりした。
 全てをかなぐり捨て、ただ目の前の玲人が欲しいという欲望だけが里村を突き動かす。
 里村は、玲人の腕を掴み寄せると、玄関に引き込んで壁に抑えつけた。
「里村さ…っ!」
 玲人の声は里村の唇に吸い込まれる。無音になった二人の世界では、玄関の重い扉が閉じた音も、足下に落ちたマフラーの箱の音も一切が消えた。
 堰き止めていた奔流が一気に決壊し水があふれ出すように、押しとどめていたぶんだけその想いは激しく、とどまることを知らなかった。
 唇を離した里村は吐く息も荒く、万感の想いを込めてその言葉を口にする。
「………愛しています」


 ベッドの中で二人はけだるい愛の余韻に浸りながら、ようやく想いを通わせることができた喜びを感じていた。
 玲人は腕枕をしてもらい、里村の胸に頬を寄せている。里村は玲人の髪や肌の滑らかな感触を味わいながら、時折いたずらをしては玲人を笑わせている。
 里村は神の存在を信じていない。そういう存在自体を認めていなかったが、そういった運命を司る存在がもしいるのだとしたら、里村は玲人という稀有な人間を自分に与えてくれたことに感謝したい気分だった。
 玲人は里村の過去を知っていた。知っていながら、玲人は里村を選んでくれたのである。
「過去がどうであろうと、里村さんは、里村さんだから」
 と玲人は言った。
「だからといって、今の里村さんが好きだから過去なんてどうでもいいなんて思っているわけじゃなくて…。そういう過去ごと里村さんを愛してるから…」
 そう言って耳を赤くした玲人を心から愛おしく感じた。
 この先どうなるのかはまだわからない。心配事は考え出すとキリがないが、今は腕の中のぬくもりをただ感じていたい。少し回り道をしたが、今はその道のりも必要な行程だったのだと思える。
「ねえ、里村さん」
 不意に玲人が真剣なトーンで呼びかけ、里村は、はいと返す。
「僕の過去も、丸ごと愛してくれますか…?」
 里村はその問いに迷わず、
「もちろん」
 と答えた。
 玲人が複雑な事情を抱えているのだろうということは薄々気がついていた。玲人にはどこか、天真爛漫に生きてきた人にはない陰りのようなものが時折見え隠れしていた。急がずとも、少しづつ玲人のことを知っていけたらいいと思う。玲人にどんな過去があろうとも、里村には受け止める自信があった。
 嬉しそうに「よかった」と言ったあと、里村は自分の胸元が濡れていく感覚に気づく。それが玲人の涙だと知った時、玲人の抱える苦しみに里村の胸が痛んだ。いつかその痛みを分け合えたらと、里村は玲人の肩を抱く手に力を込めたのだった。


〜To Be Continued…〜



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Love Paradox(完結) | Comment(0) | Top ▲

Love Paradox act30

►2008/02/21 20:00 

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 ソファでうたた寝をしていた里村は来訪を告げるチャイムの音で目を覚ます。
 目に入った時計の針はすでに日付を越えていた。
 一体誰だと不愉快な気分になり、すぐにそんなことをしそうな人物を思いつく。こんな非常識な時間にやってくる非常識な人間を里村は一人しか知らない。
 里村は何の疑いもせず来訪者を吾一だと決めつけて、確かめもせず扉を開けた。
 そして里村は、そこに立っていたのが思っていた人物では無かったことに、それが二度とここに来る筈のない人物だったことに驚いていた。
「………こんばんわ」
 小さな声でそう言って、ためらいがちに里村を見上げる玲人がそこにいた。玲人は先ほどまでテレビで見ていたのと同じ衣装で目の前に立っていた。あの生放送が終わってすぐに駆けつけたのではと思ってしまうのは里村の都合のいい思い違いであろうか。
 顔を能面のように凍りつかせたまま、フリーズしてしまっている里村には玲人がなぜここにいるのか理解できずにいた。あれほど傷つけ侮辱した里村に、玲人が会いに来るとは思えなかった。
 あまりのことに言葉の出ない里村に玲人がたどたどしく話しかける。
「こんな時間に失礼かと思ったんですけど、道が渋滞しててますます遅くなっちゃって…。あ、こんなのどうでもいいですよね…」
 里村も気まずいが、玲人も相当に気まずいのだろう。懸命に言葉を探しているのが分かるから、里村は黙って玲人の言葉を待つしかない。
「どうしても今日渡したくて。あの、これ…」
 そう言うと玲人は持っていた紙袋から綺麗に包装された箱を取り出した。差し出されて、里村は思わず本能的に身を引いてしまった。そんな里村に玲人はわずかに落胆したような表情を見せたが、すぐに気を取り直し自ら包装を解き始めた。
 有名ブランドのロゴが入った箱から出てきたのは、渋いワインレッドのマフラーだった。
「里村さんに似合うと思って。里村さんのお手持ちのコートにも合うかなって…」
 玲人のため息が白いかたまりとなって吐き出されたのを、里村はじっと見つめていた。
 玲人には、もうここへは来ない方がいいと言ったはずだった。自分を憎んでくれればと酷い言葉も投げつけた。それなのに、玲人からは里村への憎しみなどは感じられず、懸命に何かを訴えるような必死さばかりが伝わってくる。里村にはそれが何なのか分かってはいても、受け入れることができないのだという事は重々承知していた。これ以上、玲人を自分に関わらせてはいけない。それは今、玲人を傷付けたとしても優先させなければならない事項だった。
 里村が口を開きかけた瞬間、そのタイミングを遮るように玲人が言った。
「ごめんなさい、押しつけがましいですよね…」
「荻久保さん、」
「いいんです、プレゼントなんて。会いに来る、ただの口実だから。今日なら許されるかなって、卑怯な手を使ってみたりして…。本当は話がしたかったんです」
 話などないと、冷たく突き放すことなどできなかった。それほど玲人は必死で、痛ましい。心が折れそうになっている人間をさらに追い込むような真似など里村にはできなかった。
「どうしてもあの日のこと納得できなくて。里村さんは興味本位で男の人を抱くような人じゃないって、僕はそう思ってるから…」
 違う、自分はそんな綺麗な人間なんかじゃない、と言ってしまいたかった。
 玲人を突き放すための嘘だったとしても、玲人とのセックスに興味があったというあの言葉はまぎれもなく里村の中にあった思いだ。玲人のことを恋愛対象として意識した時から、何度もそういった場面を妄想した。そしてその妄想を叶えるように玲人を抱いた。あんなことをしなくても、玲人と縁を切る方法などいくらでもあったはずだった。
 例えば、素直に里村の事情を話し、迷惑をかけてしまうからもう会えないという気持ちを伝えて穏便にすますことだってできたはずなのだ。それでもそうしなかったのは、玲人に自分の過去を知られたくないという、自分のエゴのせいだ。嫌われるために酷いことを言っておきながら、自分が昔極道者だったことを知られて嫌われるのを恐れるなど、矛盾も甚だしい。
「里村さん、何も言わなくていいです。でも、これだけは言わせて」
 玲人がしっかりとした口調でそう言って、里村を正面から見据えてくる。先ほどまでのオドオドした態度から一変して、覚悟を決めたその強い瞳に里村は絡めとられ、目が離せなくなる。
「里村さん。僕は里村さんが好きです…」



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Love Paradox act29

►2008/02/20 20:00 

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「お疲れ様でーす」
 演奏が終わると、玲人のもとにスタッフが駆け寄りその肩にコートを着せかけ、ねぎらいの言葉をかけてくる。その声に玲人は笑顔で応えながら、シエラと共に室内に入る。
「何なのこのクソ寒い日に外で歌わせるなんて!ギャラ二倍もらわないとやってられないわよ!」
 シエラの愚痴がジョークだということは皆わかっていてしかも同感だったため、その場にいた誰もが笑い「今度は南極な」などと冗談を言っている。
「ペンギンと共演?冗談じゃないわ」
 シエラも笑ってそう返し、またスタッフを笑わせた。
 そんな中、スタッフ達の撤収作業に混じって玲人が一人帰り仕度をしているのが目に入り、シエラは声をかけた。
「ねぇ、今から一人でクリスマスを過ごす寂しい輩を集めてパーティするんだけど、あんたもどう?」
 シエラは最近の玲人の変調に気がついていた。おそらくそれは里村という男が関係しているのだろうとシエラはにらんでいる。何があったかは知らないが、玲人が落ち込んでいるのは誰の目にも明白で、それでも無理に笑おうとするその姿が余計に痛々しかった。
 そんな玲人を気遣っての誘いだったのだが、玲人はまた頑張って作っている笑顔を見せて緩く首を振った。
「ゴメン。行きたいのはやまやまなんだけど今日は今から寄る所があるんだ。できるだけ早く行きたいからさ。…シエラちゃん、僕の分も楽しんできて!」
 わかったわ、と返事をしながらシエラはどこか違和感を感じていた。
 おそらくこんな特別な日に急いで行くというのだから当然それは恋人のところなのだろうが、それにしては玲人からはそのような幸福感が感じられない。むしろその無理矢理作った笑顔からは悲壮感すら漂っている。
「あー!もしかして恋人ですかー!?」
 玲人の言葉を聞いていたスタッフが冷やかすが、玲人は、
「そんなんじゃないよ」
 とあのぎこちない笑顔でたしなめる口調で言う。
 玲人が手にしていた紙袋から銀色のリボンが覗いていたのに気が付いたシエラは、それが誰へのプレゼントなのか薄々察していたが意地悪な質問を仕掛けてみる。
「それ、あたしにくれるの?」
 紙袋の中身を覗こうとするシエラから逃れるように、玲人はそれをサッと背後に隠した。
「ごめん、違うんだ」
 困惑顔で言った玲人に、シエラは不機嫌な顔をして見せる。
「ちょっと、あたしのは〜?」
「あ、ごめん、忘れてた!」
 本当に今気が付いたかのようにそう言われてしまえば、シエラも呆れるしかない。頭の中は恐らく一人のことでいっぱいだったのだろう。
 しょうがないわね、とシエラは言って今からあの男の元に向かうのであろう玲人を解放してやることにした。
「さっさと行きなさい。そして後で私に報告すること。そしたら許してあげる」
 何も事情を話していないはずのシエラの言葉に玲人は目を見開いて、そしてどこかホッとした笑顔を見せた。
「うん。ありがと」
「気をつけて。………メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 小さく笑って、玲人は扉の外へと出て行った。
 その後ろ姿に強い決意を見た気がして、シエラは小さく「Good Luck」と呟いたのだった。


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Love Paradox act28

►2008/02/18 20:00 

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 死にたくなるほどの失恋をしたからといって、日常が劇的に変化するわけでもない。里村は次の日もいつもと変わらぬ生活を送っていた。ただ違うのは里村の胸にポッカリと開いた空虚な穴で、それは他の誰かが容易に埋められるような代物ではなかった。
 玲人のために、おそらく一生分の情熱を使いきってしまった。もう他の誰かを愛そうとも思わないし、愛せないだろう。今まで誰かを失ってこんなにも打ちひしがれたことはない。結婚をしようと考えていた女に逃げられた時だってこれほどではなかった。
 しかしこの事がなくても里村には玲人を幸せにする自信などなかった。何のとりえもない、気の利いたセリフの一つも言えないこんなつまらない男に玲人はすぐに飽きてしまっていただろう。
 やり方は最悪だったが、結果としてはこれで良かったのだ。玲人を幸せにしたいと思っている人間は五万といる。自分よりも相応しい人間がきっといるはずだと、里村はそう自分を納得させた。
 それからの日々は昼は仕事、夜は酒びたりの繰り返しだった。玲人に会う可能性のあるバーへは行かず、買ってきた酒を眠気を催すまで飲む。歳の所為か二日酔いのまま仕事に行くことになり、吾一に「酒臭いっすよ」と愚痴られることもしばしばであった。
 そんな風に里村が怠惰な生活を送っている間に世間ではクリスマスイヴと呼ばれる日がやってきた。クリスマスなど関係ないというスタンスの里村も、この日になると妙に落ち着かない気分になる。吾一も今日は付き合い始めたばかりの彼女とキメるのだと、定時で仕事を終わらせようと張り切っていた。特に早く帰りたい理由もない里村は「今日だけだぞ」と吾一を早く帰らせた。
 そうして仕事が終わったのは夜の九時を過ぎた頃だった。いつものようにコンビニに立ち寄って今夜の酒を買い求める。すっかり常連になってしまった馴染みの店にはクリスマスだというのに、カップルに混じって憂鬱な顔つきの男が雑誌を立ち読みしていた。
 一人者の男が寂しげに見えるのはクリスマスという浮かれたイベントの所為かもしれなかった。そんな里村も一人で聖夜を過ごす寂しい男の一人で、未だに玲人との記憶が生々しく残っているだけに余計に物悲しい気分になる。
 里村がマンションに帰ったのは10時を回った頃だった。
 簡単に酒のつまみを作り、冷えたビールを並べて、取りあえずテレビのスイッチを入れた。案の定テレビの世界もクリスマス一色で、妙にテンションの高い芸人やわざとらしい女優の演技にうんざりしつつ次々にチャンネルをまわしてると、ふと画面に見知った顔が映って里村は思わずチャンネルを止める。
 それは玲人とよくあのバーに来ていた女性歌手で、玲人がプロデュースをしているシエラという女だった。
 撮影は屋外らしく、毛皮のゴージャスなコートをまとった彼女は局アナらしい女性からインタビューを受けていた。画面に玲人が映っていなかったので、今日は一緒ではないのだろうと気を抜いたとたん、アナウンサーの口からその名前が飛び出し、里村は驚いて画面を振り返った。
『今日は特別にプロデューサーである荻久保玲人さんのピアノ演奏もあります。今夜限りのスペシャルライブです!では、お聴き下さい!』
 画面が引きの映像になり、ピアノの前に座る玲人の姿が映る。その小さな映像だけで里村の心は再び生々しい痛みを覚えたが、あえて里村はチャンネルを変えることはしなかった。今はまだ玲人の姿を冷静に見ることはとてもできそうにない。しかし、玲人がこうして一線で活躍し続ける限り、玲人の姿はいやでも里村の目に入ってくるだろう。それでもいつか玲人とのことは過去のものとして里村の中にしまい込み、純粋に玲人を応援できるようになればいいと思っていた。
 映像の中では玲人のピアノ演奏が始まり、シエラがおなじみのクリスマスソングを歌う。
 玲人の音色はクリスマスの本当の意味を思い出させてくれるような神聖な響きがあった。カップル達の浮かれた気分を鎮め、本来は神に感謝を捧げる日なのだと諭してくれるような厳かな音に、玲人が本当の意味での音楽家であることを思い知った。
 今、里村が見ている玲人は自分の知っている荻久保玲人ではなく、世界に名をはせるミュージシャン『レイジ・オギクボ』である。やはり里村とは住む世界の違う、雲の上の人間だったのだのだと思わずにはいられなかった。
 褒められることではないが、やはり里村が玲人と完全に決別したことは正しかったのだと里村は納得する。玲人に不穏な噂が立つ前に別れたのは正解だったのだと。輝かしい玲人の経歴に傷をつけるくらいなら、今こうして苦しい思いをするくらい耐えられる。いつかその苦しみも時間が解決してくれるだろう。
 里村は玲人がピアノを奏でる姿を最後まで見届けた。里村が知る無邪気な顔とは違い、真剣な表情で音楽に向き合う玲人は清廉なほど美しく、高潔で近寄りがたい雰囲気をまとっていて里村は出会った頃を思い出していた。
 ずっと遠くで見ているだけの存在でよかったのにという後悔に、今更、と自嘲して、里村はその日の激務の所為もあってビール一本でソファに沈んでいた。


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Love Paradox act27

►2008/02/17 20:00 

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 行為が終わった後、玲人は失神するように意識を手放しグッタリと身体を投げ出した。里村は温かいタオルで汗や残滓を拭ってやると、身体を冷やさないようにとブランケットをかけてやる。すやすやと眠るその顔にはすでに荒淫の余韻はなく、子供のようなあどけない顔でぐっすりと眠っていた。
 里村はベッドの縁に腰掛け、煙草に火をつける。
 煙草の苦さがそのまま里村の気分を代弁しているようで、少し可笑しかった。
『里村さん…好き………』
 頭の中で何度もリフレインするその言葉が棘のように里村の胸を鋭く突き刺す。その棘は甘美な毒をはらんでいて里村を痺れさせた。
 一度でいい、手に入ったら満足しよう。そしてその後はきっぱりと諦めようとそう思っていたのに、いざこうして玲人と抱き合ってみると(手放したくない)と思っている自分に気づく。
 ずっと傍にいてほしい。
 大切にしたい。
 離したくない。
 …しかし。
 好きだから、一緒にはいられない。
 玲人に迷惑がかかる前に、里村は身を引かなければならない。
 背中越しに可愛らしい唸り声が聞こえて、玲人が目を覚ましたことを里村に教える。
「里村さん…。僕、もしかしてずいぶん寝てました?」
「いえ、ほんの数分です」
 里村がそう答えると、玲人はフッと笑って「よかった」と呟いた。
 不意に里村の背中を何かが触れた。電流のようなその感触には覚えがある。玲人と初めて食事をしたあの日、お互いの指が触れあった瞬間に感じたあの甘い痺れだ。
 玲人の指が里村の背骨をたどり、撫で下ろしていく。その感覚は脊髄を伝って脳まで犯されるような錯覚さえ起こす。こんな風になるのはきっと玲人だからなのだろうと思う。こんなに夢中になるのもおそらく、もう玲人だけだ。
「…荻久保さん」
 甘い余韻を断ち切るように、里村の口から発せられたそれはよそよそしく、先ほどまであんなに熱く交わっていたとは思えないほど冷ややかだった。
「は、はい…」
 里村の雰囲気を察して、玲人の応える声も自然と硬くなった。重苦しい沈黙が流れ、里村は息もせず次の言葉を待っている玲人に冷酷に告げた。
「もう、ここへは来ない方がいい」
「………え?」
 戸惑うような声を出して玲人は絶句する。玲人が受けた衝撃を思えば里村の胸は押しつぶされそうに痛んだ。
「…興味があったんですよ。あなたのような人がどんな風に乱れるのか」
 里村はあらかじめ用意していたセリフを抑揚なく口にする。声に出して改めて、この台本の酷さに笑いさえこみ上げてくる。
「もう会うこともないでしょう。一度で十分です。…あなただって気が済んだでしょう」
 何と最低な男だと、自分で演じていても腹が立つ。
 玲人もそう思ってくれればそれでいい。
 恨んで憎んで一生忘れられない男になれるのなら本望だと思った。
「な、何言って…?」
 震える声でそう呟いた玲人は、里村の放った言葉の意味が理解できないようだった。思わず嘘だと言いたくなりそうな気持ちを抑えつけて、里村は嘲笑う口調で追い打ちをかける。
「まだ満足していないんですか?仕方のない人だ…」
 その言葉がとどめだった。
 玲人はベッドの下に落ちていた衣服を身につけると、
「今日は、ごちそうさまでした…」
 こっぴどい言葉を投げつけられた相手に律儀に礼を言って去って行った。
 望んでいた結果通りになったのに、思った以上のダメージに里村は打ちのめされていた。
 そして誰よりも大切にしたいと思っていた玲人を自ら傷つけてしまったことを酷く後悔する羽目になったのだった。


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Love Paradox(完結) | Comment(2) | Top ▲

Love Paradox act26 (R−18)

►2008/02/16 20:00 

 まず始めにお断りを。本文は男性同士の性描写を含んでいます。18歳未満の方、男性同士の性描写に嫌悪を持たれる方、または(里村とレイの絡みなんて読みたくなかったよ〜!!)という方は、ここで引き返して下さい。下の文章からR-18指定とさせていただきます。


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 里村はサイドチェストからコンドームとローションを取り出した。経験は無いが知識として基本的な情報は仕入れてあったので、必要なものはあらかじめ揃えてあった。
 ショックのあまり呆然としている玲人に里村はそっと話しかける。
「あなたと繋がりたい。…ここで」
 人差し指の腹で窄まりをグイッと押すと、玲人が「ひゃっ」と声を上げて飛びのいた。
「いいですか?」
 かなり意地の悪い問いかけをしていると自分でも思ったが、玲人が肛門性交を好まない、もしくは抵抗があるのであれば里村は諦めるつもりだった。
 しかし玲人は顔を赤くしながらためらいがちに言った。
「里村さんが、嫌じゃないなら、いいです…」
 全てを委ねると、そう言った玲人に里村も、もう躊躇はしなかった。
 粘り気の強いローションを手に取ると、硬く閉じた蕾に丁寧に塗り込める。頃合いを見計らって里村はゆっくりと内部に指をもぐらせていく。
 何度もローションを足しながら、ようやく人差し指が付け根まで入った。指一本でもかなりきつい。
「痛くはありませんか?」
 里村が労わるように問うと、玲人は緩く首を横に振る。
「里村さんにされるんだったら、何だって平気…」
 少し苦しげに、しかし微かに微笑を浮かべてそんな風に言われて冷静でいられる男はいないだろう。慎重に抱こうと決めていたのに、早くもその決意が揺らぎそうだ。
 里村は玲人の唇を貪りながら、ゆっくりと指を抜き差しする。次第に内部の緊張が解けはじめ、玲人も甘い声を漏らし始める。あるポイントで際立って反応を示すことに気づき、そこを重点的に攻め立てる。
「ア、ヤダ、そんなに、しないで…!」
 先ほど達したばかりの性器が触れてもいないのに、再び兆しはじめた。ダイレクトに射精感を高められて玲人は激しく身悶えた。焦らすようにポイントを逸らすと、里村の指を追うように腰を揺らしてくる。
「いやらしいですよ」
 里村は揶揄するようにそう言って、いったん指を引き抜くとローションを足して指を増やした。
 もう玲人は痛がる素振りは見せなかった。その様子からやはり初めてではないことが窺えたが、玲人とて子供ではない。しかし、里村の中にじりじりと焼けつくような感情が生まれ、それが下らない嫉妬心であることに気づいていた。
 これからも玲人は里村以外の男と愛を交わすのだろう。玲人にとって今日の出来事は数多くのセックスの中のたった一度のことかも知れない。それでも里村にとっては特別な一夜だ。決して忘れることのない、大切な思い出になるはずだ。
 里村は玲人の中で遊ばせていた指を引き抜いて、自らの高ぶりをあてがった。グッと押し込むと、丁寧にほぐした後孔はスムーズに雄芯を飲み込んでいった。
「ひ…っあああ………っ!!」
 何の前触れもなく押し入ってきた熱い塊に、玲人は胸を反らして悲鳴を上げる。その声には苦痛ばかりではない官能的な響きがあった。
 最奥まで到達すると、里村は嘆息を吐いて動きを止める。
(やっと、手に入れた)
 今だけは自分のものだという刹那的な喜びが里村を複雑な表情にさせる。
 ふと、玲人が手を伸ばして里村の頬に触れた。指先が慈しむような優しい動きで輪郭をなぞる。
「里村さん…好き………」
 荒く乱れた呼吸の合間に囁かれた言葉は、その声音も一心に向けられる瞳もとろけるように甘い。しかし、里村にはそんな玲人の言葉に何一つ応えてやることができないのだ。
 自分には玲人の傍にいる資格がない。「愛してる」と口にする権利すらない。
 悲しくて、悔しくて、やりきれない気持ちを振り払うように里村はセックスに没頭した。
 あまりの激しさに玲人が悲鳴を上げても里村は動きを緩めることはしなかった。
「やぁっ…!イク、イッちゃう、あっ、あっ、あっ、ああっ…!!」
「玲人さ…、玲人…!!」
 玲人がひときわ甲高い嬌声を上げて果て、里村も内壁のキツイ締め付けに促されるように精を吐き出した。


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Love Paradox act25 (R−18)

►2008/02/15 20:00 

 まず始めにお断りを。本文は男性同士の性描写を含んでいます。18歳未満の方、男性同士の性描写に嫌悪を持たれる方、または(里村とレイの絡みなんて読みたくなかったよ〜!!)という方は、ここで引き返して下さい。下の文章からR-18指定とさせていただきます。


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 最低の愚行だという認識が里村にもあった。しかし、玲人が欲しいという欲望が理性をはるかに凌駕して、もはや止めることなどできないところまできてしまっていた。
 玲人を組み敷き、噛みつくようなキスをしながら里村は玲人のシャツの中に手を差し入れる。あの量の食事を取り込んだとは思えない平らな腹をなぞり、胸のあたりで尖った小さな突起を探り当てる。
「ふ…ンッ…!」
 指で軽くつまんだだけでも玲人はそこに快感を得たらしい。本能的に身体を捩らせて里村の指から逃れようとするが、ぴったりと身体を合わせて体重をかけられているこの体勢ではほんの僅かな身じろぎもできなかった。
「随分と感じやすい…」
 玲人の過敏な反応に、それをつぶさに観察している里村の方も熱くなってくる。表面上、平静を装っているものの、里村とて余裕があるわけではなかった。玲人の、目尻に涙をためてきつく閉じた瞼や、赤く染まった頬、唇からわずかに覗く舌などが里村に視覚的な刺激をもたらす。一刻も早く玲人の中に押し入り、滅茶苦茶にかき回したいという激しい欲求が生まれ里村の理性を奪っていく。
 ゲイでもない里村がいつから玲人をこうした情欲の対象として見ていたのか、里村自身定かではない。いくら玲人が女性的な容姿をしているとはいえ、彼が男性であることは知っていたし、平時の清楚な玲人から性的な魅力を感じることはない。しかし今目の前にいる玲人には、抗いがたい濃厚な誘引力があった。こうして玲人の肌をまさぐり、キスを交わしているだけで里村の欲望ははち切れんばかりにふくらんでいる。
 里村は煩わしいものを取り払うかのように玲人の衣類を脱がしていく。次第に顕わになる白い肌に里村は激しく欲情した。
「しょ、照明、消してください…」
 あまりにもまじまじと里村が見つめるので、いたたまれなくなった玲人がそんなことを口にする。
「駄目です」
「だ、だって、萎えるでしょ、こんな貧相な身体…。おっぱい無いし、ア、アレついてるし…」
 玲人が心配していることもわからなくもないが、里村とてそんなことは承知の上でベッドに誘ったのだということを玲人は失念している。ヘテロセクシャルの里村が、平らな胸や玲人の男性器を見て萎えるのではないかと心配しているのだろう。しかしそれは杞憂だった。先ほど玲人の下ばきを脱がせた折に垣間見た、淡い色味の小振りな性器は口での愛撫をためらわせることはなかった。
「何を馬鹿な事を…」
 里村は玲人の言葉を一蹴して、玲人の腿を割った。玲人の抗議の声も聞かず、恥ずかしいほどに大きく足を開かせると、里村は躊躇せずそこを口に含んだ。
「や…っ!あ、ダメ、そんな…!!」
 玲人は何とか逃れようと足をバタつかせるが、里村に力で抑え込まれてしまえば、あとはその愛撫を甘受するしかない。
「あ、はぁ、もう、でちゃう…っ」
 口に含む前からすでに兆していた玲人の性器は、里村が何度か唇で擦ってやるとすぐに先端から淫液を溢れさせた。もちろん里村は男のそれを口の中に迎え入れたことはなかったが、玲人のものならば何ら嫌悪を感じることはなかった。舌に感じるその淫液の味さえも、里村には愛おしく感じる。
「ダメ、はなして、…ホントに、もう、イク…っ!!」
 里村の頭を引き離そうと玲人は抗ったものの、里村は結局最後まで食らいついたままだった。里村は口の中に吐き出された玲人の精を残らず嚥下した。美味しいものではないが、これも玲人のものだと思えば苦ではない。
 顔を上げ、口元をぬぐった里村を見て玲人は顔を引きつらせた。
「う、うそ…。まさか、飲んだの…?」
「ええ」
 里村の返答に玲人は恥ずかしさを通り越して、衝撃のあまり顔面蒼白になった。
「何で、そんなこと、気持ち悪い…っ」
 里村よりも精液を飲まれた玲人の方が混乱し、今にも泣き出しそうに顔を歪めている。
「気持ち悪くなんてありません。この程度で驚かないでください。私はあなたにもっとすごいことだってしたいと思っている」
「すごい、ことって…っ」
「して欲しいですか…?」
 すでに半泣き状態の玲人は、ヒィッと喉を鳴らして首をブンブンと横に振った。
 もっと過激なこともしてみたいが、これ以上は玲人の精神が保たないと、里村は諦めるしかなかった。
 どうせこれが最後なら、玲人には気持ちのいい記憶だけを残したい。結果、その後に訪れるものが絶望であっても、せめて今だけは幸福なままで終わらせたいと、里村は思うのだった。


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Love Paradox act24

►2008/02/11 20:00 

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 翌日、里村の足はもはや常連となっているあのバーへと向かっていた。その足取りは決して軽いものではない。これから自分が起こそうとしている行動を思えば無理もないことだった。
 約束の時間通りにバーに着いたが、そこにはすでに玲人の姿があった。
 里村の姿を見止めた玲人が嬉しそうに口元を綻ばせる姿に、里村の疾しい心がチクリと痛む。
「お疲れ様です」
「…すいません。お待たせしましたか?」
「いいえ、僕も今来たばかりです」
 お飲物何にしますか?とメニューを手渡す玲人の手を制して、里村は言う。
「ここ出ませんか?お食事、まだですよね?」
 里村の言葉に玲人は驚いたように目を見開いた後、戸惑いの表情を見せた。それも今までの里村の態度からすれば無理もない反応だった。里村がこうして自分から行動を起こしたのは初めてではないだろうか。
「え、は、はい!お腹、空いてます!」
「実は準備してあるんです。お口に合うかわかりませんが…」
「あの、それは…」
「もし、よろしければ自宅にご招待したいのですが」
「え…!いいんですか…?」
 玲人の反応が素直すぎて、里村は息苦しささえ感じる。愛おしいと思う気持ちのまま、この人を大切にできたらどんなにいいかと思う。誰よりも大切にいとおしんで、誰よりも傍にいて守ってやりたいと思うのに、それが叶わない現実を里村は噛み締めるしかない。
 店外へ出る際にマスターと目が合う。その目がまるで(良かったですね)と言っているように、柔らかく細められていた。
(そんなんじゃない…)
 今からすることはデートなんて甘いものじゃない。
 忘れられたくない。
 里村のそんなエゴイスティックな考えのためだけに、玲人を傷つけ貶める行為だ。
 そして、玲人と自分を徹底的に引き離すための卑劣な罠だ。
 こうして今、何の疑念も持たない玲人に誘いをかける里村は相当な極悪人に違いなかった。


 

 以前交わした会話の中で玲人がクリームシチューが好きだと耳にした記憶があったので、里村は朝からそれらを仕込んでおいてあった。その他に簡単なサラダとフランスパン一本を用意していたが、それらも鍋いっぱいに作ったシチューもほとんど玲人が一人で食べつくしてしまった。
 どれも玲人のために用意していた料理だったが、その気持ちいいまでの食べっぷりに食欲のなかった里村はただただ圧倒されるばかりだった。
 里村が簡単な後片付けをしている間、玲人は出されたコーヒーを飲みながらテレビのバラエティー番組を見ていた。時折聞こえてくる笑い声に幾分複雑な気分になりながら里村は作業を済ませた。
 リビングのソファでは玲人がクッションを胸に抱いて、マグカップを片手にテレビに夢中だった。その無邪気な笑顔に里村の決意が挫けそうになるが、あの女からの電話を思い出せばこのままではいけないと思いなおすことができた。
 気配を察して、玲人が里村を見上げる。何か言葉を発しようとした玲人よりも先に、里村はソファの隣に腰掛け、玲人の手からマグカップを取り上げた。
「…っ?」
 不思議顔の玲人に何も告げずに、里村は抵抗する余地を与えずその唇を奪う。
「ンッ…!」
 三日前、玲人のマンションの前で交わした触れるだけの幼いキスとは違う深い口づけに、玲人があえかな声をもらす。しかし次第に、そんな里村の突然の行為を受け入れるようにおずおずと里村の舌に自らのそれを絡め、応えはじめた。
 里村は今まで抑えていた分、箍が外れたように玲人の唇を貪った。それはまさに蹂躙という言葉が似つかわしく、玲人に呼吸する余裕すら与えなかった。
「フ…はぁ…!」
 唇を解放すると、玲人は頬を紅潮させて肩を上下させた。
 潤んだ瞳のまま恍惚とした顔で里村を見上げているそれが、まるで男を誘うような淫靡な表情であることに本人はおそらく気づいていないだろう。いつもは子供のように邪気のない玲人が浮かべる淫らな表情に、里村は理性を失いそうになる。
「…ベッドに行きませんか?」
 里村のストレートな誘い文句に玲人は、耳まで赤くなり、恥ずかしそうに俯いてコクリと頷いたのだった。


〜To Be Continued…〜



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Love Paradox act23

►2008/02/05 20:00 

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『まあ、知らなかったの?玲人とギルフォード氏は付き合ってたのよ。ほんのつい最近までね』
 女はまるで自分の繰り出す言葉に酔っているかのようだった。
 しかし里村は次第に冷静になっていく自分を自覚する。昨日のキスの甘い余韻も完全に押し流され、まるで頭から冷水を浴びせられたような気分だった。
 玲人とデートをし、会話を交わして、玲人のプライベートな一面を垣間見たことで、優越感を覚えていたことは否定できない。メディアでは知り得ない、素の荻久保玲人を全て知っているような気分に陥っていたのかも知れない。しかし、女が口にした情報を里村は全く知らなかったし、玲人から聞かされたこともなかった。所詮は里村も玲人の「顔見知り」でしかないことを思い知る。
『玲人の方は随分前から別れたがってたみたいだけど、ギルフォード氏は玲人にぞっこんだったみたいね』
 女のその言葉で、以前玲人がマスターに相談していた「別れたがっている相手」というのが、ギルフォード氏のことなのだと察せられた。しかし玲人が「振られた」と言っていたのはどういうことなのか、これもまた里村の知り得ない事情なのかもしれない。
『わかったでしょ?所詮あんたなんか物珍しさで付き合ってあげてるに過ぎないのよ』
 そんなことはこの女に言われずとも分かっているはずだった。それなのに、玲人といる時間が楽しくて浮かれ切っていた自分が恨めしい。玲人が同じ気持ちを持っているなどと自惚れていた自分が恥ずかしかった。
『考えてもみなさい。玲人があんたみたいな暴力団関係者と付き合いがあるなんて知れたらどんなことになるか。マスコミに叩かれるくらいじゃ済まないわよ』
 追い打ちをかけるようにそんなことを言われ、里村は完全に打ちのめされた気分だった。
 里村には今更悔やんでも消すことのできない過去があり、それは公の立場にある玲人の名声を危うくするものだった。ならばもう里村が今後、玲人との関係をどうすべきかなど決まっているのではないだろうか。
 やはり、最初から玲人は里村などの手に届く存在ではなかったのだ。そう思えば、これからの喪失の寂しさも少しはましになるだろうか。
 電話越しにも里村が打ちのめされていることが知れたのだろう。女は満足そうに鼻を鳴らして、
『まあ、私はもう玲人とは一切関係ないから後がどうなろうと知ったことじゃないけど。いかにも週刊誌が飛び付きそうなネタだから、せいぜいカメラのフラッシュには気をつけることね』
 そう言って、一方的に電話を切ってしまった。
 静かに受話器を置いて、里村は長いため息をついた。
 昨夜のキスからほんの半日しか経っていない。その半日で、芽生え始めていた希望は一気に絶望へと変わってしまった。
(もう、荻久保さんに会ってはいけない)
 自分からネタを売るつもりはないようだが、あの女ならば気分次第で週刊誌にスキャンダルを持ち込むことも十分ありえた。玲人の将来を思うなら、里村はもう玲人に会うべきではない。例え里村が玲人のことを好きだったとしても。
 その時、デスクの上に置いていた里村の携帯電話が着信を告げた。手に取って、液晶画面に表示された名前を確認し、それが玲人であったことに里村は驚いた。
「…はい、もしもし」
『あ、あの、すいません、今お電話大丈夫ですか?』
 玲人の気遣わしげな、少し緊張したような声がある決意をした里村には心苦しい。
 構わないと言うと、玲人はやはり緊張を隠せない口調で切り出した。
『あの、明日お会いできないかなって。無理なら、全然構わないんですけど…』
 控え目なその言葉の中にも、言外に「会いたい」という玲人の気持ちが伝わってくるようで、里村の心は締め付けられるようだった。
『昨日、ちゃんと最後まで言えなかったし…。今度はちゃんと言いたいんです』
 何を、というのはもはや愚問だろう。玲人は彼なりに自分の気持ちにけじめをつけるつもりなのだ。ならば里村も、この、心にわだかまっていくような気持ちにけじめをつけなければならない。…それが、どんなに最低なやり方だったとしても。
「…わかりました、明日、ですね」
 里村は明日の夜、あのバーで玲人と会う約束を取りつけて電話を切った。


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Love Paradox act22

►2008/02/04 20:00 

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『知ってるのよ、私。あんたの過去』
 冷やかにそう言い放った女は、更に続ける。
『あんたの会社、寺内不動産といったわね。ちょっと調べたらすぐに分かったわよ。寺内組といったら二十年前まで秀和会でもかなり大きな組織だったそうじゃないの。あんた、幹部だったんですってね』
 どうやって女はこのことを知ったのだろうか。それなりの人間が調べればすぐにわかることなので、特に隠していたわけではないが、もしそういった調査機関に依頼して調べさせたのであれば、女のその執念は狂気じみていると里村は思った。
 かつて里村は、寺内組の先代の組長、寺内育蔵に随分世話になり、若くして幹部にまで取り立ててもらった。今でこそ里村も四十を過ぎて歳相応の落ち着きを持ち合わせ、暴力沙汰とは縁のない生活を送っているが、成人前の里村はまるで抜き身のナイフのようだと称されるほど荒れていた。
 中学を卒業してすぐに上京し板前の修業に入ったものの、それも長く続かず道を踏み外してしまった。荒れた生活をしていた里村を拾ってくれたのが先代の組長である寺内育蔵だった。育蔵は自分の息子と同世代の里村を、それこそ息子のように気に掛けてくれた。里村の若さゆえの暴走も、生まれながらの不器用さも、全てを受け入れてくれた、懐の深い、情に厚い人だった。
 しかし里村が些細な揉め事で弟分の為に暴力沙汰の喧嘩を起こしてしまい、傷害罪で逮捕され三か月の拘置所暮らしをしている間に育蔵は急死してしまった。あんなにも可愛がってもらった育蔵の死に目に会えなかった自分を、その時はひどく責めたものだった。
 出所して寺内組に戻ると、そこはたった三か月で混沌と化していた。
 もともとヤクザ家業に反発のあった育蔵の息子、和成が寺内組の跡目を継いですぐに組の解散を強行したためだった。当然その反発は大きく、里村も和成に反意を覚えていた一人だったが、それは他の組員達が思うような不安感や利益に関する問題のためではなかった。
 その頃すでに24歳になっていた里村は、内心では暴力で人を屈伏させることも、違法な手段によって相手を陥れることにも辟易していた。寺内組はそういった手荒なことを禁止してはいたが、それでも暴力団という組織の中に身を置いている以上そういった光景を目にすることは日常茶飯事だった。里村自身、それが当たり前のことのように身に染みついて何の違和感も感じなくなってきている自分に気づき、それが怖ろしくもあった。
 それでも和成に賛同できなかったのは、育蔵が大切にしてきた「寺内組」という看板をあっさりと打ち棄てるような真似をした和成を許せなかったからだ。
 しかし話し合ってみれば、考えを共にする和成と里村が和解するのにそう時間はかからなかった。里村は和成が立ち上げた「寺内不動産」を創立から支え、今では支社一つを任せられるまでになった。
 里村の中では、そういった組織に属していた頃に犯した罪を忘れたつもりもないし、過去のことだと言い逃れるつもりもないが、紆余曲折があったことなど知らない他人に端的な事柄だけをあげつらわれて責められる理由などないはずだった。
「だから、何です?」
 里村の怒気をはらんだ言葉も、女には伝わらないようだった。
『あんたと付き合い始めてから玲人は反抗的になったわ。あんたみたいな一般人と関わるなときつく言ったのよ。なのに玲人は私の言うこと全然聞き入れてくれなくてね。案の定調べてみれば、あんたはとんでもない男だったわ』
 結局この女は自分の意のままにならない玲人への苛立ちを里村に向けているだけなのだと気づく。玲人とて意思を持つ一人の人間で、それを他人に操作されるなど我慢のならないことだったはずだ。女が解雇されたのも、さもありなん、というところだろう。こんな女が四六時中そばにいたらさぞかしストレスが溜まったことだろうと里村は玲人に心から同情した。
 そして里村が嬉しかったのは、そうまで反対されていたのに何度も自分にコンタクトを取ってくれていたことを知ったからだ。
「彼が誰と付き合おうと、そんなことは彼自身が決めることでしょう」
 しかし里村のこの言葉は、女の機嫌をいたく損ねてしまったらしかった。
『尤もらしいことぬかしてんじゃないわよ!あんたなんか、アーサー・ギルフォードの足元にも及ばないくせに!』
 女の口にした名前に里村は、なぜ今その名前がと疑問が浮かぶ。
 アーサー・ギルフォードならば里村も知っている。海外の経済に明るくなくとも、その地位と美貌と由緒正しき血筋とで王室の皇太子なみに注目される若手実業家だ。つい昨日も自社のCEOを辞任したというニュースを耳にしたばかりで記憶に新しい。
 里村が沈黙していると、女は嘲笑の後、あざける口調で言った。
『まあ、知らなかったの?玲人とギルフォード氏は付き合ってたのよ。ほんのつい最近までね』


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Love Paradox act21

►2008/02/02 20:00 

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 今でもまだ、感触が残っている。
 マシュマロのような、柔らかな、しっとりとした、玲人の唇の感触が。
『あ、あああ、あの…!?』
 唇を離した後、何が起こったのか理解出来ない様子の玲人はしばらく放心したように固まっていたが、ようやく頭が追いついた時の玲人のパニックは今思い出しても笑みを誘われる。しかし、その時の里村とて相当に動揺していたので、玲人への釈明も、自らの想いを告げるための言葉も、全てが頭から飛んでしまい、
『…おやすみなさい』
 そう言って、逃げるようにしてその場から立ち去ってしまったのであった。
 玲人に言っておかなければならないことが沢山あるはずだった。しかし、里村の想いはあの不意打ちの行動で示すことができたはずだと思う。
 だが、想いを伝えてその後どうしたいのか、里村自身、はっきりとしたビジョンがあるわけでもなかった。例え玲人が自分と同じ気持ちを持っているとしても、玲人と恋愛関係になるなどあまりにも現実味に欠け、想像すらできない。
 昨日の一件は二人の関係に何かしらの進歩をもたらしたことは確かだが、今後二人の関係が変わることはないだろうと思われた。それでも昨日のキスの感触を何度も反芻し、またあの唇に触れてみたいと思っている自分がいて、里村は煩悶する。
 そんな風に仕事も手につかず悶々と悩んでいたその日の午後、里村のもとに女性からという電話がかかってきた。電話を取り次いだ吾一が、俗っぽい笑みを浮かべて『コレっすか?』と小指を立てて問うてくる。里村はそんな吾一を犬を追い払う仕草で遠ざけると、受話器を耳にあてがう。
「…お電話代わりました。里村です」
 てっきり相手は仕事がらみで付き合いのある女性だとばかり思っていた里村は、耳元で響いたヒステリックな女の声に驚かされた。
『もしもし、里村さん?覚えておいでかしら。私、荻久保玲人のマネージャーの長谷部です。…ああ、マネージャーだった、というべきかしら?』
 名前は覚えていなかったが、神経質そうな甲高い声と、一方的に捲くし立てるような話し方には覚えがあった。里村が酔った玲人を自宅に連れ帰った時、玲人の携帯に連絡を入れてきた、あのマネージャーである。
 それにしても、そのマネージャーが自分に一体何の用だと訝しんでいると、突然女の声が鼓膜を破らんばかりに炸裂した。
『そうよ、私、クビになったのよ!アンタのせいでね!!』
 会話に聞き耳を立てていた吾一にもヒステリックな女の声が聞こえたらしく、ビクリと身体を震わせて里村を見やった。好奇心旺盛な吾一は、何事かと興味津々の様子である。
「…吾一。ちょっと一服してこい」
 里村は財布から紙幣を引き抜いて、吾一に握らせた。
「はぁ。…大丈夫なんスか?」
「いいから行け」
 有無を言わさぬ態度の里村に、事情を知りたそうな吾一は渋々事務所から出ていく。
 これは恐らく玲人と自分に絡む内容の話で、部外者が聞いていい類の会話ではないことは容易に想定できた。そして興奮している様子の相手に対して、声のボリュームについて注意することも無意味だ。
「…何がおっしゃりたいのか、よくわからないのですが」
 里村は相手を刺激しないように、ごく冷静に対応する。しかし、それは沸々と焼けた石に水をかけるがごとく、まったく意味を為さなかった。
『スカしてんじゃないわよ、このヤクザくずれが!!』
 里村は一瞬、左胸で心臓が飛び跳ねたのを感じた。
 なぜそれをこの女が知っているのか。
『知ってるのよ、私。あんたの過去』
 まるで、ひんやりと冷たい手で直接心臓を握られたかのようにそこが委縮したのがわかった。
 女の言ったことは事実だった。
 それは里村自身さえも忘れかけていた、いや、忘れようと努力していた過去だった。


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Love Paradox act20

►2008/02/01 20:00 

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「…好きなんです」
 玲人の言葉がまるで異国の言葉のように響く。
 それは里村の見知らぬ誰かに発せられたようでいて、玲人の視線はしっかりと里村に向けられており、里村は内心の激しい動揺を抑えることができない。玲人のすがるような視線は里村に何かを伝えようと懸命に訴えかけてくる。
 そんな玲人の必死さが里村の中に眠っていたはずの感情を揺さぶる。長らく忘れていたその感覚に里村は戸惑い、困惑した。
 しかし里村のそんな表情を玲人は誤解してしまったらしかった。
「僕、ちょっと酔ってるみたいです…」
 玲人の顔に絶望の色が浮かび、無理やり作った笑みは泣き笑いのような顔になった。
 それがあまりに痛々しくて、里村は目を背けてしまいたくなる。
「荻久保さん…」
 しかし玲人もずるいと思う。あんな曖昧な言い方では、それが自分だとは確信できない。これでは里村は試されているようではないか。自分に発言する隙を与えず自己完結して落ち込んでしまった玲人はかなり性質が悪い。
 そこで里村は気づく。玲人は里村を女性しか愛せないヘテロセクシャルだと思い、自分の想いを「気持ち悪い」と吐き捨てられることを恐れているのではないかと。だからこんな里村の反応を試すような真似をして、自虐的な解釈で勝手に傷付いているのではないか。だとしたなら、里村は玲人の誤解を慎重に解いていかなければならない。この傷つきやすく、愚かな人にどうしたら自分の気持ちを伝えられるだろう?
「僕、帰ります…」
 気まずい沈黙に耐えかねた玲人が里村を一瞥もせず、急に立ち上がる。しかし、立ちあがったとたん玲人はバランスを崩し大きくよろめいた。とっさにテーブルに手を付いた玲人を、里村が抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
 どうやら玲人は先ほど一気飲みしたカクテルで本当に酔いが回ってしまったらしかった。
「大丈夫ですから」
 そう言って里村の手を振りほどこうとするも、やはりその足どりはおぼつかない。
「送ります」
 こんな状況の玲人を一人で帰らせるわけにはいかない。良からぬ輩に絡まれる心配はもちろん、何の言い訳もさせてもらえぬまま誤解したままの玲人をこのまま帰らせれば二人の関係はここで終わってしまうだろう。それでいいと思っていた里村が、今は新しい領域へと一歩踏み出そうとしている。そこへ辿りついたとき、二人の関係がどのようなものになっているのかなど想像もつかないが。
「そんな、結構ですから」
 頑なに拒む玲人を無視して、里村は二人分の会計を済ませて店外へ出る。
 タクシーを拾うと、里村もそれに同乗した。
「荻久保さん、ご自宅は?」
 強引に事を運ばれた玲人は渋々といった感じで行き先を伝えると、それ以後だんまりを決め込んだ。おそらく気まずさで顔も見たくもないだろう里村とこの狭い空間で肩を寄せ合うほどに密着しているこの状況は、気分のいいものではないに違いない。しかし里村はいつも人当たりのいい玲人が見せる、この人間臭さが新鮮で少しも不愉快ではなかった。今まで里村が見てきた玲人は、常に相手を気遣い、相手が不愉快な思いをしないようにと自分を相手の望むように『作っている』感があったが、今の玲人にはそのような余裕もないらしい。里村からすれば前者の方こそ不自然であり、今目の前にいる玲人こそが彼の本質に近い姿なのではないかと思えてならない。前者の玲人は親しげに見えて、実のところ相手に見えない一線を引き、遠ざけているように感じられたが、里村を拒絶するこの玲人の方がなぜか身近に感じられる。
 今まで玲人をまるで高みにいる存在のように思ってきたが、それは里村の頑なな思い込みだったのかもしれない。玲人とて里村と同じく失敗したり悩んだりもする一人の人間で、自分に自信が持てず好きな相手に告白すらままならない一人の悩める青年だった。
 決して万能などではない一人の人間なのだと、そんな当たり前のことに今頃ようやく気付いた里村はまるで、今まで里村と玲人の間を隔てていた重い緞帳が取り払われたような気分だった。それは里村が勝手に作りだしていたものでもあり、玲人が引いた境界線でもあったが、それでも里村は今までにない爽快な気分を味わっていた。
 タクシーが目的地に着き、里村は玲人をせめて部屋の前まで送ろうと思ったが、セキュリティーの厳重なマンションらしく、住人以外はロビーにさえ入れないということだった。
「わざわざありがとうございました」
 玲人は恥ずかしそうな、それでいて苦々しい表情で、それでも笑おうと努力して失敗した。
 そんな真似などしなくていいと言いたかったが、そんなことを言えばこの繊細な人はまた頑なになってしまうだろうと里村にはわかった。
「…それじゃ、おやすみなさい……」
 早く里村の前から消えてしまいたいと、そう言いたげな早急な態度に里村は軽い苛立ちとショックを覚えていた。
 自分は言葉が上手くない。どうしたって、言葉では自分の気持ちを100%伝えることなどできない。それに、今自分を拒んでしまっている玲人に、どんな言葉も伝わらない気がした。ならば行動で表すしかないだろうと、里村は腹をくくった。
「…え?」
 腕を掴まれ引き寄せられた玲人が、間近に迫った里村の顔を見上げ、不思議そうに声を発する。何が起こったのか、まるでわかっていない玲人を抱き寄せて、里村は顔を傾けて玲人の、その小さな唇に自らのそれを重ねる。
 まるで初めての口づけのような、触れあうだけのキスはほんの一瞬だったが、里村にはその瞬間、時間が止まってしまったかのように感じられた。


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