恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

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The last love word act1

►2008/06/26 20:00 

 新連載『The last love word』始めます。
 このお話を書くのはとても心苦しいのですが。
 今まで以上にシリアスな展開になると思います。
 それでもよろしければ、どうぞお付き合いくださいませ_(._.)_






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 綺麗に磨き上げられた革靴に手を伸ばそうとしたところ、靴ベラを差し出されて里村は「ありがとう」と頬を緩ませた。差し出した玲人もたったそれだけで満面の笑みになる。
 普段は見送られる側の方が多い玲人がこうして里村を見送ることは、彼らが付き合い始めて三年の間滅多になかったことで、玲人はそんな夫婦のようなシチュエーションを楽しんでいるらしい。
「今日は遅くなるの?」
 言外に早く帰ってきてほしいと言われているようで、里村は隠しきれない笑みを浮かべて玲人に手を伸ばす。
「できる限り早く帰ってきます」
「うん。ご飯作って待ってるから…」
 不器用な玲人が作れるメニューは限られている。ようやくカレーがまともに作れるようになって、玲人も料理の楽しさに目覚めたらしい。ということは今日もカレーかなと里村は内心苦笑して、玲人の頬を優しく撫でる。ベルベットのようなその手触りを楽しみながら里村は、ふと感じた漠然とした愛惜に不安を覚える。なぜそんな気分になったのか里村自身にもわからない。玲人と交際を始めて三年、一週間会えなかったことだってざらにあったのに、たった数時間離れるだけで寂寥を感じるなんて、自分の玲人へのべた惚れっぷりには呆れてしまう。
 できることならば仕事なんて野暮なものはサボって、このまま玲人と一緒にしけ込みたいのは山々だったが、今日は玲人にもこれから仕事が入っており、里村もこのところ多忙で夜も遅くなることが多かった。去年から仕事の量をセーブして里村との時間を優先してくれている玲人にはとても申し訳なく思っているのだが。
「早く、帰ってきてね?」
 里村が感じていた不安が伝染したのか、玲人がわずかに表情を曇らせて言う。
「ふふ。どうしたんです?」
 里村がその細い腰を抱き寄せると、玲人が額を肩に預けてくる。
「なんか、今日は離れたくない…」
 その言葉を表すように、背中に回された手がギュッとスーツを掴み、しがみつくように玲人の抱擁がきつくなる。そんなに自分は未練がましい顔をしていただろうかと思いながら、里村はやんわりと玲人の抱擁を解く。そろそろ時間が気になるのはもちろん、このまま身体を密着させていると、玲人相手だと10代並みに落ち着きを失くしてしまう下半身が催してしまいそうになるのを恐れたという理由もあった。
 不満げというよりは不安げな顔をした玲人に、里村は恋人を安心させるための穏やかな笑みを浮かべた。
「今日は仕事が終わったら速攻で帰ってきます」
 音を立てたキスをして玲人としばしの別れを惜しむと、里村は行ってきますと部屋を後にした。
 唇に残る甘い余韻に里村はニヤケそうになる顔を必死に引き締めながら、未だに子供っぽい寂しがりが治らない玲人のことを想う。
 今ではほとんど同棲状態になっている二人ではあったが、それでも玲人はいつもどこか不安そうにしている節があった。いつか里村が自分から離れてしまうのではないかと、三年経った今でもそう思っているようなのだ。そんな心配はするだけ無駄だと言ってやりたかったが、言葉でどんなに愛を囁いても満足できない玲人のあまのじゃくな心は、その不幸な育ちゆえに決して満たされることはないのだろうということも、里村も今では理解している。
 少しでも玲人を安心させてやりたい。自分が一生玲人のものだと伝えるために、里村はとっておきのものを用意していた。玲人に見つかることがないように事務所のデスクの一番奥に大切に仕舞われているそれは、五月の玲人の誕生日に渡そうと、きっちり給料三か月分の予算でもって購入した。
 それを渡した時の玲人の驚く顔を想像すれば、また里村の顔がだらしなく緩む。いらないなどとは言わせない。玲人もまた自分のものなのだから。


 三月も半ばになり、吸いこむ空気にも春の香が混じり始めた季節、里村は颯爽と足早に自宅マンションを後にした。
 …二度と戻ることができなくなるとは知らずに。


〜To Be Continued…〜



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The last love word act2

►2008/06/27 20:00 

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 その日、岡田吾一は食後のコーヒーを買い求めるためにいつものようにコンビニへ立ち寄っていた。吾一が飲むためではない。隣でハンドルを握る仏頂面の男のためである。
「ホット買ってこい」
 不機嫌そうな顔のまま、里村は千円札を財布から抜いて吾一に差し出す。決して本当に不機嫌なのではなく、もともとこういう顔なのだということは今では吾一も理解している。ただ一つ例外があるとすれば、それは彼の恋人だろう。
 吾一には強面を崩さないその顔が、あの美しい恋人の前では顔面の筋肉と言う筋肉がその役割を放棄してしまうということを、吾一は知っている。普段は感情を表に出さない里村が、雄弁に愛情を語るようにその表情を綻ばせることも、吾一は知っている。
 だから吾一は時々そんな里村をからかいたくなる。たまには自分にも少しは優しく接して欲しいと、言いたくもなる。
「またっすか〜?オレ玲人さんに『あんまりコーヒー飲ませないでね』って言われてるんっすよね〜。飲み過ぎると胃によくないからって。心配かけちゃダメっすよ、里村さんも若くないんすから」
 最後の一言はさすがに言いすぎたかと、鉄拳が飛んでくるのを覚悟していたが、一向にそんな気配はない。恐る恐る目を開けてみると、里村は吾一から表情を隠すように顔を背けている。よく見れば耳がほんのりと赤い。
「ふざけてないで、さっさと行ってこい」
 憤慨したような口調も照れ隠しだとわかるから、吾一は全く恐ろしさを感じない。名前を出しただけでここまで反応を示すその純情ぶりは、吾一でも可愛いと思ってしまう。
「はいはい。じゃあ買ってきますね」
 声がニヤけるのを抑えきれず、ウヒヒと気持ちの悪い笑い声をもらすと、
「おい、吾一!」
 これ以上は我慢ならないと里村が声を荒げたが、吾一は逃げ出すように車から降りてドアを閉めた。
「へへっ。じゃ、行ってきます」
 吾一の抜け目ない笑顔に、(まったく…)という呟きが聞こえてきそうなしかめっ面をして、里村は運転席で腕組みをした。
(ホント、いまだに新婚さんなんだよな〜)
 二人の交際が始まって、吾一が知る限り三年は経っているはずなのにいつまでも初々しさが残る二人の関係が、吾一は秘かに羨ましく思っていた。
 男性同士という、少々変わったカップルではあるが、二人のお互いを想い合う気持ちは同性どうこうという問題は別にしても深く濃密なもので、短いスパンで女性に振られてはまた懲りずに付き合いを繰り返している吾一には二人の関係が理想的に思えてならない(玲人があの容姿でなければ、吾一も拒絶反応があったかもしれないが)。
 いつか自分も玲人のような、美人で、ちょっと天然が入っているところが可愛い、ほんのりエロさが漂う彼女が欲しいと願っているが、最近は何となくナンパをするのも飽きてしまい、半年ほどフリーの状態が続いている。
(いいよな〜、里村さんは)
 三年前の正月に偶然に里村の部屋にいる玲人を見てしまって以来、もう隠しても仕方がないと諦めたのか、里村と玲人と三人で何度か顔を合わせることがあった。そのたびに見せつけられる二人の仲睦まじさには当てられっぱなしだった吾一である。特に玲人の、アンドロイドじみた顔のわりにドジっ子なところが吾一にはツボで、何か失敗した後にシュンとされると里村が傍にいることも忘れて、思わず抱きしめたくなってしまうほどの可愛いらしさである。あれで自分よりも一回り以上年齢が上というのが、吾一には信じられない。
(里村さんのものじゃなけりゃ…な)
 不埒な妄想をしかけて吾一は、(そんなこと考えるだけでも処刑もの)と、かぶりを振って頭を切り替える。
 吾一がコンビニの入口のドアの取っ手に手をかけたその時、「吾一!」と自分を呼びとめる里村の声がした。振りかえると里村が車から降りているのが見えて、吾一は、「何すかー?」と間の抜けた返事をかえす。
 その時である。
 里村の背後に大型のトラックが全くスピードを緩めずに迫ってきているのが見えた。コンビニの駐車場に車を停めるにしては不自然なスピードに、吾一は危険を知らせることもできずただ見ていることしかできなかった。
「吾一、やっぱりな…」
 里村が何かを言いかけて、自分の背後に迫るトラックの気配に気付く。
 振り向いた時にはもう遅かった。トラックはそのままのスピードで里村に突っ込んできた。ふわりとスローモーションのように里村の身体が浮き上がるのを、吾一は声も出せず見つめていた。


〜To Be Continued…〜



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【追記】

ブログ拍手お礼☆

Eさま♪

何とかレイちゃんのお話も完結させることができました。
レイちゃん、また不幸の気配でスイマセン…。
主人公いじめはまだまだ続きます…_| ̄|○



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The last love word act3

►2008/06/28 20:00 

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 吾一はまるで靴が鉛でできているかのような重い足取りで歩を進めている。それでいて地面に足が付いているような感覚がしないのは、吾一自身、未だにこの現実を受け止めきれずにいるからなのだろう。
 今、吾一は里村のマンションに向かっている。玲人がいるだろうその部屋へ、おそろしく惨い報告をするために。
 吾一とて、こんなことは口にしたくもない。嘘だったと思いたい。しかし脳裏には、しっかりとそのシーンが刻み込まれている。残酷なまでのその記憶が、否応なしに吾一に現実を突き付ける。
 …里村が、亡くなったのだと。


 目の前で起きた惨劇に、吾一はしばらく呆けてしまっていた。先ほどまで里村が立っていた場所には今、大型トラックが、まるで巨大なモンスターのように鎮座している。
 何が起きたのか、吾一には全く理解が出来なかった。
「さ、とむらさん…?」
 里村は何処に行ってしまったのか。自分に何かを言いかけて、突然目の前から消えてしまったあの男は、一体何処に行った?
 周囲は悲鳴と野次馬のざわめきで随分と騒がしかったが、吾一の耳にはどんな音も聞こえてはいなかった。吾一だけが時間を止められてしまったかのようにその場に立ち尽くし、動けずにいた。
 どれだけの時間が経ったのか。呆然と固まってしまっていた吾一は、コンビニの店員らしき男に肩を揺さぶられた。
「お客さん、大丈夫ですか!?」
 おかげで吾一はようやく正気に戻ることができた。
(そうだ。里村さん、探さなきゃ)
 救急車を呼べ!という叫び声がする。人がはねられていると誰かが言う。
 里村だと吾一は察して駆けつける。人だかりが出来ているその場所には、ぐったりとコンクリートの上に横たわる里村がいた。
「里村さん!!」
 悲鳴のような吾一の声に里村がわずかに反応した。
「…ごいち。吾一か…?」
 かすれた小さな声が自分の名を呼ぶのを確かに聞いた。
 駄目だ、しゃべるんじゃないと、誰かが言う。
 死ぬぞ、と誰かが不吉な言葉を口にする。
 しかし里村は、うっすらと開けた目を彷徨わせて吾一の姿を探す。何度も自分の名前を呼びながら。
「ここです、里村さん!オレ、ここにいます」
 里村はもう目があまり見えていないようだった。焦点の合わない目で声のする方向を見やって、吾一には一度も見せたこともないような穏やかな笑みを浮かべた。
「…ごいち、おまえに、たくしたい、ものが………」
 まるで、その一言一言を発するために命を削っているかのような声に、吾一は怖ろしくなる。今にも目の前の人が消えてしまいそうで、怖かった。
「駄目です!もう何も言わないでください、里村さん…!!」
 しかし里村は必死に、伝えたいことがあるのだと口を開く。
 吾一に大切な何かを託したいのだと、命を振り絞るように言葉を紡ぐ。
「ひきだしに、…わたしの、おもい…が」
「やめてください…!もう、なにも…!!」
 止めてくれ。これじゃ、まるで遺言じゃないか。
 こんな言葉は聞きたくないと吾一の頭が否定する。
 そんな吾一の必死の願いも届かず、里村はなおも口を開く。
「わたして、ほしい…、あの…ひとに」
 遠くからサイレンが聞こえてくる。その音を聞いて安心したのか、言うべきことを言い終えて、務めは果たしたとでも思ったのか。里村は最後に深く息を吐くと、ゆっくりと目を閉じた。安らかに、まるで幸せな眠りにつくかのように。
「里村さん…?」
 吾一の問いかけに返事はない。その意味をうっすらと理解はできても、吾一は否定したかった。そんなはずはないと、吾一はその嫌な考えを必死に否定する。
「里村さん!!」
 肩を揺すっても、大声で呼びかけても返事はない。周囲の人間が諦めたように、止めろと吾一を制止したが、吾一は諦めたくはなかった。
「目を、開けてください、さとむらさん…っ!!」
 どんなに声をかけても、揺さぶっても。
 里村の目が開くことは二度となかったのである。


〜To Be Continued…〜



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【追記】


ブログ拍手お礼☆

『The last love word act1』にコメント下さいましたゲストさま♪
「レイちゃん大好き」とのコメント、ありがとうございます!!
とってもうれしいです〜〜〜゚.+:。(*≧∇≦*)゚.+:。
スイマセン、今回、こういった展開になってしまったことを深くお詫びいたします_(._.)_
レイちゃん、幸せになるといいですね…。・゚・(ノД`)・゚・。
(他人ごとですか…)



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The last love word act4

►2008/06/29 20:00 

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 里村は病院に運ばれてすぐに息を引き取った。
 頭を強く打ったために脳挫傷を起こしていたということだった。
 吾一は医者に食らいついて、「生き返らせろ」と無茶苦茶なことを言い募ったが、そんなことはできないことくらい吾一自身よくわかっていた。
 理解できない、理解したくない。
 自分の目の前で起きた出来事、里村の弱々しい笑みも、安らかな顔で目を閉じたその死に顔も。誰か嘘だと言ってくれと願うが、どんなに待っても吾一には里村が死んだという現実しか残らない。
 自分たちの会社の社長である寺内和成に連絡を入れると、彼もまた絶句していた。自分の最も信頼する、旧知の仲である里村が突然の事故で亡くなったと聞かされて、信じられない思いだっただろう。急いで駆け付けた寺内は里村の亡骸に対面すると、「ええ顔や」と言って苦く笑った。確かに里村の死に顔は生前の険しい顔付きが嘘のように穏やかなものだった。おそらくそれは死ぬ間際に彼の心をよぎったのが恋人のことだったからだろう。
 寺内も同じことを思ったのか、玲人のことを口にした。
「あのべっぴんさんには連絡したんか?」
 どうやら吾一の知らないところで玲人と面識があったらしい。そんな口ぶりの寺内に、吾一が首を振ると、寺内はやるせないため息を吐いて言った。
「つらい役目かもしれんけど、お前から教えてやってくれへんか?」
 吾一は一瞬拒絶の言葉を口にしかけて、止めた。それは自分にとっての絶対的権力者である寺内の言葉だからというわけではなく、自分しか適任者がいないと理解したからだ。里村の事故の場面に立ち会い、その死を看取った吾一がそれを知らせるのは当然のことのように思われた。
 玲人にとって、事務的に第三者から知らされるのと、吾一から知らされるのと、どちらがマシなのかは分からない。しかし吾一なら、共通の思い出を共有する人間として玲人を慰めることができるのではないか。
 吾一には重責だったが、いつか誰かが知らせなければいけない。里村の死を知らされた時の玲人のショックを想像すれば気が重い。しかしそれができるのは自分だけなのだと奮い立たせて、吾一は今、里村のマンションの前にいる。
 里村の部屋には明かりがついていて、室内に玲人がいることが確認できた。
 責めを受ける覚悟はできている。
 あの時、吾一があんなことを言ってからかったりしなければ、里村は車の外に出ることはなかったかもしれない。おそらくあの時里村が吾一に言いかけた言葉の続きは…。
『吾一、やっぱりな…』
 コーヒーを飲み過ぎないようにという玲人の言葉をうけて、里村は代わりのものを吾一に頼もうとしたのではないか。だとすれば、里村の死の責任は自分にもある。
 事故の直接の原因はトラック運転手の飲酒による居眠り運転らしい。昼間から堂々と飲酒運転などしていた若い運転手は確かに法律で裁かれるべき憎き犯罪者だ。しかし、里村を殺してしまった一因は自分にもあるような気がしてならない。できることなら自分が代わりに死ねばよかったとさえ思う。自分には死んでも悲しんでくれるような恋人も親もいない。母親はどこかで生きているだろうが、14歳の時に家を出て以来連絡さえしたことのない息子のことなど、彼女も忘れていることだろう。
 どうして里村が死ななければならなかったのだろうと思う。確かに吾一にはとても厳しくて、大きなミスを犯した時には鉄拳が飛んでくることもあった。しかしそれ以上に自分に厳しい人だった。吾一よりも先に事務所に来て掃除をし、吾一よりも遅くまで残って仕事をしている里村を吾一は心から尊敬していた。
 チーマーあがりのろくに学校も通っていない頭の悪い自分を根気よく教育してくれた。分からないことを聞いても馬鹿にしたりすることは決してなかった。同じことを質問しても、何度も同じように丁寧に説明してくれるような人だった。
 生意気な性格ゆえに上司や先輩とぶつかることもしばしばで、どこにいっても仕事が長続きしたことのなかった吾一が五年もの間、今まで頑張ってこられたのも全て里村のおかげだった。
 これからもずっと一緒に仕事をしていけると思っていた。まだまだ未熟な自分をこれからも厳しく指導してほしかった。
 どうして神様というやつは、いい人間に限って早くあっちの世界に連れていってしまうのだろうと、吾一はそれが悔しくてたまらない。それは自分の父親しかり、チーマーから足を洗うきっかけになった親友しかり…。いつも大切な人ばかりが先に逝ってしまう。そしていつも後悔するのだ。どうしてもっと優しくできなかったのだろう、ちゃんと止めてやることができなかったのだろうと。
 今回の里村の死についても責任を感じている吾一は、玲人が自分を責めることでこの悲しみから立ち直ってくれるなら、どんな責め苦にも耐える覚悟をしていた。どんな罵詈雑言も、玲人の言葉なら受けとめる。そんなことしか今の自分にできることはないと思っている。そしていつの日かその傷が癒えた時には、笑って思い出話ができるようになればいいと思う。
 里村の部屋の前に辿り着いた吾一は、震える指でインターフォンを押す。「はーい!」という玲人の明るい声が聞こえ、吾一はすぐさま踵を返して逃げたくなったが、自分を奮い立たせてその場にとどまった。ガチャリと施錠を開ける音がして、吾一は呼気を震わせた。


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The last love word act5

►2008/06/30 20:00 

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「今開けるね〜」
 そんな玲人の明るい声に、吾一は逃げ出したくなる。玲人はドアの外に立っているのが里村だということを疑ってもいないのだろう。恋人の帰りを待ちわびたような嬉しげな声が胸に痛い。今更ながらなんと言って話を切り出そうかと、頭が真っ白になる。里村の部屋の換気扇からはカレーの匂いが漏れ、それが里村のために作ったものだとわかって尚更吾一の涙を誘った。
 ガチャリと施錠が開く音がし、明るい笑顔を浮かべたエプロン姿の玲人が顔を見せた。
「あれ、吾一くん、こんばんわ。…里村さん、まだ帰ってないけど、何かあった?」
「あ、いえ、その…」
 真実を言い出せず口ごもる吾一に、玲人が言う。
「里村さん、今日も遅くなるみたい?すぐ帰るって言ってたけど…」
「そ、それが…ですね………」
「よかったら、中で待ってて?すぐに帰ってくると思うんだ」
 駄目だ。里村が死んだなんて、そんなこと、言えるはずがない。
 玲人の朗らかな笑みに、吾一はますます話を切り出すことができなくなった。玲人はそんな吾一の様子にも気付かず、少し恥ずかしそうに笑って言う。
「カレー作り過ぎちゃったんだ。よかったら食べない?」
 と、吾一にカレーを勧めた。折角の申し出に申し訳なく思いながら、吾一は頭を下げる。こんな時でなければ喜んで相伴に与っていたところであったが、今はとても何かを口にする気分になどなれなかった。
「すいません…。ちょっと、今、食欲ないんっす…」
 そう言って目を合わせようとしない吾一の顔を心配そうに覗き込んだ玲人は、優しい声音で吾一を気遣う。いつも食欲旺盛な吾一が遠慮したので、玲人も何かおかしいと思ったのだろう。
「そういえば、吾一くん、顔色悪いね。具合、悪いの?…あ。もしかして、僕の料理食べるの不安?大丈夫だよ、カレーはね、里村さんからお墨付きをもらったんだから」
「あの、そうじゃなくて…」
「そっか、もう食べてきたんだ?それじゃ、仕方ないね。でも、お腹すいたら遠慮なく言ってね?二人じゃきっとコレ食べきれないからさ」
 はにかんだ様に笑って小さく首を傾げる玲人に、唐突に吾一は涙腺が決壊してしまった。張りつめていたものが限界に達し、吾一の中の感情が涙になってあふれ出した。突然嗚咽をもらしてその場に崩れるように膝をついた吾一に、玲人は戸惑い、ためらいがちに触れた指が吾一の背中を撫で擦る。
「ど、どうしたの、吾一くん。どっか痛いの?そんなに具合悪かったの?」
 玲人の邪気のなさが、吾一を追いつめる。こんな可愛い人を一人置いて逝ってしまった里村が恨めしい。そしてこんな純粋な人を、今から自分が発する言葉で奈落の底に突き落とさなければならないことがひどく心苦しい。
「すいません…っ!!」
 嗚咽混じりの声は無様に裏返ってしまったが、吾一にはそれが精一杯だった。里村を守れなかったこと、これから話す残酷な事実で玲人を傷つけてしまうこと、全てが申し訳なく、吾一にはそれが精一杯の謝罪だった。
「な、なに、どうしたの…?」
 床に手をついて頭を下げる吾一に玲人は激しく戸惑っている様子だった。
「オレが、わるいんです…っ、さとむらさんを、まもれなくて…!!」
「ちょっと、どうしたの、吾一くん?」
「オレがもっとはやく言っていたら、こんなことには…!!」
 背後に迫っていたトラックに、もっと早く吾一が警告を発することが出来ていたなら。里村はせめて軽傷で済んでいたかもしれない。事が終ってしまった後で、「もしも」の話をするのは無駄だとわかっていても、吾一には里村の死が無念で仕方がない。
「オレがもっとはやく言っていれば、さとむらさんは、死なずにすんだのに…!!」
「………え?」
 すいません、と何度も謝った。謝った回数の分だけ、自分の罪が軽くなるならと、何度も謝罪の言葉を口にした。しかし玲人の口から発せられた言葉に、吾一は固まった。
「何、言ってるの?冗談にしては性質が悪すぎるよ、吾一くん」
 顔を上げて見上げた玲人は、今まで見たこともないほど冷ややかで、興奮状態だった吾一に冷水を浴びせるような一瞥を向けていた。
「じょ、冗談なんかじゃ…!」
「今日はエイプリールフールじゃないよね。どうしてこんな酷い嘘をつくの。やめてよね、最低だから」 
 最初は簡単には信じてもらえないだろうと予測はしていた吾一だったが、ここまで冷たく拒絶されるとは思っていなかったため、初めて見る玲人の冷酷な一面に言葉を失ってしまう。
「吾一くんがこんなに酷いことするなんて思わなかった。お願いだから、出て行ってくれないかな?」
 不愉快。そう言われて、吾一はすごすごと立ち上がり、玲人に言われた通り、玄関に向かうしかなかった。
 スニーカーを履き終えた吾一はもう一度説得を試みようと玲人を見やったが、自分を見下ろすあまりに冷やかな視線に、もう何を言っても伝わらないと諦めた。一礼をして部屋を出ると、吾一は未だ風の冷たい夜道を、一人寂しく歩いたのだった。


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The last love word act6

►2008/07/07 20:00 

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 次の日の玲人の目覚めは最悪だった。里村と半同棲生活を始めるようになってからはほとんど見ることもなかった父の夢を見た。
 父に虐げられていた日々のこと、そして最後は決まって父親が自殺して終わる。父親がどういった方法で自死を行ったのか玲人は知らないはずなのに、父親は決まって何処か見知らぬ森の中で、ロープで首を吊って死んでいるのだ。それが、今しがた見た夢では父の顔が里村の顔になっていた。
 吾一が昨夜変な事を言うからだ、と玲人は心の中で悪態をつく。
 里村さんが死んだ、なんて、冗談にしても性質が悪すぎる。吾一は明るくて素直で、大雑把なようでいて細かいことに気がきく、今どきの若者にしてはとてもいい子だと思っていた。そんな吾一があんな冗談を言うはずがないと分かっているから、だからこそ不安になる。
 昨夜は午前三時まで起きていた記憶があるが、それ以降の記憶が途絶えている。そうやらその後、睡魔に負けてソファの上で眠ってしまったらしかった。何度か里村の携帯に連絡を入れたものの、コールが鳴って60秒後には留守番電話サービスに切り替わってしまう。留守電にもメッセージを残したが、未だ返事はない。
 三年前にも同様のことがあった。あの時は里村を恋い慕う女性に一服盛られ、ホテルに一晩足止めされたという経緯があった。そんなことが二度も起こるとは思えないが、別の理由で連絡ができず、どこかに一泊せざるを得ない状況に陥ったという可能性もありえる。里村が死んだなんて、そんな理由はにわかには信じられない。…いや、信じたくもない。
 とりあえず、気分を変えるために目覚めのコーヒーを淹れることにした。不安で震える手で豆と水をセットして、落ち着かない気分でじっと待つ。二人分をセットしようかと思ったがやめた。里村が帰ったら淹れたてのものを出そうと思った。
 三年前にはこうしてコーヒーを淹れることもできなかった。不器用な性質なのは自覚していて、身の回りのことは派遣の家政婦に任せ、食事はコンビニや外食で済ますことが多かった。そんな生活を変えてくれたのは里村で、最低限自分でできることは自分でするようになった。仕事が多忙なため、部屋の掃除や洗濯などは相変わらず家政婦に任せているが、食べるものは格段に手作りのものを口にする機会が増えた。それは里村が作ったものだったり、玲人が作ったものだったりした。まだ里村ほど手際よく、見目麗しく、美味しいものは作れないが、以前の玲人に比べたら包丁を使えるようになっただけでも進化と言って過言ではない。
 昨日も里村のためにカレーを作ったが、それを食べてくれるべき人がまだ帰らない。時間が経過するごとに不安は否応なく増してゆき、叫び出しそうな恐怖が玲人を襲う。
 どうして里村は帰ってこないのだろう。どうして連絡の一つもくれないのか。たった数秒でもいい、「遅くなるよ」と言ってくれたなら少しは安心できるのに…。
 まさか本当に吾一の言う通りなのだとしたら。里村が死んでしまったというあの言葉が本当なのだとしたら、自分はどうしたらいいのだろう。自分はどうなってしまうのだろう。暗黒に突き落とされるような孤独を想像して、玲人は一人身震いする。
 きっと自分は生きてはいけない。里村のいない世界でなど、生きていけるはずがない。寂しさに心を少しずつ蝕まれて、いつか自分は死んでしまうだろう。そんな自分を容易に想像できて、玲人は自嘲の笑みすら浮かべた。
 もう一人では生きてはいけない。なぜなら自分の心も、身体も、全て里村のものだから。三年の年月をかけて、そうなるべくしてなった自分が里村なしで生きていけるはずがない。それは絶望的なまでの確信だった。
 静けさを嫌って、何気なくテレビのスイッチに手が伸びた。朝の情報番組ではニュースが読み上げられている。かぐわしい香りを立てるコーヒーをマグカップに注いで、玲人はテレビを見るのに最適な位置のソファに腰かけた。湯気のたつコーヒーを一口くちにして、玲人は眉をひそめる。やはり、里村の淹れたコーヒーのほうが美味しいと思いながら。
『次のニュースです。昨日正午すぎ、都内のコンビニエンスストアで飲酒による死亡事故が発生しました』
 男性アナウンサーが読み上げるニュースも、実のところ玲人の耳には入ってはいなかった。しかし、次の瞬間、玲人は凍りついたようにテレビの画面に釘付けになった。淡々とした口調が読み上げる、よく知ったその名前に、精度のいいはずの自分の耳を疑った。
『被害にあったのは都内に勤める会社員、里村雅己さん。病院に運ばれましたが、ほぼ即死の状態だったということです』
「う、そ…」
 力を失くした手からマグカップが滑り落ちる。足もとをコーヒーが汚したが、呆然となった玲人にはそんなことすら自覚できなかった。


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The last love word act7

►2008/07/08 20:00 

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 翌日、吾一はやはり昨日のことを反省し、再び里村のマンションに足を運んでいた。
 昨日は吾一も気が高ぶっていて、事を冷静に伝えることができなかった。あれでは玲人に信じてもらえなかったとしても当然だったと思う。事情が事情なためにしばらくは事務所のほうも閉めるということで、吾一は朝から里村のマンションに赴くことにしたのだ。
 正直なところ、一晩明けた今でも里村の死を冷静に受け止められるようになったとは言い難い。誰よりも近くでその様子を見ていた吾一でさえそうなのだから、玲人に至っては到底信じられるものではないだろう。
 とにかくもう一度説得を試みようと里村の部屋に向かうと、そこには見たことのない小柄な女性が立っていた。女性が立っているのは紛れもなく里村の部屋のドアの前で、ベルを鳴らすその様子は困惑しているようにも見えた。
「あの…、その部屋に何か用っすか…?」
 訝しげに吾一が声をかけると、女性も微かな警戒を見せて顔をこわばらせた。
「こちらに私の知人がこちらにお邪魔しているはずなんですが、連絡が取れず、心配になりまして…」
 女性の言葉はどうにも不自然で、吾一も相手に警戒を抱く。小柄な身体をリクルートスーツに包んだ、いかにも真面目そうな眼鏡の女性はマスコミ関係者には見えないが、里村と玲人の関係について探りを入れに来たのではないかと考えられた。
「帰ってください。今はそれどころじゃねぇんだよ」
 人が一人死んだというのに、こんな時にまでハイエナのようにネタを嗅ぎつけてくるマスコミの不謹慎さにはうんざりする。吾一が内心憤っていると、女性が意外な言葉を口にした。
「あの、間違っていたらごめんなさい。もしかして、岡田吾一さんですか?」
 見知らぬ女性に名前を言い当てられて、吾一は驚くしかない。
「ああ、そうだけど…?」
「やはりそうでしたか。聞き及んでいた特徴にそっくりだったものですから」
 そこまでの会話で吾一はようやく、女性が里村の知人であることを理解した。
「じゃあ、もしかして里村さんのお知り合いですか?」
 吾一がそう問うと、女性は曖昧な笑みを浮かべて「まぁ…」と答える。
「何度かお食事をご一緒したことがあります」
 そんな、女性の言葉を濁すような口ぶりに、吾一は、まさか里村はこの女性と浮気でもしていたのだろうかと勘繰ったが、そんな吾一の考えを読んだかのように、女性のほうが先に否定の言葉を口にした。
「あの、勘違いなさらないでください」
 焦ったように彼女はそう言って、バッグの中からカードケースを取り出した。そして名刺を一枚取り出すと、それを吾一に差し出した。そこには「荻久保玲人」「マネージャー」という文字が見受けられ、吾一は彼女の本当の正体を知ることになった。
「玲人さんの、マネージャー…」
 それで吾一は女性の怪しい言動を理解した。マネージャーというからには、里村と玲人がそういった関係であることはもちろん承知しているのだろう。『知人がこちらにお邪魔している』というのは玲人のことで、吾一が誰なのか分からない以上、ここに玲人がいるとは口にできなかったのだろう。
「知らないと思いますが、昨日、里村さん…」
 一応知らせておこうかとその事実を口にすると、マネージャーと名乗る徳島美智は沈痛な面持ちになり、項垂れた。
「やはり、そうでしたか…。今朝のニュースを見て、同性同名だったので心配でこちらにお邪魔してみたのです。玲人さんがどうしてるか気になって…」
 携帯にも繋がらないという玲人を心配して、今日はオフだったがついここに足を運んでしまったという。
「先ほどから何度もベルを鳴らしているのですが、返答がないので心配で…」
「おかしいな…。昨日はこっちにいたんだけど」
 昨日吾一が怒らせてしまったので、機嫌を悪くして帰ってしまったのだろうか。いや、里村が心配ならば尚更ここで待っているはずだと吾一は思う。
 何気なくドアの取っ手を掴んで下してみると、それはすんなりと開いてしまった。
「…開いてる?」
 鍵がかかっていない。いくらなんでも不用心すぎる。嫌な予感がして、吾一がマネージャーを見やると、彼女も「入ってみましょう」と大きく頷いた。
 侵入してみると、リビングではテレビがつけっぱなしになっていた。しかし、玲人の姿は見当たらない。
「玲人さん…?」
 室内をくまなく探してみたものの、玲人の姿は里村のマンションのどこにも見つからなかったのである。


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【追記】

ブログ拍手お礼♪

7/1 無記名さま☆

レイちゃんを応援してくださってありがとうございます☆レイちゃんは精神的に弱いコなので心配ですよね。私も心配です…(´Д`;)

7/8 無記名さま☆

ただいま帰りました〜ヽ(*´∀`)ノお待たせして申し訳ありません。しかし諸事情により、体調が思わしくないので連載が滞ることがあるかもしれません。理由については日記にて公開します。
日記はトップページのどこかにリンクが張ってあります。(…ってバレバレですが★)興味がございましたら是非そちらのほうも見てみてください♪



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The last love word act8

►2008/07/09 20:00 

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 部屋中のどこを探しても玲人の姿を見つけることはできなかった。しかし、つけっぱなしのテレビ、そしてソファの下で溢されて絨毯にしみ込んでしまっているコーヒー、投げ出されたままのマグカップ、それらを見れば何があったのか、想像することは難しくはない。
「もしかして、ニュースを見てしまったんでしょうか…?」
 吾一と同じことを考えていたらしい美智は、そう言ってマグカップを拾い上げた。
「それにしても玲人さん、何処に行ってしまったんでしょう…」
 こういうときにこそ肝心な携帯電話も部屋に放置されていて、玲人の行方は一向に掴めない。どうしたものかと不安気な溜息を吐いた美智に、吾一はすいません、と頭を下げる。
「俺が昨日、ちゃんと玲人さんに説明できていればこんなことには…」
 最初から最期まで、里村がどんな風に命を落とすことになったのか、残酷だがきちんと説明すべきだったと思う。今更後悔しても、美智に対して頭を下げることも今となっては無意味だが、それでももう少し方法があったはずだと自戒の念が吾一を苛む。
 これで玲人が早まったことをしていたり、どこかで事故にでも遭っていたらやりきれない。探しに行きたいとは思うが、玲人の行きそうな場所に思い当たる節もなく、吾一は呆然とするばかりである。
 そんな吾一に、美智は強い口調で言う。
「それよりも、今は玲人さんの身を案じるべきです。私は信頼できる人間に声をかけて都内を捜索します。吾一さんはどうなさいますか?」
 今はそんなことでクヨクヨと落ち込んでいる場合ではないだろうと諭されたような気分になって、吾一は気が引き締まる思いだった。今は自分にできることをしなければならないと思い直し、項垂れていた顔をきっぱりと上げた。
「俺も探してみます。思いつくところ、全部」
 吾一は美智と連絡先を交換し、里村のマンションで別れた。
 取りあえず吾一は、マンションの周りを探してみることにする。もしかすれば玲人はコンビニに買い物に行っているだけかもしれない。周辺のコンビニを回り、それでも見つからず、もう一度里村のマンションに戻ってみたが、やはり玲人の姿はない。探し始めてから一時間は経過していたので、玲人がこの近くをブラブラしているという可能性は無くなった。
 本格的に困り果てた吾一は、今度こそ玲人の足取りに思うところもなく、しかし何もせずにいることもできず、ひたすら走りまわった。しかし午後になって寺内から連絡があり、翌日の里村の通夜の手伝いをしろとの指示が入った。いくら玲人の身が心配だとはいえ、社長命令に背くわけにもいかず、吾一は美智に訳を伝えて、捜索を一時中断することになった。
 吾一が唯一持っている礼服に着替え、寺内邸へと向かうとすぐに和成に呼ばれた。
「べっぴんさん、どないやった?」
 と憂い顔で訊かれ、吾一は正直に昨日からの流れを話して聞かせた。玲人が現在行方不明と聞いて和成は、大いに慌てた様子を見せた。
「こらいかん。吾一、探しにいかんか!案外近くにおるかもしれへんで」
 この和成の言葉がなければ玲人を見つけることはできなかったかもしれない。とにかく吾一は寺内邸から事務所に至るまでの道のりをつぶさに探して回った。徒歩で探せば片道一時間以上かかる道のりだが、玲人を心配する気持ちが吾一に疲れを感じさせなかった。結局往復しても見つからず、帰り道、和成の言葉を思い出して寺内邸の付近を注意深く探して回っていると、粗大ごみの積まれたゴミ集積所に白いワイシャツの人間がうずくまっているのが見えた。すでに周辺は陽が落ちて薄暗く、人探しには困難を極める状況であったにも関わらず、吾一がその人影を見つけることができたのは、場違いなまでに際立って白いシャツと、露出している肌の白さのおかげだっただろう。
「玲人さん!?」
 声をかけても返事はない。近寄ってみると、やはりそれは間違いなく玲人で、壊れたテレビに背をもたれかけて、ぐったりと項垂れているその様はどう見ても尋常ではなかった。
「玲人さん、しっかりしてください!!」
 肩を揺すって大きな声で呼びかけると、玲人はようやく頭を上げて掠れた声をもらした。長い前髪の隙間から、淀んだ瞳が辛うじて吾一の姿を捉える。
「…さとむらさん、死んだって……」
「ええ、そうですよ…」
「そんなの、うそだ…。帰るって、早く帰ってくるって、言ってたのに」
「すいません…」
 吾一が謝ることではないのに、そんな言葉しか出てこなかった。
 里村の遺体は寺内邸にある。里村が火葬される前に、せめて一目だけでも会わせてやりたいと、吾一は玲人を寺内邸に招き入れた。


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【追記】

ブログ拍手お礼♪

おーい様へ♪

温かいお言葉、ありがとうございます_(._.)_
はりきって元気な子供を産みたいと思います☆
今のところ、食べ物の好みが変わった以外にはこれといった変化はありません。
でも、たしかに今までは平気だった旦那様の煙草の匂いが嫌いになったかも。
子供のためにも禁煙していただきたいものです(´・ω・`)

おーい様には先輩ママさんとしてアドバイスなどいただけるとうれしいです♪
これからもよろしくお願いしま〜すo(*^▽^*)o



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The last love word act9

►2008/07/10 20:00 

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 ふらついて満足に歩くこともできない玲人を支えて、寺内邸までのわずかな距離を歩く。里村のマンションからは歩いて移動することなど考えられないほど遠い。電車でも30分ほどかかるこの距離を、玲人がどうやって移動してきたのか疑問が残る。
 しかし今は玲人に対してそんな不躾な質問をする気になど到底なれなかった。青ざめて冷え切った身体を震わせる玲人を、暖房の前に座らせて、熱い茶を出してやる。
 桜の蕾が綻びはじめ、春の気配が色濃くなってきたとはいえ、夕暮れ時はさすがに冷える。そんな中、薄手のシャツ一枚でじっとしていたのだから凍えてしまうのも無理はない。しかし玲人は、出された茶に手を出さず俯いたままである。湯気の立った湯呑みを見ているのか、それとも他の何かを見ているのか、前髪に隠された目の動きまでは、吾一も知ることはできなかった。
「玲人さん、大丈夫ですか?」
 吾一の呼びかけにも、玲人からの反応はない。聞いているかも分からなかったが、とりあえず吾一は独りごとのように口を開いた。
「明日、里村さんの通夜なんっすよ。葬儀はマンションじゃできないだろうって、おやっさんがここで取り仕切ってくれるそうです。里村さん、ああ見えて交友関係広いからこっちのほうがいいだろうって。本葬の日は多分、里村さんを囲んで呑み三昧になるんでしょうね」
 一人で静かに呑むのが好きだった里村だが、賑やかなのが嫌いだったわけではない。しんみりと重苦しい空気になるよりも、明るく送り出されるほうが里村も喜んでくれるような気がした。
「だから、里村さん、今ここにいるんっすよ。明日は人がいっぱい来て騒がしくなると思いますし、今日、顔見ていきませんか?」
 しばらくしてかなりの時差で、ようやく言葉を理解したように玲人が「…え」と、顔を上げた。寝起きのような無防備な顔に、吾一は胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
 悲しみも、絶望も、何の感情も、玲人の白皙の美貌には映っていなかった。おそらくはまだ里村の死を受け入れられずにいるのだろう。しかし、里村のあの土色の死に顔を見れば玲人とて実感せざるを得ないはずだ。ひんやりと冷たい、人間としてのぬくもりを失った、硬直した抜け殻をみれば否応なしに里村の死と直面することになる。
「きっと里村さんも玲人さんに会いたがっていると思います。…会いますか?」
 玲人の、吾一を見つめる目こそが抜け殻のようだった。空虚で、底が見えない。ぽっかりとあいた空洞のような目が、ただ吾一の方を向いている。そんな感じだった。
「…会えるの?さとむらさんに、会えるの…?」
「ええ、案内しますよ」
 昏い色を湛えたままの瞳はそのままで、玲人がうっすらと笑みを浮かべたのが怖ろしかった。昨夜、里村のマンションで冷やかに罵られたのとはまた違う怖ろしさが、吾一の背筋に悪寒を走らせた。
 どこがどうとは説明できない恐怖に、吾一は嫌な感じを覚えながら、玲人の身体を支えて、奥の祭壇に案内する。長い廊下を歩いていると、背後からドスドスと遠慮のない足音が聞こえてきた。振り返ると、それは黒いワンピースを身にまとった和成の娘の百合花で、その顔は足音を聞いて想像していた通り、般若のごとき怒気を漲らせていた。
「ちょっと、お嬢さん…!」
 吾一が慌てて声をかけたが、百合花の標的はあきらかに吾一ではない。足を止めた吾一につられて立ち止まった玲人に、百合花は悲鳴のような金切り声を上げた。
「あんた!!よくもノコノコとこないな場所にそのツラ出せたもんやな!!」
 のんびりと振り向いただけで、何の反応も示さない玲人にますます苛立ったように、百合花は更に声を荒立てて暴言を吐く。
「あんたなんかと付き合うから天罰が下ったんや!!あんたが里村を殺したんや!!あんたが死ねばよかったんや!!」
 よくよく聞いてみれば支離滅裂なやつ当たりなのだが、小柄な百合花が全身から発する猛烈な怒りのオーラに、吾一は反論することすらできない。
「死ねや!!あんたなんか死んでまえ!!」
 百合花が怒りにまかせて拳で玲人の身体を叩くに至って、ようやく吾一は彼女の暴挙を止めにかかった。両腕を掴まれて動きを封じられた百合花は抵抗しながらも吾一に取り押さえられたが、叩かれた側の玲人はたった数回女性の力を受け止めただけで、よろよろと床にへたり込んでしまった。
「大丈夫っすか、玲人さん!?」
 吾一は慌てて玲人の傍に跪く。そんな玲人の弱々しい姿を見て、百合花は呆れたように、
「なんや、情けない男やな」
 と言い捨て、最後に盛大な「フンッ」も忘れず去って行った。
「玲人さん、立てますか?」
 脇に腕を差し入れて玲人を立たせようとすると、隣でふふんと微かな笑い声が聞こえた。何事かと、吾一が戦いたように玲人を見やると、やはり口元に薄笑いを浮かべた玲人が、小さく呟いた。
「…ほんとうにね」
 玲人の言葉の意味を図りかねた吾一は、何も聞かなかったかのようにそのまま玲人を立たせ、奥の間に案内したのだった。


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The last love word act10

►2008/07/12 20:00 

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 午前中に葬儀屋がセッティングをした祭壇は、部屋の広さに応じた豪勢なもので、白い菊の花が所狭しと飾られていた。
 白い布に覆われた里村の遺体は腐敗が進まないようにドライアイスで維持している。たった二日前までは、生きて動いて当たり前のように生活していた里村の身体は、悲しいが今は、その機能を一切止め、ただの肉塊となってしまっている。どんな高説をたれても、結局「死」というものはそういうものなのだと吾一は思っている。どんな偉い人間にも、貧乏人にも平等に与えられるもの、それが「生命」と「死」なのだ。
 玲人とともに線香を供え、二人で里村の傍に侍る。
「里村さん、玲人さん連れてきましたよ」
 火葬の前に玲人に会わせることができてよかったと思う。会いたいと思った時には白い灰になっていたなんて、あまりにも悲しすぎる。
 吾一が里村の顔を覆っていた白い布をめくりあげると、玲人がヒュッと奇妙な音を立てて息を飲んだ。見れば、玲人は大きく目を見開いて里村の顔を凝視している。
 すっかり肌が黒ずんでしまった恋人の死に顔は、吾一が想像することもかなわないほどショッキングなものだろう。残酷な現実だが、玲人は里村の死という現実からは逃れることはできないのだ。
 吾一は、玲人が取り乱すのではないかと、その様をつぶさに観察していた。しかし玲人は、最初の驚きの後、意外なことに穏やかな表情を見せた。しかしそれは恋人の死を受け入れて、その冥福を祈っているというよりは、吾一が原因不明の恐怖を感じた先ほどの微笑に近い。何を考えているのかわからない玲人のアルカイックな微笑みは、吾一に気味の悪さを感じさせた。
「玲人…さん?」
 恐る恐る声をかけてみたものの、その問いかけは当然のように玲人の耳には入っていなかった。玲人は目の前の里村の遺体を、まるで生前の彼に向けてるまなざしのように、うっとりと見つめている。何かがおかしい、と吾一は感じていたが、その時の吾一に玲人の違和感を指摘できるだけの勇気はなかった。
 恍惚とした表情のまま、玲人は里村の顔に手を伸ばす。愛おしげに、里村の無骨な輪郭をなぞる指は拙く、それゆえに淫靡な空気を醸し出す。まるで恋人を愛撫するようなそんな指の動きに、やはり吾一は激しい違和感を感じずにはいられない。吾一の眼には、玲人が目の前の里村の遺体を、遺体であると認識しているようには到底思えなかった。まるで生きている恋人を前にしているような、そんな幸福感が玲人からにじみ出ている気さえする。
「雅巳さん…」
 それは二人でいるときの特別な呼び方だった。吾一がいるときは玲人は意識して里村を下の名前で呼ばないように気をつけていた。おそらく今は、そばに吾一がいることなど玲人の頭からは消え失せていることだろう。
 思いのたけを込めて呼んだその声は、もう里村には届かない。それが、吾一には悲しい。魂というものが存在するなら、今里村はこの玲人の呼びかけに応えているのだろうか。
「死んだなんて、うそでしょう…?」
 静まり返った室内に、玲人の声が虚しく響く。やはり玲人には里村の死が受け入れられないのだろう。恋人を優しく責めるような声色は、吾一の涙腺を刺激した。
「だって、髭がのびてる…。ちゃんと朝、剃っていったのに…」
 ざらりと顎のラインを撫でた玲人が、そう言ってクスリと笑う。
「玲人さん…」
 死んでからも髭はわずかながら伸びると聞く。そんな現象も、玲人は里村が生きている証だと思い込みたがっているようだった。
 遺体の上に被さるようにして玲人が里村に口づけるのを、吾一は涙ながらに見守った。恋人との最後のキスを交わす玲人の姿に、吾一も涙せずにはいられなかった。


 その後玲人は、発見の連絡を入れていた美智が迎えに来たことによって寺内邸から帰っていった。里村と離れることを玲人はひどく嫌がったが、「また明日伺いましょう」と美智が妥協案を示すと、玲人は仕方なく頷いて、何度も振り返っては里村の遺体を名残惜しげに見ていた。
 吾一はそんな玲人の反応も妙だとは思わなかったし、いつか玲人も里村の死を受け入れられる時が来るだろうと楽観視していた。だから、玲人が見せた狂気じみた微笑も、恋人の死に混乱しているためのものだと考えていた。
 …このあとに起こる惨事を目にするまでは。


〜To Be Continued…〜



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【追記】

ブログ拍手お礼♪

おーい様へ♪

ごめんなさい、レイちゃんはどんどん狂気のなかへ…。
これからの展開は書くのも辛くなってきます…(泣)。



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