恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
好:ガンダムSEED、00、BL、チョコ
嫌:争いごと、魚卵、カニ
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In the name of love act1

►2007/09/01 12:00 

 「In the name of love」=「愛の名のもとに」という意味です。
 愛の名のもとに、どのような展開が繰り広げられるのでしょうか?
 アーサーとレイの恋の行方を温かい目で見守って下さい。
 





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 一年で一番街が賑やかになるシーズン。アーサー・ギルフォードは、早くもクリスマスムードが高まる街中へと車を走らせていた。まだ十月の半ばだというのに、街はすっかりクリスマスのイルミネーションで彩られている。
 運転手に命じていつもの場所で車を停めさせるとアーサーは、恋人が出てくるであろう建物をじっと見つめた。待たされることを嫌うアーサーがこうしてモバイルにも手をつけず、ひたすら待ちに徹するなど今までの彼ならならありえないことだった。
 レイと付き合いはじめて四か月、アーサーは恋人を待つ楽しさを覚えた。
 今か今かと待ちわびてやっと出てきた恋人が、自分を探してキョロキョロする姿がたまらなく好きだった。すぐにでも声を掛けて、ここだと言いたくなるのを堪えて、レイの顔が不安げに曇るのを楽しむ。悪趣味だとは思うが、ベッド以外の場所でもついつい苛めたくなってしまうのは、ひとえにレイを愛するが故である。
 自分でも未だに信じられない時がある。自分以外の誰かをこんなにも愛する日が来ようとは。今までは一晩だけの付き合いや、身体だけの割り切った付き合いしかしてこなかったアーサーにとって四か月もの間、一人の人間と交際するのは初めてのことだった。
 もはやアーサーにとってレイは、なくてはならない存在だった。ホモセクシャルになったつもりはないが、もはやレイ以外の人間とセックスなど考えられなかったし、他の人間に対して性的魅力を感じることもなくなった。レイがアーサーのすべてになった…といっても言いすぎではなかった。
 目当ての人物が建物から姿を現して、アーサーは知らず知らずのうちに口元を綻ばせていた。いつものようにレイはキョロキョロと辺りを見回してアーサーの姿を探している。大抵、いつも同じ場所に車を停めているのにもかかわらず、レイはいつもアーサーを見つけることができない。アーサーがまだ来ていないと思ったのか、レイは携帯電話を取り出した。その直後、アーサーの携帯電話が着信を知らせる。
『もしもし、アーサー?』
「やあ、レイ。どうしたんだい?」
 アーサーはまるでその場にいないかのように、白々しく電話に応える。
『仕事終わったよ。今どこにいるの?』
 レイはアーサーの乗った車の斜め前にいたが、まったく気づく様子もない。アーサーはウインドーを下げると、
「ここだよ」
 片手を上げて合図した。受話器と背後からの二重音声に驚いたレイがようやくアーサーに気づく。
「わっ!びっくりした〜」
 レイの表情が驚きから嬉しそうなそれに変わる。
「さあ、乗って」
 アーサーに促されてレイはアーサーの隣の後部座席に座ったが、会話もそこそこに、レイはアーサーそっちのけで街の風景に釘付けになってしまった。最近はレイの子供っぽい発言をアーサーが笑うので、言葉を我慢するようになったレイだが、アーサーにはレイの気持ちが手に取るようにわかった。
「少し外を歩いてみようか?」
「…え!?いいの!?」
 アーサーの読みは正解だったらしい。とたんにレイは目を輝かせてアーサーを仰ぎ見た。
 お互いの立場上、二人の仲が公になるのは避けたいという理由でひと気の多い場所での行動は控えていたアーサーだったが、レイが望むことならばできるだけ叶えてやりたいと、恋人に甘い男はつい気を緩めてしまう。
 煌びやかに飾られたショーウィンドーはレイの好奇心を刺激したらしく、しきりに歓声を上げている。アーサーはそんなレイを眩しいものを見るようにみつめていた。しかし、恋人の存在を忘れるほど熱中するのはいかがなものか。アーサーは少し意地悪な気分になって、前触れもなくレイを腕の中に抱き込む。
「!?」
 驚いているレイの唇に強引に自らの唇を重ねる。触れあったのはほんの一瞬だったが、レイは顔を真っ赤にして頬をふくらませ、抗議するようにアーサーの胸を叩いた。
「バカ!」
「私をほったらかしにした君が悪い」 
 アーサーはレイの可愛い反応にご満悦であった。


 その様子を一台のカメラがじっと追っていたのだが、幸せな二人がそれに気づけるはずもなかった。


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In the name of love act2 (R-18)

►2007/09/02 20:00 

 まず始めにお断りを。本文は男性同士の性描写を含んでいます。18歳未満の方、男性同士の性描写に嫌悪を持たれる方、または(アーサーとレイの絡みなんて読みたくなかったよ〜!!)という方は、ここで引き返して下さい。下の文章からR-18指定とさせていただきます。





>> ReadMore
 ほの暗い部屋の中で、二人分の吐息と切れ切れに放たれる嬌声が響く。月明かりだけが二人の白い身体を浮かび上がらせていた。
 忙しい二人の久々の逢瀬はいつにもまして熱を帯びる。組み敷かれた細い身体が、自身を突き上げるリズムに合わせて腰をくねらせる様は何とも淫靡な眺めだった。
「レイ、ここがいいのか?」
 ひときわ反応を示す位置でアーサーが腰を回すと、レイはたまらず身悶えて歓喜の悲鳴を上げる。
「アァァァ…!!やぁ…っ!!」
「くぅ………っ!」
 同時に後孔を引き絞られて、アーサーは思わず呻き声を上げた。下腹に力を入れて射精感をやり過ごすと、呼吸が整うまでしばらく動きを止める。そうしているとレイの内部がしきりにうねってアーサーを締め付けている様子をまざまざと感じることができた。
「いやらしいな、君のここは…!」
 こんなにも自分を夢中にさせるおしおきだと言わんばかりに、最奥まで突き上げる。
「ヒィ…ッ!!ぁぁぁあ!や、いやぁ…」
 アーサーは己の欲望のまま、レイの蕾を攻め苛んだ。
 何度も激しく突き入れると、レイが限界を伝えるようにかぶりを振る。
「ア、ア、もう…、でる…っぅ!」
 自らの腹や胸に白い淫液を吐き出して、レイが先に達した。
 その様を見届けるとアーサーは脱力した身体をさらに攻めたてる。
「…ウッ……」
 きつく引き絞られて、いくらも保たずアーサーも絶頂を極める。激しい情交に身体を投げ出したレイに、労をねぎらうようにキスの雨を降らせた。
「よかったよ、レイ」
 耳元で囁いてやると微かな声で返事をした。いつものパターンだとレイはこのまま眠りに落ちるだろう。
 まだ時折痙攣を繰り返す媚肉から自身を引き抜くと、レイが声を漏らして身体を震わせた。
 精液の溜まったコンドームを処理し、レイの放った白濁を拭ってやると、アーサーはシャワーで汗を流す。レイが眠っていることを確認すると、身体が冷えないように肩までブランケットを引き上げてやり、アーサーはノートPCを開いてやり残した仕事に取り掛かった。
 隣でPCを操作していても、一度寝入るとなかなか目を覚まさないレイにまったく影響はない。仕事をしながら時折、子供のようなあどけない寝顔を見るのがアーサーにとっての至福の時間だった。
 遠くで、静寂を破るように電話の着信音が鳴り響く。こんな夜中に何の用だと憤りを感じながらも、レイを起こさないようにそっとベッドから降りた。
 液晶に映し出された名前は秘書のものだった。すでに日付が変わったこんな時間に連絡をしてくるということは何らかの事態が発生したのだと、アーサーは瞬時に理解した。
「何だ、ガルストン」
 アーサーがわずかに緊張を帯びた声で応える。
『夜分遅くに申し訳ありません。すぐにお耳に入れておきたいことがありましたのでお叱りを受けるのは承知でお電話いたしました』
 秘書の声はいつものように落ち着いているが、余程のことでない限りはこのような非常識な時間に電話を掛けてくるような人間ではないことはアーサーがよく知っている。
「いいから、早く要件を言え」
『では単刀直入に申し上げます。…貴方とレイジ・オギクボの写真をパパラッチに撮られてしまいました。いかがなさいますか?』
 ついにきたか…とアーサーは嘆息を吐く。予測していなかったわけではないが、さすがにこんなに早く突き止められるとは思っていなかった。
 若くハンサムで、家柄も社会的地位も持ち合わせたアーサーは常にメディアの注目の的だった。今までも、女優やモデルとの交際を報じられてきたがアーサーは本気ではなかったし、相手の女性たちもそれでネームバリューを上げる目的があったから、アーサーも騒ぎ立てるマスコミを放置してきた。
 だが、今までとは訳が違う。アーサーは誰にもレイとの仲を干渉されたくはなかったし、何よりレイは同性なのである。このことが世間に明らかにされれば、どれほどの騒動になるかは容易に想像がつく。
「カメラマンに接触して希望の金額を出してやれ。いくらでもかまわない」
『わかりました。…しかし、時間の問題ですよ』
 通話を切る瞬間、捨て台詞のように投げかけられた言葉がアーサーの心に影を落とす。じわじわと広がる不安を払拭するように、静かに寝息をたてていたレイを抱きしめた。
「…ん……、アーサー…?」
 腕に力が入り過ぎてしまったせいで、レイが目を覚ましてしまったらしい。
「どうしたの…?」
 アーサーの不安を察するかのような問いに、胸が痛む。
「大丈夫だ、レイ。安心しておやすみ…」
 それは今アーサーが一番欲しい言葉だったのかもしれなかった。腕の中で再び眠りについたレイにアーサーは小さく誓う。
(誰にも邪魔はさせない。君を必ず守ってみせる…!)


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In the name of love act3

►2007/09/03 20:00 

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 やはり事態はガルストンの予言した通りになってしまった。
 はじめはアーサー・ギルフォードの新しい恋人の出現に好意的だったマスコミも、レイがユベール・ド・シノンの愛人だったことや、美容整形疑惑、さらに男であることが明らかになると、一転してバッシングが始まった。
 誰もが二人の関係を嘲笑い、罵った。次第にこのトピックは、ただのスキャンダルの枠を超えて社会的な騒動に発展しつつあった。しまいには、アーサーがCEOを務める『IBC』の株価の下落という事態まで引き起こしてしまったのである…。


 アーサーは疲弊していた。
 どこまでも付きまとい揶揄の言葉を浴びせてくるパパラッチ。しきりにレイとの仲を解消するよう求めてくる『IBC』の首脳陣たち。日々加熱するレイへのバッシング…。
 対応しなければならないことは増えていくばかりで一向に事態が好転する兆しはない。
 かといって、アーサーはレイと別れるつもりなどさらさらなかった。マスコミが面白可笑しく報じる記事はほとんどが事実無根であり、誹謗中傷の域に及んでいた。名誉毀損で裁判を起こしたいくらいだったが、そんなことをすればさらに騒ぎを大きくするだけなのは明らかで、マスコミに対してはほとんど打つ手がないというのが正直なところだ。このまま人々がこの話題に飽いて、事態が鎮静化するのを待つしかない。アーサーにとっては非常に屈辱的でしかないが、下手にマスコミに手を出して煽るようなことになるのは避けたかった。
 先ほどレイに付けていたボディーガードから、レイが何者かから卵をぶつけられたと連絡が入っていた。犯人は捕まらなかったが、レイに怪我はないという報告を受けていた。多忙ではあったが、急ぎの案件もなかったのでアーサーは意気消沈しているだろうレイを慰めようと、彼の待つ自宅マンションへと急ぎ戻った。
 レイはここ数日自分のアパートではなくセキュリティーのしっかりしたアーサーのマンションで生活していた。ここならば、押しかけるマスコミをシャットアウトすることができる。
 アーサーが部屋に入ると、そこにレイの他に意外な人物がおりアーサーを驚かせた。ソファーに座り濡れた髪をバスタオルで拭うレイの傍に、ガルストンがまるで主にかしずく騎士のようにはべっていた。レイもガルストンに親しげな笑みを向けて楽しげに何事かを話している。
 いつの間にか親密な雰囲気を醸し出している二人の様子を見たアーサーは、急激に頭に血が昇っていくのを感じた。たちまち冷静さを失ったアーサーは大きく足音を立てて二人に詰め寄る。
「アーサー?」
 気づいたレイがその名を呼ぶが、それさえもアーサーの耳には入らなかった。
「貴様、ここで何をしている」
 アーサーの冷やかな声が瞬時に場の空気をも凍らせる。睡眠不足の血走った眼でガルストンを睨みつけるその顔はもはや正気ではない。
「貴方に渡すものがあったのでここに寄ったところ、レイジさんが酷い格好をなさっていたのでシャワーをお勧めしたのです。…貴方が心配するようなことは何もありませんのでご安心ください」
 うっすらと笑みを浮かべて余裕の表情で答えた男に苛立ちを覚えたが、怯えたように自分を見つめるレイと視線が合い、アーサーに正気を取り戻させた。
 ガルストンが手にしていた書類を奪うように取り上げると、
「さっさと帰れ」
 そう言って仕事に忠実な秘書を追い出した。
 ガルストンが悪いわけではないのは分かっていた。しかし休養の取れない脳は、神経を張りつめ、すぐに興奮状態になるようだった。
 理不尽な怒りを秘書にぶつけてしまい、気まずさに沈黙したアーサーにレイが言った。
「アーサー、お疲れ。今日は早かったんだね」
「…君が心配で帰ってきたんだ。卵をぶつけられたと聞いた」
「あ、頭に命中しちゃってさ…。卵って結構痛いんだね」
 ショックを受けているはずだろうに、レイは懸命に明るく振舞おうとする。その姿が今はひどく痛々しい。
 どうして、非難の矛先が自分ではなくレイに向かうのか。それがアーサーには許せなかった。
 世論では、レイがシノン氏から若いアーサーに乗り換えたのだといわれていた。本当のレイを知らない人間が、無責任な意見を述べ、それが真実としてまかり通る。アーサーがどんなにレイの素晴らしさを叫んだとしても、今の民衆の目にはその姿が滑稽に映るだけだろう。
「くそ…、何だってこんな…!!」
 いくら地位や財力を持っていても、恋人の一人も守れない自分の無力さがただただ腹立たしかった。


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In the name of love act4

►2007/09/04 20:00 

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 アーサーがマンションに帰宅すると、いつものようにレイがグランドピアノに向っていた。時間はすでに日付が変わった深夜だ。レイはピアノを弾きながらアーサーの帰りを待っていたらしい。
 声もかけず、黙ってソファーに座り込んだのは演奏の邪魔をしないようにとの配慮ではなく、アーサーが疲れ果てていたからだ。
 レイの奏でる優しい音色も今のアーサーには雑音でしかなく、安息の妨げであった。
「レイ、止めてくれないか」
 アーサーの一言でレイの演奏がピタリと止まり、
「アーサー、帰ってたの」
 今気がついたというように、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「アーサー、今の曲ね、サティの…」
 おずおずと話し始めたレイを、アーサーは片手で制止する。
「静かにしてくれ」
 こめかみを押さえて黙り込むアーサーの隣にレイがそっと腰かける。恐る恐る伸ばされた手はアーサーのダークブロンドを労わるように梳いていく。
 グランドピアノは、あまりアーサーのマンションに来たがらないレイを誘い込むために買ったものだった。レイの安アパートでは壁が薄くて楽器の演奏などできるはずもなく、目論み通りレイはここへ入り浸るようになった。
 そんな経緯を今更のように思い出し、苦々しい気分になる。
「アーサー、疲れてるね…」
 レイの気遣うような優しい声がさらに続く。
「ねぇ、僕たち、別れたほうがいいんじゃないかな…?」
 思いもよらなかったレイの言葉にアーサーが瞠目する。
「何を言ってるんだ…」
「だって、これ以上みんなに迷惑かけられないよ…」
 アーサーの髪に触れていた手が離れ、ひどく心細くなる。その瞬間に気づいた距離感にアーサーは呆然となる。レイをひどく遠くに感じた。感情を豊かに映していたその表情さえも、今は上手く読み取れない。
 その心の内に秘めた思いをレイは訥々と語り始める。
「僕たちだけが満足できればいいの?僕たちだけが幸せだったらそれでいいのかな…?」
 慎重に言葉を選びながら話すレイの姿に、アーサーは言葉を失くす。
 いつからそんなことを考えていたのか、レイの言葉には随分と悩みに悩んだ跡が見受けられた。それでもアーサーにはそれを受け入れられるはずがない。
「…でも、多分、僕たちは誰かを不幸にしてる。そんなのはいやなんだ…」
 俯いて唇をかみしめるその姿は、一時の気の迷いでそんな発言をしたとは思えない深刻さがうかがわれた。
 だから尚更、アーサーの怒りは激しかった。
「君までそんなことをいうのか…!俺が、君を守ろうと必死で動いてるのに、別れるだと!?」
 怯えきった瞳でレイがアーサーを見上げる。しかし今日はそれが更にアーサーの怒りを増長させた。
「そんなことは許さない、…絶対に!!」
 お前は私の所有物なのだと言わんばかりに、アーサーはレイの口内を蹂躙する。そこにレイの意思はなく、後頭部を抑えつけられて、なされるがままになっている。
 アーサーの普段は隠されている凶暴な牙がむき出しになり、その夜は明け方までレイを激しくいたぶった。
 どんなに達しても満たされることはなく、虚しさだけが残る、そんな夜になった。


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In the name of love act5

►2007/09/05 20:00 

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 ガルストンがアーサー・ギルフォードのマンションへやって来たのは、すべて綿密な計画を基にしてだった。騒動でレイは仕事を干されて部屋におり、かつ、自分がアーサーの傍を離れられる時間。今日はまさにうってつけの日だった。
 前日、レイとたまたま話す機会を持てたのも幸いだった。人間の裏を読むことを知らない愚かな青年はすっかりガルストンを信用したようだった。階下のインターフォンで名乗るとあっさりと部屋へ招き入れてくれた。
 これから何が起こるかも知らず、無垢な笑顔がガルストンに向けられる。
「今日は大事なお話があってお訪ねしたんですよ」
「え…と、僕にですか?」
 レイはわずかに訝しげな表情をしたものの、ガルストンが笑顔だったためにさほど深刻さを感じていないらしい笑みを浮かべている。
「そう、あなたにしか話せないことです」
 ガルストンの微笑はただの仮面である。その下に隠された謀略をカモフラージュするための擬態だ。しかしレイの目には信頼というフィルターが掛けられており、彼の真意を探ろうともしない。
 ガルストンは内心嘲り笑いながら、優しい口調で語りかける。
「あなたにしか、あの方を救うことはできないのですよ」
「僕にしか…?」
 レイは、ハッとしたように眼を見開いてガルストンの言葉に食いついてきた。
 簡単に獲物は掛かった。あとは上手く追い込んでやるだけである。
(愚かなイエローめ。お前などが現れなければ…!)
 アーサーがレイと初めて遭遇したとき、誰よりも近くにいたのがガルストンであった。その時のアーサーの様子を今でも忘れられない。
 まるで魂を抜かれたような呆けた顔。初対面の人間を見つめるには不自然なくらい長い時間、レイの容貌に見入っていたアーサーに、ガルストンは嫌な予感を感じていた。レイが男だと分かった後は尚更、意外と情にもろいアーサーのためにレイの情報から同情の価値がある項目を削除してアーサーの勘違いを誘発する報告書を提出した。それで二人の交わりを断てると思っていたのがガルストンの最大の誤算だった。
 どういった経緯からか二人は愛し合うまでになった。障害が二人をさらに強く結びつけたのだとしたら、ガルストンのしたことは逆効果だったと言わざるを得ない。
 しかし今はもう、一時の気の迷いと放置できる状態ではなくなった。
 世界経済の中枢を担っていると言っても過言ではない『IBC』グループが傾くようなことになれば、その被害は甚大なものになる。色恋など、ましてや同性愛スキャンダルなどという下らない理由でグループがどうにかなってしまうなど、絶対にあってはならないことなのだ。
 アーサーにはその血筋に見合ったどこぞの名家の令嬢と婚姻を結び、その地位を盤石なものにしてもらわなければならない。そのためには、アーサーを誑かすこの女もどきの男を排除する必要があった。
「レイジさん、あの方と別れて頂けませんか…?」
 瞬間、レイの瞳が驚愕の形に見開かれた。


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In the name of love act6

►2007/09/06 20:00 


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「レイジさん、あの方と別れて頂けませんか…?」
 ガルストンがそう言うとレイは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその視線を足下に落とす。
「それは…。僕もそう思っていました…。でも、アーサーが…」
 レイの意外な反応は、周囲の拒絶反応の酷さに怯んだものとガルストンは判断した。アーサーからの金銭的、もしくは職業への見返りを期待して付き合い始めたものの、結果はこの騒動によって仕事をキャンセルせざるおえない状況に追い込まれ、当初の目論みが外れてしまったために別れるほうが得策であると考え直したのだろう。
 所詮はレイも今までアーサーが付き合ってきた女達と同じだ。己の目的のために力のある他者を利用する、その程度のものだったのだ。
「あの方もそのうち貴方と別れることを了承せざるをえなくなるでしょう。今日、役員会議であの方は貴方との関係とCEOの地位とを天秤にかけなければなりません。どちらを選ぶかは…もう、お判りでしょう」
 役員の間でそういった話が出ているのは事実だった。しかし、今日そういった議題が上がっているというのは嘘だ。どれだけ嘘を重ねようと、この二人は一刻も早く別れさせなければならない。これはガルストンに課せられた義務のようなものだ。そのためにつく嘘に何ら罪悪感を感じることはない。
「手切れ金が欲しいのであれば、ご希望の額をご用意しますよ。あなたには多大なご迷惑をお掛けしてしまいましたからね」
「そんな、お金なんて…」
「では何を御所望です?望めば、あの方ならどんなものでも用意して下さいますよ」
「……」
 レイの顔が次第に青ざめていく。そんな姿を見てもガルストンは一片の同情心も湧いてこなかった。この青年さえいなければアーサーが道を踏み外すこともなかったのだと思うと、こんな手ぬるい追い込みでは気が済まなかった。
「あの方にも困ったものです。女性では飽き足らず、貴方のような毛色の変わった希少種に手を出すなんてね。でもあの方の悪いところは熱し易く冷め易いところです。貴方だって何時飽きられるか…。別れに怯えながらそれでもまだあの方の傍にいる気ですか?」
 ガルストンの言葉にレイは眉根を寄せて苦悩の表情を見せる。
「アーサーと話がしたい。もう少し時間を下さい」
「この期に及んで一体何の話をしようというんです。手切れ金の交渉ですか?厚かましいにもほどがありますよ。貴方のせいで『IBC』がどれだけの損害を被ったと思っているんです?あの方だってもう自覚しているはずです。今回の火遊びが度を越していたことを」
 どれだけ責めたてても、本性を現さないレイにガルストンは苛立ち始めていた。本当に恋情のみでアーサーと交際しているのであれば尚更性質が悪い。それはガルストンにはまったく理解できないものだからだ。純粋に相手を思いやる恋愛など、ガルストンには幻想でしかない。人間が他人と関わり合うとき、そこには何らかの利益の期待があるからだ。自分に利のある人間と関わり合うことが、ガルストンにとっての人間関係だった。
「貴方に、アーサー・ギルフォードの傍にいる価値があると本当に思っているんですか?滑稽ですよ。男の貴方がどう頑張ろうと子を成すことはできない。そんなことはあなたが一番よくご存じのはずです」
 レイはいよいよ今にも崩れ落ちそうな風情で身体を震わせている。
(恋や愛などというものが、どれだけ脆いものか思い知るがいい)
 ガルストンはいつもの冷静な口調のまま、とどめの一言を口にする。
「ここは貴方のいるべき所ではない。即刻、立ち去りなさい」
 その美しい顔に絶望の色をのせて、レイはガルストンを仰ぎ見る。そんなレイにガルストンは冷淡な微笑で応えた。レイは戦いたように一歩二歩と後ずさると玄関へ向かって駆け出した。消音機能付きの重い扉がカタンと静かに音を立てて、レイが出て行ったことを知らせた。
 ガルストンはそれを確認すると携帯電話を取り出す。
「もしもし、私だが。…ターゲットが今マンションを出た。後は指示通りに。頼んだぞ」
(これで終わったな)
 一人満足げに微笑んで、ガルストンもアーサーのマンションをあとにした。


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In the name of love act7

►2007/09/07 20:00 




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 エドワード・ハーシェルは夢を見ていた。
 五年間付き合って結婚まで考えていた恋人に振られ、そのせいで集中力を欠いていたエドワードは、仕事で信じられないようなイージーミスを犯し上司から強烈な嫌味を食らった。
 飲まずにはいられなかったエドワードはパブでしこたまスコッチを呷り、そのまま夢の中にダイブしたわけである。
 夢の中でエドワードは「とても重たいもの」を運んでいた。なぜ運んでいるのか、それが何なのかは自身も分かっていない。しかし、運ばなければならないという義務感が彼を突き動かしていた。


 寝台の狭さが不愉快で目が覚めた。窓の外からは明るい光が差し込んでいる。いつもの起床のパターンで置時計に目をやると、すでにいつもなら部屋を出ている時間を過ぎていた。
「クソッ!遅刻だ!!」
 二日酔いで痛む頭を抱えて悪態をついて起き上がると、自分が寝ていた隣に見慣れぬ物体が横たわっていた。一瞬それがあまりにも整った顔立ちをしていたので人形かと思ったが違った。生きた、人間だ。
「うわぁぁぁ!?」
 飛び上るほど驚いて、尻で後ずさる。
 エドワードが大きな声を上げたにもかかわらず、謎の人物は寝入ったままだ。
(女…?しかも未成年じゃねーのか!?)
 思わず自分の股間を探ってみたが、これといった異常は見つからなかった。どうやら、ことには及んでいなかったようである。
(もしかして、未成年者拉致監禁か!?)
 昨夜の記憶を必死に辿るが、パブで飲んでいた辺りまでしか思い出せない。
 しかし、酔って記憶が無いとはいえ犯罪は犯罪である。
「おい、起きろ!起きろってば!」
 揺すっても、叩いても微かに声を上げるだけで少女は一向に目を覚ます様子がない。
「っと!!やべぇ、遅刻しちまうじゃねぇか!!」
 クソ、畜生、とあるだけの罵倒語を口にして気分を落ち着けようとするが、オロオロと右往左往するだけで何一つ問題は解決しない。
 パニックに陥っていたエドワードだったが、パタリと何かが吹っ切れた。
「俺は何も知らない!何も見てねぇ!」
 つまりは現実放棄したのである。
 急いでクローゼットからシャツとスーツを取り出して着替えると、玄関へと向かう。
 もしかしたら本当に夢だったのかもしれないと、もう一度ベッドを確認する。
「あー、もう知らん…」
 薄汚れたシャツを着たまま、天使のような容貌の少女がすやすやと眠っていた。
 その姿は一枚の絵画にしてしまいたくなるほど美しい。
 しかし今のエドワードには、それを鑑賞している心の余裕などまるでなかった。
 どうか、仕事から帰ってきたときには消えていてくれと心から願うエドワードであった。


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In the name of love (完結) | Comment(2) | Top ▲

In the name of love act8

►2007/09/08 20:00 


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 結局その日は30分の遅刻をして、仕事を終えて帰宅したのが午後七時過ぎだった。一日の仕事から解放されたというのに、エドワードの足取りは重い。
(まだあいつ、いるんじゃねぇだろうな…)
 正直なところ、できることなら何事もなかったかのように消え去っていてくれるといいと思っていた。どういう経緯でこういうことになったかは知らないが、然るべきところへ訴えられでもすれば犯罪として立証される。いままで清廉潔白に生きてきたエドワードとしては自分の経歴に前科がつくのは避けたかった。
 恐る恐るアパートのドアを開ける。中は真っ暗で、人の気配はない。もう居なくなったのかもしれないと、わずかに期待してルームライトをつけて、しかし、いきなり視界に入ってきたものにエドワードは飛び上がる。
「ぅあああッ!!」
 それはまだ部屋にいた。ベッドではなく、エドワードのお気に入りのソファの上に横になっていたのである。
「お、お、お、お前!!」
 エドワードが声を上げると、目を覚ましたくだんの少女がうっすらと目を開ける。
「…ァ……、あの…」
 エドワードに気づきのろのろと身体を起こす。動くのがひどく億劫なようすで、少女はまだ半分夢の中といった感じだ。
「ま、まだいたのかよ…」
「ご、ごめんなさい…」
 今にも消え入りそうな風情でか細い声がこたえる。華奢な体を自ら抱きしめ、エドワードに怯えているのか小刻みに震えていた。そんな様子を見ているとエドワードも強い態度を取ることはできなくなった。
「キミ、お家どこ?責任もって送るからサ…」
 腫れものに触れるかのように優しく話しかけることに努めた。もしかしたら、自分は昨夜彼女にとんでもないことをしてしまったのではと恐々とした気分だった。 
「実はさ、俺も昨日のことはよく覚えてねぇんだ。キミ、何があったか教えてくれる?」
 少女はうつむいたまま、首を横に振る。
「すいません、僕も、よくわからなくて…」
 覚束ない言葉に時折、荒い息遣いが混じる。
 何か変だと気づいたのはその時だった。
「おい、あんた、もしかして…」
 エドワードが少女の額に手を当てると、そこは尋常ではない熱さになっていた。
「すげぇ熱じゃねえか!なんで早くそれを言わねぇんだ!」
 病人に叫んでもしかたない。エドワードはすぐさま冷水で濡らしたタオルを用意すると、少女の額にあてがう。
「今、病院連れてくから。ちょっと待ってろ」
 エドワードがそう言って出ていこうとすると、手首をつかまれた。
「病院は行きません…。すぐに下がりますから…」
「バカか、お前死にたいのか!?」
「お、お願い…。病院はイヤ…」
 そう言ったきり、少女は意識を失ってしまった。
「オイ、オイッ!!……マジかよ」
 少女にも何か事情があるらしい。しかし、このまま医者にも見せず放っておくわけにもいかない。
 エドワードは電話帳を検索して、呼び出しで来てもらえる医者を探しようやく診てもらうことができた。


 そして、エドワードは少女が男であることをその時はじめて知ったのであった。


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In the name of love (完結) | Comment(5) | Top ▲

In the name of love act9

►2007/09/09 20:00 



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 その日の夜、エドワードはほとんど眠れずに過ごした。
 熱でうなされる少年(見た目には少女にしか見えなかったが)の傍に付きっきりで、頭にのせた氷が溶けたら換えてやり、汗をかいたらふいてやり、意識が戻ったら水分を与え、献身的な看護を行った。
 その甲斐あって、明け方には熱は平常に下がっていた。
「あの…、ありがとうございました…」
 おずおずと掛けられた言葉にエドワードは皮肉っぽい笑顔を浮かべた。
「ったく、大変だったぜ…。病院行きたくねぇなんて言うからよ、看病なんてガラにもねぇことしちまった。まぁ、俺のせいみたいなもんだからな」
「そんな…」
「今日一日は横になってろよ。食欲あったら、冷蔵庫の中のもん食っていいし。帰ってきたら家まで送ってやるから」
 そこまで言ってふと、家族はいないのだろうかと思い巡らす。二日も行方が分からなくなったら心配する人間が一人くらいはいるはずだ。しかし、少年の様子からはそんな影が感じられないのである。
「本当に、ありがとうございました」
 ベッドの上で正座をして丁寧に頭を下げた少年に一抹の寂しさを感じた。
 厄介者のはずの少年が今日の夜には居なくなることを考えると、何故か不安にも似た虚無が襲う。
(情が移っちまったな…)
 長く付き合った恋人と別れたばかりでナーバスになっているんだろうと決め付け、エドワードは寝不足のまま出勤することになった。


 ランチタイムはいつも同僚のパトリック・カーライルと一緒だった。その日もいつものようにパトリックと会社の近くのカフェで軽い昼食を取っていた。
 煙草をふかしながら眠気の出始めた頭を何とか振り切っているエドワードの前では、パトリックが下世話なタブロイド紙に夢中になっている。
「またお前そんなもん読んでんのかよ…」
 エドワードが呆れた口調でそう言うと、パトリックは「分かってないな〜」と、反論する。
「他人のいざこざほど見ていて楽しいものはないでしょ。それが金持ちならなおのことさ。アーサー・ギルフォードの堕落した同性愛!面白いじゃないの〜」
 そのニュースは最近、毎日のように報道されていて世事に興味の薄いエドワードには食傷気味な話題だった。
「でもさ、これくらい綺麗な男だったら俺でもオチちゃうかもね。一回くらいならヤッてみてもいいかも…」
 「綺麗な男」という言葉に過剰に反応してしまうエドワードである。信じられないくらい綺麗な男ならば今朝まで一緒にいた。
「綺麗っつたって、なんぼのもんよ」
「エド、知らないの?このレイってやつモデルやってたんだってさ〜。しかも女物の。よくバレなかったよね〜」
 エドワードの中でギルフォード氏の同性の恋人への興味がムクムクと首を擡げてきた。あの少年以上の美形など、この世に存在するのだろうか?
「おい、ちょっと見せてみろよ」
 パトリックの手から奪い取ったタブロイド紙に大写しにされた二枚の写真。一枚は精悍な面差しが生意気に見えるアーサー・ギルフォード。もう一枚はやけに濃い化粧を施されていたものの、それは見間違いようもない、あの少年だった。


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In the name of love (完結) | Comment(3) | Top ▲

In the name of love act10

►2007/09/10 20:00 



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 確かに、その写真はあの少年のものだった。
 どうして、何故、と疑問ばかりが湧きあがって頭の中は混乱状態だ。
「…本当にこれが、アーサー・ギルフォードの恋人なのか?」
 よく考えてみれば、少年とは名乗り合ってすらいない。奇妙な話だが、お互いのことを何も知らぬまま二晩共に過ごしていたわけである。 
「そうだけど…、エド、どうした?顔色悪いぞ」
 気遣わしげに顔を覗き込んだ同僚にタブロイド紙を押し返し、
「わりぃ、俺具合悪いから帰るわ。ケインズにもそう言っといてくれ」
 上司の名を出してエドワードがそう言うと、パトリックは呆気にとられた顔で曖昧に頷いた。
 どうせ、こんなに頭の中が別なことでいっぱいの状態で仕事をしてもまたミスを犯すに違いなかった。
 具合が悪いわりに颯爽と走り去ったエドワードを、パトリックが首をひねりながら見送っていた。
「何だ、ありゃ…?」


 エドワードはその足でまっすぐアパートへ向かった。
 渦中の人物がなぜ自分の部屋に迷い込んで来たのか聞き出すために。もっと早く事情を聞くべきだったのだろうが昨夜の状態ではそれは無理な話だった。
 部屋に入ると、そこにはもう少年はいなかった。ベッドにもソファにも、部屋中を探したがどこにも人影はない。ただ、リビングのテーブルの上にメモが置かれていた。
『大変お世話になりました。ありがとう』
 とだけ書かれていた。
 昨夜の自分の苦労をこんな短い言葉でまとめられ、エドワードは憤る。直接顔を合わせることなくこんな粗末な紙切れ一枚で済まそうとするのも許せない。
 バスルームが使われた形跡があり、まだ湯気が残っていたところを見ると少年はまだ、そう遠くへは行っていないはずだ。
 エドワードはすぐさま身を翻し、アパートを出る。
 直観だけで走り回り、近くをウロウロしているとあるダイナーで不穏な光景が展開されていた。
 それに気が付いたのはまさに偶然としか言いようがない。
 テーブルに座り、三、四人程のガラの悪い男に囲まれていたのは、あの少年である。どう見ても、仲良く歓談している風には見えない。絡まれているのである。
「クソッ、何やってんだよ…!」
 エドワードは一人ぼやいて、ダイナーに入っていく。
 事なかれ主義のエドワードにとっては、できることなら関わりたくない状況であったが、あのか弱そうな少年の窮地を見て見ぬふりをするほど非情ではなかった。
 店の中は凍りついたようにピリピリとした空気に包まれていた。陽気なBGMが流れているが、それすらも寒々しく聞こえるほどだった。
「ヘイ、パンジー。さぞかしメイド・イン・ジャパンの性能はいいんだろうな」
 少年を取り囲む男の一人が下卑た言葉遣いで揶揄する。
「あのアーサー・ギルフォードを銜え込んでたお上品なケツの穴をオレたちにも試させてくれよ」
 聞くにたえない下品な言葉にエドワードの方が我慢ならなくなってきた。
「はいはいはい。弱い者いじめはそこまでにしておきましょうね!!」
 一発や二発は殴ってやらないと気が済まないほど腹が立っていたが、相手は自分よりも体格のいい男四人。ケンカ慣れしていないエドワードに勝ち目はない。
 思わぬ闖入者に怯んだ男たちをかき分けると、青ざめた顔の少年がぼんやりとした眼でエドワードを見上げていた。
「ほら、帰るぞ」
 二の腕を掴んで立ち上がらせると引きずるように出口に向かう。男達が絡んできたが一切無視して立ち去ると店の外まではついて来なかった。
 しばらく歩いてひと気のないところまで来るとエドワードは立ち止って説教を始めた。
「お前何やってんだよ、あんなところで!そりゃ絡まれるに決まってんだろ」
「…ご、ごめ…。お腹空いてたから、なんか食べようと思って…」
 よく見ると少年の髪から肩や胸元が濡れていた。水を掛けられたのだろうと容易に想像できた。
「今の自分の立場考えてみろよ。街の中歩いたら後ろ指差されることくらいわかんねーのかよ」
「う、うん、ごめ…なさい」
 青白い顔で震える少年を見ていたらそれ以上責めたてることができなくなる。まるで自分が虐めているような気分だった。
「…もういいよ。ちょっと事情聞かせてくれ。俺にはその権利があるだろ」
 そう言うと少年の肩が震えて、その白い頬に一筋の線が流れた。


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