恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
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Love Paradox act19

►2008/01/29 20:00 

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 一人席に残された里村は、玲人が先ほど言いかけた言葉の続きを思った。
『僕が今好きなのは…』
 もしかしてそれは自分なのだろうか?
 こんな何の取り柄もない中年男に、あの、荻久保玲人が?
 考えれば考えるほどそれは現実味を無くし、里村は自信を失っていく。
 そんなわけがないと否定しようとする自分と、そうであったならと願う自分がせめぎ合う。
 どちらにせよ今の時点ではそう思う根拠が少なすぎ、里村は玲人の言いかけた言葉に翻弄されるしかなかった。
「お待たせして申し訳ありません」
 三分ほどで玲人は戻ってきた。しかしその表情は硬いままで、彼は席に着くなり手付かずだったカクテルを一気に飲み干した。突然の行動に面食らう里村を尻目に、玲人は濡れた口端を手の甲で拭う。
「すいません…」
 その謝罪が何に対してのものなのかは分からなかったが里村は、
「…いえ」
 とだけ返して玲人の言葉を待った。
 俯いて沈黙してしまった玲人の顔を里村はそっと盗み見る。
 視線の合う心配のない今ならば、不躾にその美貌を見ることを許される気がした。
 まるで見る者の心の奥底まで見透かすような、澄んだ瞳。その瞳で見つめられると、里村はどんなに平静を保とうとしても動揺してしまう。その瞳は今重く伏せられ、長い睫毛が頬に影を落としている。平時はバラ色に染まっているその頬も色を失い、蒼白にさえ見えた。
 玲人にこんな表情をさせているのは、件の男なのか、それとも自分なのか里村にはわからなかった。
 薄い胸が上下して、玲人がようやく言葉を発する。
「…里村さん」
 玲人は意を決したように顔を上げ、真っ直ぐ過ぎる視線を里村に向けてくる。やはり里村はその視線に絶えられず、逃げるように顔を背けてしまう。
「僕には今好きな人がいます」
 はぁ、と気の抜けた返事をして里村はタバコをふかす。
 期待ばかりが膨らむのを里村は、そんなはずはないと自制する。
 なぜ今そんな話を自分にするのか、今日の玲人はいつもにも増して読めない。
「その方は普通のお仕事をなさっている方で。まだ数えるほどしかお会いしたことはないんですけど僕はとてもその方に惹かれています」
 里村は硬直していた。
 指一本動かせない。
 里村は、誤魔化しきれないほどの熱い視線を感じて絶句する。
 タバコの灰が灰皿に運ばれることなく、ポトリと床に落ちた。
「…好きなんです」


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Love Paradox act18

►2008/01/27 20:00 

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 重い沈黙はひどく長く感じられて、里村は息苦しささえ感じた。
「でも、ひとつだけ言いたいことがあって…」
 玲人はそう前置きをして慎重に話しはじめた。
「里村さん、ご結婚は?」
 唐突なその問いに、里村は自分の煙草でむせそうになった。
 驚きを何とかやり過ごし、平静を装う。
「…いえ」
「今まで一度も?」
「…はい」
 別に里村は特別容姿に問題があるわけでも、性格に難があるわけでもない。過去に結婚を考えた女性もいなかったわけではないが、里村はよく相手に逃げられる。別れ文句は決まっていつも、『あなたってつまらない男ね』である。
「モテないんですよ」
 苦笑まじりに里村が言うと、玲人は首を横に振って否定する。
「そんなことないです。里村さんほどの男性を放っておくなんてみんな見る目がないんです」
 玲人が真剣な顔つきで、そんな歯が浮きそうな殺し文句を言うので里村は居心地の悪い思いになる。
「荻久保さんこそモテるんでしょう?」
 反撃のつもりで発した言葉は、玲人の真剣な眼差しによって返り討ちにあった。
「でも僕は、ただ一人、僕を見てくれる人がいればいいから」
 だからその他大勢の人間など、どうでもいいのだと言わんばかりの口振りに里村の方が呆気にとられた。玲人があまりにも真っ直ぐに里村だけを見つめてそんなことを言うので勘違いしそうになる。それが自分に向けらた言葉なのではないかと、そう考えてしまう自分のめでたい思考回路が嫌になる。
「里村さん、じゃあ今は?恋人はいらっしゃらないんですか?」
 なぜそんなことを訊くのか、玲人の意図が読めず里村は困惑するしかない。
「…はい」
 里村がそう答えると、玲人は硬かった表情を緩めて、
「よかった…」
 そう小さく呟いた。
 他人の思惑を慮ることが得意ではない里村でもさすがに何か変だと気づき始めていた。この反応はまるで、里村に恋人がいないことを喜んでいるかのようではないか。それはつまり、玲人も自分と同じ気持ちを持ってくれていると、そう思ってもいいのだろうか?
 しかし玲人には、関係を終わらせたいと思っている恋人がいるのではなかったか。マスターにそんな相談を持ちかけていたことを思い出し、里村は少し冷静さを取り戻した。
「玲人さんにはいらっしゃるんでしょう。別れ話を切り出したい恋人が」
 感情を込めたつもりはなかったのに、なぜかそれは皮肉めいた言い方になった。別れたいと思っているにせよ、まだ恋人がいるのならこうして別の男を口説いている玲人は不誠実だと里村は思った。
 首を強く横に振った玲人は必死ささえ感じられる様子で言う。
「彼にはもうはっきりと振られました。それに今、僕が好きなのは、………!」
 玲人の言葉を遮るように携帯の着信音が鳴った。玲人はジャケットの胸ポケットから携帯を取り出すと着信相手を確認せず電話を切ってしまった。
 その玲人らしからぬ乱暴な所作に里村は思わず、
「いいんですか?」
 と問うた。
「いいんです」
 玲人はまるで、里村との会話の方が大事だと言わんばかりにそう強く言いきった。
 しかし、間を置かず再び呼び出し音が鳴りだして、玲人は渋々といった様子で、
「すいません。少し待っていただけますか?」
 そう言って、玲人は席を立っていった。


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Love Paradox act17

►2008/01/26 20:00 

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 十二月も半ばにさしかかり、街はすっかりクリスマスモード一色だ。クリスマスソングがいたる所で流され、店は派手な装飾でデコレイトされている。
 しかしバーに一歩入ると、その騒々しさから解放される。ここだけはいつもと同じ静寂が保たれていて、里村はどこかホッとした。玲人と顔を合わせるのを恐れて足が遠のいていたが、やはり来て正解だったと思う。
 あのデートの後、玲人からは何度かメールが来ていた。
 『またデートしましょうね』という、玲人らしい無邪気な内容の文面は思わず笑みを誘われるものだったが、これが社交辞令であることは里村とてわかっていた。おそらく、二度目はないだろう。玲人は「楽しかった」と言ってくれたが、まともな会話もできない男相手のデートなど、本当に楽しかったとは思えないのだ。そんな里村の自信の無さが、玲人への返事を躊躇わせていた。返事をかえさない里村に玲人は今頃呆れていることだろう。そのまま自分に見切りをつけてくれればいいと、そんなことさえ思う。
 バーボンを注文した後、ため息をついて胸ポケットの煙草に手を伸ばした里村を見てマスターが気遣う口調で「お疲れですね」と声を掛けてくる。里村は返事代わりに眉を片方だけ上げて頷いて見せた。電話が鳴り、マスターが里村の傍を離れると一人でバーボンを傾けながら再び取りとめのない思案にふける。
 電話に対応しているマスターがちらりと里村の方を見た気がしたが、おそらく気のせいだろう。
 グラスが空になったところで、里村が店を出ようとコートを片手に立ち上がると、マスターに呼び止められた。
「里村さん、もう少しゆっくりなさったらいかがですか?」
 マスターがこんな風に客を引き留めるなど不自然で、しかし里村はその意図をはかり知ることはできなかった。
 奢りますよ、と新しいグラスを出されて里村は帰ることができなくなった。
「どういう風の吹きまわしですか?」
 と里村が問いかけても、マスターは、さあ?と微笑を浮かべただけで、すいっと逃げられてしまった。
 仕方なく里村は再び席に腰かけて、出されたバーボンに手を伸ばす。
 そして、しばらくして訪れた来客に里村はマスターの企みを知る。
 現れたのは玲人で、おそらく先ほどの電話も玲人からだったのに違いなかった。
「こんばんわ」
 いつもの柔らかい笑みを向けられて、里村は思わず視線をそらす。
「里村さん、奥の席に行きませんか?」
 なぜ、と里村が訝しむ表情で問うと、
「少し、お話したいんです」
 懇願するような声音でそう言われれば、里村には断ることなどできなかった。
 玲人に促されて移動した座席は、いつも玲人がシエラという女性歌手と座っている席だった。
 飲み物が運ばれてきた後の気まずい沈黙を破ったのは玲人の方からだった。
「里村さん、もしかして、僕のこと避けてましたか?」
 いきなり確信をつく話題に触れたその言葉に、里村の心臓がビクリと跳ね上がる。
「メールの返事が来ないの、そういうことなのかなって思って。ウザいとか思われるの嫌だし、迷惑なら、もうメールしませんから」
 そう言って悲しそうに俯いてしまった玲人が哀れで、思わず、
「いえ、そういうわけでは……」
 言い訳がましい言葉を口にしてしまう。
「女装とか、気持ち悪かったかなって反省してるんです。でも、ああでもしないと里村さんに迷惑かけちゃうし」
 気持悪いなどとは微塵も思わなかったのだが、メールの返事がなかった理由をその所為なのだと玲人は勝手に解釈してしまっているらしい。誤解を解こうにも、やはり里村には上手い言葉を見つけられず、押し黙るしかなかった。ここでの沈黙は肯定と同じことだと分かっていても、言葉を探しているうちに時間は無情にも流れていく。


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Love Paradox act16

►2008/01/25 20:00 

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「で、どうだったの、デートは?」
 レコーディングの合間をぬって玲人とシエラはスタジオに近いファミレスで遅めの昼食を取っていた。ランチタイムのラッシュがとうに過ぎた午後二時とあって客もまばらで、平穏に食事を済ませたい二人にはちょうど良かった。
 シエラに問われた玲人はフォークにパスタを巻きつけながら、視線を落とす。
「うん、楽しかった、…けど」
「じゃあなんでそんなにテンション低いわけ?見てるこっちまで落ちるじゃない」
 目の前に並べられた料理は玲人の食が進まないために手をつけられないまま冷えていく。玲人とは違い、食べたら食べた分体重に加算されてしまうシエラにとっては腹の立つ光景であった。
「やっぱり女装とか、気持ち悪かったのかも。嫌そうな顔してなかったから大丈夫かなって思ったけど、内心ドン引きだったのかな…?」
 はぁ、と重いため息を吐き出して、玲人はついにフォークを手放した。
「なあに、あたしの力作に文句つけるわけ?大体、素でデートなんかしたらどうなるか、あんたが一番よく知ってるはずでしょ。プライベートまで売りに出すつもりはないわ。あんただってそうでしょ」
 過去にそれで痛い目に遭っている玲人は、わかってるよ、と小さく呟く。
 特に玲人の場合、同性愛という事情のせいで世間の風当たりは強い。しかも今回は相手が一般人ということもあって、慎重にならざるを得ないのは仕方のないことだった。
「だってさ、メールの返事が来ないんだ。気になるよ、すっごく」
「バッカねぇ〜、あんた、相手が返事に困る様なこと書いたんじゃないの?」
「そんなことないよ!『またデートしましょうね』って、ただそれだけ」
 男がそれに返事ができない理由、それがシエラには想像できて苦笑するしかない。
 男が玲人を嫌いになったとは思わない。
 男が玲人を見る目、それはまるで猫好きが猫を愛でるような眼差しだった。
 触れたいとその目が雄弁に語っているのに、男はそれを高見の花であると思いこみただ遠くから見ることしかしなかった。だから、シエラが手の届く位置まで降ろしてやったのだ。それなのに。
 いざ手に届く位置まで来て、途端に怖気づいたらしい。それとも、現実のリスクに目を覚ましたのだろうか?
「やっぱり、嫌われちゃったのかな…」
 いつも笑顔を絶やさない玲人が塞ぎこんでいる様はやはり見ていて痛々しい。
 (花はいつもそこにあるとは限らないわよ)
 いつ、誰に横取りされるかわからない。特にこの花には、常に遠くから目を光らせ、花を摘もうとする者を邪魔する監視者が付いている。何しろこの監視者は誇張でも何でもなく、世界一手強いライバルなのである。
 この『監視者』にあまり良い感情を持っていないシエラとしては、男に頑張ってほしいところである。過去にどれだけ玲人が『彼』に酷い扱いを受けてきたか、それが愛という名目のもとに行われたことだとしても、シエラには『彼』を許すつもりは毛頭ない。
 二週間前、『彼』に呼び出されてイギリスに渡った玲人が消息を絶ち、それが空港で倒れたという知らせを聞いた時には生きた心地がしなかった。しかも本人が「大丈夫だから」と言う言葉とは裏腹に、玲人がかなり衰弱していたのは隠しようもなく、手首の痣を見つけた時にはさすがに問い詰めた。玲人は言いたがらなかったが、それが『彼』によってつけられたのは明白で、シエラはもう絶対に玲人を『彼』に近づけてはならないと心に誓ったのだ。
「玲人、メールなんてまだるっこしい事してないで直接会って話してみたら?」
 玲人には、今まで恵まれなかった分幸せになって欲しいと心からそう思っている。出来ることは少なくても、出来る限りのことはするつもりだ。
「うん、そうだね、そうしてみる」
 そう言って玲人は、表情に明るさを取り戻したのだった。


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Love Paradox(完結) | Comment(0) | Top ▲

Love Paradox act15

►2008/01/24 20:00 

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 玲人との食事の時間は、前回の過度の緊張が嘘だったかのように楽しいものになった。玲人はその細い身体の何処に、と訊きたくなるほどの量の料理を平らげて里村を驚かせた。里村が昔板前の修業をしていたことがあり料理が得意だと知った玲人は「今度、里村さんの手料理をご相伴させていただきたいです」などと言って里村をくすぐったい想いにさせたりした。
 美味しい料理で胃を満たした二人はタクシーを拾うために大通りまで腹ごなしに散歩することにした。
「疲れました?」
 無言の里村を気遣って、玲人が表情を窺うように小首を傾げる。話しかける時に小首を傾げる仕草が彼の癖なのだということも今日の発見の一つだった。
「…いえ、全く」
 というのは半分は嘘で、精神的にはかなり疲弊していた。今日一日でだいぶ慣れたとはいえ、玲人と顔をつき合わせて話すことはかなり神経を消耗させた。
 もちろん玲人が嫌いというわけではない。むしろその逆で、玲人が見せるちょっとした仕草にも胸がざわめき、ひどく落ち着かない気分になる自分を持て余しているせいである。こんな風に相手の一挙手一投足にまで動揺することなど里村には初めての経験で、多感な青春時代でさえこんなに心許無い気分になったことはない。
「今日は楽しかったです」
 大通りへと出た二人は足を止めて向かい合う。
 ウイッグの長い髪をサラリと揺らして玲人が微笑んだ。
 もしも玲人が女性ならば、ここで別れて帰るという無粋な真似はしなかっただろう。しかし、二人の間に立ちふさがる様々な要素が里村を臆病にした。
 相槌さえ返さない里村に玲人がフフッと笑う。里村の作りだす沈黙に玲人は苦痛を感じないらしい。むしろ沈黙する里村を楽しんでいる感すらあった。そして玲人は独り言のように話しだした。
「こういう仕事してると、なかなか人が多い所って行きづらくって。だから今日は本当に楽しかったです」
 他意もなく素直に語られる言葉に里村は逃げ出したい気分になる。邪な考えを抱いていた自分が恥ずかしく、無垢な玲人の瞳にそんな欲望を見破られそうで恐ろしかった。
「今日は、ありがとうございました」
 里村の目の前に白くほっそりとした手が差し伸べられ、里村はそれが握手を求めるものだと気づくのにかなりの時間を要してしまった。不自然なくらい空いてしまった間の後、握りかえしたその手は12月の寒気で冷え切り、庇護欲をかき立てられるほど儚く感じられた。
 別れの挨拶にしては長くなってしまった握手の後、玲人は里村が拾ったタクシーに乗り込み帰って行った。
 手を振る玲人につられて挙げた右手がぎこちなく下される。逃げ出したい、とさえ思っていた里村だったが、いざ別れる時になると引き留めたいと思っている自分がいて困惑するしかない。
 ずっと一緒にいたい。
 逃げ出してしまいたい。
 そんな、相反するパラドックスが里村を苦しめる。
『おやすみなさい』
 そう言って、少し寂しげに微笑んだ玲人の顔が頭から離れず、重症だな、と一人苦笑する里村であった。


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Love Paradox(完結) | Comment(2) | Top ▲

Love Paradox act14

►2008/01/23 20:00 

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 海沿いの歩道をぶらぶらとあてもなく歩いていると、冬の夕暮れはあっという間に訪れる。傾いた太陽がもうすぐ夜が訪れることを知らせてくる。それは二人の時間の終わりが近いことを告げるものでもあった。
「綺麗…」
 海をオレンジ色に染める夕陽を見つめて、玲人は思わず口をついて出たように呟いた。
「そう、ですね…」
 隣に立つ玲人を見ると、その横顔もまた夕陽の色に染められていた。
 綺麗なのは玲人の方だと里村は思ったが、それを口に出して言えるほど里村の恋愛経験値は高くなかった。
 この時間がもっと長く続けばいい。
 そんなことを考えている自分がいて、ひどく気恥ずかしい。もう少しこの奇妙な逢引きを長引かせたくて、里村は色々と誘いの言葉を頭の中で巡らせるが、どれも直載すぎて面白みがなく、結果里村は押し黙ることになる。
 しばらく我を忘れたように沈んでいく夕陽をじっと眺めていた玲人だったが、ふと自我を取り戻したように里村に向きなおった。
「お腹、空きませんか?」
 僕もうペコペコなんですけど、と告げた玲人が少し恥ずかしそうに笑った。
 もしかしたら自分と同じことを考えてくれていたのかと思い、しかしすぐにその考えを打ち消す。そんなことを考えてしまった自分のおこがましさには辟易するしかない。
 腕時計で時刻を確認すると昼食を取ってからまだ二時間ほどしか経っていなかった。里村は全く空腹を覚えてはいなかったが、しかしここは玲人の腹の虫を優先させることにする。少しでも長く玲人と一緒にいたいという気持ちがもちろん大きい。
「何か食べに行きましょうか?」
「はい!ええっと、何かリクエストはありますか?」
「はぁ…。あまり堅苦しくないところなら何処でも」
 高級フランス料理店でガチガチに緊張してしまった前科のある里村に玲人は申し訳なさそうに笑った。
「あはは!すいません、じゃあ普通のお店に行きましょう」
 そう言って、玲人が案内してくれた場所は本当に普通の居酒屋のような店だった。年収が自分の数百倍はあるであろう玲人の『普通』が自分の『普通』と同じはずがないと訝しんでいたが、年期の入ったのれんと古びた引き戸が出迎えてくれたその店は、里村にもなじみ深いものだった。
 玲人はこの店の常連らしく、店主は女装した玲人にすぐに気が付いた。
「おいおい、玲ちゃんかい!?こいつぁ驚いたねぇ〜!そんじょそこらの娘も裸足じゃないかい」
 面白がる口調で店主がそう言って、褒められた(?)玲人はえへへ、と満更でもなさそうに笑った。
「常連なんですね」
 案内された座敷で一息ついた里村は玲人に言った。
「常連なんてもんじゃないです。僕、ご飯作れないから夕食は大概ここなんです」
 里村は咥えた煙草に火をつけながら、軽く相槌をうつ。
「僕はここの三番目の息子だから」
 そう言った玲人は嬉しそうに笑うのに、なぜか少し寂しげに見えた。
 里村にはそれが何なのか分からず、会話を続けた。
「毎日ここじゃ飽きませんか?」
「女将さんがね、気を使ってくれてメニューにないものも作ってくれるんです。オムライスとかスパゲッティーとか。たまにお家の方で作ったカレーとかも出してくれるんですよ」
 おそらくそれは玲人だけの特別待遇なのだろう。有名人だから、というよりそれは玲人個人の人徳によるところが大きいと里村は思う。そんな玲人を見ていると、しっかりとした両親に愛情を多分に注がれて育ったのだろうと里村は勝手な想像をしていたのだが、現実は全く異なっていることを知るのはまだ先のことだった。


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Love Paradox act13

►2008/01/12 20:00 

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 六本木ヒルズを出た二人は、混雑の少ないカフェを選んでそこで軽い昼食を取った。
 「美人は三日で飽きる」とよく言うが、玲人の美貌には一生慣れそうもない。しかし、玲人との会話には少しずつ慣れてきた里村である。
「次はどこへ?」
 全てが玲人任せの「デート」である。それは里村に全くプランがなかったためではなく、四年ぶりに日本に帰国してから多忙な所為で随分と変化してしまった東京の街並みを見て歩くこともできないと言っていた玲人に、行きたい所に付き合ってやりたいと思ったからだ。
「海に行きたいな」
 玲人も里村に慣れてきたようで、敬語を使わなくなった。里村は目上への礼儀がなってないと目くじらを立てる人間ではないので、むしろそういった兆候は嬉しいことだった。
 そして二人は玲人の希望を叶えるため、お台場へと向かうことになった。


「仕事以外でここに来るの初めてかも!」
 玲人は楽しげにそう言ったが、その言葉から彼が普段どれほど時間に余裕のない生活を送っているのかが窺い知れて少し不憫だった。その彼の、貴重なプライベートの時間を自分のような人間を相手に割いてしまっていいのかと思う。
 美しく、地位も名誉もありながらそれに驕ることなく謙虚で気さくで気遣いもできる。明るく素直で、友人も多そうだ。それなのになぜこんな、愛想もへったくれもないつまらない中年男と好きこのんでデートなどするのだろう。それが里村には不思議でしょうがない。
 取り立ててハンサムでもない、むしろ強面と評されることの多い仏頂面を見て玲人は微笑む。玲人が笑うと里村も嬉しい。自分の何が彼をそんな風に楽しげにさせているのかは分からないが、玲人の笑顔は見ていて心が温かくなる。
 誘いを受けた時に感じたぎこちなさも今は感じない。顔色も良く、体調も良さそうだ。
 玲人は樹が植えられた花壇を取り囲む石垣にひらりと飛び乗って、幅の狭いそこを平均台を渡るように歩き始めた。
「危ないです」
 玲人が履いているブーツは女性物のそれでピンヒールとまではいかないが、平地でも何度かつまずく程度には不安定だ。しかし玲人はすっかり子供返りしてしまったようにいたずらっ子の顔になって、その遊びを止めようとしない。
「ふふ、大丈夫!……っ、アッと!」
 言ったそばから玲人はバランスを大きく崩し、ぐらりと身体を揺らした。里村はとっさに玲人の身体を受け止めると、嘆息をついてもう一度同じ言葉を繰り返す。
「危ないです」
 すると玲人も反省したように愁傷な声で、
「ごめんなさい…」
 いたずらを咎められた子供のようにシュンとなった。
 里村としては転んで怪我でもしたらという意味で注意を促していたのだが、玲人は子供のような真似をしたことを咎められたと思ったらしい。そういう意味ではなかったのだと言い訳をしようにも良い言葉が見つからず、結局だんまりになってしまう。自分の不器用さにほとほと呆れていると自分の肩のあたりから、「あ、あの…っ」焦ったような玲人の声が聞こえてきて里村は我に返った。
 里村は玲人を抱きとめたままだった。
 里村が慌てて玲人を解放すると、なぜか玲人の顔がほんのりと赤らんでいた。
 冬の海は風が強く冷たい。里村は玲人のそれを冷気によるものだと決めつけて、自分が盾になるように風上に立って歩く。寒くなると他人の体温が心地よくて困ると、里村はかぶりを振る。
 そんな里村の手に玲人が手を伸ばしかけ、ためらった末に手を引っ込めてしまったことを里村は知らない。


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Love Paradox act12

►2008/01/11 20:00 

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 典型的A型人間の里村は待ち合わせの時間よりも早めに到着していた。
 日曜日の六本木ヒルズは休日ということもあって、午前中といえど人が多い。
 思っていた以上の人の多さに、里村は気がかりなことがあった。
 ここへ、あの荻久保玲人が現れたら騒ぎになることは火を見るよりも明らかだった。彼はどうするつもりなのだろうと、里村は不安になった。
 約束の11時をわずかに過ぎた頃、ひどく目を引く女性がタクシーから降り立った。いでたちは、ひざ丈の黒いコートにロングブーツ姿のシンプルなモノトーンファッションなのに、その圧倒的なオーラですぐに衆人の注目の的になった。カールした長い髪を揺らしながら、サングラスをしたその女性は真っ直ぐに里村の方へと向かってきている。おそろしくキャットウォークが決まっているところを見ると彼女はモデルかタレントだろうか。
 里村が腕時計で時間を確認すると、すでに約束の時刻から10分が経過していた。
 土壇場でキャンセル、などという最悪のシナリオを想定していると、例の美女が里村の隣にぴったりと寄り添い、じっとこちらをうかがっていた。慣れぬ視線に里村が困惑していると、
「里村さん」
 美女の赤い唇が聞き覚えのある声で自分の名を呼び、ニッコリと笑みの形を作る。
 まさか、と思っていると彼女は少しだけサングラスをずらして見せ、そこから里村のよく知る大きな瞳が現れた。
「ごめんなさい、こんな恰好で…。ビックリしました?」
「はぁ…」
 ビックリどころではない。変装するのだろうとは予想していたが、まさか女装して現れるとは思ってもみなかった。
「気持ち悪いかもしれませんけど、我慢してくださいね。今日はデート、ですから」
「とんでもない…」
 気持ち悪いどころか、とても似合っていると里村は思ったが、『似合っている』という言葉が果たして褒め言葉なのか考えあぐね、結局それは口には出さなかった。
 確かに女装をした玲人はその美しさゆえにかなり人目を引くが、誰もこの美女が荻久保玲人だなどとは思わないだろう。
「さあ、行きましょうか」
 玲人の言葉に里村は頷き、隣を歩く人の美貌に誇らしいような照れくさいような気分になりながら、浮ついた歩みで里村は映画館へと入って行った。


 玲人がどうしても見たかったという映画は、父と子の親子愛を描いたもので随所に泣きどころが用意されていた。しかし里村には、映画の内容よりも隣に座る玲人の方が気になって仕方がない。今時中学生でももっと冷めていると思いつつも、隣から鼻を啜るような音が聞こえた気がしてこっそりと玲人の様子を窺うと、頬には幾筋もの光る跡があり、大きな瞳からは次々と涙が零れ落ちていた。
 玲人が涙を指で拭っているのを見て、お節介なのではと思ったが、ポケットからハンカチを取り出して差し出した。すると玲人は恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべて、「ありがとう」と、ハンカチを受け取った。
 長いような短いような二時間が終わり、玲人は目を赤くしたままで「すごく良いお話でしたね」と言ったが、玲人の様子ばかり気にしていた里村にはもちろん映画の内容などわかるはずもない。ただ、あのようなあからさまなお涙頂戴物のストーリーに素直に感動できる玲人を好ましく思った。その時の里村には、玲人が泣いていた本当の理由など知る由もなかったのだった。



〜To Be Continued…〜



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