恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
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In the name of love act30 (完結)

►2007/09/30 20:00 



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 ハーシェル氏からの電話を受けて、アーサーはすぐさま車を手配させレイの行方を捜す。
 レイはすぐに見つかった。
 レイは、ハーシェル氏のアパートの近くで呆然と立ち尽くしていた。
 アーサーは車を寄せさせて、ウインドーを下ろす。
「レイ、車に乗るんだ」
 声を掛けてもまったく反応はない。
 アーサーの声が聞こえていないはずもなく、無視を決め込んでいるらしいレイにわずかに苛立ちながら、
「風邪をひくぞ。早く乗るんだ」
 強い口調で言っても、やはりレイは置物のようにピクリともしなかった。
 仕方なくアーサーは、車から降りるとレイの身体にコートを羽織らせて肩を抱いた。
 すると、レイはアーサーの手を拒み、後ずさる。
「レイ!」
 傷ついたレイがすぐに自分を頼ってくるものと思っていたアーサーは、その思いも寄らぬ拒絶に驚きを隠せない。
 レイは感情の伺えない空虚な瞳でじっとアーサーを見据えていた。
「全部、君の仕業なんだね…」
 呟くように発せられた言葉が拒絶の理由を教える。
 言葉を失くしたアーサーにレイが言った。
「この前、ケイトさんっていう人に会ったよ。エディの彼女だった人…。エディの子供を妊娠してるから別れてって言われたよ。その時、アーサーの話が出たから何か変だと思った。でも、いいんだ。彼が幸せになってくれればそれでいい…」
 アーサーは歯ぎしりせずにはいられなかった。余計なことをして尻尾を出した女を殺してやりたい気分だった。
 計画は、最悪の形で露呈してしまった。
「でも、君のしたことは当分許せそうにない」
 レイがふと顔を逸らす。その頬には一筋の涙が流れていた。
「君には絶望したよ。…もう顔も見たくない」
 レイの言葉がアーサーの心を深く突き刺す。
 愛という名のもとに、自らが犯してしまった罪の深刻さにその時ようやく気が付いた。
 しかし、もう遅い。
 レイの心は完全に自分の元を離れてしまっていた。
 レイは羽織っていたコートを振り落とし、アーサーに背を向けて歩きだす。
 その後ろ姿が語るのは、完全なる決別。
 もう二度と戻ることのないぬくもり。


「一年だ!!」
 アーサーの声が深夜の街に響く。
 諦めることなどできない。諦めるものかと、アーサーはさらに叫ぶ。
「君が許してくれるまで私はいつまでも待つ。一年は君の前に現れないと誓う!!」
 レイは足を止めることなく暗闇の中を歩いていく。
 それでもアーサーの声は聞こえているはずだった。
「愛してるんだ、レイ!!」
 アーサーの声だけが虚しく響き、レイの姿はやがて闇に消えた。
 失ったものの大きさを痛いほどに噛みしめながら、アーサーはその後ろ姿をただひたすら見つめていた。



〜『In the name of love』END〜
 『Primrose way』に続く。



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In the name of love (完結) | Comment(6) | Top ▲

In the name of love act29

►2007/09/29 20:00 



 

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 ケイトにプロポーズをしたその日。
 エドワードはアパートの自室で待っているだろう人物に全てを話す決意をしていた。
 それがけじめでもあり、これ以上はエドワードの精神が保たなかった。
 責めは全て受け入れるつもりだ。どんなに詰られようと、はっきりと決別の意思を示す覚悟はできていた。
 呼び鈴を押すと、いつものようにレイがドアを開けてくれる。
「おかえり、エディ」
 笑顔で出迎えたレイに、エドワードにずっしりとした罪悪感が圧し掛かり、胃がキリキリと痛みだす。そして部屋の中を見渡して、そこが妙にすっきりしていることに気づく。短い同棲生活で増えたレイの所持品が無くなっていたのである。
 言葉を失くしているエドワードに、レイがその理由を話す。
「今日、『CHINON』に電話したらようやくユベールに繋がったんだ。で、先に荷物だけ持っていってもらったんだ」
 目を見開いて言葉を発せずにいるエドワードに、レイが美しい笑顔を見せる。
「今まで、本当にありがとう。お世話になりました」
 深々と頭を下げて、日本式の礼を示す。
 言葉が何も出てこなかった。言うべきことなど何もなかった。
 レイはエドワードの心の変化を察していたのだろう。
 そして、自ら身を引く覚悟を決めた。
「これ、少ないけど今までお世話になった分だから」
 封筒を差し出すレイに、中身は見ずとも推測ができるものをエドワードは押し返す。
「…いらねーよ」
 あっさりしたものだな、とエドワードは思う。
 レイと一緒に過ごした日は今日で48日。それがこんな金で換算され精算される。それが悔しくもあり、悲しくもあった。そんなことを感じる権利などエドワードにはないというのに。
 封筒を受け取ってくれないエドワードにレイは苦笑して、顔をみることさえしない男に最後の言葉をかける。
「どうか、幸せに…」
 微かな風がエドワードのそばを通り過ぎ、ドアが閉まる音を遠くに聞いた。
 それが二人の最後だった。
 エドワードは理不尽な怒りのままに、胸ポケットから携帯電話を取り出すと、荒々しい手つきでメモリーを押す。
 悠然と通話に応じた相手に向かって行き場のない激情をぶつけた。
「レイと別れた!満足か、この野郎!!」
 怒りをぶつけられた相手は気分を害するわけでもなく、むしろ嬉しそうに『そうか』と答えた。
「仕事は受けてやる!でも金は一切受け取らない!わかったか!?」
 自分でもなぜこんなにも憤っているのか分からない。
 いずれにせよ、レイとは別れるつもりだったのだ。
 それが予期せぬ形で訪れただけのこと。
 なのに、激しい感情がエドワードを支配し、抑えることができない。
「さっさと迎えに来いよ!またアイツ、迷子に…」
 その時目に入った物に、思わずエドワードの言葉が止まる。
 テーブルの上には、レイが毎日書きなぐっていた楽譜ノートが残されていた。
 忘れていったのかと思い、手に取って、そこに記されたタイトルにエドワードの目が釘付けになる。
『Eddy my love』
 その瞬間、激しく渦巻いていた怒りが一気に凪いだ。
 ページを開くと、そこにはぎっしりと音符の羅列が書き込まれていた。
 音楽の知識が全くないことが悔やまれた。このノートには一体どのような美しいメロディーが刻まれているのだろう。どれほどの愛が謳われているのだろう。
「レイ、レイ…!!」
 雑音を発する携帯電話を放りだし、エドワードはレイの残した愛の残骸を抱きしめた。
 もう取り戻すことできない、幸せな日々を。


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In the name of love act28

►2007/09/28 20:00 



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 レイが何を考えているのか、わからない。
 エドワードがついた些細な嘘が、二人の間に埋めることのできない距離をつくってしまった。
 それなのにレイは今まで通りに接してくれる。
 優しい笑顔。優しい言葉。
 それが虚しく感じられるのはなぜだろう?
 何気ない言葉や行動に垣間見える愛情を感じるたびに逃げたくなる。
 あの時、自分の中で必死に張りつめさせていたものが、いとも容易くポッキリと折れてしまった。一度壊れてしまったものを元に戻すのは容易なことではない。そしてエドワードはそれを元に戻す方法を知らなかった。


 晩餐の騒がしさの中、エドワードは待ちわびた人の姿を見つけて合図の手を挙げた。
 それを目印に近づいてきた人にエドワードは笑顔を見せる。
「やあ、ケイト。わざわざ呼び出して悪いな」
「いいのよ。私も会いたかったもの」
 煩雑な雰囲気を醸し出すレストランは会話をするには向かないが、今はあまり静かな場所に行く気分にはなれなかった。少しでも気を抜くと、死にたくなるほどの罪悪感で胸が押しつぶされそうになるからだ。だから今は、この喧騒が何よりの救いだった。
「今日はお前に話があるんだ」
 そう切り出したエドワードに、
「まあ、何かしら」
 と、期待を込めた目でケイトが見つめてくる。
 頭の中ではこれから語られる内容についての予測が目まぐるしく駆け巡っているのだろうが、エドワードはそれでも真摯な顔を崩さずケイトに向き合う。彼女がそういう人間だということは五年の交際で知っているつもりだ。
「俺、今の会社を辞めようと思うんだ」
 そう言うと、ケイトの顔が驚愕の表情になり、それが失望に変わるのにさほど時間は掛からなかった。
「失業者になって、そのあとどうするつもりなの?今のご時世、仕事なんてそう簡単に見つからないわよ」
 責め立てる口調でそう言ったケイトをなだめるように、エドワードは笑顔を作ってみせる。
「また、建築に関わろうと思っているんだ。実はもうオファーも来てる」
 エドワードの言葉を聞いたとたん、ケイトの態度が手のひらを返したように豹変した。
 たちまち上機嫌になったケイトに苦笑しつつ、エドワードはおもむろに立ち上がった。
 ケイトのすぐそばに跪くと、彼女の身体を自分へ向けさせる。
「お腹に触れてもいいか?」
 エドワードが訊くと、ケイトは戸惑ったように「ええ…」と頷く。
 許可を得たエドワードはケイトの腹を慈しむようにやさしく撫でた。
「まだぺったんこなんだな…」
 感慨深げに呟いたエドワードに、
「そ、そりゃあ、まだ三か月ですもの…」
 とケイトが口ごもる。
 そしてエドワードは、口元に幸せそうな笑顔を浮かべてケイトの下腹部に耳を押し当ててきた。
「ちょ、ちょっと、止めてよ!何してるのよ!」
 あわてて引き離しにかかったケイトの腕に拒まれたエドワードは、それでもうっすらと笑みを浮かべている。その笑顔は、普段他人の表情など気に掛けたことのないケイトの目から見ても不気味なほどだった。
「いいじゃねーか。俺は父親なんだぞ」
 ケイトがその言葉を聞いてなけなしの良心を痛ませていることなど露知らず、エドワードはケイトを見つめて言った。
「ケイト、俺と結婚してくれないか?」


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In the name of love act27

►2007/09/27 20:00 



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 そろそろ会話が終わる気配がして、エドワードは一足先に部屋へ戻った。


 エドワードはひどく打ちのめされた気分だった。
 リビングに置かれたままの大きな物体が目に入り、自嘲気味に笑った。
 それは1メートルほどの大きさのモミの木だった。あと二週間ほどでクリスマス。本当はもっと大きなものが欲しかったが、売れ残っていたのはこのサイズが最大だった。
 急にツリーを買おうという気になったのは、レイの話を聞いたからだった。
 本来、クリスマスは家族と共に祝うものなのだが、日本では恋人同士で過ごすのが一般的なのだそうだ。あいにく、エドワードもレイもクリスマスを共に過ごす家族がいない。だから今年は日本式に過ごそうと思い立ったのだ。
 種類は少ないが、ツリーに飾るオーナメントも買い揃えていた。帰ったら、一緒に飾りつけようと思っていた。
 それなのに…。
 先ほど目にした光景が頭の中から消えてくれない。
 どうして自分はただ傍観していることしかできなかったのか。
 恋人ならば、ギルフォードがレイを抱き寄せた時点で割って入り、何をしているんだと殴りかかって然るべきであったのに。
 美しい光景だった。絶対無比の美貌を誇る一対。二人のまわりには、まるで不可侵の聖域が存在しているようにさえ見えた。
 所詮、自分はギルフォードの足元にも及ばない人間なのだ。唯一勝っていると思われたレイへの愛も、こんなにも簡単に揺らいでいる。自分がいなければレイは生きていられないだろう、などという傲慢な思い込みをしていた自分が愚かしい。
(…レイにはアイツがいる)
 ギルフォードがレイを振ったのだと思っていたから、レイに手を出したのだ。
(…いや、違う。本気の恋だった。レイを、愛してた)
 しかし、ギルフォードは今でもレイを愛している。
(じゃあ、俺は何なんだ?)
 二人のすれ違いは誤解だったのだ。それが解けたら、自分は用済みなのではないか?
(俺は…、俺は…)
 答えはすでに出ているのかもしれない。しかし、それに向き合うのが怖かった。ブラックホールのような空虚がエドワードを飲み込む。それは絶望的な喪失感。二度と埋まることのない風穴。
(そんなのはイヤだ…)
 しかし現実はエドワードに、非情なまでの選択を突きつけている。
(どうしたらいい?俺は…!!)


 苦悩するエドワードの元に、レイが戻ってきた。
 外の冷気で頬が赤くなっている。それとも、アーサーとの逢瀬がそうさせたのか。
「エディ、帰ってたんだ。…おかえり」
 レイが気まずそうに言って、エディに近づく。
「勝手に外に出てごめん…。実は…」
 エドワードのスーツの裾に触れたレイがその動きを止める。
 その理由をエドワードはすぐに察した。
 …スーツの生地が未だにひんやりと冷気を帯びていたのだ。
「もしかして、見てたの…?」
 レイの声が悲しげに震える。
「見てない。何も」
 なぜ嘘をついたのか、エドワードにもわからなかった。
 嘘をついたからといってレイと一緒にいられるわけでもないのに。
 そして結局はエドワードの見え透いた嘘はただレイを傷つけただけだった。
「…そう」
 ひどく寂しそうにそう言ってレイは押し黙った。
 レイの傷付いた顔など見たくないと思っても、この狭いアパートでは嫌でも視界に入ってしまうのだった。


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Love Travelers

►2007/09/26 23:00 

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「ここが京都…?」
 伝え聞いていたイメージとはまったく異なる近代的な建物にアーサーはある意味拍子抜けしていた。まさかアーサーとて、サムライがいるとか写真で見たような城や神社仏閣が乱立しているとは思っていなかったが、あまりに想像とかけ離れた、剥き出しの鉄筋とガラス張りの駅舎は日本の古都の玄関口としては似つかわしくないとアーサーは知らず知らずのうちに眉間にしわを寄せていた。
 アーサーのそんな心を察したのか、レイがふんわりとほほ笑む。
「京都駅は最近できたばっかりなんだ。モダンだよね」
 レイのフォローでアーサーの心も少し穏やかさを取り戻し、着いて早々に旅の楽しい雰囲気を壊しかけたことを反省した。


 レイの故郷が日本の古都として有名な京都だと知ったとき、アーサーは是非行ってみたいと思うようになっていた。ガルストンにスケジュールを調節させ、レイの仕事とも照らし合わせて、ようやく三泊四日の旅行が実現したのだ。
「それじゃあ、まずは旅館に荷物を置きにいこうか」
 日本語はまったくわからないアーサーにとって、今のレイは非常に頼もしい存在だった。
「ああ、そうしよう」
 アーサーはいつもより大人びて見えるレイを眩しい思いで見つめた。
 到着したその日は長旅の疲れもあって、旅館の辺りを散歩しただけで本格的な観光は翌日からとなった。


 そしてその日は絶好の観光日和となった。
「普段の行いがよかったんだね」
 とレイが言い、大事な日に晴れるのは神様からのご褒美だと教えてくれた。
「そうか。ではイギリス人は普段の行いが余程悪いらしいな」
 アーサーが皮肉を言うとレイが困ったように、
「あくまでも日本の話だってば!!」
 と慌てて否定する姿が可愛い。
 アーサーはレイの細い腰を抱き寄せると、その愛らしい唇についばむ様なキスを降らせる。
 顔を赤くしたレイにアーサーは、
「さあ、行こうか」
 浮き立つ心そのままの声でそう言った。


 まずは一度京都駅に戻り、運転手が観光案内をしてくれるというタクシーをチャーターした。
 50歳代と思われる運転手は非常に饒舌で、日本語でレイと何やら話しては笑っている。
 日本語がわからないアーサーは、取り残されているようで気分が悪い。
「何を話しているんだ?」
 アーサーが訊くと、レイは笑いながら、
「コースのことでね。三十三間堂の後、二条城に行って、次は銀閣寺なんだけど、絶対に金閣寺はその後の方がいいんだって」
 と言う。金閣寺はアーサーが見てみたい建築物の候補に挙げられていた。京都で最も有名な寺の一つだ。
「どうして?」
「ふふ、それは見てからのお楽しみだよ」
 いたずらっこのような笑顔でレイは笑い、アーサーはますます愉快ではない。


向月台と銀閣寺
金閣寺

「もともとは銀閣寺にも銀箔が貼られる予定だったらしいよ。予算の関係でできなくなってしまったんだて」 
なるほど、銀閣寺はその名に「Silver」とあるにも関わらず、金閣寺のように銀が貼られているわけではないのだった。確かに、金閣寺に比べれば見劣りする。
「レイ、あれはなんだ?」
 しかし、アーサーにとっては他にも瞠目すべきものがたくさんあった。
 砂で台形型に美しく整えられたのものを指さす。
「あれはね、向月台(こうげつだい)というんだよ」
「何の為に高く盛ってあるんだ?あの形状に意味はあるのか?」
 レイはガイドの運転手に説明を受けながら、それを丁寧に訳してくれる。
「向月台は銀閣寺を照らすための天然の照明なんだって。あの砂は特殊な砂で、雪と同じくらい光を反射するそうだよ」
「ほう。なるほど」
 アーサーが「Fantastic」と呟くと、ガイドの男が嬉しそうに「Thank you,Thank you」と繰り返す。
 レイと顔を見合わせると、「自分の生まれ故郷を褒められて嬉しいんだよ」と笑う。
 その気持ちは理解出来なくもないので、アーサーはそのあとに見た様々な遺物でも素直に感想を述べた。
 レイやガイドの笑顔を見るのも満更ではないアーサーであった。


清水寺

 観光二日目は清水寺へ向かった。
「すごい人だな」
 同じデザインの黒い制服の少年少女達がわらわらと群れているのを見て、アーサーは思わず呟く。
 外人がめずらしいのか、二人の麗しすぎる容姿の所為なのか、先ほどからジロジロと遠慮のない視線を向けられて非常に居心地の悪い思いをしていた。
「有名な観光地だからね。学生たちが見に来るんだよ」
 息を切らせながら、レイが説明してくれる。
 アーサーは平気だったが、レイにはこの登り坂がきついらしい。
 それとも、昨夜の激しい情交の疲労がまだ残っているのかもしれない。
「抱き上げてあげようか?」
 昨夜のことを踏まえて悪戯な口調でアーサーが言うと、レイは顔を真っ赤にして、
「いいよ…!頑張って歩くから…!!」
 どんどん先に進んでいく。
 いつまでその体力が保つかな、とアーサーは笑いながらその後ろ姿を追った。
 清水寺の舞台の見晴らしの良さを堪能した後は、レイの希望で街に降りて散策することにした。


「わーい!辻利だ!」
 アーサーも食べる?と問われて、いつもは甘味を食べないアーサーも折角だからと一つ手に取った。
 それは深い緑色をした奇妙な形のアイスクリームであった。
「濃い〜〜〜!やっぱ辻利は美味しいな〜♪」
 レイの真似をして舌でそれをすくい取ると、香ばしい緑の香りが口の中に広がる。
「アーサー、美味しい?」
 と問われて、アーサーは頷く。
「これなら食べられるな」
 嬉しそうにレイが笑って、その笑顔を見てアーサーも嬉しくなる。
 愛する人と同じ経験を共有するということが、こんなにも嬉しいことだとは知らなかった。
「ね、あっちに行こう?」
 アーサーの手を取ってレイが歩き出す。
 その手の優しいぬくもりが、アーサーの胸をも温かくした。


「何だあれは?」
 橋の上に差し掛かった時、川沿いに広がる奇妙な光景にアーサーの足が思わず止まる。
 川沿いの土手にはカップルらしき男女が、きれいな等間隔で並んでいる。
「ああ、あれはね鴨川名物なんだ。カップルはあそこで愛を語り合うんだよ。素敵でしょ」
 それを聞いてアーサーが黙っているはずがない。
「私たちも行こう」
 レイは渋ったが、アーサーがどうしても行くときかなかったので、二人は土手へと降りて行った。
「この間隔には規定があるのか?」
 アーサーが大真面目な顔で訊くと、レイがプッと吹き出した。
「ないよ。ないけど、みんなきれいに間隔をあけてるんだよ」
 ちょうどひと組のカップルが去ったので、二人はそこに腰掛けることにした。


「…ちょっと、くっつき過ぎじゃない?」
 もじもじと居心地の悪そうにするレイを、アーサーはさらに抱き寄せる。
「他の恋人達はもっと密着しているだろう?」
 アーサーに他のカップルに対して対抗心が芽生えているらしい。
 レイの背中に回された手にも力が入る。
「だ、だって上から見てるし…!」
「気にしなければいい」
 イギリスでは人目が多すぎて、外でこの様なことをしようものなら騒ぎになりかねない。
 日本で顔をあまり知られていないアーサーは、今はただのハンサムな外国人である。
「…アーサー、楽しそうだね」
 諦めたように脱力してレイが呟く。
「ああ、とても」
 滅多に見ることのないアーサーの満面の笑みに誘われて、レイも笑顔になる。
「ならいいや」
 そう言ってレイはアーサーの肩に頭を預ける。
 レイからの積極的な接触に、それだけでアーサーの身体が熱くなる。
「レイ…」
 顔を上向かせてその唇にキスを落とす。
 さすがにディープな口接は控えたが、それでも十分レイは恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「…バカ」
 小さく呟かれたその言葉が愛おしくて、アーサーの手にますます力がこもった。


 …その日の夜は前夜にまして激しい一夜になり、次の日レイが起き上がれなかったのは言うまでもない。


 ☆おわり☆


【ブログ主の追記】
 
 この小説はWEB拍手お礼SSを手直ししたものです。
 今年の一月にブログ主が京都に旅行した時の写真も添付しました。
 クリックすると大きいサイズの写真が見られます。
 あまり天気がよくなかったので少し暗いですが、雰囲気は掴めると思います。
 鴨川の等間隔カップルの写真も撮りたかったのですが、季節が季節なだけに寒さに耐えてまでいちゃこらするカップルは居なかったようです(笑)
 辻利の特選抹茶パフェは美味しかったな〜♪




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In the name of love act26

►2007/09/26 20:00 



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 エドワードが大きな荷物を抱えてアパートに戻ると、そこにはいつもいるはずのレイの姿がなかった。
 レイには、可哀想なことだが部屋から出るなと言ってあった。
 上着が無くなっているところを見ると、やはりどこかへ出かけたらしい。
「ったく、何やってんだよ…」
 思わず呟いて、エドワードは再び外へと戻った。
 以前より大分騒ぎは落ち着いてきたとはいえ、レイの人目を惹く美貌は目立ちすぎる。トラブルに巻き込まれないうちにレイを捕獲すべく、エドワードはアパートの周りを捜索した。
 レイの好きなドーナツ屋、ダイナーなど、レイの立ち寄りそうな店を回ってみるが、どこにも見つからなかった。
(どこにいるんだよ…)
 途方に暮れたエドワードは、もしかしたらアパートに戻ってるかもしれないと来た道を引き返した。
 すると、アパートの前に見慣れぬ高級車が停まっていた。
 すぐにその持ち主の予想はついた。
 …アーサー・ギルフォードだ。
 何故?という問いは愚問だった。レイに会いに来たのだ。
 エドワードが様子を見ていると、後部座席からレイが降り立った。そして慌てたように反対側からギルフォードが降りてきてレイの後を追う。
 二人の緊迫した様子が気になり、エドワードは物陰に隠れその様子を窺うことにした。
 すでに辺りは暗闇に包まれ、エドワードの姿も上手く隠してくれている。
「ちょっと待ってくれ」
 ギルフォードがレイの肩を掴み、引き留める。レイは抗うように身体を捩らせると、その手を振り払った。
「もう話なんてないよ!」
 強い口調でレイが言い、ギルフォードを睨みつけている。
 どうやら言い争いをしているらしく、特にレイの様子は剣呑だ。
「君の気に障ったのなら謝る。許してくれ」
 ギルフォードの意外な言葉にエドワードは驚いていた。あの自尊心の高そうな男が自ら謝罪するなど滅多にないことなのではと思われた。
 先日、自分と会話していた人間とはまるで別人のようだった。声は驚くほど、甘く優しい。
「謝ってほしいわけじゃない」
 そっぽを向いて拒絶するレイを、ギルフォードが抱き寄せた。
「こっちを見ろよ、レイ」
 そこにいたのはお貴族様でも大企業のトップに君臨する若き帝王でもない、26歳の恋をする一人の青年だった。
 それを見てエドワードは少しだけ納得した。レイがギルフォードに惹かれたのは、こういう面をレイにだけは見せていたからなのだと。恋人が他の男に囚われているにもかかわらず、そんな風に客観的に観察している自分がいた。
 だから、その後にギルフォードがどんな行動を取るかも予測できていたのに、エドワードは動けなかった。ただ、目の前で行われるシーンをまるで映画でも見ているかのように呆然と見ていることしかできなかった。
 二人はキスを交わしていた。正確に言うならば、ギルフォードが強引にレイの唇を塞いだといっていい。レイは嫌がっていた。なのに、エドワードは動けなかった。
 あまりにも無様だった。


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In the name of love act25

►2007/09/25 20:00 

 

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 静寂な室内にけたたましい電話の呼び出し音が鳴り響く。
 一心不乱に音符を書き連ねていたレイは、その音で現実へと引き戻された。エドワードからかもしれないと、急いで受話器を取り上げたがそこから聞こえてきたのは恋人のものではなかった。
『レイ。私だ』
 張りのある若々しいバリトン。そしてレイの名を呼ぶ時、それは艶を帯びる。
 レイの、受話器を持つ手がわずかに震えた。
「…アーサー?」
 久しぶりに聞く声。しかし、一番忘れたかった声。
 どうして、なぜ、と問うよりも彼との思い出が蘇り、頭が混乱する。
『君に会いたい』
 鼓膜から甘い毒を流されているような気分だった。
 アーサーの声が、まるで催眠術のようにレイから判断力を奪っていく。
『下に車を停めてある。…降りておいで、レイ』
 行きたくない、会いたくないと理性が拒否するのに、まだわずかに残る彼への恋情がレイの足を階下へと向かわせた。エドワードにきつく外出するなと言われていたのに、そのことはレイの頭をよぎりもしなかった。


 アーサーは、アパートから出てきたレイの姿を認めるとすぐに車の中に引き入れた。
 久しぶりに見るレイは記憶の中のレイよりも幾分ふっくらとして見えた。騒ぎが起きてから、レイがまともに食事を取れなかったのを知っていたので、ハーシェル氏がきちんと食事を与えていることが分かって安堵した。
「何で…。あそこがわかったの?」
 レイのその問いで、ハーシェル氏がレイに何も話していないことがわかる。おそらく、ケイトの妊娠の件も話していないのだろう。
「ミスター・ハーシェルから連絡をもらったんだ。君を迎えに来て欲しいとね」
「嘘だ、そんなの…」
 レイの眉間が訝しげに歪む。
「君と話がしたかったんだ。君はおそらく何か思い違いをしているようだからね」
 レイは相変わらず、警戒するような目でアーサーを見ている。同じ後部座席に座っているにもかかわらず、二人の距離は遠い。
「アーサーが僕を襲わせたんでしょ…?あの人達が言ってた。だから、アーサーは僕のことを嫌いになったんだって思って…」
 そう言ってレイは深く俯く。その時のことを思い出しているのだろうか。辛そうに顔を歪めている。
「違う、そんなことを私がさせると本当に思っているのか!?これは、誰かの策略だ。私達を別れさせるための罠だ」
 それもかなり悪質な。そして、その首謀犯は未だ特定できていない。
「でも、アーサーは僕と付き合っちゃだめだ。別れて正解だったと僕は思う」
 レイにとって、あの暴行の真相は二の次のようだった。もっと重要なことがあると言いたげに更に言葉を続ける。
「僕はどんなに頑張っても、君の子供を作ることなんてできない。アーサーにはもっと相応しい人がいるよ」
「何を言っているんだ。今更だ、そんなこと…」
 アーサーとて何も考えず、レイと付き合い始めたわけではない。一時の戯れでレイとの関係に踏み切ったつもりもない。しかし、予想を上回る世間の拒否反応はいとも簡単に二人の関係を壊してしまった。
「君のために世界を失おうとも、世界のために君を失いたくはない」
 陶然と呟いたアーサーに、「バイロンだね」とレイが言う。
「そのこともある。でも今は、好きな人がいるんだ」
「別れてくれ、と言ったら?」
「無理だよ。僕はもう、彼なしじゃ生きていけない」
 時間を巻き戻すことができたなら…、などという非現実的な考えを抱いたのは初めてのことだった。それほどアーサーは今、後悔をしていた。
 引き裂かれた時間の間に築かれた愛情に、アーサーは激しく嫉妬した。
 これが、レイを守りきれなかった罪なのか。
 しかし、諦めたわけではない。
 レイがいなくては生きていけないのは、アーサーも同じだからだ。
(チェックメイトまではあと少しだ)
 すでに手は打ってある。
 アーサーはレイを横目で見つめながら、再びこの腕に彼が戻ることを確信していた。


〜To Be Continued…〜



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In the name of love act24

►2007/09/24 20:00 



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 エドワードは父親の顔を知らない。物心ついたころ、そこには母と自分しかいなかった。それはエドワードが成人するまで変わらなかった。母に男の影がなかったわけではない。エドワードが幼い頃一度は再婚の話が上がったが、まだ母親を独占したい年頃だったエドワードは断固として新しい父親の存在を拒み、いつの間にかその話は断ち消えになってしまった。
 そして母は、エドワードが26歳の時に53歳という若さでガンで亡くなった。息子の将来を誰よりも心配しながら。寿命を縮めてしまったのは自分だろうと今でもそう思っている。例の盗作事件で世間から非難され、職を干され、呆然と過ごす息子を叱咤しながらも支え続けた母…。
 今時シングルマザーなど珍しくもないが、その苦労と孤独はエドワードには計り知れないものがあったはずだ。だから、ケイトと付き合い始めた時に心に決めたのだ。彼女を幸せにし、守っていこうと。ろくな親孝行もできなかった母親の代わりに、妻になる人には決して寂しい思いはさせまいと誓ったはずなのに。
 今、自分は再び母親と同じ孤独をケイトに突きつけようとしていた。
 レイと離れることなどできない。では、ケイトは…?
 頭の中は堂々巡りを繰り返し、結論の出ないままエドワードの足はアパートにたどり着いてしまった。


「おかえり、エディ」
 今日は遅くなるかもしれないと言っていたのに、レイはきちんと待ってくれていた。
 テーブルの上には五線譜ノートが散乱している。エドワードがいない間、レイは作曲に没頭しているらしい。ピアノはなくて大丈夫なのか?と訊くと、頭の中で音が鳴るから大丈夫だと言っていた。音楽のことはよくわからないが、一日に一冊のペースでノートを埋めていくその才能はかなりのものなのではないかと思っている。
「飯は、食ったのか?」
 レイには何も言わないつもりだった。もちろん、アーサー・ギルフォードが接触してきた件も話していない。余計な心配をさせて、この笑顔を曇らせたくはなかった。
 できるだけいつも通りに接しようと心がける。しかし、いつもの自分が思い出せない。
「うん。エディが作ってくれたスープ、美味しかった」
「そうか」
 自分はいつも通りに振るまえているだろうか。レイに自分の内心を読まれないか心配で、つい、目を逸らしてしまう。
「早く寝ろよ。俺はシャワー使うから」
「うん」
 身体を洗いながら、エドワードはただいまのキスをしていなかったことに気づく。特に約束して始めたものではないが、出かける前と帰宅時のキスは同棲を始めてからの習慣になっていた。それが今日は頭の中がケイトのことでいっぱいで、すっぽ抜けていたらしい。
 レイがそのことに気がつかないはずはなく、レイがそれをどう思っているのかが気になった。
 レイはぼーっとしていて、そういった細かい機微に鈍感そうに見えるが決してそうではない。むしろ、敏感すぎて傷つきやすい。そしてそれを相手にぶつけずため込むタイプだ。短い付き合いの中でもそれくらいのことはわかる。
「レイ、もう寝るぞ」
 大して面白くもないテレビ番組を小さい背中をいっそう小さく丸めて、じっと見ているレイが何だか気落ちして見えたのはエドワードの後ろめたさがそう見せたのかもしれない。
 ベッドに入ってから、レイの額に優しくキスを降らせる。ただいまのキスの代わりのおやすみのキスを、レイは喜んでくれたようだった。その日はめずらしく、ただ抱き合うだけの穏やかな夜になった。


 次の日の朝、エドワードは焦げ臭い匂いで目が覚めた。
 (火事か!?)
 そう思い、飛び起きると隣にレイがいなかった。
 その代り、キッチンからレイの慌てたような声が聞こえた。
「何やってんだ、レイ」
 匂いのもとはキッチンからで、辺りにはもんもんと煙が立ち込めていた。
「うわ、バカ、何やってんだよ!焦げてるだろうが!!」
 フライパンの上で黒い物体が煙を上げていた。もはや元の物体が何であったのか想像できない。キッチンには他にも切り口が茶色く変色したレタスなどが散乱していた。
 推測するに、どうやらレイは朝食を作っていたらしかった。
「朝メシなら俺が作ってやるって。どうしたんだよ、一体…」
 しょんぼりと身体を小さくして落ち込んでいる様子のレイが、手をぎゅっと握り込んだのを見て、その手が赤くなっているのに気づく。
「バカ、お前、火傷してんじゃねーか!早く冷やせ!!」
 白く、ほっそりとした指が赤くなっており、痛々しい。
 水道の水で火傷の部分を冷やしてやると、レイが震える声で言った。
「いつも、エディにしてもらってばっかりで。僕、何にも出来ないし…。朝ごはん作ってあげたいと思ったのに、やっぱ、ダメだった…」
 レイには致命的に生活能力がなく、家事はいっさいエドワードが受け持っていた。それを特に苦に思ったことはないが、レイはそんな状況を後ろめたく思っていたらしい。
「バーカ。そんなこと、お前は気使わなくていいんだよ」
 そう言って、ふと、これは昨日の自分の所為なのではないかと思い付く。
 思い返せば昨日の自分は、レイに冷たい態度を取っていなかっただろうか。普段通りにと努めたつもりが逆に不自然な態度になっていた。それがこの行動の意味だとしたら…。
「悪かったな…」
 エドワードの突然の抱擁にとまどうレイだったが、しばらくするとエドワードに身体を預けて安堵の吐息をつく。
「余計なことしてごめんね」
 朝起きるのが苦手なくせにエドワードより早く起き、不器用なくせに料理をしてくれた。失敗はしたものの、レイの気持ちが伝わってくるようで、胸が苦しくなるくらいに嬉しかった。
 愛してる、と何度も心の中で呟く。
 このぬくもりを失うことなど考えられないと、エドワードはきつくレイを抱き締めるのだった。


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In the name of love act23

►2007/09/23 20:00 



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『大事な話があるの』
 だから会えない?
 と、エドワードの元にケイトから連絡が入ったのは、アーサー・ギルフォードとの後味の悪い出会いから一週間後のことだった。
 別れを切り出したのはケイトからであったが、「何か困ったことがあったら連絡くれよ」とその時は未練たらたらで、またよりを戻せるかもしれないと淡い希望を抱いてそう言い残していた。
 それから一か月以上が過ぎ、エドワードには何にも代えがたい恋人ができ、問題は山積みではあったが幸せな日々を過ごしていた。
 そんな中、エドワードのもとにすでに過去の人となった女性からの連絡。
 エドワードは後ろめたい気分で、レイには何も言わず、有言実行を果たすべくケイトとの約束の場所へと向かった。


 ロンドンでも指折りのフレンチレストランで二人は対峙していた。
 昔から、ケイトはこういう高級嗜好な店に行きたがった。おかげでエドワードは安月給のほとんどをケイトとの交際費に費やすことになったのだが、今となってはそうまでしてこの女に尽くす意味があったのだろうかと過去の自分を叱りつけたい気分だった。
 レイはあの細い身体でかなりの大食漢だが、質にこだわらないためそんなに食費はかさんではいない。ドーナツかチョコレートを与えておけば大喜びのレイとは大違いだと思いながら、今日のお土産は何にしようかと頭を悩ませていた。
「あなた、今恋人はいるの?」
 ケイトにそう問われて、エドワードは一瞬躊躇ったが、
「ああ、いるよ」
 と答えた。相手があのアーサー・ギルフォードの(元)恋人だとはケイトは夢にも思わないだろうし、会わせろと言われても断ればいい。そう思ってエドワードは素直に答えた。
「そう…。じゃあ、認知してくれるだけでもいいわ」
 ケイトの口から発せられた言葉が全く理解できなかった。「は?」と、間抜けな声で聞き返したエドワードに淡々とした口調でケイトが言う。
「私、妊娠したのよ。今、三か月なの。もちろん、あなたの子供よ」
 一瞬頭が真っ白になり、その言葉の意味を理解するまでにかなりの時間を要した。理解出来なかったのではなく、理解したくなかったのかもしれない。理解したとたん、エドワードはパニック状態になり、口をパクパクと開閉させたまま言葉が出てこなくなった。
「身に覚えがないとは言わせないわよ。三か月前、ゴムがきれたからって、あなたナマでしたことあったでしょ?」
 高級フレンチレストランで交わす会話ではなかったが、今はそんなことを言っていられる場合ではなかった。
 確かにそれは身に覚えがあった。中に出してしまい、しばらく気にかけていたが生理があったと報告があって少しガッカリしたのを覚えている。
「だ、だって、おま、あの時…!!」
「妊娠してても生理が来ることはあるのよ。知らなかった?」
 ケイトの言葉にただただ驚くしかない。
「信じられない?なら見せてあげる」
 そう言って取り出したのは一枚の紙切れ。
 それは医師の診断書で、妊娠12週目と書いてあった。
(レイに、何て言ったらいい…?)
 事実を受け止めると、その後はレイのことで頭がいっぱいになる。
 レイは事実を知ったら何と言うだろう?罵って、自分を詰るだろうか?
 …いや、レイはそんなことはしないだろう。
 泣くかもしれない、そう思ったらエドワードは一気に沈んだ。内臓に鉛を押し込まれたように重たい気分だった。
「恋人に話す?…それはあなたに任せるけど。とにかく認知はしてちょうだいね。私、産むから」
 一方的に宣言され、エドワードは口を挟むこともできなかった。


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In the name of love act22

►2007/09/22 20:00 



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 貸し切りにしたダイニング・バーでアーサーは一人の女性を待っていた。
 女性の名はケイト・アッセイという。一か月ほど前までエドワード・ハーシェルと交際していた人物だ。
 予定の時間から20分遅れて彼女はやってきた。
 女性は時間通りにはやってこないものだと分かってはいたが、レイ以外の人間に待たされるのはやはり不愉快だった。
「ごめんなさい、遅くなってしまって…。ケイト・アッセイよ、はじめまして」
 差し出された手を軽く握り返し、アーサーも挨拶を返す。
 ケイトは取り立てて美人ではないが、スタイルが良く身のこなしにもキレがあり、それが彼女の魅力を何割増しか上げていた。媚ではなく、真っ直ぐにアーサーを見据える瞳が彼女の気の強さを現しているようだった。ハーシェル氏の趣味は悪くないとアーサーは納得した。
 差し障りのない会話を交わし、一通りの食事が済んだころ、ケイトが唐突に切りだしてきた。
「例の件、受けてもいいわよ」
 ようやく話が本来の目的に入り、アーサーは、
「それはよかった」
 と返す。
「お金もその金額で結構よ。でも一つだけ条件を加えてもいいかしら?」
 意味深に微笑む女に、アーサーもまた口角をわずかに上げただけの笑みを浮かべる。
「何なりと」
 女はクスリと笑うと雌の本能をその瞳に宿す。
 何度も見たことのあるその光景に、アーサーは顔には出さずうんざりとした気分になった。
「貴方に興味があるのよ。ベッドの上でもその仮面は付けたままなのかしら」
「さぁ。試してみますか?」
「そうね。できれば仮面の下の顔が見てみたいわ」
「ご期待に応えられるかどうか…」
 言いながら、目の前の女性に全く性的な魅力を感じていない自分を自覚していた。
 アーサーが抱きたいと思う人間は唯一人、レイだけだった。
 そのレイは今、自分ではない男に抱かれている。それを考えると、アーサーは臓腑が焼けつくほどの怒りが湧き上がる。
 しかしそれも、あとわずかな時間だけだ。すぐにこの手に取り戻す。そのためなら、多少の不愉快も苦ではない。
 女の腰に腕をまわし、エスコートをしながらアーサーは心にレイの姿を思い浮かべていた。
 強く、強く…。


 熱い水しぶきに打たれながら、アーサーは身体についた女の痕跡をわずかでも残さないようにと神経質な程に洗い流していた。
 レイ以外の人間との性交はもはやアーサーにとって苦行でしかなかった。それでも目を閉じてレイとの過去の交わりを思い出し、継続させることはできた。今回の経験は改めて、どれほど自分がレイに固執しているかを再認識させられただけだった。
 バスローブを身につけてベッドルームに戻ると、女はまだ裸のままブランケットにくるまっていた。それを忌々しい思いで見つめながら、アーサーは二つの封筒を投げつけた。
「診断書と小切手だ。くれぐれも間違うなよ」
 封筒を受け取った女は不満そうに鼻を鳴らす。
「余韻もへったくれもない…。本当にゲイなのね、あなたって」
 非難するように腹立たしいセリフをのたまう女に、アーサーは冷たい視線を向けその口を黙らせた。女性のこうした口数の多さには以前からうんざりしていた。
 もはや契約は完了し、機嫌を取る必要などなかった。
 着衣を整え終えたアーサーは、一つだけ心に残っていた疑問を女に尋ねた。
「どうして君はハーシェル氏と別れたんだ?」
 すると女は計算高い笑みを浮かべて言った。
「私、向上心のない男って嫌いなの。せっかく才能を持っているのにあんな、サラリーマン以下な仕事ばっかり。セックスもいまいちだったし」
 なるほど、と呟いてアーサーは部屋を立ち去る。
 セックスがいまいちなのは、ハーシェル氏の所為ばかりではないなと苦笑しながら。


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In the name of love act21 (R-18)

►2007/09/21 20:00 

 まず始めにお断りを。本文は男性同士の性描写を含んでいます。18歳未満の方、男性同士の性描写に嫌悪を持たれる方、または(エドワードとレイの絡みなんて読みたくなかったよ〜!!)という方は、ここで引き返して下さい。下の文章からR-18指定とさせていただきます。




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「提案って…、どういうことだ」
 はっきり言ってしまえば、エドワードなどギルフォード氏の手にかかればひとたまりもない。権力とその有り余る財力をもってすれば、エドワードのような身寄りのない小市民など簡単に捻りつぶせる。
 それでも、ギルフォード氏は別の手を使ってレイと自分を引き離す魂胆らしかった。
 それが優しさからくるものではないことは確かだった。
「君に今度新築を予定している『IBC』本社ビルのデザイン設計をお願いしたい。あの世間を騒がせたエドワード・ハーシェル氏の復帰第一作目としてはこれ以上ない宣伝になると思うがね」
 馬鹿げていると言おうとした。どこの世界に間男に仕事を依頼する寝取られ男がいるだろうか。それは余程のバカか、余程心の広い人間かのどちらかである。
 しかし、心のどこかで、(今なら認めてもらえるかもしれない)と考えている自分がいることに気づき、ゾッとした。
 親友のパトリックがいつも口にする言葉が頭の中を何度も駆け巡る。
『お前はこんなところで燻っている人間じゃないだろ?』
 パトリックは大学の時からの友人で、事件の真相を知る数少ない身内の一人だった。なかなか仕事が決まらないエドワードに今の職場を紹介してくれたのも彼だ。
 あんな事件さえなければエドワードは順風満帆な建築家人生を歩んでいたはずだったのだ。嫌味な上司から始終お小言を言われることもなく、新人社員がやらされるような下らない仕事を押し付けられることもなかったはずなのだ。
 正直に言えば、エドワードは今でも建築家という職業に未練を持っていた。
 そしてエドワードの沈黙はこの場合、肯定の意味に取られかねないものだった。
 即座に否定するべきであったのに、エドワードにはそれができなかった。
「もちろん、それなりの報酬は用意させて頂く。一千万ポンド(約23億円)を準備させてある。不足なら更に追加させよう」
「ふざけるな、俺を見くびるのもいい加減にしろよ!!」
 最後まで聞かなくてもその後に続く言葉はわかっていた。
 仕事を与え、名誉も回復させてやろう。金も破格の金額を出そう。その代わりレイを返せ、とこの男は言いたいのだ。
「そんなものでレイをどうこうしようなんざ間違ってる!お前は最低の人間だ!!」
「…しかし貴方は今、私の出した条件を少しでも現実のものとして考慮したはずだ。だとしたらこの条件は貴方にとって悪いものではなかったと受け取りますよ」
「絶対にレイは渡さねぇ…」
 エドワードの声は張りを失くし、隠しきれない動揺を如実に表していた。
「良い返事をお待ちしてますよ、ミスター・ハーシェル」
 ビジネスライクな口調でそう締めくくって、ギルフォード氏はエドワードの前から立ち去った。
 応接間に一人残されたエドワードは、酷い敗北感を味わうこととなった。


「アァ、エディ、エディ…!!」
 必死に自分の名を呼ぶレイにエドワードは心臓を掴まれたような胸苦しさを覚えた。
 こんなにも愛しい存在を、虚栄心の為に金で売ろうと一時的であれ考えてしまった自分が許せなかった。
 この恋を失ったら、今度こそ自分は生きてはいけないだろうと本気でそう思った。
「レイ、レイ、お前は俺のものだ、絶対に…!!」
 気持ちの昂りに合わせてエドワードの動きもいっそう激しくなる。
「エディ、すき、すきだよ…!!…アアァ…ッ、イク…!!」
 レイは身体を硬直させると、身震いをさせて絶頂を極めた。エドワードも、きつく後孔を引き絞られて、そのままレイの中に欲望を放つ。
「ウッ、ウウン…」
 中に放たれる感覚にレイが喘ぎをもらした。
「…すまん。中に出しちまった」
 いつもはどんなにあせっていてもゴムを付けることを忘れなかったエドワードが、余裕を失くしてレイに中出ししたのは初めてのことだった。
 それでもレイは首をひねってエドワードを振り返ると、まだ快楽の余韻を残す淫蕩な顔で微笑んだ。
「いいよ…。エディが感じてくれた証拠だから、嬉しい…」
 いつもとは何か違うと感じ取っているだろうに、レイは何も詮索してこない。
 それが、嬉しくもあり、心苦しくもあった。
「レイ…!」
 エドワードは後ろからレイの身体をきつく抱き締めると、耳元で囁く。
「何があってもお前を放さない…!」


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In the name of love act20 (R-18)

►2007/09/20 20:00 

 まず始めにお断りを。本文は男性同士の性描写を含んでいます。18歳未満の方、男性同士の性描写に嫌悪を持たれる方、または(エドワードとレイの絡みなんて読みたくなかったよ〜!!)という方は、ここで引き返して下さい。下の文章からR-18指定とさせていただきます。




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「エディ、おかえ…ンッ…ゥッ…」
 レイの姿が目に入るなり、エドワードはその痩身を捕捉し歯と歯がぶつかり合うほど忙しなく唇を貪った。
 そしてレイの身体を裏返すと、壁に対面させて押しつける。
「エ、エディ、何…?」
「悪ぃ、我慢できねぇ…。このままするぞ」
 レイのジーンズを脱がせながら、エドワードは熱にうなされたような声でささやく。
「エディ、エディ、どうしたの…?」
 戸惑うばかりのレイに腰を突き出す格好を取らせると、小さな白い尻を割り開いてその挟間に顔をうずめる。
「あ、やだ、きたな…、ア、ア…ン…」
 嫌がるレイを無視して、いつもは潤滑剤を使って丁寧に慣らしている部分を、唾液と舌で解していく。
 潤滑剤を取りに行くにはベッドに行かねばならず、今のエドワードにはその短い距離を移動する余裕すらも残っていなかった。
 襞の中心に舌を割り込ませると、レイは腰をくねらせて逃げようとする。
「舐めないで、そんなとこ…ンア、ア、アァ…」
 しかし、性急に動きまわる舌にレイはすぐにあられもない声を上げる。
 唾液で濡らした指を差し入れ、スムーズに動くようになると、エドワードはスラックスから自らを取り出し、レイの後孔に押し当てた。
 きつく締め上げる温かな粘膜に己の分身を全て埋めた時、ようやくエドワードは安堵の吐息を吐くことができた。
「お前は俺のものだ…」
 レイにではなく、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
 そして昼間の出来事を振り払うべく、行為に没頭していく。
 身の内に湧き上がった不安を、一時的でも忘れていたかった。


 十年前の出来事…。それは、エドワードが最も思い出したくない過去の汚点だった。
「…レイは十年前の事件を知っているのかな?」
 ギルフォード氏のその言葉を聞いた時、不覚にも動揺してしまった自分がいた。
「卑怯だぞ、ギルフォード…!」
 ギリギリと音がしそうなほど歯を噛みしめたエドワードは、せめてもの反意をきつく睨みつけることで示したが、ギルフォード氏はフンと鼻で軽く笑っただけで、まったく相手にされなかった。
「卑怯という言葉はふさわしくない。私は事実を述べたまでだ。あなたはあの、盗作事件のハーシェル氏だ」
「言うな!!」
 十年前の盗作事件、それはエドワード・ハーシェルという人間から輝かしい将来と、約束されていた未来の何もかもを奪った。それは嫉妬に狂った親友が仕組んだ罠だったのだが、若き天才建築家の盗作疑惑は今のレイの現状と同様に世間の注目を浴び、非難を受けた。
 やっと周囲の人間もそのことを忘れ始めて、普通の生活ができるようになったばかりだというのに。
 古傷に再び刃を当てられ、エドワードは激昂した。
「あれはもう終わったことだ!!俺はもう建築とは無関係の仕事をしているんだ。もう忘れたいんだよ!!昔のことをほじくり返すな!!」
「…別にあの事件のことを蒸し返したいわけではない。あの事件が冤罪だったことは調べがついている」
「じゃあ何だ!?」
 そこまで分かっていながら、今更なぜこの話題に触れるのか。
 エドワードにはギルフォード氏の思惑がまったく推測できなかった。
「私は提案しに来ただけだ。あなたの汚名を返上するためにね」
 ギルフォード氏の歪んだ笑みに、エドワードの背筋に冷たいものが流れた。


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In the name of love act19

►2007/09/19 20:00 



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 不敵な笑みを浮かべて目の前の男はアーサーが最も恐れていた事実を口にした。
「毎日ベッドの上で可愛がってやってるから安心しな。そういう面では満足させてやってるつもりだぜ?」
「貴様ッ!!」
 男の下品な物言いに我慢ならず、アーサーはその襟首を掴み上げる。
 エドワードはその手を荒々しく引き離すと、ポケットから煙草を取り出し火をつけた。苛立たしげに大量の紫煙を吐き出すと、立ったまま睨み降ろしているアーサーを一瞥する。
「レイを守り切れなかったあんたの責任もあるんだぞ。どうせ犯人の顔も俺の顔もCCTV(防犯監視)カメラに映ってたんだろう?俺はあんたがもっと早く来ると思ってたぜ」
 男が先程までの野卑な言動を改め、まともな言葉を吐いたのをアーサーは屈辱的な思いで見つめていた。その時はじめて自分が男と同じ位置まで落ちてしまっていたことに気づく。それはこの男がそう仕向けたのだと知り、(侮れない男だ)とアーサーを警戒させた。
「犯人は捕まっていない。犯行後、国外に逃亡したようだ」
 イギリスには街中に監視カメラが設置されていて、その数は400万台ともそれ以上とも言われている。テロや窃盗など路上で起こる様々な出来事を24時間監視し、注意を呼び掛けるのがその目的だ。
 レイが狭い路地に連れ込まれる様子も、もちろん記録されていた。しかし、リアルタイムで監視していた人間はその異変に気づくことができなかった。それはレイがあまりにも大人しく彼らに従っていたからである。傍目には確かに、レイは友人達と腕を組んで連れ立って歩いているようにしか見えないだろう。しかしアーサーには、レイがぐったりと項垂れて気落ちしている様がはっきりと見えた。抵抗することができないほどレイは何かに絶望していたのだ。
 そして数分後、三人の男達は路地から慌てたように飛び出してきた。レイは放置したままで。再びレイが姿を現したのは五時間も後のことだった。すっかり夜が更けたころ、その路地に千鳥足の男が迷いこんだ。そして路地のもう一方の出口から出てきたときにはレイはその男に力なく担がれていた。
 時間はちょうどアーサーがレイの部屋のドアをぶち破っていたときだ。
 アーサーがようやくレイの失踪を理解したときには、レイはすでにこの男の腕に落ちていたのだ。
「国外に逃亡?そりゃまた念が入ってるな」
 男達は皆軽犯罪を繰り返しているチンピラのような奴で、現在も警察に追われている下らない人間ばかりだった。それが、レイが失踪した次の日には南米へと出国していた。アーサーからすれば、レイに不埒な行いをするなど死刑にも値するが、一般的には軽犯罪という括りになる。その程度の犯罪で海外に逃亡するなど、普通に考えても不自然すぎる。何か裏があるとアーサーは読んでいた。
「あんたのすぐ近くに、どうしてもあんたとレイを別れさせたい奴がいるんじゃないのか?」
「多すぎて分からない程いるさ。…それでも私はレイを諦めるつもりはない」
 頭の良い男だと、アーサーは思い改める。そして頭の回転も良い。
 こんなことがなければ案外気の合う人間だったのかもしれない。だがアーサーは、レイを組み敷いたこの男を決して許すつもりはなかった。
「例えばの話だ、仮にレイがあんたのとこに戻ったとしても、今回のようなことがまた起きないとは限らないだろ」
「…手は打つさ」
 エドワードはアーサーがその精悍な美貌に浮かべた暗い笑みに眉をひそめる。
 (美しい鳥は鍵付きの鳥籠に閉じ込めておくのがふさわしい。もしそれに手を触れようとする輩が現れれば容赦はしない)
 レイの行方が知れなくなってからの10日間は、絶望と激情とに振り回された日々だった。CCTVに映し出された、レイを担ぐ男はどれも俯いていて顔がまったくわからなかった。それ故にエドワードを探し出すのに随分と時間がかかってしまった。そして一週間前、ようやくレイと一緒に行動を共にする男の顔を捉えることができたのだ。そして、その映像を見たアーサーは二人の親密な雰囲気に激しく憤った。それはそのままアーサー自身への怒りに変わった。
 自分がレイをしっかりと繋ぎ止めていなかったのが悪かったのだ。レイを外に出してしまったのは全て自分の責任だ。だから、今度こそ失敗はしない。どんな手を使ってもレイをこの手に取り戻してみせる、と。そのための手段はすでに考えてあった。
「…レイは十年前の事件を知っているのかな?」
 アーサーの言葉で、エドワードの顔に明らかな狼狽の色が見えた。
 (形勢逆転だ)
 勝機を見出したアーサーはその口元に不敵な笑みを浮かべた。


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In the name of love act18

►2007/09/18 20:00 



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 アーサー・ギルフォードはエドワードの職場にアポイントメントもなく突然現れた。それでも上司は「お待たせするな」と就業時間中にも拘らず、エドワードを応接室に押しやった。
 上司のあわよくばという卑しい考えにも腹が立つが、ギルフォード氏の自分の権力を笠に着たその強引なやり方にも腹が立っていた。
 エドワードが応接室に足を踏み入れると、一足先に通されていたギルフォード氏が悠然とその長い足を組んで待ち構えていた。自分がいつも仕事をしている雑然としたオフィスとは違う高級なインテリアが妬ましいほどよく似合う。
 しかし、6歳も年下の男には見えないその威圧的なオーラにエドワードは反発しか覚えなかった。
「それで、俺なんかに御用とは一体どのような要件でしょう?」
 最初の一言は様子を見るための誘い餌だ。
 どのような食い付きを見せるのか見極めなければならない。
「ほぉ…、しらを切るおつもりですか?そちらにお邪魔している私の美しい恋人のことですよ」
 もったいぶった言い回しと、これ以上はないくらいに正しいクイーンズ・イングリッシュが鼻についてエドワードの神経を逆なでる。レイはどこが良くてこんな奴と付き合っていたんだろうと、首を捻りたくなった。
「ああ、確かに。10日前から家に可愛い子猫ちゃんが住み着いてるけど、それが何か?」
「お返し頂きたい。それは私のものだ」
 憮然とした口調だが未だ表情を崩さない余裕ぶりにエドワードの方が苛立ってくる。
 その若造らしからぬ落ち着きがますます気に食わない。
「はぁ?何言ってんだよ。あんたが捨てたものを俺が拾ったまでのことだろ。所有権はすでにもう俺に移ってんだよ。諦めな」
「レイを物のように言われては困る」
「先に物扱いしたのはどっちだよ。物みたいに簡単にレイを捨てたのはあんただろ」
「捨てた覚えはない」
「レイを襲った男達はあんたに頼まれたと言っていたそうだぜ」
 そう言うとはじめてギルフォード氏の動きが止まる。
 視線はエドワードに向いていても、意識はどこか思案するように彷徨っている。その反応はエドワードに(こいつは知らなかった…?)と思わせるものだった。
「それは何かの誤解だ。私がそんなことをするはずがない」
 エドワードはギルフォード氏の取り澄ました仮面が今にも剥がれそうになっていることを知る。表情が崩れていないように見えるのはそういう風にして生きてきたからからなのだろう。貴族という人間の窮屈さを彼は今、エドワードの前に露呈しようとしている。
「やっぱりそうか…。道理でおかしいとは思ったんだ。あんたほどの人間がそんな迂闊な真似をするはずがないもんな」
 その言葉は本心だが、過分な同情をセリフに含めてやる。突き落とし、また持ち上げる。冷静を装う仮面の下に触れれば火傷をしかねない熱情を隠し持っていることにエドワードはとっくに気づいていた。
「わかったならレイを返してくれ」
「何度も同じことを言わせるなよ。レイは返さない。…まぁ、レイがあんたのところに帰るとも思えないしな」
 意味深にエドワードが笑ってみせると、ギルフォード氏の目が一瞬ギラリと肉食獣のごとく野蛮な光を宿した。
「…レイを、抱いたのか…?」
「あぁ、ヤッたさ」
 わざと下品な口調でエドワードが言うと、ギルフォード氏が全身を怒りで漲らせて勢いよく立ちあがる。
 エドワードはその様子を(やっと同じ舞台に降りてきたな)と内心ほくそ笑みなががら見つめていた。


〜To Be Continued…〜



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In the name of love (完結) | Comment(2) | Top ▲

In the name of love act17

►2007/09/17 20:00 



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 エドワードが仕事から帰って、呼び鈴を押すと中から「ハーイ」と弾んだ声が返ってくる。その声を聞くだけでエドワードは一日の疲れが吹っ飛ぶような気がした。そして自分の腕に恋人を抱きしめることができる期待に胸が熱くなる。
「おかえり、エディ!」
 満面の笑みで自分を出迎えてくれた恋人を待ち切れない焦燥感で抱きとめる。
「エディ、…ンンッ……」
 ただいまのキスはいつも濃厚になる。玄関からベッドに直行というコースも珍しくない。
 …レイとの同棲生活が始まって、一週間が経っていた。


 アパートにはギルフォード氏の見張りがついており、「帰りたくない」と主張するレイにエドワードは一度会ってきちんと話し合いをするべきだと説得したが、レイは断固としてそれを拒否した。頑なになる理由が分からなくもないのでエドワードはそのままレイとの同棲を開始させた。
 エドワードが調べて、シノン氏の事務所にも電話をかけさせたが、いたずら電話と勘違いされたらしく結局レイはエドワードの元にいるしかなくなってしまった…という事情もあったが。


「レイ、お前また確認しないでドア開けただろ?」
 ただいまのキスにしては濃厚すぎるいつもの儀式を終えてエドワードがコツンと軽く額をぶつける。
「だって、嬉しいんだもん。エディから電話来てからずっと玄関で待ってるんだよ。待ち切れないよ…」
 可愛いことを言う恋人に幸福を感じながら、
「バカ、変なやつが来たらどうすんだ」
 照れ隠しのようにそんなことを言う。
 実際それは現実的にありえる問題であった。
 耳聡いパパラッチが、もしくはアーサー・ギルフォードがいつここを見つけ出してもおかしくはないと思っている。
 しかし、肝心のレイが警戒心皆無なのではエドワードも手の打ちようがない。
 一日中、部屋にこもり切りのレイが唯一の話し相手であるエドワードの帰りをレンズを覗く余裕もないほど待ちわびる気持ちもわからないわけでもない。
 そしてそんなレイの気持ちを嬉しがる自分がいるのもまた事実なのであった。


 バカ、と言われたのにレイはひどく嬉しそうに笑っている。
「エディ、甘い匂いがするよ?」
 まるで催促するような問いかけにエドワードはドーナツを買ってきていたことを思い出す。
「ああ、ほら、お前これ好きだろ?」
 差し出された紙袋にレイは破顔して、
「やった〜!!ありがとう!!」
 子供のように無邪気に喜ぶ。
(これで30歳なんて反則だよな…)
 男だとわかった時も、レイが今世間を騒がせている人物だと知った時も相当驚いたが、実年齢を聞いた時も同じくらい驚いた。
 東洋人は若く見えると言われているが、レイはその極端な例なのかもしれない。
(精神年齢は10歳以下だがな…)
 さっそくドーナツを一個頬張って、口の周りを砂糖だらけにしている姿に思わず笑いを誘われたエドワードだった。


 そして、アーサー・ギルフォードがエドワードにコンタクトを取ってきたのはちょうどその頃だった。


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In the name of love act16

►2007/09/16 20:00 

  

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 エドワードは取り乱したレイを落ち着かせるため、一先ず自分のアパートへ連れ帰った。再びこの部屋に戻る時は一人なのだと思っていたので、レイが部屋にいる光景に違和感を感じると共にどこかほっとしている自分がいた。
 ミルクと砂糖をたっぷり入れたカフェオレを作ってやり、レイに差し出す。
「ほら、飲めよ」
「うん、ありがと…」
 レイは大分落ち着きを取り戻してはいたが、その不安げな表情が未だ胸のうちの動揺を抑えきれずにいることを現しているようだった。
「その…、ギルフォードがお前を襲ったってどういうことだ?」
 エドワードが口火を切ると、レイは揺れ動く感情そのままに瞳を揺らめかせて口を開く。
「うん、あの日、アーサーのマンションを飛び出して自分のアパートに帰ろうと思ったんだけど、道に迷っちゃって…。ウロウロしてたら三人組の男の人に声掛けられて、なんか狭い路地裏みたいなとこに連れ込まれて…」
「…犯られたのか?あ、いや、悪い…」
 自らの失言に恥じていると、レイは気にしていない風に緩く首を振った。
「ううん、されそうになって、めちゃくちゃに暴れた。そしたら、その中の一人が言ったんだ。『俺たちはアーサー・ギルフォードに頼まれてやってるんだぞ』って…」
「なんか、胡散臭いな…」
 ギルフォード氏を庇うわけではないが、そんなものは口だけならどうとでも言える。しかもレイの部屋を見張っていた男たちはギルフォード氏がレイを探していると言っていた。襲わせておいて、そのくせ行方が分からなくなると捜索させるなど矛盾している。
「分からない…。でも前の日にアーサーをすごく怒らせちゃったし、愛想尽かされたんだと思って…」
 レイはその時のことを思い出しているようで、また沈んだ表情になる。
「…当然の仕打ちだと思った。これは彼の怒りなんだって」
「なんでそうなるんだよ…」
 エドワードにはそのレイのネガティブな思考回路が理解できず、苛立ちを覚えた。
「そんなのおかしいだろ。恋人だったんだろ?信じてやらなかったのか、あいつを。あいつはそういうことを平気でやるようなやつだったのか?お前はそんなやつと付き合ってたのかよ!?」
 苛立ちが怒りという形で言葉に現れ、つい攻めたてる口調になる。
「…わからない。僕はアーサーを信用していなかったのかな…。今となっては本当に愛していたのかも疑わしいね…。ずっと不安だったんだ。僕は彼に相応しい人間じゃないって。いつかアーサーが僕に飽きて、女の人を好きになるんじゃないかって。騒動が起きてからはずっとそんなことばっかり考えてた。この騒動で、僕と付き合ってるの面倒になるんじゃないかとか。恐くて、恐くてたまらなかった…」
「……」
 レイの心情の吐露にエドワードは言葉を失くしてしまう。
 普通の恋愛ではないのだ。男同士でしかも相手は公人である。貴族であり、その血を後世に残さなければならない人間。レイの苦悩は当然のものなのかもしれない。
「…それで、その後どうした?」
 レイがまた泣きだしてしまうような気がして、話題を元に戻す。
 アーサー・ギルフォードが仕向けたのかどうかは解決していないが、やはり相手が男だろうと泣かれるのは好きではないのだ。
「うん、それで僕は発作を起こしちゃって…」
「何か病気でも持ってるのか?」
「ああ、うん、そんな大したもんじゃないけど…。とにかく、それで男の人達がびっくりして逃げちゃったんだ。そこから僕の記憶はない。気がついたらこの部屋で、ベッドの上だった。具合が悪くてずっとソファで横になってたの」
 ごめんね、と言うレイになんとなく記憶がよみがえった気がした。
 路地で小さくうずくまって寒さに震えるレイ。助けなければ死んでしまうと、酔った頭の片隅で思ったのかもしれない。それはエドワードが勝手に作り上げた記憶なのかもしれない。それでも今は、酔っ払いながらもレイを助けた自分を褒めてやりたいと思った。
「お前が今、ここにいてよかった」
 助けなければこの季節、凍死していたかもしれない。そして、こうして語り合うこともなかっただろう。その奇跡のような偶然に今は感謝したい気持ちでいっぱいだった。
 ふと温かい火を灯した瞳をレイがじっと見つめていた。
 その手には、すでに空になったマグカップがしっかりと握られている。
「レイ、一緒に暮らさないか?ずっと傍にいてほしい」


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In the name of love act15

►2007/09/15 20:00 



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 その日もアーサーの帰りは遅かった。
 昨夜は酷い仕打ちをしてしまったという自覚があり、反省もしていた。せめてもの詫びとしてレイの好きなチョコレートケーキも用意させてあった。これで少しはレイのご機嫌が取れるならと、浅はかな考えもあった。
 しかし、ご機嫌を取るべき相手はマンションにはいなかった。
「レイ!どこだ、レイ!」
 広いマンションの部屋中を名前を連呼しながら探すものの、どこにもその姿は見当たらない。携帯に連絡すると部屋の中からレイの携帯の着信音が聞こえ、いよいよアーサーはこれがただ事ではないことに気づく。
 しかし、少しばかりぬけたところのあるレイのことである。
 昨夜のことでへそを曲げ、家出してみたものの携帯電話を忘れて出て行ってしまった…、ということも考えられなくはない。
 いや、そうであって欲しいと、アーサーは急いでレイのアパートに向かった。


 道すがら、シノン氏にも連絡を取ったがそこにもレイはいないとのことだった。だとすれば、レイはアパートにいるに違いない。
 四階まで階段を駆け上がり、415号室のベルを鳴らす。しかし返事はない。ドアの向こうに耳を澄ましてみるが、物音一つしない。もしかしたら眠っているのかもしれない。そうも思った。レイは一度寝ると大抵のことではなかなか目を覚まさないから、ベルの音くらいでは目を覚まさないだろうと。
 しかし、その日のアーサーはそんな理由で諦めて帰るほど見切りがよくなかった。後から思えば、何か勘のようなものが働いていたのかもしれない。
 とにかくその時は、レイが部屋の中で一人で発作を起こして倒れているのかもしれないと、良からぬことを考え強行突破することにしたのだ。
 つまりはドア破りである。
 冷静に考えれば、錠前師を呼ぶなどして穏便に済ます方法などいくらでもあったのだが、その時のアーサーには全く考え及ばぬところであった。
 学生時代に嗜む程度にやっていたラグビーのタックルさながら、アーサーはドアに体当たりを食らわせる。古いアパートの建てつけの悪いドアは、アーサーの強烈なタックルに五回ほど耐えて力尽きた。
「レイ!いないのか!?」
 アーサーの呼びかけも虚しく静寂に吸い込まれていく。
 期待を込めて覗いた寝室にもレイはいなかった。
「畜生!!」
 貴族らしからぬ荒々しい言葉を吐き捨てて、アーサーは立ち尽くす。
 絶望と怒りがない交ぜになり、脳が沸き立つようだった。
「おい、あんた、そこで何してる!!」
 騒音を聞きつけ、近所の住人が様子を見に来たらしい。アーサーの顔を見るなり一瞬怯んだが、
「あんた、警察を呼ぶぞ…」
 声のトーンを落として言った。
「ああ、そうしてくれ。これは事件だ」
「…はぁ?」
 男はアーサー・ギルフォードが罪を認めたのかと思い、それにしては様子がおかしいと首を捻ったが、アーサーは十分正気だった。
 これは、ただの失踪ではない。
 レイが自分の腕からすり抜けて行ってしまうようで、激しい焦燥を感じたアーサーだった。


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In the name of love act14

►2007/09/14 20:00 

 
 

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「これ、全部食べていいの?」
 エドワードが用意した朝食(昼食?)を前にレイが顔を綻ばせる。
「ちょっと冷めちまったけどな。味は保証しねぇぞ」
「ううん、すごく美味しそう!いただきます!!」
 そう言って、レイはエドワードの作ったスクランブルエッグを頬張る。
「とっても美味しい!エディ、ありがとう!」
 スクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、ハムの挟まったバゲットサンドと皮すら剥いていないオレンジに牛乳という平凡なメニューをレイは嬉しそうに平らげている。
 昨日まであれほど意気消沈していた人間とは別人のような明るい表情に安堵する一方、先ほどバスルームで犯した失態に気まずさを覚えるエドワードだったが、レイの方はあまり気にしていない様子である。
「それ食ったら家まで送っていってやるから。たらふく食ってけ」
 レイと顔を合わせているのも気恥ずかしいので、エドワードはレイの髪をクシャクシャとかき混ぜると、キッチンへ向かう。その後ろ姿にレイが言った。
「ありがとう。こんなに良くしてもらって…」
「当然のことをしたまでだろ」
 しかし過剰な『慰め』があったことも否めない。
「だってさ、僕が今、世間で何て言われてるか知ってるんでしょ…?」
 そんな人間にここまでしてくれた…と言いたいらしい。
「何があったかは知らない。俺は俺の見たものを信じただけだ。お前は世間が言ってるような最低な人間じゃねぇと思った。ただそれだけだ。たとえ最低な人間だったとしても、俺は熱出してウンウン唸ってるやつを放り出すほど人間腐ってないからな」
「うん、でも、ありがとう…」
 事実は簡単に捻じ曲げられることを知っているエドワードは、レイが報道されているような軽薄で浅慮な人間にはどうしても思えなかった。何かエドワードの推し量ることのできない、複雑な事情があるのだろう。
 好奇心がそれを知りたいと疼き出すが、レイとはあと数時間で別れるのだからこれ以上、レイに深く関わる必要などない。
 それを考えると、エドワードの心はズキリと痛みだすのだった。



「ここか、お前の家って…」
 小奇麗な高級マンションを想像していたエドワードは、自分のアパートと大差ないそれに少しばかり驚いていた。
「いい所でしょ?けっこう気に入ってるんだ」
 そう言うとレイは中に入ることを勧めた。
「お茶くらい出すよ」
「いいって、俺はここで帰るからよ」
「いいから、いいから」
 手を引くレイに逆らえず、エドワードは渋々誘いにのることになった。
 部屋の前まで来ると、レイが「あれ…?」と首を捻った。
「ドアの色、違う…」
 確かに、他の部屋のドアと違ってレイの部屋のドアだけが色違いで妙に新しいのだ。
「部屋間違えてんじゃないのか?」
 少しぬけたところのあるレイならありえるとエドワードが冷やかすと、
「でも、確かにここのはずなのに…」
 415と書かれたドアを呆然と見上げている。
 すると、通路からダークカラーのスーツを着た男が二人現れて、レイを指差した。
「レイジ・オギクボと不審な男を発見しました」
「え、な、何…?」
「ギルフォード氏があなたをお探しです」
 男はそう言って、レイの肩をつかんだ。
「いやだ、やめて!」
 レイがその男の手から逃れ、突然走りだした。
 男達にしろ、エドワードにしろ、レイがそんな行動に出るとは予想もしていなかったので、意表を突かれ立ち往生するしかなかった。
 しかしエドワードは、追いかけなければ見失ってしまうかもしれないと急いで後を追う。また外をフラフラして性質の悪い人間に絡まれないとも限らない。
「おい、待てよ」
 レイの体力の無さが幸いして、ひと気のない路地でその姿を見つけた。
「どうして逃げるんだよ。ギルフォードが探してるんだろ?行ってやればいいじゃないか」
 膝をかかえて小さくなったレイが首を振る。
「何でだよ!?」
 するとレイの口からおよそ似合わない大声が発せられた。
「だって、僕はあの夜、アーサーに襲われたんだよ!?」
 その信じがたい言葉に、エドワードは愕然とする。
「それ、どういうことなんだよ…!?」


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In the name of love act13

►2007/09/13 20:00 



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 その日は陽の高いうちから身体を重ね、エドワードが満足して交わりを解いたのはすっかり夜も更けた頃だった。レイの気を紛らわすための行為だったはずが、レイが「もう、ムリ!!」と叫んでも止めることができず、最早それが本来何のためであったかなどどうでもよくなってしまっていた。
 以前に付き合っていた彼女とはお座成りなセックスしかしていなかったのだと今更ながら思い知り、同時に、レイに対して並々ならぬ執着を持ち始めている自分に気付かされた。
 しかし、エドワードの心はもう決まっていた。
(厄介事はもうごめんだ…)
 下手をすれば自分もこの騒動に巻き込まれ兼ねない。
 それは思い出したくもない過去の過ちをほじくり返される結果になるだろう。
 後始末を終えたエドワードは、疲れ果てて眠り込んだレイの隣に横たわり、雑念を振り払うようににきつく目を閉じた。


 レイが目を覚ましたのは正午近くなってからだった。病み上がりだったというのにあれだけ身体を酷使したのだから仕方のないことではあった。エドワードはいち早く起きてシャワーを浴び、近所の肉屋でサンドを買い、スクランブルエッグを作っていた。もちろんレイに食べさせるためだ。
 レイが目覚めたのに気が付いたのはベッドルームで派手に転倒する音が聞こえたためだった。
 駆けつけると、ベッドの下に全裸のレイがうずくまっていた。
「大丈夫か?」
 笑いをかみ殺しながらそう尋ねると、
「…立てない……」
 と、泣きそうな声が返ってきた。
「悪かった、昨日は無理させたもんな。バスルームまで連れてってやるから」
 そう言ってエドワードは、レイの身体を横抱きにした。
「お前、軽すぎるんじゃねーか?」
 細いとは思っていたが、抱き上げた身体の軽さは想像以上だった。
「ちゃんとメシ食ってんのか、お前」
「あ、いいよ…!お、降ろして…!!」
「バカ、歩けないくせに何言ってんだよ」
 有無を言わさず暴れるレイをバスルームまで運ぶと、いきなり温水を頭からかけてやる。
「わぁっ!!何っ!?」
「俺が洗ってやるからおとなしくしてろ」
「でもエディが濡れちゃうよ!」
「かまわねぇよ」
 ボディソープで泡立たせたスポンジをレイの肌にすべらせると、レイの手がスポンジを奪おうと手を出してくる。
「いいよ、自分でする!」
「黙ってろって」
 エドワードは身体が濡れるのも構わずにレイを後ろから羽交い締めにすると、スポンジと手で泡を塗り広げていく。その洗浄目的ではないあやしい手の動きにレイが身を捩らせる。
「や、やだ、やめてよ…」
 顔を赤くして恥ずかしがるその姿がエドワードの情欲を誘う。
 いたずら心から始めた行為が次第に熱を帯びる。
 レイの首を捻じらせて後ろからキスを交わす。
 昨夜もさんざん弄った胸の粒を愛撫すると、その手をレイが引き剥がしにきた。
「だめ、そこ痛い…」
 潤んだ瞳で懇願されて、昨日出し切ったはずの欲望が再びズクリと脈打ったが、
「悪ぃ、今のも忘れてくれ」
 エドワードは身体を放してバスルームから出た。これ以上裸のレイと密着していたら欲情してしまいそうだった。
 どうやら自分は本気でレイにイカレていると自覚したエドワードだった。


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