恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
好:ガンダムSEED、00、BL、チョコ
嫌:争いごと、魚卵、カニ
属:主腐。

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Perfect Love act1

►2007/08/10 20:00 

 英国貴族で実業家の青年アーサーと、謎の多い美少年(青年?)レイのお話です。
 楽しんで読んでいただければ幸いです。





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 厚い雲に覆われた重苦しい天気だった。
 そびえるビル群から時折のぞく雨雲は、ロンドンの曇り空を見慣れたアーサー・ギルフォードには何の感慨も与えなかった。そもそも天気の良し悪しで気分を左右されるような繊細さは持ち合わせていない。後部座席の車窓からちらりと上空を見ただけで、彼の関心はすぐに他へと移ってしまう。
 モバイルで株価の動向をチェックしているうちに目的の場所へ到着する。運転手によって恭しくドアが開けられ、アーサーが一歩外に足を踏み出すと、その場の空気が瞬時に引き締まった。
 若干26歳で世界的大企業『IBC』グループのCEO(最高経営責任者)に就任したアーサーは今、その精悍な美貌とイギリスの名門ギルフォード家の高貴な生まれとで世界中の注目を集めていた。
 また、名うてのプレイボーイであるアーサーが次にどんな女性と浮名を流すのかというのも巷の話題の一つで、女優やモデル、名家の令嬢など、彼の恋人の座を狙う女性は後を絶たない。今日もそんなアーサー見たさの若い女性がちらほらといて、彼に熱い視線を送っていた。 
 今日アーサーが訪れているパリの高級老舗デパート「ヴィクトリア」は『IBC』グループが所有する一つで、近頃売上が落ち込んでいるためという名目で視察に訪れていた。


 退屈な時間というのはとても長く感じるもので、一時間というのはこんなにも長いものだったかとアーサーは内心苛立っていた。今後の経営方針について語り合う時間ならばまったく惜しくはないが、今回のような就任の顔見せのための儀礼的な訪問はアーサーにとって時間を空費しているとしか思えなかった。
 支配人の長々とした説明に集中力が途切れていたアーサーは前方への注意を怠っており、突然目の前に飛び出してきた人影にまったく気づくことはなかった。ぞろぞろと隊列を引き連れて先頭を歩いていたアーサーは、当然その人物とぶつかることになる。
 胸の中に飛び込んでくるようにぶつかってきたその人をかろうじて反射的に抱きとめたものの、相手が走っていたために衝撃がかかり、踏みとどまることのできなかったアーサーは人物もろ共、床に倒れこんでしまった。背中から床に叩きつけられたアーサーだが、持前の頑丈さとフェミニスト精神によって腕の中の人物だけは死守することができた。
 取り巻きの人々が息を飲んで見守る中、アーサーは動かない腕の中の人物に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
 相手が女性であるらしいことは抱きとめた時の身体の細さと、上に乗られているのにまったく重圧を感じない軽さで推測できた。
 女性はしばらくアーサーの胸に顔をうずめていたが、わずかに身じろぎをすると、ようやく上体を起こす。
「お怪我は……」
 ありませんか、と続くべき言葉がそこで止まる。
 その瞬間、アーサーの周りの時間も止まってしまった。
 アーサーはその女性の容貌のあまりの美しさに目をくぎ付けにされた。
 まだ幼い少女のような愛らしい顔立ちは、まるで空から舞い降りた天使のようだった。


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Perfect Love(完結) | Comment(2) | Top ▲

Perfect Love act2

►2007/08/11 12:00 

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 天使のように愛らしい美貌の少女にアーサーは時間を忘れて見惚れていた。
 完璧なラインを描くその頬はまだあどけなさを残し、バラ色に染まっている。まだ何が起こったのか把握していないのか、琥珀色の大きな瞳はじっとアーサーを見つめていた。長い睫毛をバサバサと上下させると、少女はその花びらの形をした唇を開き、ようやく声らしきものを発する。
「…ぁ……」
 次第に不安気にくもっていく少女の顔にアーサーは庇護欲に駆られて優しく問いかけた。
「君、どうしたんだい?」
 普段のアーサーを知る者が聞いたら卒倒しそうなほど甘い声だ。
 少女は急に落ち着かない様子になって、キョロキョロと辺りを見回している。
「コンタクトレンズが落ちちゃって……」
 今にも泣きだしてしまいそうなほど弱々しい声だった。
 それを聞いたアーサーは(なんとかしてやらねば…)という庇護欲に駆られ、一転して厳しい顔で取り巻きの男たちを睨みつけて言った。
「コンタクトレンズを探して差し上げろ」
 いつもの調子で命令を下すと、周囲の男たちはこぞって床を這い、捜索困難な紛失物を探しはじめた。
 その間、少女はアーサーの上に馬乗りになっていたのだが、彼女は自分がそんな恥ずかしい体勢になっていることにまったく気が付いていないようだ。
「お嬢さん、もう立てますか?」
 そんな少女の無防備さも好ましく思え、アーサーが苦笑して言うと、少女はようやく自分がどんな格好をしているのか気付いたようで、瞬時に頬を赤らめた。慌てて立ち上がろうとする少女に、貴婦人にかしずく騎士さながらに手を差し出した。
「どこか痛いところは?」
 問いに少女は視線も合わせられずに、ふるふると首を振る。
 その控え目な様子にアーサーは今まで出会ったどの女性にも感じたことのない感情を少女に感じていた。まともな会話など交してはいないが、彼女がとても純真で自分に媚びる気などないことがわかる。婀娜めいた態度で誘惑し、必死に取り入ろうとする女性たちに辟易していたアーサーには少女の初々しい反応が好ましく感じられた。
 アーサーが少女の名前を問おうと口を開きかけた時、
「レイ!」
 男性の声が響き、少女がビクリと反応する。
 声のした方向から、上品な出で立ちの初老の男性が近付いてきた。
「…ユベール……」
 どうやら連れがいたらしい。
 少女が安堵したようにほほ笑んでいた。
「探したよ、レイ。勝手に歩き回ってはいけないと言っただろう?」
 子供を咎めるようなその言葉に少女がしゅんとして首をすくめる。
「ごめんなさい…」
「無事ならばそれでいい。…それにしてもこれは一体何の騒ぎかね?」
 床にはまだ数人の男達が必死にコンタクトレンズを探していた。事情が事情とはいえ大の大人が床に這いつくばっている様はひどく滑稽な眺めだった。
 アーサーが経緯を説明すると、男性は笑って言った。
「それはすまなかった。もうやめていただいて結構だ」
 それを聞いて、床を這っていた男たちはホッとしたように立ち上がった。
「君に大変な迷惑をかけてしまったようだ、ミスター・ギルフォード」
 男性の堂々ととした風格のあるたたずまいに、アーサーはただものではないと感じた。自分を前にしても少しも気押されることなく平常心でいられる者はそういない。身に付けている物から推測しても、男性もかなりの社会的地位にある人間と思われた。
「いいえ。彼女に怪我がなくて何よりでした」
 アーサーの言葉に意味深な笑いを浮かべ、
「我々はこの後急ぎの用があるので、失礼するよ」
 男性は最後にもう一度丁寧に礼を述べて、少女と共に去っていった。
 アーサーには引き留める術もなく、ただ二人を見送ることしかできなかった。


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Perfect Love(完結) | Comment(0) | Top ▲

Perfect Love act3

►2007/08/12 00:00 

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 アーサーは去って行く二人の後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。
 彼女について知り得た情報はあの初老の男性が呼んでいた「レイ」という名前だけである。
「あれはデザイナーのユベール・ド・シノン氏ですね」
 同じく二人の後ろ姿を見ていた秘書のロバート・ガルストンが言う。
「シノンとは、あの『CHINON』か?」
 『CHINON』といえば近年経済的成長著しいファッションブランドである。元々は紳士服がメインのブランドであったが、女性向けのプレタポルテに進出してからはめざましい成長を遂げている。
 アーサーがただものではないと感じたのも無理はない。
「では彼女はご息女か」
「いえ、シノン氏に子供がいるという話は聞いたことがありません」
「やけに詳しいな」
「あのカンパニーには興味がありまして勝手ながら独自に調べていました」
 『IBC』のルーツを辿れば、第二次世界大戦前にアーサーの祖父が興した紡績事業から発展した企業である。ファッション関係は決して無関係の分野ではない。
「そうか…。いや、お前は優秀な部下だ。後で情報をくれ」
 『ヴィクトリア』での視察を終えた道すがら、シノン氏についての情報を受け取る。
 それによればシノン氏は経営者としても優秀で株価は安定。結婚歴も無く、勿論子供もいない。人格は極めて温厚。しかし最近、お気に入りのモデルと同棲しているという。
 一瞬あの少女のことかと思ったが、すぐにその考えを打ち消す。清廉な彼女に愛人などという言葉は似合わないし、モデルなどという自己主張が求められる仕事をしているようには見えない。
 ガルストンにさらなる調査を任せ、アーサーは車窓へと目を向ける。
 低く淀んでいた雲はいつのまにか消え、突き抜けるような晴天が広がっていた。一点の曇りもなく広がる蒼穹をこんなにも美しいと感じたことはない。往路のアーサーは天気の良し悪しなど露ほども気にはしなかったのに、復路の自分はまったく変わってしまったと苦笑するアーサーであった。


 その日の夜はフランス外相主催のパーティーが開かれていた。招待を受けていたアーサーも正装に身を包み会場に姿を見せていた。
「まあ、ミスター・ギルフォード。お久しぶりね。お父様のお加減はいかが?」
 早速声を掛けてきたのは、昔からギルフォード家と付き合いのあったご婦人である。
「お久しぶりです、ミセス・ガーフィールド。父は少しずつですがよくなってきているようです」
 アーサーの若すぎるCEOへの就任の理由は父親の病気が原因でもあったのだが、実のところ体調は思わしくない。だがそんな情報を軽々しく夫人に話すわけにはいかないので、旧知の間柄であれ詳細を語ることは控えた。
「そう、それはよかったわ…。ところで今日はお一人なの?あなたのようなハンサムな殿方がお一人だなんてよろしくないわ」
「パートナーには縁がないようで、しばらくは独り身を楽しみたいと思っているところです」
 実のことを言えば、名のある女性たちと華々しい自由恋愛を繰り広げているアーサーだったが、そんなことは億尾にも出さずスマートな笑みを浮かべて見せる。
「まぁ、もったいないこと。今日はとても美しいお嬢様がいらしてるのよ。声をお掛けになってみたら?ムッシュ・シノンのお連れの方なのですけど…」
 シノンという名前にアーサーは反応し、内心、まさかという思いで視線だけで辺りを見回す。
 良く見れば会場の人々の視線がある方向へと集中しているのがわかった。アーサーはその視線の先を辿り、あまりの偶然に瞠目する。
 皆が注目するその女性はまさしく、つい数時間前にアーサーと衝突したあの少女だった。


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Perfect Love(完結) | Comment(4) | Top ▲

Perfect Love act4

►2007/08/12 12:00 

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 人々の視線の先にいた人物はまさしく『ヴィクトリア』でぶつかったあの少女だった。
 これは一体どういう偶然なのだろうと思う。否、これは偶然などではなく必然の出会いなのか。
 白い華やかなドレスを身にまとった少女はこの会場にいるどんな女性よりも可憐で美しく、目を引いていた。いや、自然と引き寄せられてしまうのだ。
 人間離れした彼女の無垢な美しさが万人の目を引き付ける。男性ばかりか女性までもが惚けたように彼女に見とれていた。
 アーサーの足はまるで吸い寄せられるように自然と少女へと向かっていた。今までどんな女性にも感じたことのなかった胸の高鳴りを抑えることができなかった。
 少女の周りには4,5人の男たちが群がり彼女の気を引こうと懸命に話しかけていたが、アーサーの顔を見るなりみな引け腰になった。圧倒的なオーラと美しい容姿、彼の持つステイタスがその場にいた男たちに格の違いを思い知らせ、戦意を喪失させた。
 邪魔者がいなくなり、ようやくアーサーは少女と対峙することができた。
「やあ」
 当然覚えているものと声を掛けたが少女の顔にはクエスチョンマークが浮かぶ。女性に顔を忘れられたことがないアーサーにとっては少なからず驚きだった。
「昼に『ヴィクトリア』で会ったね。コンタクトレンズは大丈夫だった?」
「…あ……!」
 少女がハッとした表情になり、昼間の失態を思い出したように顔を赤らめた。
「あの時はちゃんと謝らないで帰ってしまってごめんなさい。びっくりしちゃって…」
「いいや。君のような可愛い人に押し倒されるなら何度でもお願いしたいね」
 アーサーの言葉に少女は一層困ったように俯いてしまう。こんなに美しいのに少女はひどく人見知りで恥ずかしがり屋のようだ。自分の美貌をひけらかすような素振りもなくアーサーに媚を売るわけでもない。今まで見たことのないタイプでますます興味をひかれる。
 二人きりで話がしたいと思ったが、ここはギャラリーが多すぎる。美しい一対は会場の視線を一身に集めていた。
 そこでアーサーは一計を案じることにする。多少汚い手だが、警戒されずに二人きりになるにはこうするしかない。
「何か飲み物は?」
 手始めにアーサーがそう問うと、少女は、
「アルコール以外だったら何でも」
 と言う。ボーイを呼びとめてジュースを持ってこさせると、アーサーの手からグラスが手渡される。しかし、
「あっ!」
 グラスは少女の手に渡ることなく床に落ちてしまった。ガラスが砕け散り、少女の純白のドレスは無残にもジュースの色に汚されてしまった。
「ど、どうしよう…」
「これは申し訳ない」
 動揺する少女を尻目にアーサーは駆け付けたボーイに素早く指示をする。
「君、シミ抜きをお願いできるかな。あと個室も」
「はい、こちらにどうぞ」
 ボーイの案内ですぐに二人は個室に通された。
 もちろん、すべてがアーサーの思惑通りである。アーサーはわざと、彼女が受け取りにくいようにグラスを手渡したのだ。そして、彼女がそれを取り損ねるだろうことも全て計算の内だった。
 すぐに専門の職人の手によってシミ抜き作業が行われたが、ドレスは元通りにはならなかった。
「すまなかったね。せっかくのドレスが台無しになってしまった」
「いいえ、そんな…」
「名前を聞いてもいいかな。それと連絡先も。あとで代わりのドレスをプレゼントさせてほしい」
 アーサーの申し出に少女は大きく手を振った。
「いいえ、あれは私も悪かったんだし…」
「私はアーサー・ギルフォード。会社をいくつか経営している。君は?」
「レイジ・オギクボといいます」
「レイジ…?変わった名前だね」
「日本人なんです。みんな、短くレイって呼びます」
 アーサーが意外だという反応をすると、
「祖父がロシア人なんです」
 とその訳を教えてくれた。彼女の容姿は日本人的特徴をほとんど現していない。彼女の持つ白い肌や色素の薄い瞳はスラブ系の血の成せる業だったようだ。
「じゃあ、私もレイと呼んで構わないかな?」
「…はい」
「では、私のこともアーサーと呼んでくれるかい?」
「え、え…と、…はい」
 何とか会話の第一歩は成立した。あとはアーサーの持ち得る社交術を駆使して相手の心を開いていくしかない。
「それにしても発音がきれいだね。こちらで育ったのかい?」
「いいえ、育ちは日本です。パリには二年前から住んでいます」
「仕事で?シノン氏と交流があるということはモデルかな?君ならどんな服も似合いそうだが」
 そう言うとレイは恥ずかしそうに俯いてしまう。否定しないということは本当にモデルなのだろうか。確かに、すんなりと伸びた細い手足は十分に鑑賞に値する美しさだとアーサーは納得する。そうなると、秘書から聴いた同棲しているというモデルというのは彼女ということなのだろうか。
 さらに根ほり葉ほり聞き出そうとしていたところに、
「よろしいかな」
 ノックの音と共に男性の声が聞こえ、タイムオーバーをアーサーに知らせる。ドアの向こうから現れたのはやはりシノン氏であった。
「ユベール!」
 レイの声が嬉しそうなのがアーサーには気にくわない。密かに敵意の視線を向けるアーサーを尻目に、シノン氏がまるで自分の優位を見せつけるかのようにレイを抱き寄せた。
「レイ、大丈夫だったかね?」
 シノン氏の言葉に皮肉めいたニュアンスを感じたのは気のせいだろうか。アーサーの浅はかな奸計などお見通しだと暗に伝えているような言い様である。
「ユベール、ごめんなさい。ドレスにジュースをこぼしてしまって…」
「気にしなくていい。さあ、今日はもう帰ろう。君も話し疲れただろう」
 シノン氏はまったくアーサーを見ない。まるで存在しないかのような扱いにかすかな憤りを感じた。
「またお会いしましたね、ムッシュ・シノン。今、彼女と偶然の再会に話に花を咲かせていたところでした」
 シノン氏がようやくアーサーに視線を向ける。屈辱的だったがアーサーが切り出さなければそのまま二人は自分を無視して帰ってしまいそうな雰囲気だったのだ。
「そうでしたか。またご迷惑をおかけしてしまったようで。我々はここで失敬するよ。君はパーティーを楽しみたまえ。美しい花はよりどりみどりだ」
 口調は柔らかいがやはり言葉にトゲを感じる。最後の一言は(他にも美女はいるのだからレイにかまうな)という警告にも取れる。
 二人の男が静かに火花を散らしているとは知らないレイが、
「あの、今日はありがとうございました。…おやすみなさい」
 日本式のお辞儀をして立ち去ろうとする。
 すると、ドレスの下からレイが履いていたものと思われるハイヒールが現れた。履き慣れず、足が痛かったのだろう、足もとまで隠れていたドレスの中でこっそりと脱いでいたらしかった。歩いた時の違和感に、ハイヒールを脱いでいたことに気づいたレイが気恥ずかしそうに顔を赤らめる。
 シノン氏への敵対心に燃えていたアーサーは、その微笑ましい光景に、一瞬にしてそんな殺伐とした気分を殺がれてしまった。
「シンデレラ、忘れ物ですよ」
 アーサーが靴を揃えてレイの足もとに運んでやると、
「ありがとう…」
 レイは恥ずかしそうに頬を染めてハイヒールに足を通す。
「レイ、ちょっと待って」
 アーサーは胸のポケットから名刺を取り出してレイに手渡した。
「連絡して欲しい。いつでも会いに行く。…君のことをもっと知りたい」
 名刺を渡すとき、アーサーはすかさずレイの手を取って、その甲に軽いキスをした。するとレイは過剰なほどビクリと体を震わせてあわてて手を引っ込めてしまった。キスを見せつけることによってシノン氏への宣戦布告をする意図もあったのだが、残念ながらレイには嫌われてしまったようである。
「さあ、帰ろう」
 明らかに不愉快な顔になったシノン氏は、レイを急かして部屋から出て行ってしまった。
 しかしドアの外からレイの声がしたので、気付かれないように少しだけドアを開けて二人の会話に聞き耳を立てる。
「ユベール、お腹すいちゃった」
 レイはまるで子供のような口調で甘えている。それに対しシノン氏も先ほどの不機嫌が嘘のように優しい声で、「どこかで食べて帰ろう」と返している。
「あそこにあったピンク色のテリーヌ食べちゃダメ?すごくおいしそうだったの」
 アーサーは思わず吹き出しそうになる。まるで子供の会話だ。ついでに女性らしくもない。
 やがて二人の会話は聞こえなくなり、アーサーには温かい、胸をくすぐられたような感覚が残った。こんな感覚はいままで経験がなく、戸惑うしかない。しかしそれがあの美しい少女によってもたらされたというのは悪い気分ではなかった。


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Perfect Love(完結) | Comment(3) | Top ▲

Perfect Love act5

►2007/08/13 12:00 

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 ユベール・ド・シノンとレイが乗り込んだお抱え運転手付きの車はヨーロッパ産の高級車ではなく、意外にも日本製のハイブリットカーである。地球環境に優しいのはもちろん、性能は抜群だし乗り心地もヨーロッパ産高級車にひけをとらない。
 昔はユベール・ド・シノンも日本を蔑視する欧米人の一人だった。ユベールの顧客にも日本人が多くいたが、その成金趣味的な嫌らしさで胴長短足が特徴である彼らがこれ見よがしに自分のブランド服を身にまとっているのが許せなかった。似合っておりませんという言葉を飲み込んで、何度心の中で黄色い猿め、と罵ったかしれない。
 しかし、「彼」に出会ってすべてが変わった。 
 彼はユベールの中に凝り固まっていた差別や偏見を打ち壊してくれた。枯れ果て、干からびていた感性に再び泉をもたらしてくれた。彼はユベールにとって、救世主と言っても過言ではない。今や彼なくしては一日が始まらないほど大きな存在になっていた。
 二年前、思いもかけず彼との生活が始まったが、それは想像していた様な甘いものではなく、怒りと苦しみと自分の無力さを痛感する毎日であった。
 しかし今はそれを乗り越え、蜜月ともいえる幸福な日々を送っている。彼がいつもそばにいるというだけで得られる幸福はそれだけで他に何もいらないと思えるほどだった。
 しかし、いつまでも彼を自分だけのもののように独占していられるのもそろそろ終わりかもしれないとも思う。
 彼はまだ若く天賦の才能があり、その美貌は人々を魅了する力をもっている。今こそ彼を解放してやるべき時かもしれないとも思うが、いざその機会が訪れるとやはり手放したくないという気持ちがユベールを支配する。
「電話をかけないなら捨ててしまいなさい」
 電話番号の書かれた名刺をじっと眺めているレイに掛けた言葉は、やはりついつい意地悪になってしまう。
「でも…」
 心優しいレイはもらった紙切れですらも捨てられないらしい。しかしユベールからしてみればその紙切れ一枚ですら憎たらしい。
 レイがアーサー・ギルフォードと一緒に個室にいると聞いたときには、心臓が止まるような思いをした。
 何せプレイボーイで有名なギルフォード氏である。ついにレイもその毒牙にかかったかと心配したが、レイの様子を見る限りユベールが心配していたような事態は起こらなかったようだ。
 しかし、ギルフォード氏はユベールの牽制に敵対心をあらわにしてきた。どうやら本気でレイにちょっかいを出そうと企んでいるようだ。
 確かにレイは見た目には18,9歳位の美少女にしか見えない。無垢すぎるレイの美貌は、時として色恋に手慣れた男さえも狂わせる。
 あの時外相に呼ばれてレイを一人にしなければよかったと今更ながら後悔する。あの場にレイを置き去りにするのは狼の群れに子羊を与えるのと同じことだった。
 レイもいつか誰かを好きになり、胸を焦がすような恋をするかもしれない。しかし、相手はギルフォード氏ではない。間違ってもあの男になどレイを渡すわけにはいかない。
「どうせ君は掛けない。…こうしてあげよう」
 ユベールはレイの手から名刺を奪うと、二度三度と千切り、少し開けたウインドーから捨ててしまった。
 あっ、と声をもらして残念そうに紙ふぶきを見送ったレイに少しばかり良心が痛んだが、これもレイのためである。レイを守ることができるのは自分だけだ。これ以上、レイを傷つけてはならない。これ以上は……。


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Perfect Love(完結) | Comment(4) | Top ▲

Perfect Love act6

►2007/08/14 12:00 

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 フランス外相主催のパーティーから一か月が過ぎていた。
 意外なことにあの後ギルフォード氏からレイへのコンタクトはなく、それが逆に不気味でもあったが、結局彼はレイを諦めたか、もしくは他に意中の女性が現れたのかもしれないと思い、深くは考えなかった。
 ユベールがデザイナーを務めるファッション・ブランド『CHINON』が創業20周年を迎え大規模なイベントが催されることになっており、その準備に忙殺されていた彼は、ギルフォード氏のことを頭の隅に追いやってしまっていた。
 そしてイベント当日。
 仏政府の協力を得て、ルーブル美術館、ベルサイユ宮殿などで華やかに行われたショーは大きなハプニングもなく大成功のうちに幕を閉じたのだった。


「すごい!あれってカレン・キンダーソンじゃない!?超キレイ!」
 その日の夜は大型クラブを借り切って盛大なパーティーが行われていた。レイの横でテンションが上がりっぱなしになっているのは、最近ロシアからパリに出てきたばかりの駆け出しのモデル、アリーシャである。彼女はこういったパーティーも初体験で、見知った著名人を見掛けるたびに大はしゃぎだ。
 何かと懐いてくるアリーシャはレイにとって妹のように可愛い存在だったが、彼女がレイに懐いているのはレイがシノン氏のお気に入りで特別な関係だとも噂される人物だからだ。
 それに彼女はレイといると自分たちがとても視線を集めることに気づいていた。二人が腕をからめて体を寄せ合ってはしゃいでいる姿は、まるで種類の違う血統書つきの猫がじゃれあっているようだった。
 先ほどから何人かの男性に声を掛けられたが、レイが及び腰のために全て断っている。火遊びがしたい年頃のアリーシャには、それが何より不満であった。
「やあ、二人とも。今日は御苦労だったね」
 そんな風に労をねぎらう言葉を掛けてきたのはユベールだ。
 本日の主役であるユベールは、是非一言挨拶がしたいと願う著名人や、取材のカメラからようやく解放され、ショーが終了してからはじめてレイと顔をあわせることができたのであった。
「アリーシャ、君はもう帰る時間じゃないのかね?」
 ユベールは未成年のアリーシャをからかうように笑いながら、彼女を追い払う算段をする。彼女がレイに近づこうとする理由など、ユベールにはお見通しである。
「そんな〜!こんな楽しいパーティー初めてですもの、もう少しここにいたいわ」
 口元には笑みを浮かべながらも冷やかな視線を投げかけるユベールに、アリーシャも負けじとしなを作る。
 そんな二人の殺伐とした雰囲気に気づかないレイが、何か言いたげにユベールのジャケットの裾を引っ張る。ユベールが耳を傾けると、
「スカート脱ぎたい」
 ぼそりとレイが耳打ちした。
 この会場にはショーに参加したモデルが多数いたがユベールはその全員に『CHINON』の今期のテーマである、スクールテイストの衣装を着させていた。レイの今の姿も白いシャツとネクタイに際どい丈のチェックのプリーツスカートというスタイルだ。とても似合っていると思うが、成人男子にとってこんな姿を衆人の目に曝されるのは耐え難い羞恥に違いなかった。
「わかったよ、今日は疲れただろう。君は先に帰りなさい。今、車を用意させよう」
 本当は一緒に帰ってやりたいところだったが、主役であるユベールがパーティーを抜け出すわけにはいかなかった。
 レイがほっとした様子で嘆息した時、スタッフが電話を片手に近づいてきた。
「ムッシュ、お電話です」
「ああ、今出るよ。…ここで待っていなさい。車が手配できたら呼びにくるから」
 そう言ってユベールは通話に適した静かな場所を求めて、レイから離れていった。
「本当に愛されてんのね」
 ユベールの過保護っぷりにアリーシャもつい皮肉めいた口調になる。
 確かに二人の間にはただのデザイナーとモデル以上のものを感じる。皆がそろって口にする噂についてアリーシャが問いただそうとしたその時、レイの後方から長身の男性が近付いてきた。この薄暗い会場の中で顔を隠すかのようにサングラスをしているが、その圧倒的な存在感と美貌は隠しようもない。
 アリーシャはチャンスとばかりにこの大物に最高の笑顔をふりまく。
「ハーイ」
 しかし、チャーミングな笑顔と共に振り上げられた手はあっさりと無視されて、男性は迷うことなくレイの肩に触れた。
「やあ、楽しんでるかい」
 声を掛けられたレイは男性を見てもキョトンとしていたが、彼がサングラスを外すとアリーシャが驚きの声を上げた。
「アーサー・ギルフォード!」
 まるでファッション雑誌から抜け出してきたようなハンサムはまさしく、アーサー・ギルフォード、その人だった。


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Perfect Love(完結) | Comment(0) | Top ▲

Perfect Love act7

►2007/08/14 20:00 

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 一か月ぶりに目の前に現れたアーサー・ギルフォードにレイが気がつかなかったのも、ある意味仕方のないことだった。『ヴィクトリア』やパーティーでの彼は、仕立てのいいスーツを着こなし、まさに有能なヤング・エグゼクティブといった感じだったが、今の彼は最新のメンズファッションに身を包み、まるで俳優かモデルかという華やかな雰囲気を醸し出していてまるっきり別人のようだった。
 そんなアーサーにめげずに声をかけたのは、諸々の欲に目をぎらつかせたアリーシャだった。
「写真で見るより断然素敵!私、アリーシャっていうの。お目にかかれて光栄だわ!」
 アーサーとて、そんなアリーシャの思惑などわかりきっている。彼の周りに群がる女性はみなアリーシャと同じ目をしていた。
 アーサーは内心面倒に思いながらも、アリーシャに偽善的な微笑を向けて、差し出された手に形式的なキスをする。
「こちらこそ、今夜君に会えてよかった。ところで、レイと少し話がしたいので外して頂けるかな?」
 口調は至って紳士的だが、アリーシャにとってはこれ以上ない屈辱的な扱いに、彼女はたちまち気分を害して二人から離れていった。
「何よ、みんなしてレイ、レイって!」
 ブツブツと呟きながら彼女は気分直しにひと気の多いフロアへと消えていった。
 邪魔者がいなくなり、アーサーは多くの女性が『魅惑的』と評する笑顔でレイを見つめる。
「やあ、久し振りだね。その後、元気にしていたかい?」
 儀礼的な挨拶に、レイは「はい…」と、ぎこちなく頷いて見せる。
 突然現れたアーサーに、レイは戸惑いを隠せないようだった。
「今日のファッションショーは大成功だったようだね。私も是非拝見したかったがどうしても外せない仕事があってね。こんな時間になってしまった」
 戸惑いのあまり無反応になってしまっているレイをそのままに、アーサーはさらに続ける。
「あれからずっと君からの連絡を待っていたのに、私の電話は一向に鳴る気配がないので私から君に会いに来てしまった」
 アーサーはそう言うと親しげにレイの肩に腕をまわした。驚きで身体をすくませたレイに、アーサーは優しくたたみかける。
「君ともっと話がしたい。前にもそう言ったね?ここは話し合うには騒々しすぎる。外へ行かないか?」
 アーサーが促すように肩を軽く押す。
 二人は出口に向かって歩き出すが、ユベールとのやり取りを思い出したレイがすぐに足を止める。
「あ、あの、でも、ユベールが…」
「大丈夫、シノン氏には後でちゃんと言っておくよ」
 笑顔の下に有無を言わさぬ強引さを忍ばせてレイを追い詰めていく。
 その微笑の温度の低さに気づけないレイは、ただただアーサーの強引さに流されるしかない。
「で、でも…」
「君が本当に嫌だと言うなら…残念だけど、仕方ないね…」
 悲しげな表情でそう言われてしまうと、レイはもう否とは言えなくなってしまった。
「じゃあ、ちょっとだけなら…」
 レイから承諾の言葉を引き出し、アーサーは密かに不敵な笑みを浮かべた。
「いいんだね…?」
 念を押すように聞いてきたアーサーに、レイは頷くしかなかった。


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Perfect Love act8

►2007/08/15 12:00 

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 ユベールが電話を終えて帰ってくると、そこにレイはいなかった。アリーシャの姿もない。360度見渡してもそれらしい人物は見つけ出せなかった。 
 なぜか、ひどく悪い予感がした。
「レイを見なかったかね?」
 一番近くにいたスタッフに尋ねても知らないという答えしか返ってこない。
 ユベールは数人のスタッフを使ってレイを探させたが、レイの姿はどこにもなかった。フロア中を回るうちに、男性に囲まれてバカ騒ぎをしているアリーシャが見つかった。
 レイの行方を尋ねると、すっかりアルコールに飲まれたアリーシャがグラスを振りまわして言った。
「レイ?レイならぁ〜、アーサー・ギルフォードとどっか行っちゃったんじゃない?」
 このシチュエーションで一番聞きたくない名前を耳にしてユベールは、目の前が真っ暗になるのを感じた。悪い予感は的中してしまったのである。
 ユベールがレイと離れていた時間は十分にも満たない。短時間でのあまりにも鮮やかな手口に、もしかしてこれは全てギルフォード氏の仕組んだことなのではないかと思えてくる。
 今思えば、あの時掛かってきた電話も同じ用件を繰り返すばかりの不自然な内容でユベールを引き留めて時間稼ぎをするための工作だと思えば納得がいく。
 このパーティーの参加者には招待状が配られ、顧客とファッション関係者、それに限られたマスコミ関係者しか会場に入れないようになっていた。ギルフォード氏に招待状など送った覚えもないが、本物さえ手に入れば簡単に複製できる。
 受付をしていたスタッフが、レイとアーサー・ギルフォードらしき男性が30分前に出て行ったと報告した。
 30分は長い。ユベール達が延々とフロアの中を探しまわっている間に、二人はパリ市外へと出て行った可能性もある。
 これ以上、自力での捜索は不可能だった。行き先に思い当たるふしもない。
 いっそ警察に通報しようかと思った。これは立派な誘拐事件である。しかし、スタッフの必死の説得により思いとどまった。レイもたまにはハメを外したい時もあるだろうと彼らは言うのである。
(レイはそんな子じゃない)
 レイの人となりをよく知るユベールは、レイがそんな浅はかな考えでギルフォード氏について行ったのではないと信じていた。おそらくあの男の手練手管に流されて、優しいレイは断り切れなかったのだろう。
 しかしこうなってしまっては、ギルフォード氏の良心と神に祈るしかない。
(私がもう少ししっかりしていれば…)
(あの時、電話に出ていなければ…)
 自責の念に駆られながら、ユベールは長い夜を過ごさなければならなかった。


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Perfect Love act9

►2007/08/15 20:00 

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 すべては計画通りだったとアーサー・ギルフォードは内心ほくそ笑む。
 パーティーに潜り込むために、偽造した招待状を用意し、招待客リストまで改ざんさせた。目立たぬようにあえてハリウッド俳優かモデルのようにヘアスタイルを変えて、サングラスをかけてしまえば、あの暗がりの中で彼をアーサー・ギルフォードだと判別できる人間はいないだろう。レイがシノン氏と一緒だった場合も考えて、電話で引き留めておくように頼んでおいたのも正解だった。
 レイはあっさりとついてきた。もう少し手こずると思っていたくらいだった。
 警戒心がないのか、それとも無いふりをしてすべてを承知の上でついてきたのか。少なくとも今のところ、後者の意図は感じられない。
 アーサーは一か月前の運命的な出会いの日の後、レイの素姓について調べさせていた。その結果は驚くべきものだった。
 信じがたいことにレイは男で、しかもアーサーよりも4歳年上の30歳だったのだ。しかもレイは二年前にスイスの有名な整形外科医にかなり大がかりな手術を受けたことがわかっている。アーサーが魅入られたあの美貌は近代医学のたまものだったわけである。そして噂通り、レイはシノン氏の愛人で、あまつさえ同じ家に住んでいるという。
 事実を知って以来、アーサーの心は、レイに好意を抱いていた分、怒りと憎しみで占められ、感情をコントロールできなくなっていた。



 二人はパリの中でも老舗と言われる高級ホテルの一室にいた。最上階のロイヤル・スイートルームはこのホテルで一番豪奢な造りをしており、女性を満足させるにはうってつけの部屋だった。
 しかしレイは、高級な調度品には目もくれず、一面に広がる夜景に感嘆の声を上げた。
「わあー!すごーい!エッフェル塔がこんな近くに…」
 瞳を輝かせて夜景に見入っている姿はまるで子供のように無邪気だ。以前ならば好ましく思えたそんな幼い仕草も、今はただアーサーの冷笑を誘うだけだった。
 アーサーは獲物を見定める眼でレイを検分する。
 真近で見てもレイには男性的な部分は何一つ見つけられない。ヒゲの跡もなければ、喉仏もほとんど目立たない。細い首筋や、華奢な肩などはアーサーの半分もなさそうだ。これらが手術でどうこうなるとは思えないが、服の下はどうだろう?本当に男なのか確かめてみなくては、と歪んだ好奇心がアーサーを突き動かす。
 天然の色らしい、小麦色の髪は整髪料をつけておらず、さらさらと指からこぼれていく。
 ようやくアーサーに視線を向けたレイがハッとした表情になったのは、アーサーがよほど下卑た笑みを浮かべていたからなのか。アーサーの表情から、これから何か良からぬことが起こることを予感したレイは、おののいた様に一歩二歩と後ずさる。
 しかしもう遅い。アーサーの中にわだかまった負の感情は一刻も早い解放を待ち望んでいる。
 アーサーは間合いを詰めると、
「そろそろあっちへ行かないか?」
 顎でベッドルームを指し示す。始めは何を言われているのか分からずポカンとしていたが、そこに何があるのか認識したレイは、アーサーの言葉の意味をようやく理解したのか、とたんに顔を強張らせて首を左右に振って拒絶した。
「か、帰ります」
 そう言って出口へ向かおうとするレイの肩を掴んで引きとめる。
「今更、うぶな振りなどしなくていい。いつも君がシノン氏としていることだ」
 驚いて顔をあげたレイは何を言われたのか分からない様子で困惑している。ここまできてもまだ純情な少女のふりを止めようとしないレイにアーサーの苛立ちはピークに達した。
 二の腕を掴み、引きずるようにベッドルームにレイを連れていくと投げ飛ばすようにベッドへ押し倒す。
 ジャケットを脱ぎ棄てると逃げようとするレイに覆いかぶさり、体重をかけて動きを封じる。
「いやだ、やめて!」
 必死に抵抗する腕を掴んで頭の上でねじ伏せた。か細いレイの手首など、アーサーの片手で簡単に拘束できる。
「大人しくしろ。すぐによくしてやる。シノン氏よりは楽しませてやれる自信はある」
 残酷な言葉を吐き捨てて、アーサーは空いている方の手をレイの太ももに這わせた。
 怯えた目で恐怖にわななく表情はアーサーの暗い欲望をさらに増幅させる。
「君が悪いんだ。男のくせにこんな、男を誘うような格好をして…」
 スカートの中に手を滑らせると、レイの身体がビクリと大きく痙攣した。緊張のために過剰に身体が反応したのだと思っていたアーサーだったが、キスをしようとレイの顔をうかがったとき、その異変に気づく。
 アーサーを拒むように顔を背けていたレイが、大きく目を見開いて苦しげな呼吸を繰り返し喘いでいた。
 アーサーがあわてて手を放すと、自由になったレイの手は胸を掻き毟りはじめた。その顔色は青く、苦悶の表情を浮かべるレイの様子に、事態は緊急を要していると思われた。
 アーサーはルームサービス用の電話を取ると、相手の声が聞こえるなり叫んだ。
「医者を呼べ!早急にだ!」


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Perfect Love act10

►2007/08/16 12:00 

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 ユベールのもとにその電話が掛かってきたのはもう深夜といっていい時間だった。パーティーどころではなくなったユベールは、後をスタッフに任せて自宅へ戻っていた。
 電話はやはりアーサー・ギルフォードからだった。自宅の電話が鳴った時点でユベールは全てを悟った。発作が起こった場合、自力で動くことが不可能になった時のために連絡先を記入したメモを持たせていたからだ。
 彼は電話で多くを語らなかったが、彼らしくない張りのない声が全てを物語っていた。
 傷つけたのだ、彼が。おそらく、最も卑劣な方法で。
 

 レイを乗せた車がユベール・ド・シノンの邸宅に着いた時、すでに日付が変わっていた。ユベールが急ぎ足で家を出て門を開けると、そこに派手なスポーツカーの前で所在なさげに立ち尽くす青年の姿があった。以前見た時よりも、一回りは小さく見えるその姿に反省の度合いが窺えたが、たとえレイが彼を許しても、自分だけは許さないと、そう強く思う。
「レイは?」
 開口一番は、ここまで運んでくれたアーサーへの労いではなくレイの安否確認である。
 こんな下劣な男を労わってやる言葉などない。ユベールのそんな態度にも、さすがのアーサーも今は気にかける気力もないようだった。
「車の中で眠っています」
 そう言ってアーサーが助手席で眠っていたレイを抱き上げて運ぼうとした。
「君はいい。私がやる」
 ユベールはこれ以上指一本触れさせてなるものかと言わんばかりにアーサーを押しやると、レイの身体を軽々と抱き上げた。
 そしてアーサーを一瞥もせずに門の中へと入っていく。
「ムッシュ・シノン…」
 背後で青年の声が聞こえたが、今更言い訳など聞いてやる義理もないと無視を決め込む。
 ユベールが鉄門扉を閉じ、背中を向けた瞬間、
「待ってくれ!」
 青年の悲壮な声がユベールの背中に突き刺さる。鉄柵をガタガタと揺らし、あまりにも必死な様子にユベールはゆっくりと振り返った。
 アーサーに軽蔑の視線を向けて。
「君がレイにしたことは大体の想像がつく。わかっただろうがレイは君の手に負える人間ではないし、遊び相手にも向かない。アバンチュールならよそでやってくれ」
 これ以上はないほどのはっきりとした拒絶だった。それでもアーサーは引き下がらない。
「頼む、待ってくれ!」
 鉄柵から腕を伸ばし、プライドを投げ打ってでもこの絆を断ち切りたくないのだと必死に伝えてくる。まるで恋人と引き裂かれた男のような哀れな姿に、しかしユベールは同情の余地などあるはずもないと冷やかに青年を見下ろす。
「レイに謝りたい。機会を与えてくれ、…頼む」
 それが人にものを頼む時の態度かとユベールは呆れたが、ヒマラヤ級のプライドを持つ青年にしては上出来というべきだろう。それにいくらレイが軽いとはいえ、いささか腕が疲れてきた。長々と付き合ってやる余裕などユベールにはない。
「シャルマン通りのガーナー医師を訪ねるといい」
 親切とは言い難かったが、これだけヒントを与えてそれを活用できないようならアーサー・ギルフォードは本物の無能だろう。
(自分をここまで突き動かす感情にまだ名前もつけられない若造が、私からレイを奪おうなどとは笑止千万)
 青年の青さに眩しいものを感じつつも、今日の一件は決して許すつもりはないユベールであった。


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