恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
好:ガンダムSEED、00、BL、チョコ
嫌:争いごと、魚卵、カニ
属:主腐。

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Love Paradox act11

►2007/12/15 20:00 

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 玲人の容体が気になった里村は、いつ読まれてもいいようにと「心配しております」という内容のメールを送信した。おそらく入院中だろうと思っていた里村は、間を置かず鳴った携帯電話に驚いた。
「もしもし?」
『お久しぶりです。荻久保です』
 出てみるとやはり玲人本人で、その声を聞けば里村の心臓は否応なく高まる。
「…お久しぶりです」
 玲人との二人きりのディナーの夜から二週間以上が経過していた。
 あの後、何度かメールが来ていたが、ここ十日ほどは連絡が途絶えていた。あんなことをしてしまった後だったし、メールでさえも上手くない里村が飽きられてしまっても仕方のないことだと諦めていたのだが、思いもよらない返事の早さに里村の方が動揺した。
『ご心配おかけして、申し訳ありませんでした』
 思っていたよりも元気そうな声が聞こえてきたので安堵した里村だったが、電話越しでは顔色までは伺えない。
「お身体の方は大丈夫なんですか?」
『ええ、ただの貧血ですから。ちょっと大げさに騒がれちゃったけど、全然平気なんですよ』
 だから病院は日帰りでした、と玲人は笑った。一瞬だが、その笑い声が妙に虚しく聞こえた気がして里村はそれが気になった。やはり、無理をしているのではないか。里村はそう感じた。
『あの、それでですね』
 急に、玲人がやや声を落として内緒話のトーンで言った。
『今週の日曜日はお暇ですか?』
 何かの聞き間違いではないかと耳を疑った。どうやら玲人はまた里村を誘ってくれるつもりらしい。あんなことをしたのに、と里村はどうしても疑心暗鬼になってしまう。
 返答の言葉のない里村に、玲人はさらに続ける。
『僕とデート、しませんか?』
 いたずらっ子のようにそう言って、玲人はふふふっと笑う。
『一緒に映画、見に行きませんか?その後ブラブラして、お食事して。ね、デートみたいでしょ?』
「はぁ…」
 この人は…、と里村は内心ため息をつく。自分の言葉で相手がどれだけ動揺しているのかなんて知りもしないで、こんなことを言う。無意識なのか、意図的なのかわからないが、どちらにしろ里村の心拍数が上がるのは同じことで、つまり玲人はかなり性質が悪い。
『だめ、ですか?』
 とどめのように、先ほどとは打って変わった気弱な声で訊いてくる。こんな風に言われたら、玲人に恋心を抱いている里村は白旗を上げるしかないではないか。
「日曜日、大丈夫ですよ」
 玲人には、一生勝てそうな気がしない。しかしそれは決して嫌な感情ではない。
『良かった〜!じゃあ、決まりですね。待ち合わせは、六本木ヒルズ前で11時でいいですか?』
 異存はないことを伝えると、玲人は最初に感じた陰りなど吹き飛んでしまったかのように、
『日曜日、楽しみにしてますね!』
 と、嬉しそうな声で電話を切った。
 何だか振り回されている感があるが、それも相手が玲人ならば許せてしまう。そんな自分は自分が思っている以上に玲人に惚れているのかもしれないと里村は思う。
 そして、週末の訪れを待ちわびている自分にくすぐったい思いを感じながら、里村は携帯電話を見つめていたのだった。


〜To Be Continued…〜



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Love Paradox act10

►2007/12/14 20:00 

 act9とact10の間に短編小説「MELT SNOW」が入ります。
 里村とレイちゃんのお食事デートの様子がこのSSです。
 更に本文中では「Primrose Way」での、アーサーによる監禁事件(「Primrose Way」act14〜act31)が起こっています。
 未読の方はそちらもどうぞ♪

 ですのでact10はお食事デート後からスタートします。
 ではでは、PUSH!READ MORE!





>> ReadMore
 里村ははかどらないデスク作業を切り上げて一服することにした。
 仕事に集中できない理由はやはり、玲人だった。
 先日のディナーのことは、あまり覚えていないというのが正直なところだ。緊張しすぎてその最中はずっと頭が真っ白で記憶はひどく曖昧だ。
 食事に手を付けない里村を心配して、玲人が、
「体調がよろしくないんですか?」
「もしかして、フランス料理はお好きではありませんでしたか?」
 などと気を使ってくれたのだが、まともな返事もできなかったのは覚えている。
 そして、問題はその後である。
 食事を終えて店外に出ると、雪がちらつくほどの寒気で、コートを用意していなかった玲人があまりにも寒そうにしていたのでつい………。
 ワインを飲み過ぎて酔いが回っていたのだと言い訳をするには、あまりにも度が過ぎる行為だった。
 ジャケット一枚で凍える玲人を、里村は後ろから抱き締めたのだ。セクハラだと訴えられてもおかしくはない行為だったが、何と玲人は身体を返して正面から抱き返してくれたのだった。
 はっきり言って、玲人にはまともな受け答えをした覚えもなく、会話という会話も交わしてはいない。それなのに、彼から示された親密な行動に里村の方が動揺した。好意を持たれる要素が自分には一切ない。それにも関わらず、彼のあの行動は里村に対して少なからず好意を抱いてくれていると思わせるものだった。
 しかし、いくら里村が想像を巡らせようとも、玲人の行動の意味を知るのは玲人のみでその意図を聞き出す勇気を里村は持ち合わせていない。
 そんな、玲人のことばかり考えるようになってしまった里村が彼の名前を耳聡く拾ったのは、吾一が毎朝見ている朝の情報番組でのことだった。
 「荻久保玲人が空港で倒れた」というニュースはさほど大きな扱いでもなく報道されていたのだった。


「本当に、もう大丈夫なの?」
 言葉に苛立つような険があったとしても、本気で心配しているのが分かる、そんな声だった。
「うん、ただの、貧血だから…」
 そう言って、シエラを安心させるための笑みを浮かべてみせるが、その微笑にも声にも力がこもっていないことなどシエラにはお見通しである。
 五日間音信不通だった玲人が空港で倒れたというニュースをシエラは情報番組を観て知った。本来なら事務所を通していち早くシエラのもとにもその情報がもたらされるべきだったのに、だ。
 ロンドンに行くと言ったきり、その後消息を絶った玲人が空白の五日間のあいだに何があったかを語ることはなかった。シエラにできることと言えば、玲人の憔悴しきった顔や手首を一周する痣から何らかを推測するしかない。シエラがロンドンと聞いて思い浮かべる人物は一人だけで、玲人に対してこういった無体を働く人物と同一だった。つまり、そういうことなのだろう。
「それで、方は付いたわけ?」
 全てを語らずとも、シエラには玲人のことがわかる。玲人もそういう気安さから身も心もボロボロな状態にも関わらず、シエラに会いに来てくれたのだろう。
「どうだろう…。これで、本当によかったのかな…。ベストエンドでなかったことは確かだけどね…」
 一言発するだけでも辛そうな玲人だが、それでも誰かにこうして話さなければ彼の繊細な精神は内側から崩れていきそうな気がした。
「僕は、彼を、傷つけた…。こうなることを望んでいたはずなのに、最悪の結果になってしまった…」
 独り言のように呟かれた懺悔の言葉を、シエラは玲人の肩を抱き寄せながら聞いていた。
「もう終わってしまったことを、もう取り返しのつかないことを後悔するのは止しなさい。だってもう、どうにもならないんですもの。それよりあんたは先のことを考えた方がいいわ。これからあんたはあんたで幸せにならなきゃいけないのよ」
「幸せに…。僕が…、幸せになってもいいの…?」
 あんなにも彼を傷つけたのに。彼を幸せにできなかった自分が、それを望んでもいいのだろうか?玲人の声なき問いに、シエラはこれ以上なく明解な答えを示して見せる。
「当り前じゃない。人は誰でも平等に幸せになる権利を持っているのよ」
 それは生ける人としての当然のものでさえあるのに、皆それを容易く見失う。なぜか幸福に背を向けて歩いていく人々。「青い鳥」の話ではないが、身近にある幸福に気づけない人々もいる。
 玲人には気づいてほしかった。身近にいる、「幸福」に。
「あんたは、幸せになれるわ…」
 自らの言葉を、シエラは強くかみしめた。


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Love Paradox act9

►2007/12/13 20:00 

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 あまりに唐突なその提案に、里村はその意味を図りかね言葉を失う。
 そんな里村の反応の悪さを誤解した玲人は、再びその表情をくもらせた。
「すいません、あの、お忙しいですよね…」
 気を使って玲人はそんな風に言ったが、本当は里村に行く意思がないとでも思ったのだろう。
「いえ、そういうわけでは…」
 ここで言葉を惜しめばますます誤解されてしまうだろう。わかっていても、里村にはどう言えば玲人を傷つけずに済むのかがわからない。
「あの、僕のことを受け入れられないっていう方がいらっしゃるのはわかってますから…」
「いや、それは…」
 違う、そうではないと里村は全力で否定したかったが、羞恥心の方が上回り、それを言葉にすることはできなかった。
 玲人の美貌が万人に認められているかと言えばそうではない。以前の里村がそう思っていたように、玲人のその女性的な容貌には拒絶反応を示す人間も多い。あまりにも完璧すぎる容姿は昔から、整形疑惑や実は女性なのではないかという馬鹿らしいものまで、常に否定的な意見に晒されてきた。玲人の言葉はそんな世論を知った上でのものだったのだろう。
「ごめんなさい、変なこと言って」
 玲人のあまりにも悲しげな顔に、里村は自分でも思いもよらなかったことを口にしていた。
「…金曜日、空いてます」
 その瞬間、玲人が、ホッとしたような嬉しげな表情になったのを里村はくすぐったい思いで受け止めた。後悔もあったが、それよりも自分の返答にここまで喜んでもらえたのが嬉しかった。
「よかった…」
 まるで独り言のように呟かれた言葉に、玲人の喜びや安堵が込められている気がした。
「フランス料理、お好きですか?僕、とっても美味しいフレンチのお店知ってるんです。どう、ですか?」
「…大丈夫です」
 答えながらも、どうしたものかと里村は内心困惑していた。
 自らの口にした言葉に傷付いた玲人は、今にも泣き出しそうなほどに心許無く見えた。里村がああ言わなければ、玲人と里村の関係は破綻していただろう。それが里村には何より耐えがたかった。折角繋がりかけていた縁をこんな形で切ることなどできなかったのだ。
 それから二人はお互いの連絡先を交換し合った。
 里村は名刺の裏に携帯電話のナンバーを記入し、名刺を持っていなかった玲人はマスターからコースターを一枚もらい、プライベート用のナンバーを記入した。
 里村から名刺を受け取った玲人はそれを見て、
「不動産屋さんなんですか〜」
 と感心したように言う。里村は「〜屋さん」という言い方が子供っぽくて、こっそりと笑ってしまった。


 金曜日の午後六時。
 里村はいつもの1.5倍のスピードで仕事をこなし、当初の宣言通りに仕事を切り上げた。
 別室から出てきた里村を見て吾一は先ほどとはスーツが変わっていることに気がつく。いかにもアルマーニという上質な生地のスーツは男の貫禄を十分に備えたこの男にはよく似合う。しかも胸ポケットには白いシルクのチーフがアクセントになっていて、憎い演出をしている。
「デートですか〜?」
 吾一がからかう口調でそう問うと、里村はそれには答えず言った。
「後は頼むぞ」
 その声が少し上ずっていたのを、吾一は聞き逃さなかった。


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Love Paradox act8

►2007/12/12 20:00 

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 里村は玲人が一歩一歩近づいてくる様をじっと見つめていた。軽やかな足取りで、嬉しげにさえ見える笑みを浮かべた玲人は里村を見つけると会釈でもするように小首を傾げて見せた。
 里村の心臓は、入口のドアに下げられたベルが鳴った時点から異常な早さで脈を打ち始めている。このような緊張感はできれば味わいたくはない里村だが、なぜかその原因である玲人から目が離せない。
「こんばんわ」
 その美しい唇が紡ぐ言葉にさえ聞き惚れそうになる。
 里村はまるで夢でも見ているかのような心地だった。目の前にある顔があまりにも美しすぎて、いっそ現実味がない。
「………」
 無言で返した里村を、玲人は不安げな微笑で見つめる。
 誤解されたと気づいた時にはもう遅かった。
 里村の顔は常に不機嫌そうに見えるしかめっ面で、その分言葉でフォローできればいいのだが、それすら上手くない里村はいつもこの顔で損をすることの方が多かった。長く付き合えばこの男の口数の少なさが醸し出す朴訥な雰囲気や、不器用だが真摯な態度に信用を覚える人間も多い。しかしほんの数回顔を合わせただけの顔見知りとも言えない関係の玲人に、そこまでの理解を求めるのは難しいことだろう。
 一言断りを入れてから玲人は里村の隣の椅子に座り、マスターに飲み物の注文を訊かれて、
「また戻らなきゃいけないので、ジンジャエールお願いします」
 と言った。
 玲人は相変わらず多忙らしい。そんな合間を縫ってわざわざ自分に会いに来てくれたことに里村は複雑な心境になる。いくら「お礼をしたい」とはいっても、そこまでして時間を割いてまで自分のようなものに会いに来る必要などないのだと言ってやりたかった。
 玲人の目の前には淡く色づいた液体の入ったグラスが置かれたが、彼はそれには手を触れず深刻そうな顔つきで話し出す。
「あの、先日は、みっともないところをお見せして、本当に申し訳ありませんでした。その上、介抱までしていただいたそうで、もう何とお礼をしていいか…」
 見ている方が恐縮してしまうほどに、俯き加減で愁傷な顔つきになった玲人に里村は自分が抱いていたイメージとのギャップに驚かされる。
 このバーで玲人の意外に子供っぽい一面を知り、メディアで知る彼との差違を分かっていたつもりだったが、今日の玲人は一線で活躍している音楽家とは思えない腰の低さを感じる。もっと高慢な話し方をする人間かと勝手な想像をしていただけに、おずおずと話す玲人は里村にとって新しい発見だった。
「…いいえ。特別なことはしていませんから……」
 相手も緊張しているのだと分かった瞬間、里村の緊張は少しは緩和した。必要以上に構えることはないと思えるほどには。しかし、彼のヴィジュアルがもたらす制御不能の高まりには慣れそうにもない。
「ああ、それと、うちのマネージャー、失礼なこと言いませんでしたか?彼女、仕事熱心なのはいいんですけど時々暴走するんで…」
 確かに、あのマネージャーの長谷部とかいう女には散々毒を吐かれた。玲人が酔いつぶれたのは里村の所為だと一方的に決め付け、「こんなに酔うほど飲ませて何をするつもりだったの」「玲人があんたみたいな男を相手にするはずないじゃない」などと、里村が下心で玲人をマンションに連れ込んだかのような口ぶりで詰った。里村は女性のヒステリーに対応する術を持ち合わせていなかったので、反論もせず黙って聞いていたのだが。
「いえ、大したことはないです」
 玲人の非ではないことを彼に言っても仕方のないことなので、里村は何も言わなかった。
 それでも、玲人には思い当たる節があるのか、
「すいません、僕からきちんと彼女には言っておきますので…」
 ますます所在なさげに小さくなってしまった玲人に、フォローの言葉の一つも掛けてやりたいが、語彙の貧困さがこんな時に里村を苦しめる。
「…いえ」
 そんな言葉しか発することのできない自分がもどかしい。
 そして玲人は意を決したように顔をあげると、こう切り出した。
「あの、今度の金曜日、空いてますか?」
「…は?」
 唐突な玲人の言葉に思わず里村は間抜けな返答をしてしまう。
 しまった、というように玲人があわてて言葉を付け加える。
「あ、すいません!あの、お詫びと言ってはなんですけど、今度の金曜日に一緒にお食事にでもいかがかと思いまして…」
「はぁ…」
 思いもよらぬ展開に、里村は言葉を失った。


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Love Paradox act7

►2007/12/11 20:00 

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 玲人がバーで前後不覚になり、里村の世話になった次の日のこと。
 シエラは玲人から相談を受けていた。
 酔っ払って眠りこけてしまったところを介抱してもらった男性に何の礼も帰ってきてしまったという。よくよく話を聞いてみると、その男というのは、バーで玲人を見つめているあの男らしい。
 どういう成り行きでそんなことになったのかシエラには分かりかねるが、その時の男の心情を思うと口元が緩むのを抑えきれない。
「こういう時ってどういうお礼をしたらいいのかな?物で返すっていうのも嫌らしい感じがするし、言葉だけじゃ物足りない感じもするし…」
 おそらくあの男なら、玲人が言葉を掛けるだけでも舞い上がるに違いなかった。しかし、それでは面白くない。眉間をくもらせて悩んでいる玲人に、シエラはこみ上げる笑いを抑えつつ、一つの提案をした。
「一緒にお食事に行ったらどう?」
 シエラの意外な提案に、玲人は「え〜!?」と目を見張った。
「あら、そこらへんの汚い居酒屋なんかじゃ駄目よ。そんなんじゃ、世界的アーティスト荻久保玲人の名がすたるわ。そうね、超高級なおフレンチなんかどう?ちゃんとしたお礼になると思うけど?」
 そう言うと玲人は、「う〜ん」と唸って小首をかしげた。
「ちょっと堅苦しくない?」
 納得のいかない様子の玲人に、シエラは、あら大丈夫よ、と大らかに笑って見せた。
「あんたがビシッとリードしてやれば、相手も安心するわ」
 それに、とシエラはさらに言い加える。
「あんたは私とスタッフ以外の人間とも交流を持つべきだと思うわ」
 毎日が自宅マンションとスタジオとの往復で終わってしまう日常に、出会いなどあるはずもない。たまの気晴らしにと向かうバーでもシエラが一緒にいる所為もあり、玲人がプライベートで友人を作る機会など無いに等しい。そんな玲人の前に現れた例のあの男は、玲人にどんな変化をもたらしてくれるだろうか。
「そっか、そうだよね…」
 玲人にも自覚があったのだろう。妙に素直に納得して、シエラのアドバイスに従うことにしたらしい。
 シエラは高級フレンチレストランで玲人を目の前にしてカチンコチンに固まっている男を想像して、内心、可笑しくてたまらなかった。まさにシエラが想像した光景が後日展開されることになるのだが、残念ながらシエラがそれを目撃することはなかった。


 里村が久しぶりにバーへ足を向けると、マスターは里村の顔を見るなり表情を変えた。いつにない反応に里村が不審に思っていると、「いらっしゃいませ」という、いつもの挨拶のあとに「今お電話しますね」と続く。
 里村が(なんのことだ)というふうに眉間に皺を寄せると、マスターはにっこり笑っていつもの席に里村を座らせる。腹の読めないマスターの笑顔に、不気味なものを感じつつ、里村は煙草を取り出し一服する。
「里村さんにお礼を言いたいという方がいらっしゃいましてね」
 誰が、という問いも聞かず受話器を手にしたマスターはかなりの食わせ者だ。
 まさか、という疑問はすぐに焦燥に変わった。
「もしもし、荻久保さんですか?お忙しいところ申し訳ありません。わたくし、『スプラッシュ』の猪俣です。…はい、こんばんわ」
 マスターが口にした名前を聞いたとたん、里村はすぐさま逃げ出したくなった。しかし、そういうわけにもいかず、里村は通話中のマスターに恨みがましい視線を向ける。
 マスターもそんな里村の視線に気づいていながら、素知らぬ顔で玲人との会話を続ける。
「…はい、里村さん、来られましたよ。…はい、わかりました。ではお待ちしております。…はい、お気をつけて」
 会話の内容から、玲人は今からここに来るつもりらしいと推測できた。案の定、マスターは、
「30分以内にこちらに来られるそうなので、それまでお待ちいただけますか?」
 とにこやかに言う。
 多忙な玲人がわざわざ駆けつけてくれるというのに、ここから逃げることなどできるはずもなかった。それでも、正直なところ里村は玲人と顔を合わせたくなかった。玲人の顔を見ればまた、自制の利かない動揺が里村を襲う。それがひどく厭わしかった。
 落ち着かない気分でひたすら煙草をふかし、吸殻で灰皿の底が見えなくなるほどに埋め尽くされた頃、バーの入口のドアが来客を告げる。
 すらりとしたシルエットの美貌の人は、里村が今一番会うことを怖れていた人物、荻久保玲人その人だった。


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Love Paradox act6

►2007/12/10 20:00 

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 突然コール音が鳴り響き、里村は疚しさもあって心臓が止まるかと思うほど驚いた。慌てて玲人の上から身体を起こし、ベッドから飛び降りる。
 聞き覚えのないその呼び出し音は玲人のジャケットから発せられていた。勝手に携帯電話に触れるのは本意ではなかったが、今は特例である。ジャケットの内ポケットから玲人の携帯電話を取り出すと、着信表示を確認する。そこには「マネージャー・長谷部」とあった。
 里村は一筋の光明を見出した気持ちで通話ボタンを押す。
「もしもし、」
 すみませんが、と続けるつもりが相手の勢いある早口に気押されてしまう。
『夜分遅くに申し訳ありません。突如明日のスケジュールに変更がありましたのでお電話させていただきました』
 中年ぐらいと思われる女性の声がアナウンサーのような澱みのない口調で言い放ち、里村に口を挟む余裕を全く与えなかった。相手のあまりの勢いに里村は圧倒され、電話越しに数秒の沈黙が流れた。
『…もしもし?』
 相手の女性が苛立ちも顕わにそう問うてきて里村は慌てて声を出す。
「あー、もしもし…?」
 明らかに玲人のものとは違う超低音ボイスに、女性は考慮のために数秒を要した。
『…どちらさまですか?』
 先ほどよりも硬質な険のある言い方に警戒されてしまったことを知る。玲人に掛けたはずの電話から玲人以外の人間の声がすれば、誰でも疑心暗鬼になるだろう。
 はぁ、実は…と、里村は口下手ながらも懸命に経緯を説明した。玲人のマネージャーという女は随分と疑り深い性格らしく、何度も同じことを繰り返し訊き返しては、里村に同じことを説明させた。説明には優に30分を要し、そのころには里村も酸欠で眩暈さえ覚えていた。この30分で一年分の会話をしたのではないかと里村は思う。
 結局マネージャーには里村のマンションの位置を教え、迎えに来てもらうことになった。
(やれやれだな)
 大きなため息を吐き、ベッドの縁に腰を下ろす。あんなにも話し声がしていたはずなのに、玲人はそんなこともお構いなしにすやすやと眠っていた。
 里村は電話でマネージャーの女が言っていた、「玲人は昨日から徹夜だったのよ!?」という言葉を思い出し、諦めの笑みを浮かべた。そんな状態で疲労を抱え、恋愛の悩みをも抱え、アルコールで発散させようとした玲人は、自分達とまったく変わらない等身大の一人の悩める人間だった。酒で失敗することもたまにはあって然るべきだ。
 明日目を覚ませば、彼はまた世界を相手に活躍する音楽プロデューサーに戻らなければならない。荻久保玲人ほどの人間になれば、多くの人間を指揮し上に立つ立場でもあるに違いない。そんな重圧からしばし解放されるのが、あのバーなのだろう。
 あと数分で迎えが来れば、玲人ともこんな距離で会うこともない。彼の人生の中のほんのわずかな時間を共有できたことだけでも僥倖だと思わねばならないだろう。
(あと、少しだけ…)
 里村は恐る恐る手をのばし、玲人の目にかかる髪をそっと払う。そのまま指を頬にすべらせてその感触を確かめる。たった、それだけの接触でも里村の手は震え、玲人を傷付けはしまいかと恐れた。
 セクシャルな意図とは程遠いささやかな接触だったが、それでも里村はひどい胸の高鳴りを覚え、そんな自分に戸惑う。
 里村とて、年齢に見合った経験をそれなりに積んできた。本気の恋愛も、そうでないものも数でいえば相当なものだと思う。そんな里村が十代の初恋のような青いときめきを、この青年に抱いている。今まで男相手に恋愛をしたことのない里村だが、玲人ならば仕方無い気がする。こんな美しい人間を里村は今まで見たことがない。それは見た目だけでなく、精神においても、純粋さを如実に表すような微笑に里村は一目で心奪われてしまった。
(バカだな、俺は…)
 それが決して届かぬ想いだったとしても、里村はもう誤魔化しがきかないほど玲人に惚れてしまっていることを自覚せざるを得なかった。


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Love Paradox act5

►2007/12/09 20:00 

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 自宅マンションに着いた里村は玲人の身体をベッドに下ろすと、一つ大きく嘆息を吐く。静かな室内に情けないため息が頼りなく響いた。
 ここに運ぶまで随分と揺さぶられたり、足が壁にぶつかったりと十分に目が覚めそうな衝撃があったはずだが、玲人は相変わらず熟睡したままである。
 時折、「う〜ん」と可愛らしい寝言を呟いて身じろぎする様が愛くるしい。平素も幼く見えるその容貌が、眠っていると尚更幼く見えた。玲人はその音楽のキャリアから考えても30歳を超えているはずだが、実年齢通りにはとても見えない。無防備に晒されるその寝顔はどう見ても二十歳前後かそれ以下だ。
(まったく、困った人だ)
 一般人である里村には想像もつかないが、音楽プロデューサーという職業はとても多忙なものなのだろう。ましてや荻久保玲人ほどの売れっ子であれば、睡眠時間を削ってまで働かざるを得ない状況なのは仕方のないことなのかもしれない。そんな睡眠不足の状態で、アルコールを一気に摂取したとしたら、このアルコールに弱そうな彼ならばひとたまりもなかっただろう。
(どうしたものか…)
 何も考えず、ただマスターの思惑通りに自宅へと連れ帰ってしまったことに里村は途方に暮れるしかない。とりあえず、この高そうな服が皺になるといけないと、ジャケットだけは脱がせた。
 改めてその華奢な薄い身体を前にして、気持ちがざわめく。白い、薄物のシャツは身体のラインがはっきりと分かるほどにフィットしたデザインになっており、上半身の華奢さが際立って見える。その未成熟な少年のような体つきが痛々しく思われ、同時に里村の本能的な部分を刺激する。
(何を考えている…?)
 相手は男だ。いかに美しい容姿をしていても、この人はれっきとした男なのだと里村は自分に強く言い聞かせる。そうでもしないと、自らを律する理性が揺らいでしまいそうだった。それほど、目の前の美貌の青年に心魅かれている自分を里村は自覚するしかなかった。
 おそらく、もうこんな機会はないだろうと里村は開き直って、玲人の容貌を観察することにした。動いて話す玲人をこんな風にまじまじと観察することなどできそうにない。あの瞳がやっかいなんだと里村は思う。常に濡れたように潤んでいるあの大きな瞳で上目加減に見つめられれば、石でも心が動くだろう。男でも女でもあの瞳の誘引力に勝つことなどできるわけがない。
 今は重く閉ざされた瞼を縁取るのは上向きに反った長いまつ毛。鼻梁は日本人にしては高い方でスッと細くまとまっている。わずかにバラ色に染まった頬は子供のようにふっくらとして柔らかそうで思わず摘まんでみたくなる。そして、微かな吐息をもらす、うっすらと開いた唇…。ルージュをつけているわけでもないのに、その部分だけは血の色を強く現している。日本人ではありえない肌の白さとの色彩のコントラストが妙に生々しい。
 面の皮を一枚剥いでしまえば同じだと分かっていても、その奇跡のような造形美には感嘆するしかない。
「う…うん…っ」
 唇からもれた、聞きようによっては艶めかしくもあるその吐息に里村はドキリとする。同時に、その唇の隙間から赤い舌が歯列をなぞるような動きを見せて、里村の欲情を刺激する。
 里村のなかに、その美しい唇に口づけたいという欲望が沸き上がってくる。
(だめだ、そんなことは…)
 いくら相手が無防備に眠っていて拒絶することができない状態だといっても、だからこそ、本人の意識しないところでそんな真似をしてはいけないと里村は自制する。
 しかし、頭ではわかっていても欲望は理性を凌駕するほどにふくらんでゆく。
(口づけたい、この唇に…)
 僅かに開いた唇がまるで口づけを誘っているかのように思え、里村はそこから目が離せなくなる。
 里村はまるで誘導されるように身をかがめる。その甘い吐息が感じられるほどに近づいた、その瞬間、そんな里村に警告を発するかのように静寂を破る電子音が鳴り響く。
 後頭部を殴りつけられたかのような衝撃で里村はようやく正気に戻る。
 その音は玲人のジャケットから発せられていた。


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Love Paradox(完結) | Comment(0) | Top ▲

Love Paradox act4

►2007/12/08 20:00 

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 まるで糸が切れた操り人形のようにカウンターに突っ伏した玲人を前に、里村はただ呆然とするしかなかった。何が起きたのかしばらく把握できず自失したまま数秒が過ぎ、玲人が眠ってしまったのだと気がついたのは、マスターが玲人の安否を確認してからだ。
「荻久保さん、荻久保さん」
 マスターがその肩を優しく揺さぶるが、玲人はすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てたまま起きる気配がない。そこでようやく、先程までのあの気だるげな玲人の表情の意味を理解した。あれは誘っていたのではなく、ただ眠かっただけなのだろう。
「困りましたねぇ」
 マスターが里村に聞かせるための独り言を呟き、嘆息する。
 これだけ声を掛けても、肩を揺すっても起きないところを見ると、完全に熟睡してしまっているのだろう。おそらくは、仕事の疲労がアルコールによって睡眠を誘発したに違いない。
「アルコールは普段あまり飲まれない方なのに、今日は余程お疲れだったんでしょうか…」
 何が言いたい?と、マスターを見やると、彼は芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。
「それにしても、困りましたね。私は連絡先を存じませんし、かと言って警察の方に来ていただいて保護してもらうというのも…」
 いくらなんでもそれは可哀想だろう、と里村が目を見開けばマスターはその表情の読めない整った顔に薄く笑みを刷く。
「…あんまりですしねぇ」
 その時里村は、マスターが困った風な言葉を吐きながら楽しげであることに気づく。
 のせられているという自覚はあったが、玲人が目覚めないという事実はどうしようもない。
(俺がこの人を送っていけと、そういうことなのか?)
 里村が非難の視線を送っているのを知ってか知らずか、マスターはわざとらしいため息を吐いてみせる。
「大事なお客様を警察に突き出すというのは少々…」
「………俺が送っていきます」
 ついに里村の方が折れた。
 マスターはにっこり笑って、
「まあ。それはそれは、大変助かります」
 と、最初からそのつもりだったくせに大袈裟にそう言ってのけた。
 面倒を人に押し付けることができたのが嬉しいのか、まさか里村が抱いている玲人への好意を知られているわけではないだろうが、マスターはやけに上機嫌だ。
(まさか、な)
 能面と表される里村の無表情さは意図したものではないが、常から感情が表にでることはないという自覚はあった。この、自分でもよく分からない思慕がマスターに知られているとは考えづらい。
 今日はおごりですとマスターに言われ財布をしまうと、少々ためらわれたが、玲人を横抱きにして店を出た。世に言う、お姫様抱っこだ。抱き上げた玲人は拍子抜けするくらいに軽かった。腕の中にすっぽりと納まってしまうこの華奢さは同性のものとは思えないほど細い。
(きちんと食べているのだろうか?)
 そんな心配をしてしまうくらい、腕の中の人はあまりにも細く、頼りない。
 しかし、この頼りなくも見える人が世界の音楽界をリードするカリスマミュージシャンだという事実が里村との隔たりを作る。腕の中にいても、自分と彼との距離は果てしなく遠い。
(何を今更…)
 里村は店を出てすぐにタクシーを拾い、運転手に「何所まで?」と聞かれ、呆然としてしまった。先のことなど何も考えず連れてきてしまったことに気づき、それこそ今更ながらに焦ってしまっていた。
 玲人の住所などもちろん知るはずもなく、ホテルになど連れ込めば後あと面倒なことになりそうだ。里村の腕の中、肩に頭を預けて無邪気に眠る玲人が今はいっそ憎らしい。
「お客さん、どうするんです?」
 運転手に苛立った口調でそう急かされて、里村は仕方なく行く先を告げた。
 それは里村の自宅であった。


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Love Paradox(完結) | Comment(0) | Top ▲

Love Paradox act3

►2007/12/07 20:00 

 

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「スクリュードライバーお願いします」
 荻久保玲人はそう言って、フハァーと、心底疲れきったため息を吐いた。
 一方里村は、突然の玲人の出現に内心パニックになっていた。そろそろ帰ろうかと思っていたのに、身体が硬直して動けなくなってしまった。動揺は顔には出ないが、心臓は高鳴り、手に汗がにじみ出していた。
 そんな里村の動揺など知るはずもない玲人は、出されたグラスをまるで水を飲むように一気に飲み干して、「おかわり」と、マスターに差し出した。
 再びため息を吐いた彼の顔にはハッキリと(悩み事があります)と書いてあるかのようだった。
「無理はなさらないで下さいね」
 マスターは優しくたしなめるような口調でそう言って、新しいグラスを玲人に差し出す。
 疲れた笑みを見せて、玲人は口を開く。
「マスターは…」
「はい」
「マスターは、終わってしまった関係を相手にどう伝えますか?」
 里村は人知れずドキリとした。
 玲人の悩みは、どうやら恋愛絡みの話らしい。そんな、ごくプライベートの会話を自分のようなものが聞いてしまっていいのだろうかという思いと、それに相反する(彼のことをもっと知りたい)という好奇心とが、帰りかけていた里村の腰を重くした。
「はぁ…。私などにそのような相談相手が務まりますでしょうか?」
 やや困惑気味に笑ったマスターに玲人が言う。
「んー、なんかマスター経験豊富そうだから」
 そこで二人の間に笑いが起こり、マスターも玲人の言葉を否定しなかった。
「そうですね、場合にもよりますが、私なら…言い訳はしません。相手に不備があったとしても相手を責めません。『僕には君を幸せにすることができなかった』と、そう言います」
「うーん。マスターらしいね」
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「ううん。そんなことないよ。僕の方こそ、変なこと訊いてごめんなさい」
 それから玲人は口をつぐんでしまい、グラスを傾けては物思いにふけっていた。
 ここではいつも朗らかな笑顔を見せていた玲人が浮かべた、いつもとは違う憂いを含んだその横顔に不思議に胸がざわめく。見ている方が切なくなるようなその表情に、里村は目が離せなくなる。
 そんな里村の視線を感じたのか、不意に玲人が里村の方へ首を巡らせた。
 反射的に、慌てて視線を逸らすが、玲人はジッと里村を見ている。玲人の視線を痛いほど感じて額に生ぬるいものが流れる。やけに時間が長く感じられ、そんな気まずさに耐えられなくなった里村は恐る恐る玲人を見やる。
「ああ、やっぱり」
 その言葉で、玲人が里村の顔を覚えていたこと知る。おそらく、一週間前の「間抜け面をした」中年男という認識が成されているに違いなかった。
「こんばんわ」
 玲人がさらりと髪を揺らして挨拶をしてきた。照明は薄暗いくらいなのに、ニッコリと笑いかけてくる玲人がやけに眩しくて直視することができない。
「こ、こんばんわ…」
 声が上ずらないように気をつけるのに精いっぱいで、言葉がどもってしまったのはどうしようもなかった。話しかけられただけでこんなにも動揺してしまっている自分が情けない。
「この前もここにいらしてましたよね?ここへはよく来られるんですか?」
「…ええ。まあ……」
 緊張で心臓がどうにかなってしまいそうだった。もう話し掛けないでほしい、と思うのにどこかでこの滅多にない機会を喜んでいる自分もいた。こんな1メートル程しか離れていない距離で荻久保玲人と話す機会などそうそうあるものではない。
 まるで現実味のない人形めいた美貌が自分をじっと見つめていた。カウンターに片肘をついて頭を支えるポーズが、婀娜めいた気だるさを醸し出していて、里村をますますドキドキさせていることに当の本人は気づいてなどいないだろう。恍惚とした表情で重たげな瞬きを何度か繰り返しているその様子はまるで誘っているかのように艶っぽい。
「今日は………」
 不意に言葉が途切れたと思った時には、玲人は糸が切れた操り人形のようにカウンターに突っ伏していた。


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Love Paradox act2

►2007/12/03 20:00 

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 本日数十回目のため息を吐いて、里村は頭を抱えた。
 里村からしてみれば非常に印象的だったバーでの出来事から一週間が過ぎていた。
 あの日から全く仕事に集中できず、こんなことではいけないと自分を戒めてみても、ふと頭に思い浮かぶのは彼のあの笑顔ばかりだ。花が開いたような、とはよく言ったもので、彼の笑顔はまさにそんな表現がぴったりの、美しい微笑だった。
 考えないようにしようと思えば思うほど、頭の中は彼のことでいっぱいになる。ドツボにハマるとはまさしくこういうことなのかもしれない。
 なぜ彼があの時、会話を交わしたこともない自分に対してあのような親しげな微笑を向けてきたのかはわからない。彼のことは自分が一方的に気になっていただけで、彼が里村の存在を認識しているかどうかもあやしい。こんな、40過ぎのしがない中年男に、あの世界的スーパースターである荻久保玲人が興味を持つわけがないのだから。
 里村からすればあの微笑は天変地異にも等しい大事件だったが、彼からすればほんの気まぐれに会釈をして見せたに過ぎないのだろう。
(いい歳をして、笑顔一つでうろたえるなんて…)
 「人、四十にして惑わず」と言うが、里村はまだその境地には程遠い。
 いくら女性的な美しい容貌をしているといっても、荻久保玲人は男性であり、今までもこれからも里村とは無縁の人間なのだ。つながりがあるとすれば、同じ店の常連であるということ。それだけなのだ。
 そう自分に言い聞かせて、そんな自分の言葉に少なからず傷ついている自分がいた。
(何を期待している?)
 傷付くほどの関係など、何もないというのに。
 そうして再びため息を吐き出した里村に、呆れた様子で話しかけてきた者がいた。
「里村さ〜ん、今日何度目っすかそのため息。勘弁してくださいよ〜」
 あ〜あ、もう見てらんない、とでも言いたげに顔いっぱいに不平を顕わにしているのは里村の弟分である岡田吾一(おかだごいち)である。
「里村さんは普通にしてても怖いんですから、もうちょっと愛想よくしたほうがいいっすよ。今日なんか眉間のシワが渓谷になってますから」
 中学を卒業してからすぐこの事務所で働き始めた吾一は里村とも長い付き合いである。今年21歳になる吾一は6年もの間里村とほぼ毎日顔を合わせて仕事をしているため、強面の上司にも臆さず話す。もっとも、怖いもの知らずなところは彼の元々の性分でもあるが。
「…煩い。コーヒー持ってこい」
「あー、ハイハイ。…って、ちょっと里村さん、さっき淹れたコーヒー、全然手付けてないじゃないですか!あーあー、もう分かりましたよ、新しいのお淹れしますよ」
 ブツブツ言いながらも数分後、香ばしい香りを伴って吾一がコーヒーを持ってきた。
「はい、どうぞ。…って、なんでウチはお茶を淹れてくれる女の子がいないんですかね?誰か新しいコ入れてくださいよ。できたらロリ顔の巨乳ちゃん希望!」
「…煩い」
 止めないと際限なくしゃべり続ける吾一を冷たい声音で遮るが、色んな意味で里村慣れしている吾一には通用しなかった。
「あ、里村さん、さっきから全然進んでないじゃないっすか!困りますよ、親っさんから早いとこ見積もり出せって言われてるんっすからね!」
「今日中には出す。分かったからお前も仕事しろ」
 部下に仕事を催促される上司ほど情けないものもないと自嘲して、里村は気を引き締めて仕事に取り掛かる。年末の、これから忙しくなる時期に、他のことに煩わされている暇などないのだ。今日こそは仕事を早く終わらせて、久し振りにあのバーに寄ろうと決めた。


 結局、仕事は長引いてしまい、バーに着いたのは夜の10時を過ぎた頃だった。
 奥の席が見える、里村の特等席に腰を掛けると、バーボンを注文して煙草に火をつける。チラリと奥の席を見やって荻久保玲人がいないことを確認する。
 もっとも、会える確立の方が断然低いのだ。里村が通い始めてから玲人に会ったのは、三か月でたったの五回。週に一、二度通ってもこの程度である。
 煙草をふかし、バーボンを味わい、マスターと一言二言、世間話を交わす。そろそろ帰ろうかと思った時、里村から三つほど椅子を開けた場所に新たに客がやってきた。
「スクリュードライバーお願いします」
 その声に、もしや、と顔を上げた里村はそこにいた客を見て腰が浮きあがりそうなほど驚いた。そこにいたのは、見間違いようもない、荻久保玲人その人だった。


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Love Paradox(完結) | Comment(2) | Top ▲

Love Paradox act1

►2007/12/02 20:00 

 新連載「Love Paradox」スタートです。
 時間軸的には「You are my shining star」の後、「Primrose Way」act13の前になります。新キャラ里村さんをよろしくお願いします♪

>> ReadMore
 里村雅己(さとむらまさみ)はその日、一人静かに飲んでいた。
 最近見つけた落ち着いた雰囲気のバーに、週に一、二度通うようになったのは、三か月程前からだ。
 齢(よわい)40も越えると、さすがに雑然とした居酒屋には行く気分にもなれない。
 若く見えるのに老成したような感のあるマスターは、カウンターで顔をつき合わせていても、まったく酒の味を損なわせることはない。たまに交わす言葉も機転が利いていて彼の頭の良さを窺わせる。
 しかし、里村がそのバーに足繁く通うようになったのは店の雰囲気の良さと物静かなマスターだけが理由ではなかった。
 店の奥、ちょうど里村がいつも座るカウンター席からギリギリ見える位置にあるテーブル席は彼のお気に入りの場所だ。その席は壁際にあり、小さな噴水が設置されていた。彼は時折その噴水を眺めては目を細めてほほ笑んだり、指を入れて遊んだりしている。
 世間一般に広がっているイメージとは裏腹に、ここでの彼は人懐っこい笑顔でよく笑う。そこにはメディアで見るような、怜悧な微笑を浮かべるクールビューティーは存在しない。おそらくそれは彼のメディア戦略なのであり、本当の彼は無邪気で子供っぽい一面をもつ普通の青年なのだろう。
 彼の名前は荻久保玲人といい、世界中にその名を知られるミュージシャンである。
 手がける曲は必ずヒットすると言われる名プロデューサーで、日本でよりもむしろ欧米でのほうがその認知度は高いと聞く。
 しかし、彼の名を知らしめているのは音楽の才能だけではない。
 「天は二物を与えず」というが、彼は例外であったらしい。
 里村は初対面の人間の顔をジロジロと不躾に見るのは失礼だという基本的な礼儀はわきまえているつもりだ。しかし、初めて彼を間近で見たとき、そのあまりに人間離れした美貌に視線を外すことができなかった。同じ男とは思えない、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようなその美貌に、里村はしばらく呆けてしまったほどだ。
 今まで荻久保玲人に対して、あまり良いイメージを持っていなかった里村であったが、その日を境に彼に興味を持ちはじめ、意外な一面を見るにつれ、彼への好感度は高まっていった。
 最近では、彼を目当てにバーに通っているふしがあった。
 40歳を過ぎて芸能人にミーハーするのも如何なものかと自嘲するが、彼を見ているだけで得られる幸福感は、他では得ることのできない里村の癒しだった。
 その日も彼は自身がプロデュースをする女性歌手と楽しげに会話している。
 不意に、その女性歌手と里村の視線がぶつかった。
 慌てて目線を逸らしたが、直後に笑われたと思ったのは気のせいだったのだろうか?
 目のやり場に困った里村がマスターを見やると、小さく笑って背を向けた。
 気のせいではなかった。


「何笑ってるの、しぃちゃん?」
 突然目の前の女性が笑ったので、玲人は小さく首をかしげた。
「何でもないわよ」
 玲人は気がついていないが、シエラにはいつもカウンターの端に座る強面の男が、玲人を見ていることを知っていた。40過ぎと思われる、貫禄と落ち着きを備えたその男は玲人を見つめる時だけ、ふとその強面が優しく緩む。
 静かに、そして優しく見守るような視線にかすかな恋情が混じるようになったのはいつ頃からだったろうか。
「さあ、今日は帰りましょう。明日からアンタも忙しいんでしょう?」
 多忙ゆえ、恋愛に時間を割く余裕もない生活を送っているのはシエラも玲人も同じだった。しかし、そんな生活は味気なく、張りもない。特に玲人には、次こそ幸せな恋愛をしてほしいと心から願っている。寛容で、懐の深い、愛情細やかな人間が玲人には相応しい。さて、あの男はどうだろう?
 清算を済ませ、出口に向かおうとする玲人をシエラが小突く。
「ねぇ、カウンターにいる男に笑いかけてあげなさいよ」
「えぇ!?なんで〜?」
「いいから。行くわよ、ホラ!」
 何が何だか分からずに、玲人はシエラに言われた通りにカウンターの男に微笑みかけた。
 シエラにはそれがどんなものだったのか見ることができなかったが、それは必殺一撃の微笑だったに違いなかった。銅像のように表情を変えることのなかった男が、ギョッと目をむいた後、固まってしまった。
「もう、変な奴だって思われたじゃないか」
 店を出るなり堪え切れない笑いを爆発させたシエラに、玲人は不満をもらしたが笑い止まないシエラにつられて玲人も笑いだす。
「あら、そうとも限らないわよ?」
 そううそぶいたシエラにも、この先の二人が辿る紆余曲折の道など知る由はなかったのである。


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