SS「MELT SNOW」
►2007/11/30 20:00
次回連載「Love Paradox」の予告篇のようなものです。
ではでは、PUSH!READ MORE!
静かに咀嚼をする目の前の美人は、自分の手元と里村の顔以外に視線を逸らさない。
二人の間に聞こえる音といえば、皿とナイフやフォークがぶつかり合う、カチカチという音と、空々しいクラシック音楽のみで会話といえる会話はほとんどない。食事の間に交わされた言葉は、ほとんどが相手から発せられたものであり、里村はろくな返事もできずにいた。
キャッチボールは全て里村が取り落とし、成り立たない状態である。
そんな里村に気を悪くする様子もなく、目の前に座っている美人は微笑すら浮かべている。
その、小作りな顔のわりに大きな縦長の綺麗な瞳が、里村を確認するたびにふと緩み、優しい色を滲ませているのを見ると、里村の心臓は急にテンポを上げる。
そんな調子なので、里村の皿はなかなか減らない。口に運ばれていくものも、ろくに味などわからない。食が進まない代わりにワイングラスばかりが空になる。
「ワイン、美味しいですか?」
「は、は?」
「ワイン」
「は、はぁ…」
ナプキンで額を拭って、里村は意味のない咳払いをする。
気の利いた言葉の一つも言いたいところだが、焦りばかりが先立ち頭の中はすでに混乱状態で目を合わせることすらできない。手元も覚束ない里村は汗拭きと化していたナプキンを床に落としてしまった。
「あっ」
「あ…」
同時に、二人が反射的にそのナプキンを拾おうと手を伸ばし、二人の指先が宙で触れあう。
「…っ」
「……」
その瞬間、触れ合った場所から今まで感じたこともない甘いしびれが走り、里村を驚かせた。
テーブルの下で、二人の間に妙な間が流れ、里村は自分の混乱を誤魔化すようにナプキンを掴み寄せ、居住まいを正し、そしてまた意味もなく咳払いをする。
「あのね、今」
「は…」
「今ね、指に電流みたいのが走ったんだよね。ビリビリって」
「……」
自分も同じだった、とは言えなかった。
楽しむ間もなく食事が終わり、店の外へ出ると、突き刺すような冷気が里村のアルコールで火照った顔をちょうどよく冷ましてくれた。
しかしちょうど良かったのは里村だけであったようで、隣を歩く人の肩は錨型に引き上げられている。
「さ、寒いね。僕もコート着てくればよかった」
里村は自分のコートをその肩に掛けてやりたい衝動に駆られていたが、そんな馴れ馴れしいことが里村にできるはずもない。かといって、この寒さでこの人に風邪でもひかせてしまったら、と里村が一人で葛藤していると、視界を白いものがよぎった。そして頬に冷たい感触。
「わぁ、雪だ……」
その言葉でそれが雪だとようやく気付く。
「めずらしいね、東京で雪なんて。初雪かな…」
わずかに前を歩く人の、後ろ斜め横顔が、雪を眺めて嬉しそうに微笑んでいる。
その美しい横顔に見惚れ、里村の理性がわずかに緩む。
飲み過ぎていたワインの所為かもしれなかった。里村はその時、何も考えずに動いていた。里村は自分のコートの前身にその人を抱き込んだのである。
腕の中の人が、はっと息を飲んで身体を強張らせたのが分かる。それを感じ取って里村はようやく、自分のしたことの意味を知る。
しかし一度ホールドしてしまった形を崩すこともできず、里村も固まったまま沈黙の時間が流れていく。里村にはそれが永遠のように長く感じられた。
実際にはほんの数分経った頃、腕の中の人が深く息を吐き出した。大きな白いかたまりが、作られたそばから立ち消えていく。
その表情は見えないが、やはり微笑んでいるのだろう。
嫌悪する素振りを示されなかったことが何より里村を安堵させた。
しばらくして腕の中の人が身じろぎをした。離れるのだろうかと思ったのは間違いで、振り向いて身体を向かい合わせで抱きついてきたのである。
里村の心臓が、今日一番の速さを記録した。
それでも里村は、抱きしめた人が寒くないようにと、ぎこちなくその背に腕を回す。
「あったかい…」
自分の頭のすぐ下から声がした。コートの下のスーツ越しに腕の感触。抱きしめている人の体温を里村も感じることができた。
…この人をもっと知りたい。もっと感じたい。
知ったら、もっと好きになるだろう。もっと近くに感じたくなるだろう。
急がなくてもいい、距離なんてすぐに縮まるはずだ。
里村にはそんな予感のようなものがあった。
顎のあたりをさわさわとしたものがくすぐっている。指を通したらさらさらと流れていきそうな柔らかい髪がすぐそこにある。
里村はその髪の感触を唇で味わった。シャンプーのにおいだろうか。花束のような優しい香りがした。
その髪の上に雪がひらりと舞い降りてきた。やがてそれは長持ちせず、じんわりと形を崩していく。
胸に温かいものが広がって全身に行き届いていく。そして腕の中の人も、その頃には身体の強張りがすっかりほどけていた。
それはまるで、雪が溶けるように……。
<END>

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二人の間に聞こえる音といえば、皿とナイフやフォークがぶつかり合う、カチカチという音と、空々しいクラシック音楽のみで会話といえる会話はほとんどない。食事の間に交わされた言葉は、ほとんどが相手から発せられたものであり、里村はろくな返事もできずにいた。
キャッチボールは全て里村が取り落とし、成り立たない状態である。
そんな里村に気を悪くする様子もなく、目の前に座っている美人は微笑すら浮かべている。
その、小作りな顔のわりに大きな縦長の綺麗な瞳が、里村を確認するたびにふと緩み、優しい色を滲ませているのを見ると、里村の心臓は急にテンポを上げる。
そんな調子なので、里村の皿はなかなか減らない。口に運ばれていくものも、ろくに味などわからない。食が進まない代わりにワイングラスばかりが空になる。
「ワイン、美味しいですか?」
「は、は?」
「ワイン」
「は、はぁ…」
ナプキンで額を拭って、里村は意味のない咳払いをする。
気の利いた言葉の一つも言いたいところだが、焦りばかりが先立ち頭の中はすでに混乱状態で目を合わせることすらできない。手元も覚束ない里村は汗拭きと化していたナプキンを床に落としてしまった。
「あっ」
「あ…」
同時に、二人が反射的にそのナプキンを拾おうと手を伸ばし、二人の指先が宙で触れあう。
「…っ」
「……」
その瞬間、触れ合った場所から今まで感じたこともない甘いしびれが走り、里村を驚かせた。
テーブルの下で、二人の間に妙な間が流れ、里村は自分の混乱を誤魔化すようにナプキンを掴み寄せ、居住まいを正し、そしてまた意味もなく咳払いをする。
「あのね、今」
「は…」
「今ね、指に電流みたいのが走ったんだよね。ビリビリって」
「……」
自分も同じだった、とは言えなかった。
楽しむ間もなく食事が終わり、店の外へ出ると、突き刺すような冷気が里村のアルコールで火照った顔をちょうどよく冷ましてくれた。
しかしちょうど良かったのは里村だけであったようで、隣を歩く人の肩は錨型に引き上げられている。
「さ、寒いね。僕もコート着てくればよかった」
里村は自分のコートをその肩に掛けてやりたい衝動に駆られていたが、そんな馴れ馴れしいことが里村にできるはずもない。かといって、この寒さでこの人に風邪でもひかせてしまったら、と里村が一人で葛藤していると、視界を白いものがよぎった。そして頬に冷たい感触。
「わぁ、雪だ……」
その言葉でそれが雪だとようやく気付く。
「めずらしいね、東京で雪なんて。初雪かな…」
わずかに前を歩く人の、後ろ斜め横顔が、雪を眺めて嬉しそうに微笑んでいる。
その美しい横顔に見惚れ、里村の理性がわずかに緩む。
飲み過ぎていたワインの所為かもしれなかった。里村はその時、何も考えずに動いていた。里村は自分のコートの前身にその人を抱き込んだのである。
腕の中の人が、はっと息を飲んで身体を強張らせたのが分かる。それを感じ取って里村はようやく、自分のしたことの意味を知る。
しかし一度ホールドしてしまった形を崩すこともできず、里村も固まったまま沈黙の時間が流れていく。里村にはそれが永遠のように長く感じられた。
実際にはほんの数分経った頃、腕の中の人が深く息を吐き出した。大きな白いかたまりが、作られたそばから立ち消えていく。
その表情は見えないが、やはり微笑んでいるのだろう。
嫌悪する素振りを示されなかったことが何より里村を安堵させた。
しばらくして腕の中の人が身じろぎをした。離れるのだろうかと思ったのは間違いで、振り向いて身体を向かい合わせで抱きついてきたのである。
里村の心臓が、今日一番の速さを記録した。
それでも里村は、抱きしめた人が寒くないようにと、ぎこちなくその背に腕を回す。
「あったかい…」
自分の頭のすぐ下から声がした。コートの下のスーツ越しに腕の感触。抱きしめている人の体温を里村も感じることができた。
…この人をもっと知りたい。もっと感じたい。
知ったら、もっと好きになるだろう。もっと近くに感じたくなるだろう。
急がなくてもいい、距離なんてすぐに縮まるはずだ。
里村にはそんな予感のようなものがあった。
顎のあたりをさわさわとしたものがくすぐっている。指を通したらさらさらと流れていきそうな柔らかい髪がすぐそこにある。
里村はその髪の感触を唇で味わった。シャンプーのにおいだろうか。花束のような優しい香りがした。
その髪の上に雪がひらりと舞い降りてきた。やがてそれは長持ちせず、じんわりと形を崩していく。
胸に温かいものが広がって全身に行き届いていく。そして腕の中の人も、その頃には身体の強張りがすっかりほどけていた。
それはまるで、雪が溶けるように……。
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