恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

御厨鈴音(みくりやれおん)が勝手に作り上げた恐れるにたらぬ王国。小説とも呼べない駄文ばかりですので、読むときっと後悔します。そんなの嫌だ、という方と18歳未満の方、BLという二文字に嫌悪を感じる方は今すぐお逃げ下さい。
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御厨 鈴音

Author:御厨 鈴音
好:ガンダムSEED、00、BL、チョコ
嫌:争いごと、魚卵、カニ
属:主腐。

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恐怖のバクテリア〜バクテリア王国へようこそ〜

►2010/08/09 00:00 

11月22日更新


諸事情のため連載が滞っております。
書きたいのは山々なのですが、息子ちゃんがハイハイを始め、目が離せなくなってきて、今までのようには更新できないというのが一番の理由です。
なので身の回りが落ち着き次第、ぼちぼち更新していこうと思っております。
それまでは開店休業とさせてください。
勝手を言って申し訳ありませんm(__)m
子育てにしばらく専念します(>_<)


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Love Struck act1

►2009/08/26 20:00 

 長らくご無沙汰をしておりました。ようやく新連載スタートです(^_^;)
 今回の主役はアーサーの秘書であるガルストンさんです。
 人気のなさそうな彼を、どうして主役に据えてストーリーを書いてしまったのか…。スイマセン、書きたかったんです!!
 主の気まぐれにしばらく付き合っていただけると嬉しいです(^_^;)
 ストーリーは『Primrose Way』でアーサーがレイを監禁する前後の辺りのお話です。
 楽しんでいただけるかどうか不安な部分がありますが、あくまで素人の手慰みと思っておおらかな目で見守ってください。





 

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 ビルから一歩外に出ると、そこはまだ昼間だというのに建物の中よりも暗く、重く沈んでいた。吹く風が湿っているから、まもなく雨が降るに違いない。
 雨の多いロンドンに生まれ育ったロバート・ガルストンにとって、それくらいの予報は何の造作もないことだった。本格的に降り出す前に地下鉄に入ってしまおうと、ガルストンの足は自然に急ぎ足になる。
 ロンドンの街全体を陰鬱な空気が覆っていた。すれ違う人々もどこか俯き気味で表情が晴れない。それは今にも崩れそうな天気に由来しないことをガルストンは身をもって知っていた。
 イギリスのみならず、世界中の経済に大きな影響力を持つ我らが『IBC』の経営不振は、お膝元であるロンドンの経済を直撃していた。株価は底を知らぬかのように下落し、その影響は株主でもない一般の市民にまで及んでいる。世界的な大不況の例に漏れず、『IBC』もまたその流れに飲み込まれてしまったが、トップであるアーサー・ギルフォードの凋落は不況の所為ではなく、ある一人の日本人の所為だった。


 ガルストンの直属のボスであるアーサーが、その悪魔と出会ったのは五年以上前のことだった。
 完璧に整った容姿、高貴な家柄。そして見る者を圧倒するほどのカリスマ性と、経営者としてのセンスと才能。世界の頂点に立つために生まれてきたかのようなアーサーはガルストンの誇りであり希望だった。
 経済の中心がかの大国や極東の島国に移ってから久しい。かつては世界の列強に名を連ねていたイギリスだが、今や辛うじてGDPランキングの一ケタ台に留まっているのが精一杯というところだ。近年では新興国の勢いは凄まじく、あと数年のうちにイギリスはさらに下位に落ちるだろうと言われていた。
 そんな風に勢いを失いつつあったこの国に彼という希望が現れたのだ。ガルストンのみならず、イギリスの全国民が彼に期待と夢を抱いた。それを打ち砕いたのはあの日本人、荻久保玲人だった。
 『英雄』のゲイスキャンダルに誰もがショックを受け、期待の大きさの分だけ失望は大きかった。そして何より、アーサー自身が変わってしまったのだ。
 恋愛というものが、こんなにも人間を脆くするものだとガルストンは知らなかった。知らなかったからこそ、ガルストンはアーサーと『IBC』の将来を想って二人の妨害を試みた。結果、二人はガルストンの思惑通りに別れたが、予想外だったのはあんなにもドライな恋愛を繰り返していたアーサーが異常なまでに荻久保玲人に執着したことだった。その様は一途に恋い慕っているというよりはむしろ執拗に追い回しているようにガルストンには見え、そんな風に彼を変えてしまった荻久保玲人を深く恨んだ。おそらく荻久保玲人には彼と再び交際する気など微塵もなかったに違いない。しかしアーサーの利用価値を考えて、気のある素振りでも見せて彼を誑かしていたのだろう。でなければ、あんなにも冷静な彼が、あそこまで常軌を逸した執念を見せることはなかったはずだった。
 最近ではアーサーの周囲に、良からぬ連中がうろついていると聞く。麻薬の売買にも関わっているという輩がなぜアーサーの近辺に出没しているのか。そんな疑問は近頃のアーサーの様子を見ていれば容易に答えを推測できた。
 憔悴しきったような気だるい表情を見せたかと思えば、爛々と目を血走らせて休みもろくに取らずに仕事をこなしていたりする。そんな躁鬱状態は薬物の摂取という、認めたくない可能性をガルストンに示していた。
 何より、アーサーはここ数カ月で随分と痩せてしまった。常に顔色も悪く、周囲の人間は彼が過労と心労のあまり体調を崩していると思っているようだ。
 真っ先に彼の体調を心配すべきだろうが、ガルストンにはこの事実がマスコミに知られ、これ以上『IBC』にダークなイメージがついてしまうことの方が心配だった。
 トップの人間がゲイなうえに薬物中毒などとは、あまりにも外聞が悪すぎる。そんなことが世間に知られれば『IBC』はアーサー諸共沈んでしまうに違いない。ならば、それが明るみになる前にアーサーにはCEOの座から退いてもらうのが最良の方法なのではないか。近頃ガルストンはそう思うようになっていた。
 もうイギリス国民が夢と希望をもってその活躍を期待していたアーサー・ギルフォードは死んでしまった。今の彼はもはや抜け殻同然だった。


 そんなことを延々と考えていた所為で、ガルストンは周囲への注意が疎かになっていた。正面から不安定な足取りで歩く青年が近付いて来ていることなど当然気づいてもいない。青年の方は当然ガルストンの方も自分に気づいて避けてくれるものと特に注意もしていなかった。
 …しかし。
『うわああ…っ!!』
 ガルストンは左半身に覚えた衝撃と悲鳴交じりのその声とでようやく我に帰った。目の前には見事に尻もちをついた東洋人の青年が頭から何やら茶色い液体を被った状態で呆然としていた。彼の右手には無残にも潰れたスターバックスのカップが握られていたから、おそらくその中身を頭からぶちまけてしまったのだろうということは、ガルストンのようやく働きはじめた頭でもだいたい推測することができた。
『何してくれるんだよ!!』
 青年が再び日本語で叫ぶ。ガルストンはそんな青年を冷ややかに見降ろしたのだった。


〜To Be Continued…〜



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Love Cooking (R-18)

►2009/07/30 20:00 

 ずっとお礼拍手の方に上げていたものをupしました。
 里村さんと玲人のある休日の出来事です。
 18禁記事ですので、18歳未満の方はご遠慮いただきますようお願いします。
 なお、WEB拍手の方を新しく更新しましたので、興味のある方はそちらもどうぞ。
 画面右側のピンクの水玉ちょうちょから飛ぶことができますよ♪
 こちらはアーサー&レイの昔のお話です。内容が一部かぶってますが(汗)、おおらかに受け止めてくださると幸いでございます(^_^;)
 新連載は少し内容に迷いがあるので、スタートはまだ遅くなりそうです(>_<)夏休みに帰省するので、早くても八月後半になると思います。ごめんなさい_(._.)_睡眠時間を削って頑張りますのでもう少々おまちくださいね☆






>> ReadMore
 玲人が人並み外れて不器用であることは交際を始める前から薄々気がついてはいたし、それでも何ら構わないと里村は思っていた。里村自身は元来の几帳面な性格が手伝って、家事全般は得意であったし、そういったことをするのも全く苦痛ではない。玲人が自分の手助けを必要とするならば、喜んで手を貸そうと思っていたし、玲人に自分の手料理を食べてもらうことは何よりも嬉しかった。
 しかし玲人が自らの意思で「料理を作れるようになりたい」と言い出した時には、正直驚いた。しかし玲人にも(自分の手で何かをしたい)という意思があるのだとわかって嬉しかった。自らの不器用さを諦めるのではなく、何かできるように努力しようとする前向きな姿に感動すら覚えた。
 だから次に休日が重なる日には一緒に料理を作ろうと決めた。ピアノを弾く玲人の手に傷は付けられないため、包丁に慣れていないだろう玲人に一人で調理をさせることは危険だ。だから慣れるまでは里村が付きっきりで指導することになるだろう。
 これも恋人と過ごす新たな時間の楽しみ方かもしれない。そう思うと里村は頬が緩むのを抑えることができない。


 玲人が危なっかしい手つきでジャガイモの皮を剥くのをハラハラしながら見守っている里村は、もどかしさゆえ手を出したくて仕方がなかったのだが、(それでは練習にならない)と自らを制して、手は出さず注意を促す程度に止めていた。
「芽もちゃんと取ってくださいね」
「うん…」
 里村の話を聞いているのかいないのか、玲人が皮を剥いたジャガイモは、所々皮が残り、芽もそのままになっている。大きさも本来の半分ほどに小さくなっており、皮をむいているというより削っていると言った方が近い。しかし玲人が一生懸命なのはわかっているので、必要以上に口を出さずにいる。
 真剣な顔つきで包丁を片手に苦戦している玲人もまた可愛い。上手くいかず口を尖らせたり、意気消沈して見せたり、普段あまり見られない恋人の新しい表情に里村は新鮮さを感じていた。おそらく本人にそんなことを言えば「もう、それどころじゃないってば!」と拗ねてしまうだろうが。
 そうして何とか全ての材料の皮むきが終わったのは、すでに調理開始から二時間が経過した頃だった…。


 次は材料を全て一口大に切る工程である。
 皮を剥くよりも簡単なはずだが、やはり玲人は苦戦している。
「右手は丸めてください。そうしないと指を切ってしまいますよ」
 注意をするとしばらくはその通りにしてくれるが、夢中になりだすとすぐに元に戻ってしまう。
 見かねた里村は玲人の背後から回り込み、玲人の両手を取る。この姿勢は非常に身体が密着して違う意味で危険だが、今は料理の指導という名目がある。
「右手はこうです」
「う、うん…」
 里村に背後に回られて、玲人も違う意味で緊張しているらしい。身体がカチコチになっているのが里村にも伝わる。
「身体に力が入りすぎです。もっとリラックスして」
 そんな玲人を少しからかってみたくなり、里村は耳元でそう囁いてみる。すると玲人は鼻から抜けるような甘い声を漏らして、耳を赤くした。
 玲人がこれに弱いことを知った上での確信犯だ。しかしここまで感じてくれるとは思っていなかった。責任は里村が、最後までしっかりと取らなければならないだろう。
「ふあ…ん!!」
 いきなり急所をつかまれ、玲人は可愛い悲鳴を上げる。やはり予想通り、玲人のそこはすでに反応を示していた。
「ちゃんと、してあげますよ」
 里村が耳元で、息を吹きかけるようにそう言うと、玲人は腕の中で身もだえるように身体をくねらせた後、振り返って言った。
「…ばか」
 すっかり欲情した顔でそんなことを言われても、誘われているようだと里村は小さく笑った。


 さんざんいじり倒した玲人の性器は、すでに先走りの液でヌルヌルになっている。それでも決定的な快楽を得られず、イクことができずにいた。
 下履きだけを脱がせ、シャツとエプロンを付けただけの玲人は垂涎もののいやらしさだった。その玲人が何かを欲しがるように尻をモジモジさせている姿は、見ているだけで悩殺されてしまいそうに悩ましい。しかし里村は、玲人が何を欲しているかを承知の上で自分から言ってくるまで手を出さず、性器をやわやわと刺激するに止めていた。
 ついに焦れたように玲人が恨みがましい顔で里村を振り返った。
「ねぇ、いじわるしないで、して?」
「しているでしょう。こうして、触っているでしょう?」
 性器への刺激を強めてやると、玲人は甘ったるい声を上げて身体をのけ反らせたが、快楽の余波をやり過ごすと、今度は泣き出しそうに顔をゆがめて里村に向かって腰を突き出してみせる。
「おしりに、して?うしろもいじって…」
 羞恥に紅潮した顔で、潤んだ瞳の上目づかいで玲人にそんな風に誘われて、無下に断れる人間がいたら是非お目にかかってみたいと思う。主導権を握っているつもりで、いとも簡単に玲人の誘惑に陥落してしまった自分を情けなく思いながら、しかし、それも仕方ないと思う。
 惚れた欲目でも何でもなく、里村の恋人は世界中の人間を魅了してやまない美しさを持っている。だからといって玲人のこんな表情を世界中の人間に晒すつもりはさらさらないが、誰よりも玲人に骨抜きにされている里村がこんなふうに玲人の言葉や表情一つで興奮してしまうのは仕方のないことだった。
 里村は視界に入ったオリーブオイルの瓶を手に取ると、玲人の双丘の狭間に垂らしてやる。
 …食べられてしまうのは結局、玲人ではなく、自分の方なのだと思いながら。


 荒く乱れた息を吐き出しながら、繋がったままの玲人の腰を支える。
 里村の欲望を咥えこんだままの玲人の後孔は、快楽の余韻にヒクヒクと痙攣し、里村に離れがたい快感を与えている。
「大丈夫ですか…?」
 玲人をイカせるだけで終わらせようと思っていたが、玲人のおねだりに負け、結局挿入までしてしまった。
「うん…。だいじょうぶ」
 振り返った玲人に濃厚な口づけをして、里村は満足げに嘆息する。
 普段とは違うシチュエーションでのセックスに、玲人は戸惑いながらも興奮していたようだった。里村もまさか自分が、こんな場所で堪え性もなく最後までいたしてしまうことになるとは思ってもいなかったので、気恥ずかしくもある。しかしこれも相手が玲人だからという言い訳で納得できてしまうから不思議だ。
「お料理、どうしよう…?」
 目の前で乾燥気味になってしまっている野菜を見て、玲人が困惑した声をもらす。
 今日はこのまま玲人に料理をさせるのは無理だろう。この調子で料理をしていたら、いつになっても完成しなさそうである。…色々な意味で。
「玲人さんはシャワーを浴びてきてください。その間に何とかしておきます」
 残念そうに項垂れる玲人に心の中で詫びを入れながら、これでは玲人が一人で料理を作れるようになるのは当分先になりそうだと苦笑いを浮かべる里村であった。


  〜END〜



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Remain of Love act33(完結)

►2009/07/09 20:00 

 最終話です。ですが、最初に一言。
 前話のレイの最後の一言、
「僕と付き合ってください」
 を、
「アーサー、君を愛してる」
 に、変更いたしましたm(__)m
 どうしても納得がいかなくて、苦渋の決断でしたが変更させていただきました(・・;)
 それを了承の上、続きをお読みください(平伏)。




>> ReadMore
 アーサーは自分の耳を疑った。レイの口から信じられない言葉を聞いた気がする。しかしそれはあまりにも都合がよすぎるあり得ない言葉で、とても現実とは思えない。もしかすればそれは、自分の強すぎる願望がついに現実にまで介入し、幻聴を引き起こしたのかとさえ思った。
 だからアーサーにはもう一度、レイの言葉を確かめる必要があった。
「…今、何と……?」
 恐る恐る、そう問い正したアーサーに、レイは急に泣き出しそうな表情になる。
「今更変なこと言ってごめん…。恋人を亡くしてから一年も経ってないのに、こんなこと言うなんて不実な人間だと思うかもしれないけど、でも、どうしても伝えたかったから…」
 アーサーの強張った表情を見て勝手に悲観的になっているレイに、「そうじゃない」とアーサーは少しばかり苛立ったような口調で言う。
「今、何か大事なことを言っただろう?」
「え、えーと…?」
 あの一世一代の告白をもう一度しろと言われているのがわかって、とたんに気恥ずかしくなったレイは顔を赤くして口ごもってしまった。
「む、無理だよ…。改めて言えって言われると、すごく困るんだけど」
 頬を染めて俯くレイは、とても40前には見えないほど初心で可愛らしかったが、それをうっとりと観察するだけの心の余裕が今のアーサーにはなかった。
「いいからもう一度言ってくれ。私としたことがうっかり聞き逃してしまった」
「それ聞き逃してないと思うんだけど…」
 と、小さく不満を口にしたレイを「いいから早く」と急かし、アーサーはようやく自らの望む言葉を耳にすることができたのだった。
「君を、愛してる」
 まるでローティーンの少年が初めての恋の告白をするかのような初々しさに、アーサーの頬は緩みそうになる。しかし浮かれ立ちそうになる心をかろうじて制御することができたのは、レイが自分に想いを寄せているとは信じ切れなかったからだ。長すぎた片恋がアーサーを疑心暗鬼にさせていた。
 自分を見つめる目が次第に険しいものになったのを見とって、レイは肩を落としてしまう。
「受け入れてもらえないのはわかってたから。でも駄目ならちゃんと振ってほしい。そうしたらきっぱり諦めるから…」
 泣き笑いみたいな表情でそんな風に言うレイに、「そうじゃない」と断りを入れてアーサーは口を開く。
「君からそんな言葉を聞ける日が来るとは思ってもいなかったから正直戸惑っている。君の気持ちはもちろん嬉しい。しかし…」
 食い入るように見つめてくるレイと同じ強さでアーサーはレイを見つめ返す。感情ばかりが先走っていたあの頃と同じ過ちを犯したくはない。そんな思いでアーサーは慎重にレイに問う。
「私が抱えるものはあの頃と何も変わってはいない。私がギルフォード家の唯一の後継ぎであることも、『IBC』のCEOであることも同じだ。そしてそれを理由に私を拒んできたのは君の方だ。後からそれらを問題にされて同じこと繰り返されては迷惑だ」
 あえて厳しい口調でそう言ってレイの様子を窺う。レイをいじめているつもりはないが、返答如何によってはアーサーとてレイを拒むつもりでいた。
 九年前アーサーが受けた痛手は今も尾を引いている。経済的な打撃はもちろんのこと、精神的なダメージは今もまだアーサーを苦しめている。レイの言動に振り回されて傷つくのは、いい加減に終わりにしたい。
「君はどうしたい?私に気持ちを伝えてどうするつもりだ」
 するとレイは毅然と面を上げてアーサーと向き合った。それはアーサーに初めてレイが同性であることを意識させるような、精悍な表情だった。
「アーサーが許してくれるなら、僕は君と新しい関係を築きたいと思ってる。昔みたいに、なんて言わない。だってもう僕らはあの頃の僕らとは違う。同じ関係になんて戻れない。そうでしょう?」
 アーサーもあれから九年分の年月を重ねてきた。確かに今ならばあの頃とは違う関係が築けるかもしれないと思う。弱く、人に甘えることでしか生きていくことのできなかったレイはもはや存在しない。しっかりと、アーサーと対等の人間として対峙している。
「しかし君との交際はリスクが多すぎる。私には守るべきものがある。それを守り抜くことが私の存在意義だ。君のためにリスクは冒せない」
 そう、アーサーが変わったというならば保守的になったというべきだろう。アーサーは自分の守るべきものの重さを知ってしまった。NYでの生活で知った貧困層の人々の苦労。アーサーの肩には『IBC』で働く20万人の生活が重く圧し掛かっている。以前のような騒動が再び起き、『IBC』に不利益になるようなことになれば、彼らの生活に影響が出てしまうことは想像に難くない。
「わかってるよ、もう同じ失敗は犯さない。君にはもう迷惑をかけたくないから。非難を浴びるなら僕が一人で受ける」
「そんなことが可能だとは思えない」
「あの時とは僕の立場は全く違うよ。今の僕は女装してモデルをしていたひ弱なだけの男じゃない。世界的な人気を誇るカリスマミュージシャンだよ?」
 自分の言葉が照れくさかったのか、はにかみながらそんな風に言ったレイは実力を伴った自信に充ち溢れていた。確かに今のレイならば、民衆は好意的に受け入れてくれるだろう。あの時非難を浴びたのは、レイがシノン氏の愛人だという噂があったことが大きな要因だった。いまやそんな噂を信じる者はいない。彼らがよきビジネスパートナーであることは、もはや周知の事実だった。
「しかし…」
 それでも躊躇うアーサーに、レイは優しく語りかける。
「アーサー。僕は君が受け取るはずだった幸福の分も君を幸せにすると誓うよ。結婚したり、家庭を築いたり、子供を産んであげることはできないけど、それ以上の幸福を君に捧げる。僕の全てを犠牲にしても、君を幸せにする。だから…」
 レイの真摯な瞳がアーサーを捉える。続く言葉を、アーサーはこれ以上はないというほどに緊張して待った。
「どうか、僕の手を取ってほしい。僕を、愛してほしい」
 言葉など必要なかった。これまで生きてきた中で、これほど強烈で情熱的な求愛を、アーサーは受けたことがない。
 アーサーはすぐさま立ち上がると、向い側に座っていたレイを立たせて胸の中に抱き込んだ。
「ア、アーサー!?」
 さんざん冷たい対応をしてきたアーサーの突然の行動にレイは驚き、戸惑った。しかし、息もできないほどに強く抱きすくめられ、レイはアーサーの声無き返答を知る。
「アーサー、ありがとう。こんな我が儘を許してくれて、本当にありがとう」
「礼など必要ない。むしろ感謝したいのは私のほうだ」
 こんな日がくることなど、思ってもいなかった。もう永遠に触れることはないと思っていたぬくもりがこの腕の中にある。それがただ嬉しくて、切ない。
「今は礼よりも言うべき言葉があるだろう?」
 再びあの言葉を口にすることを促されて、レイはまた顔を赤くする。
「さっきも言ったじゃないか…!だいたい、君からの言葉を聞いてないっ!ちゃんと、返事を聞かせてよ!!」
 むきになるレイを愛おしく思いつつ、アーサーは幸福のあまりやに下がった顔で愛を囁く。
「愛してる。君を永遠に愛し続けると誓う。君は?」
 照れもなくさらりと愛の言葉を口にしたアーサーを悔しそうに見つめて、しかしレイは求められるままに応える。
「…僕もだよ。僕も、アーサーを永遠に愛し続けることを誓います」 
 まるでそれは神前で交わされる誓約の言葉のようだとアーサーは思う。入籍することにはこだわりはないが、いつか二人だけで式をあげることができたらと密かに願った。しかしそれも今は早計すぎる望みだろう。今はただこうして腕の中のぬくもりをじっくりと味わいたい。
(やっと手に入れた…。私の、私だけのレイ…)
 様々な紆余曲折を経て、ようやく手に入れたぬくもりを、アーサーは二度と手放すつもりはない。レイがそれだけの覚悟を決めているならば、アーサーもそれ以上の覚悟を決める。もう後悔はしたくない。それはアーサーも同じだからだ。
 これから困難なことが山ほど待ち受けていることだろう。しかしそばにレイがいてくれるならアーサーはどんな試練も乗り越えられる気がした。
(愛してる…、愛してる…、愛してる…)
 引き合うようにして自然と重なった唇を味わいながら、アーサーは何度も幸せをかみしめたのだった。


〜『Remain of Love』END〜



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【あとがき】

やっと最終回終えることができました…(ノ∀`)
これでアーサーとレイのお話は一区切りとなります。
彼らのその後のお話もあるので、そちらはまた後日ぼちぼち上げていきたいと思います。

次は番外編として、アーサーの秘書、ガルストンさんのお話を書きたいと思っております。
ちょっと難しいお話になりそうなので、資料を集めてネームを練ってから書きたいので開始までに時間がかかるかもしれませんが、気長にお待ちいただけると幸いでございます_(._.)_

連載中の応援や励ましのコメント、ありがとうございました☆
これからも子育てと両立しながらがんばっていきたいと思っているので、例によって牛歩の如きペースの小説ブログですが応援よろしくお願いしますm(__)m




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Remain of Love(完結) | Comment(2) | Top ▲

Remain of Love act32

►2009/07/02 20:00 

>> ReadMore
 久しぶりに顔を合わせるレイは、半年前ド・ゴール空港で別れた時に比べて若干ふっくらしたような印象を受けた。以前が痩せすぎだったので、ちょうど元に戻ったぐらいだろう。
 やはりメールの文面だけでは相手の健康状態まで察することはできない。この半年間、ずっとレイの様子が気にかかっていた。だから再会の喜びよりも、元気そうな姿を確認できて安堵したという方が大きかった。
「アーサー、ごめんね。急に会いに来たりして…。迷惑だったんじゃない?」
「いや、君がそんな風に言う必要はない。私も君に会いたかった」
 今度は誤解されないようにと真摯な目でアーサーがそう言うと、レイは驚いたように一瞬目を見開いて頬を赤く染めた。そんな自分の反応を恥じ入るかのように、レイは顔を背けてしまった。 
 レイがなぜそんな反応をするのか理解できないアーサーは、レイの手から荷物を取り上げて移動を促した。
「話は後でゆっくりしよう。人が集まり始めているからな」
 アーサーとレイの組み合わせは、どうしたって注目を集めてしまう。「う、うん」とぎこちなく返事をしたレイをエスコートして、アーサーはヒースロー空港を後にしたのだった。


 予約を入れておいたイタリアンレストランはアーサーのようなVIPのために、他の一般客とは別の入口が設けられており、彼らとは顔を合わせないよう配慮がしてあった。中はもちろん完全個室で、煩いパパラッチが決して中に入ることが出来ない。今日のような密会にはもってこいの場所であった。
 ディナーには少し早すぎる時間だったので、アーサーは色鮮やかなブルスケッタをつまみにワインを飲みながら、レイの話に耳を傾けていた。
 レイの複雑な過去については、出会ったばかりの頃に聞いたことがあった。その時は、そんな運命にさらされてきたレイを気の毒に思うと同時に、元凶である彼の両親やパートナーであった男に激しい憤りを感じたものだった。しかしそれがレイにどんな影響を与えることになったのかということまでは考えが及ばなかった。自らの恋情を持て余していたその当時のアーサーは、自分の欲求を通すことしか頭になく、レイの心情を考慮する余裕すらなかったのだった。
「今まで僕を雁字搦めにしていたトラウマが、全部吹き飛んだって感じ。…もちろん、僕が感じた恐怖までは消えることはないんだけど」
 比較的平穏な幼少時代を過ごしてきたアーサーには、レイが受けてきた虐待の苦痛を想像することは難しい。しかしそんなアーサーでも、記憶を封印してしまいたくなるほどの苦しみを与えた相手を許容するなど、どのような理由があろうとも、とてもできそうにない。レイからその事情や背景を聞いた今でも、そんな理由は言い訳にもならないと思うし、レイが受けた深い傷は癒されるものではないと思っている。
 しかし当のレイが、以前のどこか憂いを帯びた陰りを削げ落として、さっぱりとした表情をしているのを見ると、これでよかったのかもしれないとも思う。レイを長く苦しめてきたトラウマから彼を解放するにはきっかけが必要だった。父親の悔恨の手紙がそのきっかけになったのならば、アーサーが異論を唱える立場にはない。
「君がそれで納得しているのなら、私は何も言うことはない。君の慈悲深さは尊敬に値すると思う」
 そんなアーサーの言葉にはレイを傷つけた彼らへの隠しきれない怒りが込められていた。言葉とは裏腹に厳しい口調になったアーサーに、レイは戸惑ったようだった。
「…アーサー、怒ってる?」
「ああ、怒っているとも。君にではなく、君を傷つけた彼らに対してね。彼らは君に一生忘れ得ぬ傷を残した。君は彼らを赦したかもしれないが、私は決して彼らの罪を赦さない。絶対に」
 念を押すように最後の一言を付け加えて、アーサーは静かな怒りをそう表した。
 レイは人が善すぎるとアーサーは思う。自分ならば一度受けた屈辱や恨みは絶対に忘れない。そしていつか必ず、自分をそのような目にあわせた人間に復讐するだろう。
 レイの寛容さは彼の美徳の一つでもあるが、時折アーサーの理解の範疇を超える。今回のことも、何時ぞやの監禁の件も然りである。
 一人憤慨するアーサーをよそに、レイはそんな彼をクスリと笑った。
「何を笑っている?」
 誰のために怒っているのだと、アーサーがレイを睨みつけると、こらえきれない笑みを浮かべたレイが「ごめんね」と言った。
「馬鹿にしたわけじゃないんだ。嬉しいなって、思ったの」
「嬉しい?」
「そう。だって、僕のこと真剣に考えて、それで怒ってくれてるんでしょう?僕はあんまり怒ったりとかできないから、僕の代わりに怒ってくれて、それがすごく嬉しいんだ」
「………」
「…何か、変かな?」
 レイのあまりに気の抜けた言葉に、アーサーもすっかり毒気を抜かれてしまった。これ見よがしに溜息をついてみせ、アーサーは手にしていたワイングラスをテーブルに置いた。
「ごめん、何か気を悪くした?変なこと言って…」
「違う、そうじゃない」
 アーサーはレイの言葉を遮ると、緩くかぶりを振った。
「君には負けるよ。まったく、君の考えることは私の想像を超越している」
 だからこそ面白い。アーサーが苦笑を浮かべると、レイは「そうかな…?」と首をかしげている。
「アーサーの方が僕には新鮮だけど」
「私が?まさか」
 自分は古い考えを持つ人間だという自覚があったアーサーは、新鮮だと言われるほど斬新なことなどしてこなかったと思っている。
 しかしレイは「ううん」とアーサーの言葉を否定した。
「アーサーにはいつも気付かされることばかりだよ。僕が道を見失いかけていると、いつも君が目を覚まさせてくれる。僕の進むべき道を指し示してくれる。何度僕はそれに救われてきたかわからない。君にはすごく感謝しているんだよ?」
 真剣な面持ちでそんな風に言われて、アーサーは戸惑うしかない。仕事の際には躊躇いもなく采配をふるうアーサーも、レイに関しては迷うことばかりで失敗ばかりだという自覚があった。自分のエゴを通すばかりだったアーサーには、自分の行動をそう評価されることに大きな違和感があった。
「それは違う」
 と、否定したアーサーに、レイは首を振った。
「違わないよ。アーサーがいなかったら、僕は今ここに存在しなかったもの。奇しくも父と僕は同じ道をたどることになったけど、父と僕が違ったのは、僕にとっての君のような存在が父にはいなかったことだと思うんだ。頬っぺたを引っ叩いてでも『生きろ』と言ってくれる、そんな存在がね」
 半年前、無我夢中でしたことをそんな風に言われると我ながら気恥ずかしい。自分がしたことはそんな立派なものじゃない。あの時の行動の理由が不純なものであることは自分が一番よく理解していて、結果レイが立ち直ってくれたことは偶然に過ぎない。
 複雑な表情を浮かべるアーサーに、レイは微笑んで更に言葉を続けた。
「僕はね、父の最後の手紙を読んで思ったんだ。父のような後悔はしたくないって。愛する人に自分の気持ちも伝えられず後悔するような人生は送りたくない。そう思ったら居ても立ってもいられなくて、君に会いに来たんだ」
 どういう意味だ、とアーサーが息を飲むと緊張した面持ちのレイがこう言い放った。
「アーサー、君を愛してる」


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【追記】

7/7 最後の一文を書き換えましたm(__)m



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Remain of Love(完結) | Comment(2) | Top ▲

Remain of Love act31

►2009/06/28 20:00 

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 レイが日本に帰国し、一か月のバカンスを終えたアーサーにも多忙な日々が待っていた。その間、アーサーのもとにはレイからのメールが何度か届いてやりとりをするくらいで、実際に会うことは一度もなかった。
 こんな付かず離れずな関係も悪くないのかもしれない。
 そんなことを思い始めたアーサーのもとに、突然レイからの電話が入った。レイの肉声を聞くのは空港で別れて以来半年ぶりで、その声を聞くだけでアーサーの胸はざわめいてしまう。
 しかし、いつもはメールで他愛もない内容の会話しかしていなかっただけに、何か問題事でも起きたのだろうかとにわかに緊張を帯びる。
『あ、アーサー?僕だけど…今、話せるかな?』
 その声からは緊急性をまったく感じられなかったが、アーサーは幾分緊張した声で応える。
「大丈夫だ。何かあったのか?」
『ううん。何もないんだけどさ。…いや、あったのかな。色々あってさ』
 今までアーサーが聞いたことがないほど、レイの声は穏やかに感じられた。どうやら悪い事ではなかったらしいことが察せられて、アーサーはとりあえず胸をなで下ろした。
「それは私が聞いても構わない話なのか?よかったら聞かせてくれないか?」
『うん、あのね。…今から会いに行っても構わない?』
 あまりに飛躍した展開に、アーサーは思わず絶句した。レイの話が突然予想外のところに飛んでしまうことがあるのはアーサーも重々理解していたが、今回のそれは全く推測ができない展開だった。
「今から…というのは今日中ということか?」
 かろうじてそう返したが、今レイが日本にいるならそれは不可能な話だった。日本からイギリスまでは直行便でも12時間かかる。すでに午後5時を過ぎている現在、今日中に到着することは不可能と言えた。
『うん、今日なんだけど…。いきなりでごめん。どうしても顔を見て話したくて…』
 嬉しいことを言うレイの背後で、聞きなれた言語が聞こえた気がした。アーサーの聞き間違えでなければ、レイの背後で交わされているのは英語だった。
「ちょっと待ってくれ。今、君は何処にいる?」
 まさかと思ったアーサーの疑念はレイにあっさり肯定された。
『実はもうロンドンにいるんだ。さっき着いたばかりで、まだ空港にいるんだけどね』
 暢気な口調でそう言ったレイを一言咎めたくなる。どうして、せめて出発する前に一言くれなかったのかと。事前にレイがこちらに来ると分かれば、それを迎えるアーサーとしても何かと準備が必要なのである。
『日本にハリケーンが近づいてて、ナリタに四時間も足止め食らっちゃったよ。もしかしたら飛ばないかもしれないって言われてたから、今日着いてよかった』
 安堵したようなレイの言葉に、かなりの危険を冒してまで渡航したことがうかがえた。そこまでしてまで、どうして自分になど会いに来たのだろうとアーサーは不思議でならない。今までの疎遠ぶりから考えても、どうにも違和感を拭えなかった。
 無言のアーサーにようやく相手の不穏な空気を読み取ったレイは、トーンの落ちた声で言った。
『ご、ごめん…。迷惑だったよね、急に押し掛けるみたいにしてさ。僕一人でハイになって馬鹿みたい…。やっぱり帰る。ごめんね』
「待ってくれ!」
 今にも会話を終わらせようとするレイを引き留めて、アーサーは幾分焦ったように言い訳の言葉を口にした。
「不愉快な気分になったのならすまない。心から謝罪する。…驚いたんだ。君から会いに来てくれるなんて思ってもみなかったからね」
 レイは納得したのかしないのか、うん、と曖昧な返事をする。
「私も君に会いたい。もちろん、そう思っているよ。ただあまりにも急で戸惑っている。わかってくれるだろう?」
『うん、そう、だよね』
 言葉を重ねれば重ねるほど、すれ違っていく気がした。直接顔を合わせて話せないのが、ひどくもどかしい。
 アーサーは隣室で仕事をしている秘書に声をかけた。
「今日はもう予定は入っていないはずだな?」
 すると秘書のガルストンは、何もかも心得ているかのように微笑を浮かべた。
「ええ、予定はございません。少々早いですが、今日はもうお帰りになってもかまいませんよ」
 平時であれば、こんなに早く帰宅することなど、まずない。いつも仕事が終わるのは日付を跨ぐ時間帯になるのが常だった。
 秘書の訳知り顔に、会話を全て聞かれていたのではという疑いが頭を掠めるが、携帯電話でやりとりを彼が知る由もない。
「悪いな。今日はこれで帰らせてもらう」
「はい、了解いたしました」
「あと、車を用意してくれ」
「すぐに手配します」
 これで問題はなくなった。電話の向こうで待たせているレイに、アーサーは出来る限り明るい声を出すことを務めて言った。
「これから空港まで迎えにいこう。君はそこで待っていてくれ」
『え、いいよ!場所教えてくれたら、そこに行くから』
 遠慮するようにそう言ったレイに、アーサーは苦笑する。
「駄目だ。君は方向音痴だからな。迷子になられると困る」
 アーサーの言葉に、心外だと言わんばかりに抗議するレイに笑みを誘われつつ、アーサーは続けた。
「空港の中で大人しく待っていてくれ。不審な人物にはついていかないように」
 子供扱いされたことにレイが不貞腐れて『もう、そんなことしないよ!』と不服を唱える。レイが頬をふくらませて怒っている姿を想像して、アーサーの笑みはますます深くなった。
 通話を切ったアーサーはコートを手に取ると、隣室の秘書に再び声をかけた。
「君も今日は早く切り上げるといい。私はこれで失礼する」
「はい。車はもう正面に待たせてあります」
「ああ、ありがとう」
「…ご幸運を」
 小さく呟くようにそう言われて、アーサーはギョッとして思わず秘書を振り返る。(よかったですね)と言わんばかりの優しい微笑を浮かべる男に、普段の冷徹さはない。
 …今度執務室に盗聴器が仕掛けられていないか調査してみる必要があると、本気でそう思ったアーサーであった。


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Remain of Love(完結) | Comment(0) | Top ▲

Remain of Love act30

►2009/06/25 20:00 

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 玲人は梁田氏から父親が埋葬されている場所を教わった。その際、大切なものだからと、数十冊にもおよぶ日記帳を手渡された。それは父親が学生の時から付けていたという日記だった。
『きっと玲人坊ちゃんの役に立つはずです』
 と手渡されたそれはかなりの重量があったが、父の心の闇を解くきっかけになるかもしれないと、墓地へ向かう道中、玲人はそれを読みふけった。
 日記は柊(しゅう)青年が17歳の時、玲人の祖父ミハエル(柊はミーシャと呼んでいた)と出会うところから始まっていた。学生の頃から指揮者を目指していた柊は、ピアノの教師をしていた祖母から音楽の手ほどきをうけていた。そして彼女の夫であるミーシャと衝撃的な出会いを果たした。
 玲人の祖父はとても美しい人だったらしく、彼は日記の中で「一目で心奪われた」と書いている。文面からはミーシャへの激しく情熱的な恋情が伝わってくるようだった。おそらく柊青年はにとって彼は、初恋の人だったのだろう。しかし当然彼は同性であり、自らの師の夫であり、一児の父であった。そんな相手に自分の想いを告げるわけにはいかず、柊の初恋は苦しいものであった。
 そんな情熱的なラブレターのような日記は、ある日を境に一変する。それはミーシャが43歳の若さで急死してしまったからだった。身体があまり丈夫ではなかった彼は風邪をこじらせて亡くなり、さらに夫の後を追うようにして音楽の師である祖母もなくなってしまった。当時24歳の、まだまだ多感だった柊青年にとって両名の死は耐えがたいものだった。悲しみから逃れるようにして、柊青年はヨーロッパへと留学する。そこで指揮者としての才能を開花させた彼は、名だたるコンクールで優勝し、その名声を確かなものにした。
 玲人の母、麻里との縁談が持ち上がったのは、新進気鋭の指揮者としてヨーロッパで成功を収め、多忙な日々を送っていた30歳の時だった。麻里自身もチャイコフスキー国際コンクールで入賞を果たしたピアニストで、柊とは幼いころから付き合いがあったが、あくまで彼女は愛した人の一人娘であり、最初は結婚するつもりなど微塵もなかったようである。
 しかし、麻里からの熱心なアピールや、未だに焦がれてやまないミーシャと浅からぬ縁ができるという誘惑に負けて、柊が荻久保家の婿に入るという形での入籍に踏み切ったのだった。
 それでも父には子供を作る気などまったくなかった。自ら愛のない結婚を望んだ麻里はともかく、何の罪もない子供を巻き添えにすることはないと彼は反対していた。
 しかし、数年に渡る執拗な麻里の要求に辟易した柊は、ならば勝手にすればいいと、一度だけ人工授精を試みることを許した。そうして産まれたのが玲人だった。しかし柊は玲人の顔を見ることなく、それから10年もの間日本の土を踏むことはなかった。
 決して日本に帰るまいと心に決めていた柊が日本に帰国せざるを得なくなったのは、たった一度の失敗からだった。
 初めての共演となるヨーロッパ屈指のオーケストラとのコンサートにて、柊は彼らとのリハーサルの時点で仲違いしてしまい、結果、本番では彼らの報復という形で演奏会は惨憺たる結果になってしまった。その所為で柊は欧米のクラシック界から干されてしまい、二度とタクトなど手にするまいと誓い、無念の帰国をすることになったのだった。
 

 そして帰国した柊が見たのは、初恋の人の面影をもつ息子の姿だった。10歳になっていた息子は、ミーシャの幼い頃を見るかのように生き写しだった。死してもなお、彼を想い続けていた柊にとって玲人は、素直に息子とは認めることのできない存在だった。その顔を見るたびに込み上げてくる複雑な感情は、次第に柊を混乱させていく。
 純粋に父親の愛情を求めてくる息子に対し、柊は父親として接することなどできなかった。母親にも自分にも似るところがない子供など、到底息子だとは思えなかったのである。このころから柊の日記には、自分に言い聞かせるように「あれは自分の息子ではない」と繰り返し綴られるようになる。
 そうして柊は、玲人が寝静まるころになると、夜な夜なその身体を密かに触れるようになった。罪悪感はもちろんあったが、日々高まっていく欲望を止めることなどできなかった。幼いミーシャに悪戯をしているような背徳感は柊にとってたまらない快感だったのだ。
 しかしそんな行為はすぐに玲人に気づかれてしまった。追い詰められた柊は、衝動のまま玲人を犯した。柊の狂気はもはや手の施しようがないほどに、深く暗いものになっていた。


 日記の最後のページを読む頃には、辺りはすっかり夕暮れに包まれていた。
 玲人は父の墓石の前に座り込み、夢中で日記を読んでいた。一人の人間が歩んできた軌跡を辿る行為はとても辛く苦しいものだったが、玲人にとってこれは必要な作業だった。
 読み進めていくうちに、玲人の恐怖という概念そのものだった父のイメージは少しづつ変化していった。当時の父の想いや、苦悩を知るたびにその存在を近くに感じた。
 日記の最後は、レポート用紙に書かれたなぐり書きのようなものだった。日記とは別に書かれたものらしく、最後の日記の次のページに四つ折りにして挟み込まれていた。おそらくこれは梁田氏が差し入れたものだと玲人は察した。
 書かれたのは玲人が家出を試みて失敗した日、まさに父が亡くなったと思われる日のようだった。文頭は「告白しよう」という一文から始まっている。
 自分の暴力によって玲人を殺してしまったと思った柊は、自ら命を絶つ前に玲人に宛てて真実を吐露していた。その文面は日記の後期に見られるような狂人じみたものではなく、正しく現実を見据えた人間のものだった。
 狂気に侵されているのだと、自らの罪をを正当化していたこと。玲人をミーシャの身代わりにしていたという欺瞞。本当はミーシャの身代わりとしてではなく玲人を愛していたのだと、柊は最後にようやく認めたのだった。父親としての情を注ぐこともできず、惨たらしい方法で玲人を殺めてしまったことを「死んで償うほかない」と深く悔いていた。
 そして最後には「もし次も人間として生まれ変わることが許されるなら、次もまたお前の父親になりたい」と言っている。次こそはもう過ちを犯すまいと。


 最後の一文を読み終えた玲人は、溢れる涙を止めることができなかった。
『お前を心から愛していた』
 それは彼なりの懺悔の言葉だったのかもしれない。
 どんな言葉で言い繕おうとも彼のしたことは決して許されることではないが、憎まれていたのではなかったのだと知ることができただけでも、玲人は救われる思いだった。
 生きて謝罪の言葉を言ってほしかった。罪を償うというのなら、生きてその重荷を負うべきだ。玲人はこれからも父を死に追いやってしまったことを背負っていかなければならないのだから。
 しかし、もう玲人のなかに憎しみや恐怖はない。それは父親の弱さを理解し、受け入れることができたからなのかもしれない。
(許すよ、お父さん)
 一度もそう呼ぶことを許されなかった呼び名を心の中で呟いて、玲人は墓前でそっと手を合わせたのだった。


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Remain of Love act29

►2009/06/19 20:00 

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 帰国してから六ヶ月が経ったある日、仕事が一段落ついた玲人は京都の実家に足を運んでいた。京都には家を出た後もライブなどで何度か来てはいたが、実家に帰ったことは一度もなかった。
 18歳の時、東京の大学に進学してから21年もの間、そこは玲人にとって鬼門のような場所だった。39歳の、いい加減大人になった今でさえ、そこは立ち入りがたい場所であった。逆に、父親との忌まわしい記憶を取り戻した今だからこそなのかもしれない。見覚えのある景色を目にするたびに、あの頃の忌々しい記憶が甦り、玲人を重苦しい気分にさせた。
 もう少しで実家が見えるという地点にきて、情けなくも玲人の足が震えだした。畏怖の対象でしかなかった父親はもういないのだとわかっていても、幼い自分が受けた恐怖の記憶が身体を竦ませてしまう。
 今すぐ引き返して逃げ出しそうになる弱い心を叱咤しながら、玲人は実家のある方向へと歩を進める。
 すべてはここから始まった。そして今日で終わらせるのだ。忌まわしい過去を、今日こそ断ち切ろうと、玲人は萎えそうになる気持ちを奮い立たせた。


 玲人が実家を訪ねると、母親の世話をしてくれている梁田氏が玲人を出迎えてくれた。梁田氏とは年に二、三度は電話で連絡を取っていたが、こうして顔を見るのは21年ぶりで、当然のことであったがその年月の分の年輪を重ねていた。
「お久しぶりです。長い間顔を出さずにもうしわけありませんでした」
「いえいえ。坊ちゃんも、変わりなくご健勝にてお過ごしのようでなによりです」
 数日前、玲人が実家に伺うことを電話で知らせると梁田氏は少し驚いたようだった。21年もの間、実家を省みることなく過ごしてきた玲人が突然帰ると言い出したのだから、当然と言えば当然だった。
 それでも梁田氏が快く自分を迎え入れてくれたことに玲人は感謝する。本来ならば母親の世話は一人息子である自分の義務であるところを、全てを梁田氏に丸投げしてきた。そのことを詰られたとしてもおかしくはないのに、そういった非難めいた言葉を梁田氏に直言されたことは一度としてなかった。
「お母さまは奥の部屋にいらっしゃいますよ。坊ちゃんがお越しになることも話してございます」
 ここに来た理由を最初からわかっていたかのようにそう言われて、玲人は驚くしかない。しかし梁田氏は玲人がここに来るとわかった時点で、その目的を察していたのだろう。
「ありがとう」
 そう言って玲人は頭を下げた。梁田氏は、「ごゆっくりなさってください」と厨房へと消えていった。
 残された玲人は覚悟を決めて一番奥にある母親の部屋へと向かった。
 そこは幼いころの自分にとって、決して入ることの許されない不可侵の場所であった。この厚い一枚の扉で隔てられた親子の絆の溝は深く、ついにこの歳になるまでそれを踏み越えることはできなかった。しかし今日はほんの少しでも、その距離を縮めたかった。
「お母さん、玲人です。入ってもいいですか?」
 それだけの言葉を言うだけで、冷汗が流れる。何しろ母親に対して、「お母さん」と呼びかけること自体が久し振りで、その言葉を口にするのには大きな違和感があった。しかし扉の向こうからは返事はない。無視されるだろうとはある程度覚悟はしていたので、玲人はそれを気に病まず言葉を続けた。
「入りますよ?…失礼します」
 多少強引ではあったが、玲人は思い切って扉を開けた。初めて入る母親の部屋を観察する余裕もなく、玲人はかの人の姿を探す。
 母親らしき人物は、窓際のカウチに腰かけていた。玲人に背を向けるようにして座っているので、その容貌や表情までは窺えない。しかし、その姿を見止めた瞬間、玲人の背に緊張が走った。母親の姿を目にするのは実に29年ぶりで、懐かしさよりもやはり畏れのほうが先立ってしまう。
 しかし拒絶されなかったことだけが玲人を勇気づけた。少なくとも同じ空間にいることは許されたのだと玲人は都合よく解釈して、自らを奮い立たせた。
「お母さん、お久しぶりです。…ええっと、お元気でしたか?」
 前もって用意していた言葉も、緊張ですっかり頭から飛んでしまっていた。何を話していいのかわからなくなった玲人は、パニックになりながらも何とか言葉を紡ぐ。
「僕は元気でした。ええっと、色々あったけど、今は元気です」
 母親からの返事はない。しかし聞こえてはいるはずだと、玲人はめげずに続ける。
「友達もたくさんいるし、仕事も順調で…ええっと、毎日充実しています」
「………」
「音楽でご飯が食べられるのはとても幸せで…。だって、自分の好きなことをして生きていける人ってすごく少ないと思うんだ。でも僕は好きなことをしてお金をもらって生活できてる。これって、すごくラッキーなことだよね…。ええっと、つまり、何が言いたいのかというと…」
「………」
「僕に、音楽を教えてくれてありがとう。お母さんが僕にピアノを教えてくれたから、こんな僕でも毎日お腹いっぱいご飯が食べられると思うんだ。だからお母さんにはすごく感謝してます」
 そう言って玲人は背中を向けたままの母親に深々と頭を下げた。見えてはいないだろうが、気配でわかってくれただろう。
「言いたいのはそれだけ。勝手に部屋に入って、勝手に変なこと言ってごめん。ただそれだけ伝えたかったから言いにきた」
「………」
「これからは顔を見に帰って来るからね。…お母さんは僕に会いたくないかもしれないけど」
 いつか母親から返事が返ってくることを期待して、玲人は根気強く実家に通うつもりだった。それが、「うるさい」でも「もう来るな」でも構わない。無視されるよりはずっとましだ。
「じゃあ、またね。風邪とかひかないように、気をつけてね」
 帰ろうとした玲人はそこで一番大切な言葉を忘れていたことに気がついて足を止めた。
「あ、忘れてた。あのね、僕を産んでくれてありがとう。これが一番言いたかったことだからっ。じゃあ!」
 改めてそんな言葉を口にするのは恥ずかしくて、玲人は慌てて部屋を出た。言いたいことだけを言って返事も聞かず、玲人の独り言になってしまったが、少しでも母親の胸に伝わるものがあればいいと思う。これが嘘偽りない、現在の玲人の気持ちであったし、心から親子の関係の修復を望んでいることも確かだった。
 母親としての義務を放棄してしまった母親を、玲人はもう憎んではいなかったし、彼女を赦すことで自分の心の中の呪縛から少し解放された気がする。
 いつか少しづつでも会話ができるようになるといい。時間は取り戻すことはできないが、幼い頃受け取り損ねた愛情ならば、少しは取り戻せる気がする。
 …今の段階でそこまで望むのは少し欲を出しすぎかもしれないが。
 ものの数分で部屋を出てきた玲人に、梁田氏は心配そうに声をかける。
「いかがでしたか?何か、おっしゃられていましたか?」
「ううん、何も。でもいいんだ。これからはちゃんと帰ってくるようにするから、そのうちね」
 そう何度もは帰ってこれないと思うけど、と苦笑いした玲人に梁田氏は悲しげな笑みを浮かべて言った。
「お母さまを許して差し上げてください。あの人も、弱い方なのです」
 彼女には彼女なりの苦悩があったのだと、誰よりも近くで自分たち家族を見守ってきた人はそう言って玲人に許しを乞う。しかし玲人は穏やかな笑みを浮かべて緩く頭を横に振った。
「もう怒ってないよ。昔は恨んでたこともあったけど、今は感謝してる。これでよかったと思ってるんだ。ちょっと変な家族だったけど、それがあったから今の僕がいるんだし」
「玲人坊ちゃん…」
 軽い言葉でそんな風に言ってのけた玲人だったが、本人が背負った苦悩はそんな簡単なものではないことを知る梁田氏は、それらを乗り越えた玲人を眩しく感じた。まさか、こんな風に過去の罪が赦される日が訪れるなど思ってもみなかった梁田氏は、深く皺の刻まれた眼尻に涙を浮かべる。
「もう、やめてよ〜。お年寄りを泣かせるなんて罪悪感かんじちゃうじゃないか」
 そんな梁田氏を優しく宥めながら、玲人はつられて涙した。
 そして奥の部屋で玲人の母親もまた、一人涙を流していたのだった。


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Remain of Love act28

►2009/06/12 20:00 

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 東京に戻った玲人はその足で仕事場であるスタジオに向かった。長旅の疲れはもちろんあったが、それよりなにより仲間たちの顔が見たかった。
 着いたのは夕刻だったのにも関わらず、スタジオにはたくさんのスタッフがいた。その中には大門や、玲人のオフの日には仕事がないはずの美智までいて、自分がどれだけ彼らに甘えていたかを改めて痛感した。彼らが際限なく自分を甘やかしてくれるのをいいことに、とても我が儘で自己中心的な行動を取ってしまったことに今更ながら後悔した。
 自ら命を絶つことに失敗して悲嘆に暮れていた玲人は、衝動的に日本を離れることを決めた時、自分のことしか考えていなかった。取り残された周りの人間が困ってしまうかもしれないなどということは一切頭に浮かんではこなかった。
 それなのにスタジオに顔を出した玲人を、スタッフ達は暖かく迎えてくれた。こんなにも長期間不在にしていた事情は知らないはずなのに、誰一人として理由を問う者はいなかった。何か事情があったことは察しているだろうが、玲人が何の連絡もなく消えてしまったことを誰も咎めなかった。
 玲人にとって、その優しさが有り難くもあり、辛くもあった。謝罪したくても、誰もそれを咎めもせず、おおらかに流されてしまっては謝ることもできない。
 そんな玲人の気持ちを察したかのように、大門が不機嫌そうな顔つきで口を開いた。
「バカ野郎。勝手なマネしやがって。俺たちがどれだけ心配したか、わかってんのか?」
 はっきりと怒りを露わにした大門の態度に、その場の空気が瞬時に緊張を帯びた。そんな大門を宥めるように美智が少し焦ったように、「大門さん…!」と小さな声で制する。
「…ごめんなさい」
 しかし玲人にはわかっていた。これは、優しすぎて玲人を責めることのできないスタッフを代表して憎まれ役を買って出た大門のパフォーマンスであると。そうして玲人が謝罪の言葉を言いやすい空気を作ってくれているのだと、玲人にはちゃんとわかっていた。
「お前の両肩に、こいつら全員の生活が乗っかってんだ。お前が突然居なくなったりすれば、俺たちが路頭に迷うことになる。常にそれを念頭に置いておけ」
「うん、わかった。本当に、ごめんなさい」
 深く頭を下げると、大門が玲人の頭をくしゃりとかき回した。
「よし。わかってんなら、もうすんなよ」
 顔を上げて大門をみてみると、その表情はもう怒ってなどいなかった。どうしようもなく出来の悪い生徒を持った教師のような顔をして、玲人を見つめている。
「もうしない。どっか行く時は、ちゃんと連絡するから」
 そんな風にわざと的の外れたことを言う玲人に「バカ野郎」と、先ほどより優しい声色で言う。二人が和やかに笑い合うに至って、ようやくその場の緊張が解けた。スタッフ達もこのやりとりが大門の気遣いであることに気づいたようであった。
「もう気は済んだか?」
 大門の問いに玲人は「うん」と答えて、後であの奇跡的な出会いについて話そうと思った。もっとも、玲人とは付き合いの長い大門はその表情から、向こうで何か良いことがあったに違いないとすでに察していた。
 里村の亡くなったあとの玲人は、まるで玲人の姿を留めたままのただの抜け殻のようだった。今はそれが、まるで別人のようにすっきりとした顔をしている。この一か月半は玲人が居なくて大変なことも多かったが、玲人のこの表情を見ればその期間が決して無駄ではなかったのだとわかる。
 数日前にようやく玲人から連絡が入り、アーサー・ギルフォードと一緒にいると聞いて驚いた。あんなにも悩まされ続け、しまいには別れ話がこじれて監禁までされた男となぜこのようなデリケートな時期に共に居るのかと大門が訝しく思うのも当然だった。しかし、玲人には玲人の考えがあるのだろうとしばしのバカンスも許した。里村が死んだことで、寂しさから焼けぼっくいに火がついたのかとあらぬことを考えたりもした。しかし、翌日にかかってきたアーサー・ギルフォードからの電話でその疑いが間違いだったことを思い知らされた。
 彼は、玲人と自分がなぜ一緒にフィジーに滞在することになったのかを詳細に説明した上で、滞在がここまで伸びてしまったのは単に自分の所為であると言った。恋情を捨て切れていない様子の彼の説明を聞いているうちに同情せざるを得なくなって、最後には(仕方ない)と彼の我が儘を許す気分になった。後から、それもあの男の計算のうちだったのだとわかって、それにしても玲人はやっかいな野郎に惚れられたものだと可哀想になった。
 大門は直接アーサーとは面識はなかったが、シエラから聞いた話や玲人の様子から、自尊心の高い粘着質な男を想像していた。しかし電話で会話をした印象からは、セレブリティー特有の驕り高ぶった高慢さは感じられなかったし、誠実な好青年というイメージを受けたほどだった。
 しかし、セレブである彼が卑下してみせることで相手に与える好感を計算に入れた上で、大門に自分の切ない恋心をちらつかせて同情を誘い、自分の要求を快く納得させるテクニックは腹黒いとしか言いようがない。
 今は恋人を亡くして傷心の玲人だが、そのうち彼の搦め手に上手く捕えられてしまうのではと心配な大門である。
 だが今は、玲人を恋愛事などで手間取らせるわけにはいかない。美智が苦心してスケジュールを調節したおかげで、この一か月半の予定がこれから怒涛のごとく待ち受けているのだから。
「覚悟しておけよ。今日からバンバンこき使ってやるからな。来月リリースのアミサの新曲、明後日までにあげてくれよ」
「う…。ハイ、ガンバリマス…」
 かなり無茶な大門の要求に、玲人はただ頷くしかなかった。


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Remain of Love act27

►2009/06/10 20:00 

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 結局玲人は予約を入れていた隣町のホテルには宿泊することなく、里村家宅で一夜を明かすことになった。
 地元の新鮮な魚介類をふんだんに使った特上寿司を振る舞われ、次から次へと出される美味しい手料理でもてなされているうちに帰るに帰れない時間になってしまった。しかし、思いのほか楽しく過ごすことができたし、とても有意義な時間だったと玲人は思う。
 里村の小さい頃の写真を見せてもらったり、喧嘩に明け暮れていたという中学生時代のやんちゃなエピソードなどは何時間でも飽きずに聞いていた。大人の落ち着きを持っていた里村しか知らない玲人にとってはどれも初めて聞く話で、自分の知っている里村とのギャップに驚くことばかりだった。
 しかし、中学を卒業してすぐに板前の修業をするために上京した里村が道を踏み外してしまったことは、やはり家族にとっても未だに苦い思い出のようだった。里村の母親がそのことについて言及しようとすると、弟は一瞬チラリと玲人の顔を窺ってから、「かっちゃ(お母さん)、余計なことへるなじゃ(言うな)!」と声を荒げた。
 非常にデリケートな話題であったし、それについて語ることがいいことなのか玲人にはわからなかったが、黙っていることは嘘を吐いていることと同じことのような気がして「里村さんから聞いています」と素直に告げた。とても褒められたものではない自分の過去を、里村が玲人に話していたことに彼らは少なからず驚いていたようだった。
 里村の母親は「今更隠すようなことでもない」とでも言うように、その当時のことを事細かに話してくれた。未成年の時から何度か警察に世話になり、そのたびに東京まで出向いて謝罪をしてまわったこと。悪い仲間と付き合いだした里村が、ついにならず者になってしまったこと。特に傷害罪で逮捕され、収監されたときなどは大変な騒ぎになったという。そんなことがあって以来、里村からの連絡は途絶えていたそうだが、里村が亡くなる数日前、何十年ぶりかに連絡があったという。
「もうやくざからは足を洗ったってへってらったすけ(言っていたから)安心はしてらったけど(していたけれど)、結婚は諦めていだったんだ(いたんだ)」
 死んでしまった人間のことを話しているにも関わらず、里村の母親の表情はどこか嬉しそうだった。もう縁を絶ったつもりでいた息子からの連絡はやはり嬉しいものだったに違いない。
「それが、がーるふれんどば会わせたいってへるんだもの(言うんだもの)、びっくりしたったもんだ」
 嬉しそうにそう語る里村の母親には少しばかり申し訳ないと思いながらも、玲人はここに来たのは正解だったと感じた。そしてこんな風に息子の恋愛を喜んでいる姿を里村にも見せてあげたかったと思う。できるなら、生きているうちに里村と母親を会わせてあげたかった。亡くなってから親子の縁が戻るなんて悲しすぎると玲人は思う。
 もし、と玲人は仮想する。
 もし、自分が死んだら母は悲しんでくれるだろうか。それこそ玲人の生まれ育った家庭は、複雑に拗れてしまっていて、もうすでに崩壊してしまっていると言ってもよかった。父親の死後、玲人が母親と会話した記憶は皆無であったし、母親らしいことをしてもらったという記憶もあまりない。玲人の母親が母親足り得るのは、玲人を産んだという事実だけで、父親亡きあとは放置という名の虐待が始まった。十歳からそれ以後、玲人は同じ家の中に住んでいながら母親の姿を見ることすらなかったし、声を聞くこともなかった。
 だから、連絡が途切れようとも、ずっと親子の絆を結んでいた里村親子が心底羨ましく思えた。
(母さんは僕のことを愛してくれているんだろうか…?)
 母がどんな顔をしていたか、それすら思い出せない玲人だったが、母親への愛情が全く無いわけではない。そんな風に特異な環境で育った玲人であったが、幼いころはともかく、事情を知った今では母親が玲人を拒絶したことも仕方がないと思えるようになったし、恨んでもいない。
 大学進学を機に実家には一度も帰っていない。玲人は里村の母親に出会って、久しぶりに実家に帰ってみようかという気分になった。
 おそらく今でも家政夫の梁田(やなだ)氏が母の面倒を見てくれているはずだと思う。しかしその梁田氏も、もうそれほど若くない。今後の母親が心配ではあった。
(仕事が片付いたら、帰ってみようかな…)
 おそらく、一か月半もの間休んでいた分、仕事は山積みになっていることだろう。それが一段落ついたら実家に帰ってみようかと思った。父親との忌まわしい記憶が蘇ってから初めて足を踏み入れることになるが、さほど恐怖は感じない。それは玲人が、父親の罪も、母親の罪も、全て許してしまっているからなのだろう。
 そしてそれを乗り越えられたのは、里村がそんな玲人を全て受け入れてくれたからだ。


 何度も同じ話を繰り返すようになった里村の母親を、美也子が「そろそろお休みの時間ですよ」と声をかけて就寝させた。玲人としては、里村のことならば何度でも聞いていたかったが、弟夫婦としては玲人に気を遣ってくれたのだろう。
 翌朝帰京する玲人に、里村の母親がたくさんの手土産を持たせてくれた。それは地元で獲れた魚の干物であったり、自宅の庭で採れた新鮮な野菜であったりした。そして別れ際には、涙さえ滲ませて、「また来てけんろ」と言ってくれた。「実家だと思って、気軽に来て」と。昨日初めて会ったばかりの自分に、こんなにも親密な情を示してくれる里村の母親の温かさがありがたく、嬉しく思う反面、次に来るころには、事情を知った里村の母親が玲人を拒絶するのではと思うと怖かった。自分が男だと知れたら、おそらく彼女は自分を軽蔑し、息子を同性愛に引き込んだことを恨むかもしれない。
 しかし、最後の最後の別れ際、里村の母親は思いがけないことを口にした。
「ちゃんと飯食って、けっぱってな(頑張ってね)。細っこい男はわがんねはんで(駄目だから)」
 その言葉に面食らった玲人は思わず弟夫婦を見やった。すると、彼らは一様に(大丈夫ですよ)というように優しく微笑んでいた。
 そこでようやく玲人は、昨夜、彼らがあえて玲人の性別について訂正しなかったわけを知った。おそらく里村の母親は、墓地で出会ったときから玲人のことを男だとわかっていたのに違いなく、それを弟夫婦もわかっていたのだろう。そしてそれでも里村の母親は、自分を「息子の嫁」だと認識してくれていたのだ。
 自分の抱いていた里村の母親に対する後ろめたさが、全て無用のものだったとわかって、玲人は突然、緊張の糸が途切れたように泣き出していた。感謝の気持ちがとめどなく胸から溢れ出して、どうしていいのかわからなかった。
「なんも、なんも、ありがとうね。ここまで来てくれてほんに(本当に)ありがとうねぇ」
 そう言って、だいぶ身長差のある玲人の肩を優しく叩いてくれた。それは玲人の後ろ暗さを全て抱擁してくれるような大きな愛情であった。
 結局、最後はまともに別れの言葉を告げられないまま、玲人は里村家をあとにすることになってしまった。
 仕事が片付いたらまずは実家に行こう。そしてまたここに帰って来よう。止まらない涙を持て余しながら、玲人はそう心に誓った。


〜To Be Continued…〜



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